第三十一話『シロナ・エルネージュ』(改訂版 ver.1.01)
今回は、シロナのお話。
いつも穏やかで、ニールたちより少し先を歩いている彼女。
なぜ旅を続けているのか。
仲間とは何なのか。
そして、進むことと戻ること。
シロナの冒険者としての考え方が、少しだけ見えてきます。
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翌朝。
俺とハリトが冒険者ギルドへ入ると。
シロナはもうそこにいた。
ただし。
いつものように依頼掲示板を見ているわけじゃない。
受付の前で。
リディアさんと何か話していた。
「――やっぱり、見つかっていないんですね」
「はい。残念ながら」
シロナの声が。
いつもより少し低い。
「シロナ?」
俺が声をかけると。
シロナが振り返った。
「おはようございます。ニールさん、ハリトさん」
「おはよう」
「何かあった?」
「以前、私が受けていた依頼について確認していたんです」
「以前?」
俺が首を傾げると。
ハリトが先に気づいた。
「行方不明の冒険者?」
「はい」
「あ」
思い出した。
森から魔物が逃げ出して。
ラグナード中の冒険者が動いた日。
俺たちが街道へ向かった一方で。
シロナは北側へ向かっていた。
行方が分からなくなった冒険者を捜すために。
「まだ見つかってないの?」
「正確には、途中まで足取りを追うことはできました」
シロナが答える。
「ですが、森の手前で痕跡が途切れていました」
「森……」
俺の隣で。
ハリトが小さく呟いた。
北の森。
最近、魔物たちが外へ流れ出している場所。
そして。
なぜかハリトが。
ずっと気にしている場所。
「それで戻ってきたの?」
「はい」
「中までは探さなかった?」
「探していません」
「シロナでも?」
「私だから、です」
「え?」
シロナは。
当たり前のことを話すように言った。
「私は一人でした」
「でも、シロナは四つ星だろ?」
「はい」
「かなり強いじゃん」
「そうですね」
否定しないんだ。
「だったら――」
「ニールさん」
シロナが俺を見る。
「進めることと、進んでいいことは違います」
「…………」
その言葉に。
昨日会った男の顔が浮かんだ。
黒い装備。
背中の大剣。
七つ星冒険者。
ハルキ・サトー。
一人で。
国家級の依頼すら終わらせてしまう男。
「私が受けたのは、行方不明者の捜索です」
シロナは続ける。
「見つけることが目的なのに、私まで帰らなければ意味がありません」
「……そっか」
「危険を冒すことと、無謀なことをするのは違います」
俺の横で。
ハリトが小さく笑った。
「なんだよ」
「ニールに聞かせたい言葉だなって」
「俺だって分かってる!」
「本当に?」
「……最近は!」
「最近なんですね」
シロナまで。
「増えた!」
シロナが小さく笑う。
でも。
すぐに地図へ視線を戻した。
「だから私は、分かったことをすべて報告して戻りました」
リディアさんが頷く。
「その後も別の冒険者たちに情報収集をお願いしていました。そして今朝、新しい情報が入りました」
「新しい情報?」
「はい」
リディアさんが。
机の上へ一枚の地図を広げた。
ラグナード。
北へ続く街道。
そして。
その先に広がる森。
森の手前に、小さな印が付いている。
「行方不明になっているのは、三つ星冒険者二名です。北側で薬草の採取依頼を受けたあと、帰還していません」
「二人……」
「シロナさんが最後に痕跡を確認したのが、この付近です」
リディアさんの指が。
森の手前を示す。
まだ。
中じゃない。
「そして今朝、別の冒険者から情報が入りました」
指が。
少し西へ動く。
「この場所で、冒険者用の携帯食と思われる包みが見つかりました」
「じゃあ!」
俺は身を乗り出す。
「まだ生きてるかもしれない?」
「可能性はあります」
「だったら俺たちも――」
「ニール」
ハリトが言った。
「まだ何も言ってない!」
「顔に書いてあるよ」
「また!?」
俺の顔。
依頼書より情報量多くないか?
リディアさんが小さく笑う。
「現在、追加の調査依頼を準備しています」
「それ!」
「最後まで聞いてください」
「はい」
「ただし」
リディアさんの表情が変わる。
「森の内部へ入る依頼ではありません」
「外側だけ?」
「はい。外縁部までです」
それなら。
俺たちでも――
「正式に掲示されたら、内容を確認してください」
「…………」
「勇者だから特別に、はありませんからね」
「まだ何も言ってないのに!」
「顔に書いてあります」
「リディアさんまで!?」
ハリトが笑う。
シロナも笑っていた。
くそ。
絶対。
俺の顔のせいじゃない。
こいつらが俺の扱いに慣れてきただけだ。
◇ ◇ ◇
追加依頼が正式に出るまで。
少し時間がかかるらしい。
それに。
ミーナもまだ来ていない。
俺たちはギルドの端にあるテーブルで。
今日受けられそうな依頼を眺めながら待つことにした。
「そういえばさ」
「はい?」
俺は向かいに座るシロナを見る。
「昨日の話」
「昨日?」
「シロナが旅してる理由」
「ああ」
隣に座っていたハリトが。
依頼書からちらっと顔を上げた。
やっぱり。
こいつも気になってるじゃん。
「いろんなものを見たいって言ってたじゃん」
「言いましたね」
「いつから旅してるの?」
「ずいぶん前からですよ」
「ずいぶんって?」
「女性に年齢を尋ねるのは感心しませんね」
「年齢聞いてないだろ!?」
「今、聞こうとしましたよね?」
「ちょっとだけ!」
「ニール」
「はい」
ハリトがため息をつく。
「で」
俺は気を取り直す。
「ずっと一人で旅してるの?」
「いいえ」
シロナは首を横に振った。
「一人の時期もありますし、誰かと一緒に旅をすることもあります」
「固定の仲間はいないの?」
「今はいませんね」
「今は?」
「昔はいましたよ」
「へえ!」
聞きたい。
めちゃくちゃ聞きたい。
「どんな人?」
「いろんな方がいました」
「剣士?」
「いましたね」
「魔法使い?」
「いました」
「エルフ?」
「いましたよ」
「ドワーフ?」
「いました」
「全部いるじゃん!」
「長く冒険者をしていますから」
シロナは平然と。
お茶を飲む。
なんかずるい。
答えてる。
ちゃんと答えてるんだけど。
全然詳しく教えてくれない。
「その人たちは?」
今度は。
ハリトが聞いた。
「どうして別れたの?」
シロナは。
少しだけ考えた。
「それぞれ、行きたい場所が違ったからですね」
「仲が悪くなったとか?」
「いいえ」
「じゃあ」
俺は聞く。
「ずっと一緒に旅すればよかったんじゃない?」
シロナは。
ゆっくり首を横に振った。
「仲間だからといって、ずっと同じ道を歩く必要はありませんよ」
「…………」
「一緒に行きたい場所があるなら、一緒に行けばいい」
シロナが言う。
「でも、いつか別の場所へ行きたくなったのなら」
一度。
言葉を切る。
「そこで別れればいいんです」
「寂しくない?」
「寂しいですよ」
即答だった。
「寂しいんだ」
「当たり前でしょう」
シロナが笑う。
「仲間だったんですから」
「だったら――」
「でも」
シロナの声は。
優しかった。
「私が寂しいからという理由だけで、その人が行きたい場所を止めたくはありません」
「…………」
「それに」
シロナは。
窓の外を見る。
「別々の道を歩いたからといって、仲間ではなくなるわけでもありません」
「また会える?」
「会えますよ」
「本当に?」
「実際、何人かとは何度も再会しています」
「おお」
「会うたびに、知らない話が増えているんです」
知らない街へ行った話。
変わった魔物に出会った話。
新しい仲間ができた話。
「結婚した方もいますし、お店を始めた方もいます」
「冒険者を辞めた人もいるんだ」
「もちろん」
「それでも仲間?」
「はい」
迷わなかった。
「仲間というのは」
シロナが俺を見る。
「同じ場所にいることではないと思っていますから」
「…………」
俺は。
昨日の夜を思い出した。
一人で進むハルキ。
仲間と進みたい俺。
でも。
シロナは。
そのどちらとも少し違う。
一緒に歩く時もある。
一人で歩く時もある。
別々の場所へ行くこともある。
それでも。
仲間。
「シロナって」
「はい?」
「大人だな」
「大人ですよ」
「見た目は――」
「ニール」
ハリトが止めた。
「まだ何も言ってない!」
「今のは止めた方がいい」
「何を言おうとしたんですか?」
シロナが。
笑顔で俺を見る。
「何も!」
「そうですか」
「はい!」
怖い。
笑顔なのに。
なぜか。
ベルトさんまで静かだった。
◇ ◇ ◇
「でもさ」
俺は話を戻した。
「シロナって、どこを目指してるの?」
「目指す?」
「最終目的地みたいなの」
俺には。
強くなりたい。
冒険者として上へ行きたい。
もっと。
いろんな場所を見たい。
今は。
それくらいしかない。
でも。
シロナはずっと旅をしている。
なら。
最後に辿り着きたい場所みたいなものが。
あるのかと思った。
「ありませんね」
「ないの?」
「はい」
「じゃあ、いつ旅が終わるの?」
「さあ?」
「さあ!?」
「分かりません」
シロナは。
楽しそうに笑った。
「全部決めてから出発する必要はないでしょう?」
「…………」
「行きたい場所へ行く」
シロナは。
窓の向こうへ視線を向ける。
「そこで知らないものを見つける」
「うん」
「そうしたら、また次に行きたい場所ができる」
「それでいいの?」
「私は、それが好きなんです」
「…………」
目的地がない。
そう聞くと。
迷っているようにも思える。
でも。
シロナは。
全然迷っているようには見えなかった。
目的地が決まっていないことと。
自分で道を選んでいないことは。
たぶん。
違うんだ。
「もし」
ハリトが。
静かに口を開いた。
「行く理由が分からない場所があったら?」
シロナが。
ハリトを見る。
「理由が分からない?」
「なんとなく気になる」
ハリトが。
ゆっくり言葉を探す。
「どうしてなのか、自分でも分からない。でも……ずっと気になる場所」
「…………」
北の森だ。
俺にも。
すぐ分かった。
でも。
何も言わなかった。
シロナも。
たぶん。
気づいている。
それでも。
森の名前は出さなかった。
「ハリトさんは」
シロナが聞く。
「そこへ行きたいんですか?」
「……分からない」
「では、まだ行かなくてもいいのでは?」
「え?」
「行きたいと思った時に、行けばいいんです」
「でも」
ハリトが俯く。
「行かなきゃいけない場所だったら?」
「誰が決めたんです?」
「それは……」
ハリトが黙った。
「何かに呼ばれている気がする」
シロナは言う。
「そこに何か意味がある気がする」
ハリトが。
ゆっくり顔を上げた。
「そういうことは、あると思います」
「じゃあ――」
「でも」
シロナが。
優しく笑った。
「最後に足を動かすのは、ハリトさんです」
「僕が……」
「はい」
「誰かに呼ばれたからでも」
シロナは続ける。
「誰かに行けと言われたからでもない」
そして。
昨日と同じ言葉を。
もう一度。
「自分が見たいと思った時に、見に行けばいいんですよ」
「…………」
ハリトは。
何も答えなかった。
でも。
その横顔は。
ずっと。
何かを考えていた。
「シロナ」
「はい?」
「シロナは怖くないの?」
俺は聞いた。
「知らない場所へ行くの」
「怖いですよ」
また。
即答だった。
「怖いんだ」
「当たり前です」
「でも行くんだろ?」
「行きたい時は」
「じゃあ」
俺は。
今朝の話を思い出す。
「行きたいけど、危ない時は?」
「戻ります」
「…………」
「そして」
シロナは。
ほんの少し笑った。
「また行ける時に行きます」
「諦めない?」
「戻ることと、諦めることは違いますから」
「…………」
ああ。
そうか。
だから。
あの時。
シロナは北の森へ入らなかった。
怖かったから。
弱かったから。
じゃない。
進まないと。
自分で決めたんだ。
「進むのも」
シロナが言った。
「戻るのも」
お茶の入った杯を持ち上げる。
「自分で決めればいいんですよ」
なんとなく。
俺は。
その言葉を覚えておこうと思った。
◇ ◇ ◇
昼前。
「ごめん! 遅れた!」
ギルドの扉が勢いよく開いた。
ミーナが飛び込んでくる。
「遅い!」
「ちょっと用事があったの!」
「何の?」
「女の子にはいろいろあるの」
「便利だな、その言葉!」
「便利だよ?」
ミーナが笑いながら。
俺たちのテーブルへやってくる。
「で、今日は何する?」
「まだ決めてない」
「珍しいじゃん」
「ちょっと話してた」
「何を?」
「シロナの昔の仲間とか」
「なにそれ、私も聞きたい!」
「だろ?」
「ニールさん」
「はい」
「勝手に続きを始めないでくださいね」
「ええ!?」
「私も聞きたい!」
「ミーナさんまで……」
シロナが苦笑する。
その時だった。
ギルドの掲示板の前へ。
職員が一枚の紙を張り出した。
「お」
俺たちだけじゃない。
何人かの冒険者が。
新しく張られた依頼書を見る。
俺も立ち上がった。
紙の上部に。
大きく書かれている。
《北部森林外縁・行方不明者痕跡調査》
その下。
推奨冒険者等級。
★★以上。
「…………」
俺は。
隣を見る。
ハリトも。
依頼書を見ていた。
北の森。
ただし。
中へ入る依頼じゃない。
その外側。
行方不明になった冒険者の。
痕跡を探す依頼。
「ハリト」
「うん」
いつもの俺なら。
たぶん。
こう言っていた。
行こうぜ。
面白そうだ。
受けよう。
でも。
さっきのシロナの言葉が。
頭に残っていた。
最後に。
足を動かすのは。
自分。
「どうする?」
俺は。
それだけ聞いた。
「…………」
ハリトが。
少し驚いた顔で俺を見る。
それから。
依頼書へ視線を戻した。
北の森。
ずっと。
気になっていた場所。
何かに呼ばれているような。
理由も分からないまま。
見ていた場所。
しばらくして。
ハリトが。
小さく息を吐いた。
「行こう」
俺は。
何も言わず。
続きを待った。
「行方不明の人を探したい」
「森に呼ばれてるから?」
ハリトは。
首を横に振った。
「今は、それじゃない」
「そっか」
「うん」
俺は笑った。
「じゃあ、決まりだな」
「私も行く!」
ミーナが。
すぐに手を挙げる。
「まだ内容ちゃんと読んでないだろ!」
「今から読む!」
「先に参加表明すんなよ!」
「ニールも同じでしょ!」
「俺はハリトに聞いたからいいの!」
「何その理屈!」
俺たちが言い合っている横で。
シロナが。
依頼書を見ていた。
「私も同行しましょう」
「いいの?」
「元々、私が追っていた依頼ですから」
そして。
シロナは。
ハリトを見る。
「自分で決めましたね」
「……うん」
「では」
シロナが微笑んだ。
「行きましょう」
「よし!」
俺は。
依頼書を見る。
北の森。
俺たちは。
まだ、その中へは入らない。
入るつもりもない。
これは。
勇者だから受ける依頼じゃない。
使命でもない。
森に呼ばれたからでもない。
行方が分からなくなった。
二人の冒険者を探す。
ただ。
それだけの依頼だ。
でも。
なぜだろう。
掲示板の前に立つ。
ハリトの横顔を見ていると。
俺たちは。
少しずつ。
あの森へ。
近づいているような気がした。
「戻ることと、諦めることは違いますから」
今回は、シロナ・エルネージュという冒険者が、どんなふうに世界を歩いてきたのかが少し見える回でした。
仲間だから、ずっと一緒にいなければならないわけじゃない。
行きたい場所が違えば、別々の道を歩いてもいい。
そして、また会えばいい。
進むのも、戻るのも、自分で決める。
そんなシロナの言葉を聞いたハリトが、最後に自分で選んだのは――北の森へ続く依頼でした。
少しずつ、物語があの森へ近づいていきます。
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