第二十九話『七つ星』(改訂版 ver.1.01)
ついに、あの男が登場します。
これまで名前だけ登場していた七つ星冒険者――ハルキ・サトー。
ニールが「いつか会ってみたい」と思っていた、遥か先を歩く冒険者。
果たして、実際に会ってみると……?
青の《勇者装具》――ベルトさんと、少しだけ意思を交わせるようになった翌日。
俺たちは朝から、ラグナードの冒険者ギルドに来ていた。
「よし。今日から完全復活だ!」
「完全ではありませんよ」
「早いな!」
言い終わる前に、シロナから否定された。
「昨日、ようやく軽い訓練を再開したばかりでしょう。身体への負担を確認しながら、少しずつ戻してください」
「分かってるって」
「その言葉を、私はあまり信用していません」
「俺、四つ星冒険者からの信用なさすぎない?」
「積み重ねた結果ですね」
「悪い方の実績!」
隣でミーナが吹き出した。
「でも、本当にもう大丈夫なの?」
「大丈夫だって」
「熱は?」
「ない」
「ほんと?」
「ほんと」
ミーナが俺の顔を覗き込む。
「…………」
「何?」
「確認」
「何を――」
言い終わる前だった。
ミーナが一歩近づいてきた。
そして。
こつん。
額と額が触れた。
「…………」
「…………」
近い。
ものすごく近い。
「うん」
ミーナがそのまま言った。
「熱はなさそう」
「…………」
「ニール?」
「ち、近い近い近い!」
慌てて後ろへ下がる。
「何?」
「何って! 普通、手で確認するだろ!」
「手より分かりやすいじゃん」
「そういう問題じゃなくて!」
なんで平気なんだ、こいつ!
俺だけなのか!?
「……顔、赤いよ?」
「今のでだよ!」
「じゃあ熱ある?」
「違う!」
ミーナが笑う。
くそ。
絶対ちょっと面白がってる。
「元気そうで何よりですね」
「シロナも助けてくれよ!」
「どう見ても元気ですので」
「確認方法の話!」
ハリトがため息をついた。
「朝から何やってるの」
「俺が聞きたい!」
俺は逃げるように依頼掲示板へ向き直った。
顔が熱い。
絶対まだ赤い。
考えるな。
依頼だ。
仕事だ。
冒険者だ。
「今日は軽めの依頼にしておこう」
ハリトが何枚かの依頼書を見比べている。
「採取か、近場の調査くらいかな」
「えー」
「何?」
「俺、LEVEL十なんだけど」
「知ってる」
「《蒼駆Ⅰ》も覚えた」
「止まれないけどね」
「…………」
「《蒼閃Ⅰ》も覚えたね」
「そう!」
「木人に浅い傷しかつかなかったけど」
「言うな!」
腰から声がした。
『――未熟』
「ベルトさんまで言うな!」
青い部分が、ぴかっと光った。
ミーナが笑う。
「ベルトさん、完全にハリト側だよね」
「なんでだよ!」
『――肯定』
「肯定するな!」
くそ。
同調段階が上がって言葉が増えたと思ったら、なんで俺への攻撃力まで上がってるんだ。
でも。
悪い気はしなかった。
少し前まで。
こいつが怖かった。
俺の身体を勝手に動かして。
《石角羊》を三十七匹倒して。
ハリトやミーナまで、敵として判断しかけた。
あの時のことを忘れたわけじゃない。
それでも。
今は。
「まあ……よろしくな、ベルトさん」
『――了解』
「おう」
少しだけ。
相棒らしくなってきた。
そんな気がする。
その時だった。
ギルドの空気が変わった。
「……ん?」
騒がしかった声が。
少しずつ小さくなっていく。
緊急依頼の鐘は鳴っていない。
職員たちが慌てているわけでもない。
なのに。
入口の近くから。
波が引くように、人が退いていく。
一人の男が入ってきた。
黒い髪。
黒を基調とした装備。
背中には、大きな剣。
派手じゃない。
王国騎士みたいな立派な鎧を着ているわけでもない。
なのに。
一目で分かった。
「あ……」
隣で、ハリトも息を呑んだ。
ミーナの耳がぴんと立つ。
シロナも男へ視線を向けている。
知らないはずがない。
ラグナードへ来て。
俺が初めて七つ星というものを知った日。
冒険者向けの掲示に載っていた男。
黒い装備。
大剣。
そして。
聞き慣れない名前。
「ハルキ・サトー……」
七つ星冒険者。
ハルキ・サトー。
「本物……?」
思わず口から出た。
「たぶんね」
ハリトも男から目を離さない。
「写真より怖そう」
ミーナが小声で言う。
「それ本人に聞こえたらどうするんだよ」
「ニールにだけは言われたくない」
「なんで!?」
ハルキが歩く。
誰かを睨んでいるわけじゃない。
威圧しているわけでもない。
ただ。
周りの冒険者たちが、自然に道を空ける。
七つ星。
冒険者の最高位。
世界でも数えるほどしかいない。
俺は自分の冒険者証を見る。
星は二つ。
そして。
ハルキの腰にある冒険者証。
七つ。
「…………」
遠い。
前に掲示で見た時にも思った。
でも。
実物を目の前にすると。
もっと遠く感じた。
「すげえ……」
ハルキは、そのまま受付へ向かった。
受付にいた職員が、すぐに立ち上がる。
「ハルキさん」
「ああ」
「お帰りなさい。ギルド本部から連絡は受けています」
ハルキが一枚の書類を差し出した。
「報告書だ」
職員が受け取る。
その瞬間。
周囲にいた何人かの冒険者が、さらに声を落とした。
「……あれって」
「例の依頼か?」
「北方の?」
小さな声が聞こえる。
俺はハリトを見る。
ハリトも聞こえていたらしい。
「何の依頼だろう」
受付職員が書類へ目を通す。
「確認します。北方国境域で確認された危険個体の調査、および必要に応じた排除――」
そこで。
職員の声が少しだけ止まった。
「討伐されたのですか?」
「ああ」
ギルドが静かになった。
「……単独で?」
「ああ」
「ですが、この案件は国家対応級として――」
「知っている」
「…………」
国家。
俺は思わずハルキを見る。
国が動くような依頼。
俺たちが普段受けている依頼とは。
たぶん。
桁が違う。
それを。
一人で?
職員が書類を確認していく。
「周辺被害は?」
「ない」
「同行者は?」
「いない」
「負傷者は?」
「いない」
「対象以外の異常は?」
「確認していない。地形と周辺の魔物については二枚目にまとめた」
「……確認します」
ハルキはそれ以上、何も言わなかった。
自慢もしない。
得意そうな顔もしない。
国家級の依頼を終えてきたというのに。
まるで。
近所で薬草でも採ってきたみたいだった。
「……すげえ」
今度は。
さっきより小さな声が出た。
一人で。
国家が対応するような依頼を。
「七つ星って……あんななの?」
「全員がああというわけではないと思います」
シロナが小声で答える。
「ハルキ・サトーさんは、七つ星の中でも単独行動で知られている方ですから」
「一人で国家級……」
LEVEL十になった。
新しい力も手に入れた。
昨日まで。
ちょっとだけ。
強くなった気になっていた。
でも。
なんだこれ。
全然。
見えている世界が違う。
その時だった。
腰が。
震えた。
「ん?」
青い光が灯る。
『――対象』
「どうした、ベルトさん?」
『――解析』
「解析?」
ベルトさんの光が。
ハルキへ向く。
「……え?」
今までにも。
ベルトさんは人や魔物を見てきた。
名前。
LEVEL。
状態。
分かることもあれば。
分からないこともある。
でも。
今回は。
何かが違った。
『――照合』
青い光が。
いつもより長く明滅する。
『――既存情報――』
一度。
止まった。
『――不一致』
「不一致?」
何が?
『――再解析』
「おい」
光が強くなる。
『――……』
「ベルトさん?」
そして。
『――解析不能』
「…………」
俺は腰を見る。
「分からないの?」
『――肯定』
ベルトさんでも。
分からない?
「ニール?」
ハリトが俺を見る。
「どうしたの?」
「いや……ベルトさんが」
言いながら。
顔を上げる。
「…………」
ハルキと目が合った。
「うわ」
見られてる。
いや。
違う。
ハルキが見ていたのは。
俺じゃない。
腰。
ベルトさんだ。
ハルキがこちらへ歩いてくる。
「え」
「来るよ」
「分かってる!」
「ニール」
「何?」
「変なこと言わないでね」
「俺をなんだと思ってるんだ!」
「ニール」
「答えになってない!」
その間にも。
ハルキは近づいてくる。
そして。
俺たちの前で止まった。
近くで見ると。
思っていたより普通だった。
もっとこう。
七つ星なんだから。
立っているだけで地面が割れるとか。
周りに魔力が渦巻いているとか。
そういうのを想像していた。
もちろん。
そんなものはない。
でも。
近づきにくい。
壁がある。
俺たちとハルキの間に。
見えない線が一本引かれているような。
そんな感じがした。
「ニール・レイン」
「え?」
いきなり名前を呼ばれた。
「俺のこと知ってるんですか?」
「青の勇者だろう」
「あ……はい」
そうだった。
俺も。
最近はそれなりに知られてきている。
「ニール・レインです」
「ハルキ・サトーだ」
「知ってます!」
「そうか」
「…………」
「…………」
終わり!?
なんだこの人!
会話が終わった!
「あの」
「なんだ?」
「七つ星のハルキ・サトーさんですよね?」
「ああ」
「さっきの、国家級の依頼ですよね?」
「ああ」
「一人で?」
「ああ」
「…………」
本当に終わる!
こっちが頑張らないと会話が続かない!
ハルキの視線が。
俺の腰へ落ちた。
「それが《勇者装具》か」
「あ」
俺もベルトさんを見る。
「はい。青の《勇者装具》です」
『――否定』
「え?」
『――ベルトさん』
「そこ訂正するの!?」
ハルキがベルトさんを見る。
「……ベルトさん?」
「俺が呼んでるだけです」
『――肯定』
「認めてるじゃん!」
昨日まで否定してたくせに!
「意思があるのか」
ハルキが聞く。
「最近、少しだけ話せるようになって」
「そうか」
「驚かないんですか?」
「珍しいとは思う」
「それだけ?」
「他にどう反応すればいい?」
「いや……」
分かんないけど!
なんなんだ、この人。
「それで」
ハルキがベルトさんを見る。
「さっきから俺を調べているようだが」
「分かるんですか!?」
「あれだけ光っていればな」
「ああ……」
そういうことか。
「何か分かったのか?」
「それが」
俺はベルトさんを見る。
「解析できないみたいです」
ハルキは一度。
ベルトさんを見た。
「そうか」
「……気にならないんですか?」
「ならない」
「自分のことなのに!?」
「俺が俺であることは、自分で分かっている」
ハルキは静かに言った。
「それで十分だ」
「…………」
なんだ。
それ。
格好いいような。
感じ悪いような。
よく分からない。
「ハルキさん」
ハリトが口を開いた。
「さっきの依頼も、一人で?」
「ああ」
「国家対応級ですよね」
「そうだ」
「そういった依頼も、いつも一人なんですか?」
「基本的には」
「どうしてですか?」
ハルキは少しだけ考えた。
「必要がないからだ」
「必要がない?」
「一人でできることを、複数でやる理由はない」
あまりにも普通に言った。
自慢しているわけじゃない。
俺たちを馬鹿にしているわけでもない。
本当に。
そう思っている。
ミーナの耳が、少し下がった。
「でも」
ミーナが言う。
「一人じゃできないことだってあるでしょ?」
「ないな」
「……え?」
即答だった。
「今までは」
ハルキが続ける。
「受けた依頼を失敗したことはない。一人では倒せなかった魔物もいない。一人では辿り着けなかった場所もない」
「…………」
国家級の依頼を。
たった今。
一人で終えてきた男が言っている。
だから。
冗談に聞こえない。
「これからは分からないじゃん」
ミーナは引かなかった。
「もっと強い魔物が出るかもしれないし。一人じゃどうにもならないことだって――」
「その時は」
ハルキが答える。
「俺が、それより強くなればいい」
「…………」
ぞくっとした。
強がってない。
気合を入れているわけでもない。
絶対勝つ。
そう叫んでいるわけでもない。
ただ。
それが答えなのだ。
この人にとって。
ずっと。
そうやってきたから。
「でも」
気づけば。
俺も口を開いていた。
「仲間がいれば、もっとできることが増えるかもしれないだろ」
ハルキが俺を見る。
「そうかもしれない」
「だったら――」
「だが、それは俺一人でできない理由にはならない」
「…………」
「誰かがいなければ越えられないなら」
ハルキは言った。
「俺が足りないだけだ」
静かな声。
「なら、俺が強くなればいい」
なんだよ。
それ。
俺は。
少し前の自分を思い出した。
《石角羊》の群れ。
ミーナが怪我をして。
ハリトに任せて。
俺は。
一人で残った。
俺が何とかする。
俺が守る。
俺が。
一人で。
そして。
ベルトさんが動いた。
三十七匹を倒した。
最後には。
ハリトとミーナにまで剣を向けかけた。
「……仲間って」
気づけば。
言葉が出ていた。
「そんなもんじゃないだろ」
「ニール」
ハリトが俺を見る。
分かってる。
相手は七つ星。
俺は二つ星。
でも。
関係ない。
「できないことを押しつけるためにいるんじゃない」
ハルキが俺を見る。
「一緒にやるためにいるんだろ」
「…………」
「できることも。できないことも。一緒にやる。それが仲間じゃないのか?」
一瞬。
ハルキの目が。
ほんの少しだけ。
変わった気がした。
「そうかもしれないな」
「だったら――」
「だが」
ハルキは静かに言った。
「俺には必要ない」
「…………」
「お前が仲間と進みたいなら、そうすればいい」
俺の後ろ。
ハリト。
ミーナ。
シロナ。
三人へ。
ハルキの視線が、一瞬だけ動いた。
「それを否定するつもりはない」
そして。
俺を見る。
「俺は一人でいい」
それだけ言うと。
ハルキは俺たちの横を通り過ぎた。
「……なんだよ、あの人」
思わず呟く。
その時。
ハルキの足が止まった。
「ただ」
「?」
振り返らない。
「仲間がいるなら」
少しだけ。
声が変わった。
「死なせるなよ」
「…………」
それだけだった。
ハルキは。
そのままギルドを出ていった。
◇ ◇ ◇
「……やっぱり感じ悪い!」
姿が見えなくなってから。
俺は言った。
「今度は聞こえないね」
「ハリトまで!」
「でも」
ミーナは笑っていなかった。
閉じた扉を見ている。
「最後のあれ……なんだったんだろ」
――仲間がいるなら、死なせるなよ。
仲間なんて必要ない。
そう言った男が。
どうして。
あんなことを言うんだろう。
「何かあったのかもしれませんね」
シロナが言った。
「昔?」
「分かりません」
シロナは首を振る。
「本人が話していないことを、想像だけで決めるべきではありませんから」
「……そっか」
それもそうだ。
でも。
気になる。
ものすごく。
俺は腰を見る。
「なあ、ベルトさん」
『――待機』
「ハルキのこと」
青い光が、小さく揺れる。
「本当に分からなかったの?」
『――肯定』
「七つ星だから?」
少し間があった。
『――否定』
「じゃあ……」
俺は。
一つの可能性を思い出した。
ハルキ・サトー。
変わった名前。
前に見た掲示。
そこに書かれていた出身地。
「異界人だから?」
『――回答不能』
「そこは分からないのか」
『――肯定』
異界。
この世界とは違う場所。
そんな場所から来た人間が。
ごく稀に。
アルカレムにはいる。
前にも見たことがある。
そして。
ハルキも。
その一人。
「異界から来て」
七つ星になって。
一人で国家級の依頼までこなして。
それでも。
仲間はいらないと言う。
なのに。
――仲間がいるなら、死なせるなよ。
「…………」
分からない。
何も。
分からない。
「ハルキ・サトー……」
『――対象――解析不能』
「それはもう聞いたよ」
『――了解』
「そこだけ素直だな!」
俺は笑った。
でも。
もう一度。
ハルキが出ていった扉を見る。
掲示の中にいた。
遠い存在。
いつか会ってみたいと思っていた七つ星。
実際に会ってみたら。
想像していたのとは。
全然違った。
強くて。
とんでもなく強くて。
一人で。
そして。
なんとなく感じが悪い。
俺とは。
たぶん。
正反対の冒険者だった。
ついに登場しました。
七つ星冒険者、ハルキ・サトー。
国家級の依頼すら一人でこなし、
「誰かがいなければ越えられないなら、俺が足りないだけ」と言い切る男。
そして、仲間はいらないと言いながら最後に残した、
「仲間がいるなら、死なせるなよ」
という言葉。
ニールとは、たぶん正反対の冒険者です。
そしてもう一つ。
ベルトさんですら《解析不能》だったハルキ。
彼が何者なのかは、まだもう少し先のお話。
皆さんはハルキの第一印象、どうでしたか?
ぜひ感想で教えてください!




