第三話『開かない扉』(改訂版 ver.1.01)
第三話も、現在の設定や今後の展開に合わせて改訂しました!
ハリトと出会って三か月。
すっかり一緒に遊ぶことが当たり前になった二人ですが、薬草採りのお手伝い――もとい、ニール曰く「薬草採りクエスト」の途中で、ある場所へ辿り着きます。
それは、幼い頃からニールが「絶対に近づくな」と言われ続けてきた場所。
《蒼天遺跡》
誰が造ったのか。
何のために造られたのか。
そして、なぜその奥にある扉は誰にも開けられないのか。
何も知らない七歳のニールが、その扉へ近づいた時――。
ほんの小さな変化が起こります。
今回の改訂では、後の展開につながる謎を残しながら、ニールとハリトの関係性もより大切に描き直しました。
「《蒼天遺跡》の正体が気になる!」
「ニールたちの冒険を追いかけたい!」
と思っていただけましたら、ぜひブックマークや評価で応援よろしくお願いします!
それでは――
第一章 第三話『開かない扉』(改訂版 ver.1.01)
どうぞ!
ハリト・ヴェールがリーヴェルへ来るようになってから、三か月が経った。
「遅い!」
「まだ約束の時間前だ」
「俺はもう待ってた!」
「それはお前が早く来ただけだろ」
いつもの樫の木の下。
ニールは腕を組み、ハリトを睨んでいた。
ハリトの背中には、小さな弓がある。
父セイルに作ってもらったものだ。
あの日。
旅の冒険者レオン・バルクに助けられてから、ハリトは弓の練習を始めていた。
「それより見ろ!」
ニールは腰から木剣を抜いた。
「父ちゃんに作ってもらった!」
「……木の剣?」
「そう!」
「前の枝と何が違う?」
「全然違うだろ!」
父ガイルが、仕事で余った木材から削ってくれたものだった。
刃はなく、角も丸く削られている。
それでもニールにとっては立派な剣だ。
「これで俺も冒険者だ!」
「冒険者登録してないだろ」
「細かい!」
「七歳じゃ登録できない」
「細かい!」
「大事なところだ」
三か月。
ハリトは父の仕事についてリーヴェルを訪れるたび、ニールたちと遊ぶようになっていた。
最初は、
「僕は遊びに来てるんじゃない」
などと言っていたくせに。
今では父の仕事が始まると、自分から樫の木へやってくる。
ニールはそのことには触れなかった。
言えばきっと、
「たまたまだ」
とか言い出すからだ。
「ハリトー!」
トーマたちが走ってきた。
「今日は何する?」
「《五大勇者ごっこ》!」
「また?」
ハリトがため息をつく。
「今日は駄目」
リコが言った。
手には籠を持っている。
「なんで?」
「お母さんに薬草を採ってきてって頼まれてるから」
ニールの目が輝いた。
「薬草採りクエスト!」
「クエスト?」
「冒険者ギルドみたいでいいだろ!」
「ただのお手伝いだけど」
「報酬は!?」
「ない」
「クエストじゃない!」
「じゃあ来なくていい」
「行きます!」
「お前は何がしたいんだ」
ハリトが呆れた。
◇
目的は《リーファ草》。
傷薬などに使われる、ごく一般的な薬草だ。
リーヴェル周辺の林にも多く生えている。
「葉っぱの先が三つに分かれてるやつだからね」
リコが説明する。
「これ?」
「雑草」
「これは?」
「毒草」
「じゃあ、これは!?」
「食べるとお腹壊す」
「全部同じ草に見える!」
「だから私が来てるんでしょ」
リコは慣れた手つきで薬草を摘んでいく。
「すげえな、リコ」
「いつもお母さんの手伝いしてるから」
「俺もパンなら分かるぞ!」
ニールが胸を張る。
「作れるのか?」
ハリトが聞いた。
「…………」
「ニール?」
「運べる」
「それはパンに詳しいとは言わない」
「食べるのも得意!」
「もっと言わない」
少し離れたところでは、トーマが地面に落ちていた石を拾い上げていた。
「これ、鉄が入ってるかも!」
「ただの石じゃない?」
リコが言う。
「鍛冶屋の息子を舐めんな!」
その隣では、ダンが草を眺めている。
「これ、羊が好きな草だ」
「分かるの?」
「毎日食わせてるからな」
ニールは三人を見る。
リコは薬草に詳しい。
トーマは金属や道具に詳しい。
ダンは動物や牧草に詳しい。
同じ町で育ったのに、知っていることが全然違う。
「なあ、ハリト」
「何?」
「森のことなら何でも知ってる?」
「何でもは知らない」
「エルフなのに?」
「お前は人間だから、人間の町のこと全部知ってるのか?」
「…………知らない」
「そういうことだ」
「なるほど!」
「納得するまでが早いな」
ニールは笑った。
知らないことがある。
誰かが、自分の知らないことを知っている。
だったら聞けばいい。
それでも分からなければ、自分で見に行けばいい。
ニールは、そんなふうに考えていた。
◇
「あった!」
ニールが声を上げた。
少し離れた斜面に、《リーファ草》が群生している。
「いっぱいあるぞ!」
「待って、ニール!」
リコの声も聞かず、ニールは斜面を駆け下りる。
「お前は本当に……!」
ハリトが追いかける。
「ほら! これだろ!」
「それは合ってるけど……」
リコたちも後からやってきた。
しばらくして、籠は《リーファ草》でいっぱいになった。
「これだけあれば十分」
「クエストクリア!」
「だから、お手伝いだって」
「帰ったら報酬くれるかな?」
「ないって言ったでしょ」
「パン一個くらい……」
「なんで私の家が払うのよ」
そんな話をしながら帰ろうとした時だった。
「……?」
ハリトが立ち止まった。
「どうした?」
「……風」
「風?」
ハリトは森の奥を見る。
葉が擦れる。
枝が揺れる。
鳥の声が聞こえる。
いつもの森。
なのに。
ほんの一瞬だけ。
風の流れに、何か妙なものが混じった気がした。
「こっちから来た」
「何が?」
「……分からない」
ニールの目が輝く。
「じゃあ行ってみよう!」
「なんでそうなる」
「だって分からないんだろ?」
「分からないものには近づかない、という選択肢もある」
「でも気になるじゃん!」
「ならない」
「嘘つけ」
「…………」
「ハリトも気になってるだろ?」
「…………少しだけ」
「ほら!」
「少しだけだ!」
ニールは走り出した。
「待て!」
ハリトが追う。
「ちょっと! 二人とも!」
リコの声が飛ぶ。
「置いてくなよ!」
トーマとダンも結局ついてきた。
◇
しばらく進むと、森の様子が変わった。
鳥の声が少なくなっていく。
木々の間隔が広がる。
地面から草が消え、代わりに黒っぽい石がところどころ露出していた。
「……なあ」
ダンが立ち止まる。
「ここって……」
トーマの顔からも笑みが消えた。
「まずくない?」
そして。
木々の向こうに、巨大な建造物が姿を現した。
蔦に覆われた古い石壁。
崩れた柱。
ところどころ土に埋もれた通路。
長い年月の中で、何度も冒険者や研究者が訪れた場所。
《蒼天遺跡》。
「…………」
ニールは足を止めた。
物心ついた頃から、ずっと気になっていた場所。
父から何度も、
「絶対に近づくな」
と言われてきた場所。
「ニール」
リコが低い声で言った。
「帰ろう」
「でも……」
「お母さんたちに近づくなって言われてる」
「見るだけなら――」
「駄目」
トーマも珍しく頷いた。
「俺も帰った方がいいと思う」
「トーマまで!?」
「親父にバレたら死ぬ」
「そっち!?」
「俺も」
ダンも手を挙げる。
「母ちゃんに怒られる」
「お前ら……!」
「ニール」
ハリトが言った。
「帰るぞ」
「ハリトまで!」
「当たり前だ」
ニールは遺跡を見上げた。
少し離れた場所には、立ち入りを禁じるための古い杭と縄が残されている。
ここから先は駄目だ。
子どもにだって分かる。
でも。
目の前にある。
ずっと気になっていたものが。
「……ちょっとだけ」
「ニール」
「近くから見るだけ!」
一歩。
ニールが前へ出る。
その瞬間だった。
――ドクン。
「……え?」
ニールが足を止めた。
「どうした?」
「今……」
胸に手を当てる。
左胸。
服の下にある、青い痣。
ほんの少しだけ熱い。
「ニール?」
ハリトが近づく。
「胸が……」
「痛いのか?」
「違う」
痛くない。
苦しくもない。
ただ。
何かが――。
そこにある。
そんな感覚。
ニールは遺跡を見る。
古い壁。
崩れた柱。
そのさらに奥。
人の手が入った痕跡の向こうに、一つだけ異質なものがあった。
巨大な石の扉。
周囲の壁とは違う。
傷がほとんどない。
蔦さえ絡みついていない。
「あれ……」
ニールが呟く。
「何?」
「……分かんない」
なぜか。
あの扉から目を離せない。
近づきたい。
そう思った。
一歩。
「ニール」
もう一歩。
「待て」
ハリトが腕を掴んだ。
「離せよ」
「駄目だ」
「でも、あそこ――」
「帰るぞ」
「ちょっと見るだけだって!」
「今のお前、変だ」
「変じゃない!」
「じゃあ、なんで僕たちの声が聞こえてないんだ」
「…………」
ニールは止まった。
ハリトは腕を離さない。
「さっきからリコもトーマも帰ろうって言ってる」
「…………」
「なのに、お前はあの扉しか見てない」
ニールが振り返る。
リコ。
トーマ。
ダン。
三人とも、不安そうな顔をしていた。
「……ごめん」
ニールが呟く。
ハリトが少しだけ力を抜く。
「あの冒険者が言ってただろ」
「レオン?」
「どこを見るかで、仲間を守れるって」
ハリトはニールを見る。
「だったら、まず周りを見ろ」
「…………」
「知らないものを知りたいのは分かる。でも、一人で勝手に行くな」
ニールはしばらく黙っていた。
「……うん」
「帰るぞ」
「分かった」
五人は遺跡に背を向けた。
ニールも歩き出す。
その時だった。
――カチッ。
「……?」
小さな音。
ニールだけが振り返った。
巨大な石の扉。
その中央。
今まで何もなかった場所に。
細い線が浮かび上がっている。
青。
「…………!」
光は一瞬だけ強くなった。
そして。
消えた。
「ニール!」
「今行く!」
ニールは走り出した。
胸の痣は、もう熱くなかった。
振り返っても。
扉は、さっきまでと何も変わっていない。
ただの古い石の扉だった。
◇
その夜。
「で?」
父ガイルが腕を組んでいる。
「…………」
ニールは椅子に座り、小さくなっていた。
「どこまで行った?」
「森」
「森のどこだ?」
「……ちょっと奥」
「ニール」
「…………《蒼天遺跡》」
「馬鹿もん!!」
「ごめんなさい!」
家中にガイルの声が響いた。
母ミレアも台所から飛び出してくる。
「だから言ったでしょう! あそこには近づいちゃ駄目って!」
「はい……」
「怪我は?」
「ない」
「本当に?」
「うん」
ミレアはニールの頭から足まで確認する。
そして、ぎゅっと抱きしめた。
「……心配させないで」
「……ごめん」
ニールの声が小さくなる。
ガイルが大きく息を吐いた。
「好奇心があるのは悪いことじゃない」
「父ちゃん……」
「だがな」
ガイルはニールの前にしゃがんだ。
「知らないものに近づく時は、一人で決めるな」
「…………」
「怖がれって言ってるんじゃない」
ガイルの声が少しだけ柔らかくなる。
「知りたいなら、ちゃんと考えろ。調べろ。人の話も聞け」
「……うん」
「それでも行くなら――」
ガイルはニールの額を軽く小突いた。
「行っていい時が来てから行け」
「……はい」
ニールが小さく頷く。
「それとな」
「ん?」
「一週間、遊びに行くの禁止」
「えええええええ!?」
「当たり前だ!」
「ちゃんと帰ってきたじゃん!」
「ハリトが止めてくれたからだろうが!」
「それはそうだけど!」
「だったら反省しろ!」
「父ちゃああああん!」
ミレアがため息をつく。
「一週間で済んでよかったと思いなさい」
「母ちゃんまで!?」
その日のレイン家は、いつもより少しだけ騒がしかった。
◇
その夜。
ニールはベッドの中で目を開けていた。
「…………」
眠れない。
昼間に見たものが頭から離れなかった。
巨大な扉。
胸の熱。
そして。
一瞬だけ浮かんだ、青い線。
「……なんだったんだろ」
胸へ手を当てる。
痣はいつも通りだ。
何も起こらない。
「…………」
考えても分からない。
なら。
父が言ったように、今はまだ行く時ではないのかもしれない。
「いつか……」
もう一度。
ちゃんと行ってみたい。
その時は。
一人で勝手にではなく。
自分で行けるだけの力をつけて。
「…………」
ニールは目を閉じた。
やがて。
眠りに落ちていく。
◇
夢を見た。
暗い場所。
前にも見た気がする。
遠くに。
青い光があった。
「…………」
ニールは、その光へ向かって歩く。
一歩。
また一歩。
近づいているのかどうかも分からない。
やがて。
何かが聞こえた。
声。
誰かが話している。
けれど、言葉までは分からない。
『――――』
『――――!』
一人ではない。
いくつもの声。
笑っているようにも聞こえた。
「誰?」
ニールが尋ねる。
返事はない。
「おーい!」
声が遠ざかっていく。
代わりに。
青い光の向こうを、何かが横切った。
赤。
「…………?」
それが何なのか分からない。
人だったのか。
ただの光だったのか。
確かめるより早く。
夢は途切れた。
◇
ニールは目を覚まさなかった。
そのまま、静かな寝息を立てている。
夢の内容も。
朝になれば、ほとんど覚えていないだろう。
そして。
同じ頃。
《蒼天遺跡》。
表層。
かつて何人もの冒険者や研究者が調査した場所。
その最奥にある、巨大な石の扉。
昼間、一瞬だけ青い線が浮かんだ場所は。
今はもう、何の変化も見せていない。
そのさらに向こう。
誰も辿り着いたことのない領域。
光の届かない深部に。
何かがある。
石に覆われ。
土に埋もれ。
長い時間の中で、その姿さえ失ったもの。
それは動かない。
目覚めない。
何も語らない。
ただ。
暗闇の中。
どこからともなく、青い光が一度だけ走った。
細く。
弱く。
確かめるように。
そして。
すぐに消えた。
◇
ニール・レイン、七歳。
勇者ではない。
冒険者でもない。
世界の秘密なんて、何一つ知らない。
ただ。
知らないものを知りたい。
見たことのない場所へ行ってみたい。
そんな好奇心を持った少年だった。
けれど、この日。
ニールは一つだけ覚えた。
知らないものへ向かうことと。
何も考えずに飛び込むことは、同じではない。
行きたい場所があるなら。
いつか、そこへ行ける自分になればいい。
閉ざされた石の扉は。
まだ、開かない。
それでも。
ほんの一瞬だけ。
まるで扉の向こうにいる何かが、ニールの存在を確かめたように――。
青い光だけが、彼に応えていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
今回は、ついにニールが《蒼天遺跡》へ近づきました。
……父ガイルから、
「絶対に近づくな」
と言われていた場所へ。
行きました。
七歳で。
そして当然、怒られました(笑)
ただ、今回のニールにとって大切だったのは、《蒼天遺跡》の謎だけではありません。
第一話でガイルから教えられた、
「冒険することと、無茶することは違う」
という言葉。
第二話でレオンからハリトが学んだ、
「周りを見る」
という考え方。
それが少しずつ、二人の中に残り始めています。
ニールは知らないものを見ると飛び込みたくなる。
ハリトは一度立ち止まって周囲を見る。
この二人の違いは、この先の冒険でも何度も出てくることになります。
そして――。
ニールが近づいた時だけ熱を持った青い痣。
一瞬だけ青い線が浮かんだ開かない扉。
夢の中に現れる青い光。
その向こうを横切った、正体の分からない赤。
さらに、《蒼天遺跡》の誰も辿り着いたことのない場所で眠り続ける何か。
今はまだ、答えは出ません。
ニール自身も、それが何なのか知りません。
だからこそ今は――
「いつか、そこへ行ける自分になればいい」
その小さな一歩から。
改訂前から読んでくださっている方には、変わった部分も含めて楽しんでいただけたら嬉しいです!
そして、
「扉の向こうが気になる!」
「この先も読みたい!」
と思っていただけましたら、ぜひブックマークや評価で応援よろしくお願いします!
まだ開かない扉の向こうには、何が眠っているのか。
ニールの冒険は、まだ始まったばかりです!




