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第二話『緑の髪の少年』(改訂版 ver.1.01)

第二話も、現在の設定や今後の展開に合わせて改訂しました!


七歳になったニール。


木の棒を振り回して《五大勇者ごっこ》をしている、ごく普通の少年です。


そんなニールが出会ったのは――


緑色の髪と尖った耳を持つ、一人のエルフの少年。


その名は、ハリト・ヴェール。


プロローグでは当たり前のように隣で戦っていた二人ですが、最初から仲間だったわけではありません。


そして今回登場するのは、勇者だけではありません。


ニールたちが初めて目にする、本物の冒険者の戦い方。


魔物が現れたら倒す。


そんな子どもたちの常識とは少し違う選択が、二人に小さな影響を与えていきます。


すでに読んでくださった方も、改訂前との違いを楽しんでいただけたら嬉しいです!


「ニールとハリトのコンビ、好きかも!」

「二人の冒険をもっと見たい!」


と思っていただけましたら、ぜひブックマークや評価で応援よろしくお願いします!


それでは――


第一章 第二話『緑の髪の少年』(改訂版 ver.1.01)


どうぞ!

 ニール・レイン、七歳。


 この頃のニールには、どうしても納得できないことが一つあった。


「なんでまたトーマが赤なんだよ!」


「決まってるだろ。赤がリーダーだからだ!」


「昨日も赤だったじゃん!」


「昨日の赤と今日の赤は違う!」


「何が違うんだよ!」


 リーヴェルの町外れ。


 大きな樫の木の下で、四人の子どもたちが木の枝を手に向かい合っていた。


 今日の遊びは《五大勇者ごっこ》。


 五百年前、魔王ヴァルガスを倒し、世界を救ったと伝えられる五人の英雄。


 赤。


 青。


 緑。


 黄。


 白。


 子どもたちにとって《五大勇者》は、歴史の中にいるだけの偉人ではない。


 祭りの英雄劇に登場する。


 絵本にもなる。


 木彫りの人形だって売られている。


 そして何より。


 木の棒と色のついた布さえあれば、自分たちだってなれる。


「じゃあニールは青な」


 トーマが当然のように青い布を投げてよこした。


「また青!?」


「いいだろ。お前、青好きじゃん」


「好きだけど! たまには赤やりたい!」


「ダメ」


「なんで!」


「赤はリーダーだから」


「それ、お前が赤やりたいだけだろ!」


「違う!」


「じゃあ代われ!」


「それも嫌だ!」


「やっぱりそうじゃん!」


 トーマが赤い布を守るように胸へ抱える。


 ニールは肩に巻いた青い布を見る。


「……でも、なんで赤が真ん中なんだ?」


「ロッサがリーダーだからだろ?」


「そうだけどさ」


 祭りの英雄劇でも、赤の勇者ロッサ・レギアはいつも中央に立っている。


 市場で売られている木彫りの勇者人形も、赤だけ少し大きい。


「……やっぱり、赤って特別なのかな」


「ニール! 始めるぞ!」


 少し離れたところで、魔王役のダンが両腕を広げた。


「グワハハハ! 勇者どもよ! 今日こそこの世界を――」


「くらええええ!」


「まだ俺の台詞終わってない!」


 ニールが突撃した。


「青! 勝手に行くな!」


「勇者は待たない!」


「待て!」


「うわっ!」


 開始三秒。


 青の勇者は木の根につまずき、盛大に転んだ。


「……ニールって、勇者向いてないんじゃない?」


 白の勇者役のリコが冷静に言った。


「うるさい!」


 それが、いつもの四人だった。


     ◇


 ニールたちは、小さい頃からずっと一緒だった。


 トーマ・ベルクの家は鍛冶屋。


 父親のバルド・ベルクは、農具から包丁、旅人の剣まで何でも直す。


 だからトーマは武器にやたら詳しい。


 もっとも、本人が振り回しているのは父親が薪用に切った木の棒だ。


 リコ・ファーレンの家は薬草店。


 母親は近くの森で採れた薬草を調合し、傷薬や風邪薬を作っている。


 そのせいかリコは四人の中で一番冷静だった。


 ニールが転んでも、


「血、出てないから大丈夫」


 で終わる。


「もう少し心配してくれてもよくない?」


「立てる?」


「立てる」


「じゃあ大丈夫」


「冷たい!」


 ダン・クロウの家は牧場を営んでいる。


 牛や羊の世話を手伝っているため、四人の中では一番身体が大きい。


 そのせいで、勇者ごっこでは魔王役になることが多かった。


「なんで身体が大きいと魔王なんだよ」


「強そうだから」


「勇者じゃ駄目なのか?」


「魔王の方が強そう」


「褒められてる気がしない」


 そして、ニールの父ガイルは木工職人。


 母ミレアは家の一角でパンを焼き、市場でも売っている。


 特別な家の子どもなど、一人もいない。


 鍛冶屋の息子。


 薬草店の娘。


 牧場の息子。


 木工職人とパン屋の息子。


 そんな四人が木の棒を振り回しながら、


「世界を救う!」


 と叫んでいた。


 それが、リーヴェルの日常だった。


     ◇


「ニールー!」


 遠くから声がした。


「母ちゃん?」


 市場へ続く道から、ミレアが手を振っている。


「遊んでないで、これ届けてきて!」


「えー!」


「えー、じゃない!」


 渡されたのは、焼きたてのパンが入った籠だった。


「南市場のお店。分かるでしょう?」


「分かるけど……」


「ちゃんと届けたら、一つ食べていいから」


「行ってきます!」


「切り替え早いな」


 トーマが呆れる。


「パンは大事だからな!」


「さっきまで世界を救ってた奴の台詞じゃない」


「世界もパンも大事!」


 ニールは籠を抱え、走り出した。


     ◇


 パンを届けた帰り道。


 市場を歩いていたニールは、突然足を止めた。


「うわっ……!」


 人混みの向こう。


 見慣れない親子が歩いている。


 背の高い男性。


 その隣には、ニールと同じくらいの少年。


 リーヴェルに旅人は珍しくない。


 王都へ向かう商人。


 依頼を受けて旅する冒険者。


 ドワーフの職人。


 獣の耳や尾を持つハーフビースト。


 様々な人々が街道を通っていく。


 それでも、ニールは少年から目を離せなかった。


 緑色の髪。


 そして、髪の間から伸びた――。


 細長く尖った耳。


「…………エルフだ」


 少年がこちらを向いた。


 目が合う。


「…………」


「…………」


 次の瞬間。


 ニールは走っていた。


「うわ! 本物のエルフだ!」


「……偽物のエルフがいるのか?」


「え?」


「本物って言っただろ」


「…………」


 ニールは考えた。


「確かに!」


「…………」


 少年は眉を寄せた。


 完全に、変な人間を見る目だった。


「なあ! エルフって森に住んでるんだろ?」


「だいたいは」


「弓使える?」


「少しなら」


「耳がいいって本当?」


「人間よりは」


「木の上で寝る?」


「寝ない」


「動物と話せる?」


「話せない」


「風の魔法とか使える?」


「……お前」


「ん?」


「エルフを何だと思ってる?」


 ニールは少し考える。


「耳の長い、すごいやつ?」


「雑だな」


 少年がため息をつく。


 その反応がおかしくて、ニールは笑った。


「俺、ニール! ニール・レイン!」


「聞いてない」


「お前は?」


「……ハリト」


「ハリト!」


「声が大きい」


「ハリト・何?」


「ヴェール。ハリト・ヴェール」


「よろしくな、ハリト!」


「……なんで?」


「え?」


「なんで、もう友達みたいになってるんだ?」


 ニールは首を傾げる。


「同じくらいの歳だから?」


「理由になってない」


「じゃあ、今から遊べば友達だろ!」


「もっと意味が分からない」


 ハリトはまたため息をついた。


 けれど。


 ほんの少しだけ、口元が緩んでいた。


     ◇


 ハリトは父親と一緒に、森の集落からリーヴェルへ来ていた。


 父親の名はセイル・ヴェール。


 森で採れる薬草や木の実、香木などを人間の町へ運び、代わりに塩や鉄製品、布などを持ち帰る。


 エルフの集落と人間の町を行き来する交易商だった。


「じゃあ、また来るのか?」


「月に何度かは」


「じゃあまた遊べるじゃん!」


「僕は遊びに来てるんじゃない」


「今日は?」


「父さんの取引が終わるのを待ってる」


「暇じゃん!」


「……まあ」


「じゃあ遊ぼう!」


 ニールはハリトの腕を掴んだ。


「待て。どこに行く」


「勇者ごっこ!」


「嫌だ」


「なんで!?」


「今聞いただけで嫌だ」


     ◇


 十分後。


「緑の勇者、ハリト!」


「…………」


 ハリトの肩には、緑色の布が巻かれていた。


「色で決めただろ」


「だって髪、緑じゃん」


「やっぱり色で決めたな」


「似合ってるぞ!」


「嬉しくない」


 そう言いながらも、帰ろうとはしなかった。


「じゃあ俺が赤!」


 トーマが木剣を掲げる。


「僕は何をすればいい?」


「俺たちと一緒に魔王を倒す!」


「魔王は?」


「ダン!」


「俺だ!」


 ダンが手を挙げる。


 ハリトはダンを見る。


「…………人間だけど」


「今日は魔王!」


「そうか」


「納得するなよ!」


 ダンが叫んだ。


 ハリトが吹き出す。


 ニールも笑った。


 それが。


 二人が初めて一緒に遊んだ日だった。


     ◇


 遊びを終えて、町へ戻ろうとした時だった。


 ガサッ。


 草むらが揺れた。


「ん?」


 ニールが振り返る。


「グルルル……」


 低い唸り声。


 草むらの奥から、一頭の魔物が姿を現した。


 灰緑色の毛。


 犬より一回り大きな身体。


 背中には草の葉のような硬い毛が生えている。


 ハリトの表情が変わった。


「……《グラスドッグ》」


「知ってるの?」


「森の浅いところにもいる」


 《グラスドッグ》。


 草原や林に生息する犬型の魔物。


 この辺りでは、それほど珍しくない。


 駆け出しの冒険者なら十分に対処できる。


 けれど。


 七歳の子どもたちにとっては、まったく別の話だった。


「走るな」


 ハリトが小声で言う。


「え?」


「急に逃げると追ってくる。ゆっくり下がれ」


 さっきまでとは違う声だった。


 ニールたちは、ゆっくり後退する。


 しかし。


「グルッ!」


 グラスドッグが低く身体を沈めた。


 視線の先にいたのは――リコ。


 地面を蹴る。


「リコ!」


 ニールは考えるより先に飛び出していた。


「待て!」


 ハリトの声より早く、リコの前へ立つ。


 手に持っているのは、勇者ごっこで使っていた木の枝。


 握る手が震えた。


 怖い。


 当たり前だ。


 さっきまで戦っていた魔王はダンだった。


 殴っても怒られるだけだ。


 でも。


 目の前にいる魔物は違う。


「ニール……!」


「リコ、下がれ!」


「でも――」


「早く!」


 グラスドッグが地面を蹴った。


「ニール!」


 ハリトが叫ぶ。


「右!」


 ニールは反射的に右へ跳んだ。


 グラスドッグが横を駆け抜ける。


「走れ! あの木まで!」


「分かった!」


「なんで即答するんだ!」


「お前が言ったんだろ!」


「そうだけど!」


 ニールが走る。


 グラスドッグが向きを変える。


 ハリトの視線が周囲を走った。


 木。


 岩。


 斜面。


 そして、魔物。


「ニール、左!」


「おう!」


「今、しゃがめ!」


「おう!」


 ニールが身体を伏せる。


 その頭上を、ハリトが投げた木の枝が飛んだ。


 枝はグラスドッグの鼻先をかすめる。


「ギャン!」


「今だ! みんな町へ!」


 トーマたちが走り出す。


「ニール! ハリト!」


「先に行け!」


 ニールが叫ぶ。


 しかし。


 グラスドッグは逃げなかった。


 低く唸りながら、ニールとハリトを睨んでいる。


「……まずいな」


 ハリトが呟いた。


「どうする?」


「考えてる」


「早めに頼む」


「分かってるよ」


 グラスドッグが再び身体を沈めた。


 その瞬間。


「――伏せろ!」


 男の声が響いた。


「え?」


「伏せろ!」


 ニールとハリトが地面へ飛び込む。


 ヒュッ――!


 風を切る音。


 一本の矢が二人の頭上を通り過ぎ、グラスドッグの目の前へ突き刺さった。


「ギャンッ!」


 魔物が飛び退く。


 だが、逃げない。


 唸りながら横へ動く。


 ヒュンッ!


 二本目。


 今度は、その進行方向へ。


 グラスドッグが再び向きを変える。


 そして――。


 三本目。


 矢が地面へ突き刺さった。


「…………」


 ハリトが目を見開く。


 魔物には一本も当たっていない。


 それなのに。


 三本の矢によって進む方向を変えられたグラスドッグは、そのまま森へ駆け込んでいった。


「お前たち!」


 弓を持った男が走ってくる。


 日に焼けた顔。


 使い込まれた革鎧。


 背中には弓と旅の荷物。


 町の衛兵ではない。


「怪我は?」


「だ、大丈夫です」


 ニールが答える。


「よかった」


 男は大きく息を吐いた。


「旅の冒険者……?」


「ああ」


 男は笑った。


「レオン・バルク。依頼の途中でリーヴェルに寄っただけの、しがない冒険者さ」


「すげえ!」


 さっきまで震えていたのが嘘のように、ニールの目が輝く。


「今のどうやったの!? 三本とも魔物に当たってないのに!」


「当てなかったんだよ」


「え?」


「倒す必要がなかったからな」


 レオンはグラスドッグが消えた方を見る。


「腹を空かせて縄張りから出てきただけだろう。町へ向かわせず、森へ戻せればそれでいい」


「倒さなくていいの?」


「必要なら倒す」


 レオンは肩をすくめる。


「でも、倒さなくて済むなら、その方が楽だろ?」


「…………」


 ニールには、少し意外だった。


 勇者ごっこなら、魔王を倒せば勝ち。


 魔物が出たなら、倒すもの。


 そんなふうに思っていた。


 でも。


 本物の冒険者は、そうではないらしい。


「坊主」


「俺?」


「いや、そっち」


 レオンがハリトを見る。


「……僕?」


「さっき枝を投げたの、お前だろ」


「はい」


「いいところ見てたな」


「え?」


「魔物じゃない」


 レオンは、ハリトが先ほど見ていた場所へ視線を向ける。


「仲間と、逃げ道と、周りの地形だ」


「…………」


「自分が倒すことより、どうすれば全員逃げられるかを考えてた」


 レオンは背中の弓を軽く叩く。


「弓ってのはな」


 ハリトが顔を上げた。


「遠くの敵を倒すだけの武器じゃない」


「…………」


「どこへ撃つかで、相手を動かせる。仲間を助けることだってできる」


 レオンが笑った。


「遠くまで見える奴には、向いてるかもな」


 ハリトの視線が、レオンの弓へ向いた。


「なあ! 俺にも撃たせて!」


 ニールが割り込む。


「七歳児に武器を渡せるか」


「じゃあ俺も大きくなったら弓使いになる!」


「お前、さっきまで剣振ってただろ」


 ハリトが言う。


「あ」


「忘れてたのか」


「じゃあ剣と弓!」


「欲張りだな」


 レオンが笑った。


「魔法も!」


「増えたぞ」


 ハリトも小さく笑った。


     ◇


 夕暮れ。


 ニールとハリトは並んでリーヴェルへ戻っていた。


「なあ、ハリト」


「何?」


「レオン、格好よかったな!」


「……うん」


「俺も冒険者になろうかな」


「さっき弓使いになるって言ってたぞ」


「弓使いの冒険者!」


「勇者は?」


「あ」


「忘れてたな」


「じゃあ全部やる!」


「やっぱり欲張りだな」


 二人は笑った。


 少し歩いてから、ニールが街道の先を見る。


「俺さ。この町、好きなんだ」


「……うん」


「父ちゃんも母ちゃんもいるし。トーマたちもいる。飯もうまい」


「パンは美味しかった」


「だろ! 母ちゃんが作ったんだぞ!」


 ニールは嬉しそうに笑った。


「でもさ」


 街道は夕日の向こうへ続いている。


「ここしか知らないままって、なんか嫌なんだ」


「…………」


「森の向こうも、王都も、海も。ドワーフの国も。エルフの森も」


「僕の家はエルフの森だけど」


「じゃあ案内してくれよ!」


「勝手に入ったら怒られる」


「許可取って!」


「なんで僕が」


「いつか見に行こうぜ!」


「どこへ?」


 ニールは両手を広げた。


「全部!」


「…………」


 ハリトは少し黙った。


「馬鹿だな」


「また言った!」


「でも」


 ハリトも、夕日の向こうへ続く街道を見る。


「……悪くない」


「だろ!」


 ニールが笑う。


 その顔を見ながら、ハリトは思った。


 今日会ったばかりなのに。


 どうして自分は、この騒がしい人間とこんな話をしているのだろう。


 分からない。


 けれど。


 嫌ではなかった。


 風が吹いた。


 ハリトの緑色の髪が揺れる。


「……?」


 ハリトが振り返った。


「どうした?」


「いや……」


 リーヴェルの向こう。


 深い森のある方角。


 木々の葉が、風に揺れている。


「変な風だな」


「風?」


「……なんでもない」


「そう?」


「ああ」


 二人は再び歩き始めた。


     ◇


 その夜。


 森の集落へ戻ったハリトは、自宅の前に座っていた。


 手には一本の細い枝。


「何をしてる?」


 声をかけたのは、父セイルだった。


「……別に」


 ハリトは枝を曲げる。


 細い蔓を張ってみる。


 不格好な、小さな弓。


 セイルが息子の隣へ座った。


「弓に興味があったか?」


「今日、人間の冒険者に会った」


「ほう」


「弓を使ってた」


「格好よかった?」


「…………」


 ハリトはしばらく黙る。


「……うん」


 セイルは笑った。


「なら、今度ちゃんとしたものを作ろう」


「父さん、作れるの?」


「森の民を何だと思ってる」


「…………」


 ハリトは昼間のニールを思い出した。


『エルフを何だと思ってる?』


『耳の長い、すごいやつ?』


 思わず吹き出す。


「何だ?」


「……なんでもない」


 ハリトはもう一度、小さな弓を見る。


 そして、昼間に見たレオンの姿を思い出した。


 左手。


 肩。


 身体の向き。


 弦を引く右手。


 ハリトは見よう見まねで構えてみる。


「……こうかな」


「よく見ていたな」


「え?」


「初めてにしては悪くない」


 セイルが少しだけ姿勢を直す。


「ただ、腕だけで引くな。まずは真っ直ぐ立て」


「こう?」


「そうだ」


 ハリトは小さな弓を構え直す。


 上手くできているかは分からない。


 でも。


 もっと知りたいと思った。


 遠くを見ること。


 相手だけではなく、周りを見ること。


 仲間のいる場所を見ること。


 あの冒険者のように。


「父さん」


「ん?」


「僕、弓をやってみたい」


「ああ」


 セイルは静かに頷いた。


「やってみればいい」


 ハリトは、小さな弓を握った。


 それが。


 彼自身が初めて選んだ武器だった。


     ◇


 同じ夜。


 ニールはベッドの上で、昼間の出来事を思い出していた。


「冒険者かぁ……」


 本物の魔物は怖かった。


 足だって震えた。


 それでも。


 レオンは格好よかった。


 魔物を倒さなかったことも。


 少し不思議だった。


「倒さなくても、いいんだ」


 勇者ごっことは違う。


 木の棒を振り回しているだけでは分からないことが、この町の外にはたくさんあるのかもしれない。


「…………」


 ニールは窓の外を見る。


 森の向こうに、まだ知らない世界がある。


「全部、か」


 自分で言った言葉なのに、なんだかワクワクした。


 王都。


 海。


 ドワーフの国。


 エルフの森。


 まだ名前すら知らない場所。


 いつか。


 本当に行けたら。


「……ハリトも一緒に来るかな」


 今日会ったばかりなのに。


 そんなことを考えている自分がおかしくて、ニールは笑った。


「まあ、来るだろ」


 何の根拠もなかった。


     ◇


 やがて。


 リーヴェルの夜は静かになった。


 ニールも眠りにつく。


 森の集落では、ハリトが枕元に不格好な小さな弓を置いて眠っていた。


 二人はまだ七歳と八歳。


 勇者でもない。


 冒険者でもない。


 世界を救おうなんて、考えたこともない。


 ただ今日。


 一人の少年が、知らない少年へ声をかけた。


 そして。


 一人の少年が、自分で使ってみたい武器を見つけた。


 それだけだった。


 でも。


 きっと冒険の始まりなんて。


 そのくらい小さなものでいい。


     ◇


 リーヴェルの外れ。


 夜の森。


 そのさらに奥にある《蒼天遺跡》は、今夜も何も語らない。


 石の扉は閉じたまま。


 誰かを招くこともない。


 青い光が灯ることもなかった。


 ただ。


 森を抜けた風が、遠くへ吹いていく。


 町を越え。


 街道を越え。


 遥か遠くの森へ。


 木々が揺れた。


 ざわり。


 それだけ。


 まだ。


 何も始まってはいない。


 ニールも。


 ハリトも。


 自分たちが何者なのか知らない。


 それでよかった。


 今の二人に必要だったのは。


 昔、誰だったのかではなく。


 これから、自分で何を選ぶのか。


 その最初の一歩だった。

最後までお読みいただき、ありがとうございます!


今回は――


ニールとハリト、最初の出会いのお話でした!


今ではニールの無茶にツッコミを入れるハリトですが、出会ったその日からすでに、


「なんで、もう友達みたいになってるんだ?」


と言わされています(笑)


たぶんハリトは、この日からずっとニールに巻き込まれています。


そして今回、改訂するうえで大切にしたのが、二人の「最初の選択」です。


本物の冒険者レオンは、魔物を倒しませんでした。


必要なのは敵を倒すことではなく、全員が無事に帰ること。


そしてハリトは、その戦い方を見て、自分から「弓をやってみたい」と思います。


まだ二人は勇者ではありません。


自分たちに何が待っているのかも知りません。


だからこそ、


「昔、誰だったのか」ではなく、

「これから自分で何を選ぶのか」


を大切にした第二話になっています。


ちなみに――。


七歳の頃から、


「いつか全部見に行こうぜ!」


と言っているニール。


この少年、本当にそのまま育ちます(笑)


ここから二人がどんな少年時代を過ごし、やがて冒険へ踏み出していくのか。


引き続き楽しんでいただけたら嬉しいです!


「続きも読みたい!」

「ニールとハリトの旅を追いかけたい!」


と思っていただけましたら、ぜひブックマークや評価で応援よろしくお願いします!


それでは、次の冒険へ!

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