第三十話『冒険者の夜』(改訂版 ver.1.01)
強くなった。
新しい技も覚えた。
だったら当然、試してみたい。
……のですが。
今日の依頼は、薬草採取です。
たまには何も起きない冒険を。
ラグナードの西門を出て、しばらく歩いたところに薬草の群生地がある。
今日の依頼は、そこで薬草を採取しながら周辺の状態を確認すること。
討伐なし。
危険度も低い。
身体を戻したばかりの俺には、ちょうどいい依頼――らしい。
「…………」
俺は腰の剣を見る。
それから。
少し離れたところに立っている木を見る。
「…………」
「駄目だよ」
「まだ何も言ってないだろ!」
しゃがみ込んで薬草を摘んでいたハリトが、顔も上げずに言った。
「《蒼閃》を試そうとしてたでしょ」
「なんで分かった!?」
「さっきから木ばっかり見てるから」
「一回だけ!」
「昨日もそれ言ってたよね」
「今日は昨日より上手くできるかもしれないだろ!」
「依頼は薬草採取だからね」
「分かってるけどさあ」
俺は周囲を見回す。
草。
木。
草。
たまに虫。
以上。
「暇だ」
「始めてまだ三十分も経ってないよ」
「だってさあ」
LEVEL十になった。
《蒼駆Ⅰ》と《蒼閃Ⅰ》。
初めて自分で選んだ《勇者技能》まで手に入れた。
なのに。
薬草。
「せっかく新しい技覚えたのに」
「昨日《蒼駆》で止まれなかった人が何か言ってる」
「今日は止まれる!」
「たぶん?」
「…………たぶん」
「駄目だね」
くそ。
その時。
腰から声がした。
『――未熟』
「ベルトさんまで!」
青い部分が小さく光る。
「お前、絶対その言葉気に入ってるだろ!」
『――肯定』
「気に入ってるの!?」
ハリトが吹き出した。
「仲良くなったね」
「これ仲良いのか!?」
『――肯定』
「お前が決めるな!」
「ニール」
「ん?」
少し離れたところから、ミーナが手招きしている。
「こっち」
「魔物!?」
「薬草」
「…………」
「露骨に残念そうな顔しないでよ」
ミーナの足元には、小さな青い葉の植物が生えていた。
依頼書に描かれていた薬草だ。
「これ?」
「うん。でも根っこから抜いちゃ駄目だからね」
「なんで?」
「次に生えなくなるから」
「なるほど」
俺は葉の根元へ手を伸ばす。
「そこじゃない」
「え?」
「もう少し上」
「ここ?」
「違う。貸して」
ミーナが俺の隣にしゃがむ。
「こうやって――」
ぷつん。
葉と茎の一部だけを綺麗に摘み取った。
「根と若い芽を残すの」
「へえ」
「全部採ったら、次に来た冒険者が困るでしょ?」
「なるほどなあ」
「冒険者は魔物を倒すだけではありませんからね」
後ろからシロナの声がした。
「うおっ!」
「なぜ驚くんですか」
「気配なかったから」
「普通に歩いてきましたよ」
シロナが俺たちの籠を見る。
「採りすぎない。必要な量だけ持ち帰る。群生地に異常がないか確認する。それも今回の仕事です」
「地味だな」
「大切な仕事ですよ」
「分かってるけどさ」
俺は薬草を見る。
《石角羊》三十七匹と戦って。
三日間眠って。
LEVEL十になって。
《勇者技能》まで手に入れた。
その次が。
薬草。
落差がすごい。
「俺、LEVEL十なんだけどなあ」
「薬草はLEVEL十でも勝手に籠へ入ってくれませんよ」
「シロナって、たまにすごく正しいこと言うよな」
「たまに?」
「いつもです!」
「よろしい」
なんか最近。
シロナの扱い方が分かってきた気がする。
『――未熟』
「ベルトさん、それ今関係ないだろ!」
◇ ◇ ◇
結局。
何も起こらなかった。
本当に。
何も。
魔物にも遭わなかった。
怪我人も出なかった。
謎の音もしなかった。
地面も揺れなかった。
ベルトさんも変な反応をしなかった。
薬草を採って。
周辺を確認して。
依頼書に書かれた量を籠へ入れて。
終わった。
「……平和だった」
「いいことじゃん」
ミーナが言う。
「そうなんだけど」
なんか。
物足りない。
「毎回大事件が起きたら困るよ」
ハリトが笑う。
「分かってるって」
「本当に?」
「……たぶん」
「信用できないなあ」
「お前までシロナみたいになってきたぞ」
「良い傾向ですね」
「増えた!」
帰り道。
俺たちはくだらない話をしながら歩いた。
ミーナが途中で見つけた赤い木の実を摘もうとして、シロナに止められたり。
「食べられるかな?」
「分からないものを食べないでください」
「ちょっとだけなら」
「駄目です」
「一個だけ」
「駄目です」
「ニール」
「俺に渡すな!」
ハリトが道端にいた鳥を見つけて。
「あれは《灰羽鳥》だね。この辺りでは珍しくないけど、季節によって――」
「待って」
「何?」
「なんでそんな詳しいの?」
「普通じゃない?」
「普通じゃない」
「ミーナまで!?」
俺は落ちていた枝を拾った。
長さ。
重さ。
悪くない。
「《蒼閃》!」
「枝でやらないで」
「まだ振ってない!」
「捨ててください」
「シロナまで!」
『――未熟』
「だからお前は黙ってろ!」
何も起こらなかった。
本当に。
何も。
でも。
不思議と。
退屈ではなかった。
◇ ◇ ◇
「依頼達成を確認しました」
ラグナードへ戻ると、リディアさんが薬草と報告書を確認してくれた。
「群生地にも異常なし。採取量も適正ですね」
「完璧?」
「完璧です」
「おお!」
なんか嬉しい。
「ニールさん」
「はい」
「討伐数、零」
「わざわざ言わなくていいですよ!」
「素晴らしいです」
「子ども扱いしてません!?」
「していませんよ」
「今、笑った!」
リディアさんが口元を隠す。
絶対笑ってる。
「でも」
リディアさんが薬草の入った籠を見る。
「こういう依頼をきちんと終えることも、大切なんですよ」
「分かってます」
「本当に?」
「なんでみんな確認するんですか!?」
笑い声が上がった。
でも。
今回は本当に。
何も倒さずに依頼を終えた。
それでも。
ちゃんと依頼達成。
報酬を受け取る。
冒険者としての記録も増える。
魔物を倒すだけじゃない。
人を助ける。
荷物を運ぶ。
調べる。
採る。
守る。
それも。
全部、冒険者の仕事なんだ。
「……悪くないな」
「何が?」
ハリトが聞く。
「なんでもない」
◇ ◇ ◇
その夜。
「かんぱーい!」
木の杯がぶつかった。
場所は冒険者ギルド近くの食堂。
俺。
ハリト。
ミーナ。
シロナ。
四人で一つのテーブルを囲んでいた。
「ニールの復帰祝い!」
ミーナが杯を上げる。
「俺の?」
「あと今日の依頼成功祝い」
「薬草採っただけだけど」
「依頼は依頼でしょ」
「それもそうか」
テーブルには。
焼いた肉。
パン。
野菜の煮込み。
湯気の立つスープ。
そして。
「これ、うまっ!」
俺は肉を頬張る。
「ニール、さっきからそれしか食べてないよ」
「だってうまい」
「野菜も食べなよ」
「母さんみたいなこと言うなよ」
「誰がお母さんよ!」
ミーナが俺の皿に野菜を乗せる。
「増えた!」
「食べる」
「はい……」
ハリトが笑っている。
「なんだよ」
「いや。楽しそうだなって」
「お前も食え」
俺はハリトの皿にも野菜を乗せる。
「なんで僕の皿にも?」
「仲間だから」
「そういう時だけ仲間を使わないでよ」
「仲間なら苦しみも分け合わないと」
「野菜食べるだけで大げさだよ」
くだらない。
本当に。
くだらない。
でも。
楽しい。
俺は肉を食べながら。
ふと。
今朝のことを思い出した。
黒い装備。
背中の大剣。
七つ星。
国家級の依頼を。
一人で終えてきた男。
「……ハルキさんってさ」
俺が言うと。
三人がこっちを見た。
「急にどうしたの?」
「いや」
俺は肉を置く。
「本当に、ずっと一人なんだよな」
「そうみたいだね」
ハリトが答える。
「依頼も一人」
俺は指を一本立てる。
「戦うのも一人」
二本。
「旅するのも一人」
三本。
「飯も?」
「そこは知りません」
シロナが答えた。
「たとえばだよ!」
俺は目の前の三人を見る。
「今日みたいな依頼も、一人で受けて。一人で薬草採って。一人で帰ってきて」
それから。
テーブルを見る。
「一人で飯食って」
「…………」
「それをずっとだろ?」
想像してみる。
誰にも文句を言われない。
好きな依頼を受けて。
好きなところへ行って。
好きなものを食べて。
全部。
自分で決める。
楽なのかもしれない。
ハルキさんは。
それで七つ星まで行った。
国家級の依頼まで。
一人で終わらせる。
「でもさ」
「うん?」
「俺は無理だな」
ミーナが首を傾げる。
「何が?」
「一人で冒険するの」
「七つ星になれたとしても?」
「それでも」
俺は即答した。
「嫌だな」
ハリトが小さく笑った。
「ニールらしいね」
「そうか?」
「うん」
「だってさ」
俺は三人を見る。
「今日だって、一人だったら薬草採って帰ってきただけだぞ」
「実際そういう依頼だからね」
「でも四人だったから、ミーナが変な木の実食おうとしたり」
「食べてない!」
「ハリトが鳥の話を始めたり」
「聞いたのニールだよ」
「シロナに怒られたり」
「ニールさんが怒られることをするからです」
「ほら!」
「何が『ほら』なの?」
「こういうのがあるじゃん」
三人が。
少しだけ黙った。
「俺は」
なんとなく。
笑ってしまった。
「こっちがいい」
ミーナが。
少しだけ目を細めた。
「……そ」
「なんだよ、その反応」
「別に」
「絶対なんかあるだろ」
「ないって」
「ハリトも笑うな!」
「笑ってないよ」
「笑ってる!」
シロナも。
ほんの少し。
笑っていた。
「シロナまで!」
「いえ」
「笑っただろ!」
「良いと思いますよ」
「何が?」
シロナが杯を置いた。
「自分が、どう冒険したいのか」
「…………」
「それを自分で分かっていることです」
自分が。
どう冒険したいのか。
「強くなることだけが、冒険ではありませんから」
その言葉に。
俺は少し考えた。
LEVEL十。
《勇者技能》。
七つ星。
ハルキ・サトー。
強くなりたい。
それは変わらない。
もっと強くなりたい。
もっといろんなところへ行きたい。
でも。
それだけじゃない。
「シロナは?」
「はい?」
「シロナは、どういう冒険がしたいんだ?」
シロナの手が止まった。
「だって、ずっと旅してるんだろ?」
「そうですね」
「四つ星になるくらい、いろんな場所を旅して」
「はい」
「何か目的があるの?」
ハリトも顔を上げた。
ミーナもシロナを見る。
少しだけ。
シロナが考える。
それから。
いつもの穏やかな声で答えた。
「見たいからですよ」
「……何を?」
「いろいろです」
「いろいろって」
「知らない街」
シロナが指を一本立てる。
「知らない景色」
二本。
「知らない魔法。知らない人。知らない文化」
そして。
小さく笑った。
「この世界には、私が知らないものがまだたくさんあります」
「それを見るために旅してるの?」
「はい」
「誰かに頼まれたわけでもなく?」
「もちろん」
「使命とか?」
「ありませんよ」
「じゃあ」
「私が見たいから」
シロナは言った。
「見に行くんです」
「…………」
単純だった。
でも。
なんか。
すごくいいと思った。
「それ、分かる」
「ニールさんなら、そう言うと思いました」
「だって知らない場所あったら行きたいじゃん!」
「危険な場所にも行こうとするのが問題なのです」
「今いい話だったのに!」
「それとこれは別です」
「厳しい!」
ミーナが笑う。
でも。
ハリトだけ。
笑っていなかった。
「…………」
ほんの一瞬。
手が止まっていた。
「ハリト?」
「……何?」
「どうした?」
「なんでもないよ」
「本当?」
「うん」
ハリトは笑った。
いつもの。
ハリトの笑い方。
でも。
その目だけが。
一瞬。
俺たちじゃない。
もっと遠い場所を見ていたような気がした。
◇ ◇ ◇
食堂を出る頃には。
すっかり夜になっていた。
ラグナードの通りには明かりが並び。
冒険者たちの笑い声が、あちこちから聞こえてくる。
「じゃ、また明日ね」
ミーナが手を振る。
「おう」
「明日も無茶しないこと」
「お前まで言うの?」
「みんな思ってるから」
「俺の信用……」
「積み重ねた結果です」
シロナが言った。
「朝と同じ!」
ミーナが笑う。
シロナも。
そして。
俺も笑った。
「じゃあ、また明日」
「はい」
「またね」
ミーナとシロナが宿へ向かっていく。
俺は。
ハリトと並んで歩き出した。
今日の依頼。
薬草を採っただけ。
魔物は一匹も倒していない。
LEVELも上がっていない。
《蒼駆》も使ってない。
《蒼閃》も使ってない。
すごい宝を見つけたわけでもない。
でも。
悪くなかった。
いや。
「……こういうのも、結構好きかも」
「何が?」
「今日」
ハリトが少し笑う。
「暇って言ってたのに?」
「最初だけ!」
「魔物出ろって顔してたよ」
「言ってない!」
「顔に出てた」
「俺の顔、そんな分かりやすい!?」
「七歳の頃から」
「長いな!」
二人で笑った。
そのまま。
少し歩く。
「なあ、ハリト」
「ん?」
「俺たち、いつか七つ星になれるかな」
「どうだろうね」
「そこは『なれる』って言えよ!」
「簡単に言うと、ニールが調子に乗るから」
「ひどい!」
ハリトが笑う。
俺も笑った。
でも。
少しして。
ハリトが夜空を見上げた。
「……自分が見たいから、か」
「ん?」
「なんでもない」
「またそれ?」
「何が?」
「今日、二回目」
「数えてたの?」
「気になるだろ」
「気にしなくていいよ」
「…………」
聞こうとして。
やめた。
ハリトは。
昔からそうだ。
俺が聞けば答えることもある。
でも。
言いたくないことまで無理に聞く必要はない。
いつか。
話したくなったら。
その時に聞けばいい。
俺は腰へ手を伸ばした。
「なあ、ベルトさん」
『――待機』
「今日」
少し考える。
「何も起きなかったな」
『――肯定』
「魔物も出なかった」
『――肯定』
「LEVELも上がらなかった」
『――肯定』
「《蒼閃》も使わなかった」
『――肯定』
「《蒼駆》も」
『――肯定』
「…………」
なんか。
全部肯定されると。
改めて本当に何もしてない気がしてきた。
「でもさ」
俺は前を見る。
夜のラグナード。
隣を歩くハリト。
少し先には。
まだミーナとシロナの背中が見えている。
「こういう冒険も、悪くないよな」
少し。
間があった。
『――回答不能』
「そこはまだ分かんないか」
『――肯定』
「そっか」
俺は笑った。
「じゃあ、そのうち分かるよ」
『――?』
「一緒に冒険してればさ」
返事はなかった。
ただ。
腰で。
青い光が。
小さく。
一度だけ瞬いた。
「…………」
強くなるだけじゃない。
魔物を倒すだけでもない。
どこへ行くのか。
何を見るのか。
そして。
誰と歩くのか。
それもきっと。
冒険なんだ。
俺たちは。
夜のラグナードを歩いていった。
今回は、魔物との戦闘も、大事件もありませんでした。
薬草を採って。
くだらない話をして。
みんなでご飯を食べて。
一緒に帰る。
でも、ニールにとっては、こんな一日もちゃんと「冒険」なのかもしれません。
一人で七つ星まで登ったハルキ。
仲間と一緒に歩きたいニール。
どちらが正しいというわけではなく、
「自分はどう冒険したいのか」。
それを選ぶこともまた、冒険者なのだと思います。
そして――
「私が見たいから、見に行くんです」
シロナの何気ない一言に、少しだけ反応したハリト。
彼が何を思ったのか。
それは、もう少し先のお話です。




