第一話『青い痣』(改訂版 ver.1.01)
ここから、いよいよ第一章『青の勇者』が始まります!
プロローグでは、すでに勇者として冒険しているニールたちを描きました。
ですが、物語の始まりはもっと前。
ニール・レインが、まだ勇者でも冒険者でもなかった頃まで遡ります。
生まれた時から胸にあった、青い痣。
町の近くにありながら、誰もその奥へ辿り着くことのできない《蒼天遺跡》。
そして、幼いニールが夢の中で見る青い光。
この三つが何を意味するのか。
まずは、五歳のニールの日常から始まります!
今回も現在の設定や今後の展開に合わせて、内容を改訂しています。
すでに読んでくださった方も、最初に読んだ時とは少し違うニールの始まりを楽しんでいただけたら嬉しいです!
「ここからの冒険が楽しみ!」
「青い痣や遺跡が気になる!」
と思っていただけましたら、ぜひブックマークや評価で応援よろしくお願いします!
それでは――
第一章 第一話『青い痣』
ニール・レインの冒険の始まりです!
ニール・レインが生まれた日。
父のガイルは、息子の身体にある小さな痣を見つけた。
「……なんだ、これ」
産声を上げる赤ん坊を抱きながら、ガイルが眉を寄せる。
「どうしたの?」
ベッドから、妻のミレアが尋ねた。
「いや……ここ」
ガイルが指差したのは、赤ん坊の左胸。
心臓に近い場所に、小さな痣があった。
青い。
普通の痣とは、少し違って見える。
円にも見える。
何かの紋章にも見える。
けれど、何を表しているのかは分からない。
「産婆さん」
ガイルが尋ねた。
「こういう痣って、あるものなのか?」
「さあねぇ」
老婆は赤ん坊の胸を覗き込んだ。
「生まれつき痣のある子なら珍しくないよ。でも……」
目を細める。
「こんな色は初めて見るねぇ」
「身体に問題は?」
「見たところはないね。むしろ――」
「おぎゃあああああ!」
赤ん坊が大声で泣いた。
「元気すぎるくらいさ」
「……確かに」
ガイルが苦笑する。
ミレアが手を伸ばした。
「抱かせて」
「ああ」
ガイルは赤ん坊を妻へ渡す。
「よしよし」
母親の腕に抱かれると、不思議なことに泣き声が小さくなった。
「あなた、生まれたばかりなのに心配かけるのね」
「誰に似たんだろうな」
「あなたでしょう」
「俺?」
「あなた」
「即答かよ」
ミレアが笑う。
赤ん坊も意味など分からないまま、小さな手を動かした。
「名前」
ミレアが言った。
「決めてたでしょう?」
「ああ」
ガイルは息子を見つめる。
「ニール」
差し出した指を、小さな手が握った。
「ニール・レイン」
ガイルが笑う。
「お前の名前だ」
青い痣が何なのか。
どうして生まれたばかりの少年に、そんなものがあるのか。
この時、それを知る者はいなかった。
ガイルも。
ミレアも。
そしてもちろん――。
ニール自身も。
◇
ニールが生まれた《リーヴェル》は、アルヴェリア王国の片隅にある小さな町だった。
王都のような巨大な城壁はない。
立派な城もない。
有名な騎士団が駐留しているわけでもない。
あるのは畑と川。
水車。
小さな市場。
宿屋。
鍛冶屋。
パン屋。
そして、いくつかの街道。
朝になれば市場に野菜や果物が並び、焼きたてのパンの匂いが町へ広がる。
街道を行き交うのは、人間だけではない。
エルフの商人。
ドワーフの職人。
獣の特徴を持つハーフビースト。
時には、見たこともない土地の服を着た旅人が現れることもあった。
リーヴェルは小さな町だった。
けれど、世界から切り離されているわけではない。
街道を通して、大きな世界の端っこに、ちょこんと繋がっている。
そんな町だった。
そして。
リーヴェルの子どもたちなら、誰でも知っている場所が一つある。
町から少し離れた森の奥。
古い石造りの建物。
いつからそこにあるのかさえ、誰も知らない。
名前は――。
《蒼天遺跡》。
ただし。
子どもたちは、もう一つだけ教えられている。
そこへは――絶対に近づいてはいけない。
◇
「いいか、ニール」
五歳になった頃。
父のガイルは、息子に何度目か分からない注意をしていた。
「森で遊ぶのはいい」
「うん」
「川も、浅いところならいい」
「うん」
「街道には一人で出るな」
「うん」
「それから――」
ガイルの表情が変わる。
「《蒼天遺跡》には絶対に近づくな」
「…………」
「ニール」
「分かってるって」
ニールは頬を膨らませた。
「いつも言うじゃん」
「いつも言わないと、お前は行きそうだから言ってるんだ」
「行かないよ」
「本当に?」
「…………たぶん」
「ニール」
「行きません!」
母のミレアが笑った。
「あなた、完全に信用されてないわね」
「なんで!?」
「日頃の行いじゃない?」
「俺、いい子だよ!」
両親が顔を見合わせた。
「…………」
「なんで黙るんだよ!」
笑い声が家に響いた。
ただ。
ニールには一つ、納得できないことがあった。
「父さん」
「なんだ?」
「なんで《蒼天遺跡》はダメなの?」
「危ないからだ」
「何が?」
「魔物がいる」
「森にもいるじゃん」
「遺跡の近くは違う」
ニールが首を傾げた。
「違う?」
ガイルは少し考えた。
「町の近くに出る魔物なら、お前も見たことあるだろ」
「プニラとか?」
「ああ」
町の周辺に魔物が現れること自体は、珍しいことではない。
小さな《プニラ》。
畑を荒らす《ツノウサギ》。
森に棲む《フォレストラット》。
危険がないわけではない。
それでも、町の衛兵や腕に覚えのある大人なら対処できる程度の魔物だった。
だから子どもたちも、
見つけても近づかない。
すぐに大人を呼ぶ。
そう教えられている。
「でも、《蒼天遺跡》の近くには、たまにもっと強い魔物が出る」
「どれくらい?」
「さあな」
「父さんより強い?」
「なんで俺を基準にする」
「父さん、強い?」
「まあまあだ」
「レベルいくつ?」
「教えん」
「なんで!?」
「最近測ってない」
「低いんだ!」
「違う!」
「じゃあいくつ?」
「うるさい!」
ミレアが吹き出した。
ニールも笑う。
けれど。
ガイルはすぐに真面目な顔へ戻った。
「それだけじゃない」
「まだあるの?」
「ああ。あそこは……変なんだ」
「変?」
「昔から何度も調べられてる。でも、よく分からない」
《蒼天遺跡》。
リーヴェルの近くに存在する古代遺跡。
外側の構造は、これまで何度も冒険者や研究者によって調べられてきた。
古い石壁。
崩れた通路。
風化した柱。
だが、そのさらに奥に。
どうしても開かない場所があるという。
「扉?」
「ああ」
「鍵がかかってるの?」
「そんな簡単なもんじゃないらしい」
「壊せば?」
「壊れない」
「魔法は?」
「効かない」
「穴掘って入れば?」
「…………」
ガイルが黙った。
「何?」
「お前、そういうところだけ頭回るよな」
「入れる?」
「入れない」
「なんで?」
「知らん」
「じゃあ――」
「先に言っとくが、上からも下からも横からも駄目だったらしい」
「全部やったの!?」
「昔の冒険者ってのは、お前みたいなことを考える奴が多かったんだろ」
「俺、冒険者向いてる?」
「そういう話じゃない」
ミレアが笑っている。
「それに」
ガイルは続けた。
「遺跡の周辺では、ごく稀に、この辺りじゃ見ない強い魔物が現れることがある」
「どうして?」
「分からん」
「遺跡から出てくるの?」
「それも分からん」
「じゃあ、遺跡の中には何があるの?」
「分からん」
「誰が作ったの?」
「分からん」
「なんで開かないの?」
「分からん!」
ニールがじっと父を見る。
「父さん、何も知らないじゃん」
「だから危ないんだよ!」
「え?」
ガイルの声が、少しだけ低くなった。
「分からないから、危ないんだ」
ニールは黙った。
「何があるか分からない。何が起きるかも分からない。そんな場所へ、面白そうだからって近づくな」
「…………」
「冒険することと、無茶することは違う」
ニールは父を見上げた。
その言葉の意味を、五歳の自分がどこまで理解できたのかは分からない。
ただ。
父が本気で心配していることだけは分かった。
「……分かった」
「本当だな?」
「行かない」
「よし」
ガイルが頭を撫でる。
ニールは少しだけ不満そうにしながら、それを受け入れた。
でも。
大人にも分からない。
誰が作ったのかも分からない。
何があるのかも分からない。
どうやっても開かない場所がある。
そして。
絶対に近づいてはいけない。
そんなことを聞かされた五歳児が――。
気にならないはずがなかった。
「ニール」
「なに?」
「今、やっぱり行ってみたいって思っただろ」
「…………」
「顔に書いてある」
「行かないって!」
「絶対だぞ」
「分かったって!」
ニールはそう答えた。
少なくとも、その時は本当に行くつもりなんてなかった。
ただ。
その名前だけは、少年の中にしっかりと残った。
――《蒼天遺跡》。
◇
その夜。
ニールは夢を見た。
暗い場所だった。
どこなのか分からない。
上も。
下も。
右も左も。
何も見えない。
ただ。
遠くに、小さな光がある。
青い光。
「……なんだろ」
ニールは、その光へ向かって歩いた。
一歩。
また一歩。
けれど。
どれだけ歩いても近づかない。
「待ってよ」
なぜそんなことを言ったのか、自分でも分からなかった。
光は何も答えない。
「おーい!」
声を上げる。
返事はない。
ただ。
青い光が、一度だけ強く瞬いた。
「…………」
なぜだろう。
怖くはなかった。
むしろ。
初めて見るはずなのに。
どこか懐かしいような気がした。
「どこにいるの?」
手を伸ばす。
届かない。
もう少し。
あと少しだけ――。
◇
「――っ!」
ニールは目を開けた。
「…………」
自分の部屋。
窓から月明かりが差し込んでいる。
「……夢?」
身体を起こす。
何かを見ていた。
青い何か。
それを追いかけていた。
でも。
目を覚ました途端、どんどん記憶が薄れていく。
「なんだったっけ」
寝巻きの胸元が少しずれていた。
月明かりが、左胸を照らす。
生まれた時からある青い痣。
「…………」
ニールは指で触った。
別に痛くない。
熱くもない。
いつもと同じだ。
父さんも母さんも、
「生まれつきだから気にするな」
と言っている。
だからニールも、普段は気にしていなかった。
「……変なの」
布団へ潜る。
しばらくすると、規則正しい寝息が聞こえ始めた。
部屋には月明かりだけが残った。
青い痣は――。
何の変化も見せなかった。
◇
同じ夜。
リーヴェルから離れた森の奥。
《蒼天遺跡》。
月明かりすら届かない、その深部。
これまで多くの冒険者や研究者が探しながら、辿り着くことのできなかった場所がある。
巨大な石の扉。
そのさらに奥。
暗闇の中に、何かがあった。
石。
岩。
あるいは。
もっと別の何か。
長い時間をかけて土と苔に覆われ、元の形さえ分からない。
何も動かない。
何も聞こえない。
ただ静かに。
そこにある。
その奥で。
――ほんの一瞬。
青い光が灯った。
そして。
何事もなかったかのように、消えた。
◇
翌朝。
「ニール! 起きなさい!」
「……あとちょっと」
「朝よ!」
「あと五分……」
「五分って何?」
「……分かんない」
「寝ぼけてないで起きなさい!」
「うぅ……」
ニールは布団の中へ潜る。
「今日はトーマたちと遊ぶんじゃなかったの?」
「…………」
三秒。
「やばい!!」
ニールが飛び起きた。
ガンッ!
「いってぇ!」
「また!?」
壁に頭をぶつける。
「なんで起こしてくれなかったんだよ!」
「今起こしたでしょう!」
「もっと早く!」
「さっきから起こしてます!」
ニールは慌てて着替え始める。
「朝ごはん!」
「いらない!」
「食べなさい!」
「時間ない!」
「ニール!」
テーブルからパンを一つ掴む。
「もらってく!」
「それ朝ごはん!」
「じゃあ食べてる!」
「座って食べなさい!」
「行ってきます!」
「話を聞きなさい!」
扉が開く。
朝のリーヴェルへ、一人の少年が飛び出していった。
「トーマー! 待ってろー!」
昨日の夢なんて、もう半分以上忘れている。
青い光も。
そこへ手を伸ばしたことも。
五歳のニールにとって、そんなことより大切なのは――。
「遅いぞ、ニール!」
「まだ始めてないだろ!」
「お前待ちだ!」
「じゃあ間に合った!」
「それを遅刻って言うんだよ!」
友達と遊ぶことだった。
ニール・レイン。
五歳。
まだ剣を持ったこともない。
冒険者でもない。
勇者なんて、昔話に出てくる英雄だと思っている。
彼にとって世界とは。
父と母がいて。
友達がいて。
走り回れる町があって。
その向こうに、まだ見たことのない何かがある場所だった。
《蒼天遺跡》も。
胸にある青い痣も。
昨夜見た青い光も。
今のニールにとっては、まだ何の意味も持っていない。
少年は知らない。
自分がこれから、何を選ぶのか。
誰と出会うのか。
どこまで旅をすることになるのか。
そして。
森の奥で眠り続けるものが。
いつか自分の選択によって、再び動き始めることを。
今はまだ。
「ニール! お前が鬼な!」
「なんでだよ!」
「遅刻したから!」
「そんなルールなかっただろ!」
「今できた!」
「勝手にルール増やすな!」
そんな理不尽なルールの方が、よっぽど大問題だった。
ニールは全力で友達を追いかける。
朝のリーヴェルに、子どもたちの笑い声が響いていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
第一章『青の勇者』、スタートしました!
プロローグでは勇者として戦っていたニールですが、この頃はまだ五歳の普通の少年です。
勇者でもない。
冒険者でもない。
剣すら握ったことがない。
今のニールにとって大問題なのは、世界の命運なんかではなく――
友達との遊びに遅刻したら鬼にされること。
このくらいです(笑)
ですが、そんなニールの周りには、すでにいくつかの不思議があります。
生まれた時から胸にある青い痣。
誰も奥へ進めない《蒼天遺跡》。
夢の中に現れた青い光。
そして同じ夜、遺跡の奥でも一瞬だけ灯った光。
これらが偶然なのか。
それとも、何かで繋がっているのか。
今はまだ、ニール自身も知りません。
今回の改訂では、後の展開につながる部分を整理しながら、何よりも「勇者になる前のニールは、どこにでもいる好奇心旺盛な少年だった」というところを大切にしました。
ここから彼が成長し、冒険者になり、仲間たちと出会い――やがてプロローグで描かれた場所へと繋がっていきます。
その過程を一緒に楽しんでいただけたら嬉しいです!
「ニールの冒険を追いかけたい!」
「この先も読んでみたい!」
と思っていただけましたら、ぜひブックマークや評価で応援していただけると、とても励みになります!
それでは――
まだ五歳。
青の勇者になる前の、ニール・レインの冒険をお楽しみください!




