第二十七話『もう一度』(改訂版 ver.2.00)
《石角羊》との戦いから、六日。
三日間眠り続け、さらに三日間の療養を経て、ニールの身体はようやく元に戻りました。
でも――身体が治れば、全部元通りというわけではありません。
ニールが怖くなってしまったのは、魔物でも敵でもなく。
自分を救ってくれたはずの、青の《勇者装具》。
使うのか。
使わないのか。
それとも――まず、知るのか。
ハリト、ミーナ、シロナとの会話を経て、ニールがもう一度、自分の意思で選びます。
第二章 第二十七話『もう一度』
そして六日間、ニールがすっかり忘れていたことも……。
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あれから、三日。
ようやく身体の痛みもほとんど消えた。
普通に歩ける。飯も食える。階段を上っても身体中が悲鳴を上げることはない。シロナからも、軽く身体を動かすくらいならいいと言われた。
《石角羊》の群れと戦ってから、六日。
身体は、ほとんど元に戻った。
でも。
一つだけ、元に戻っていないものがある。
「…………」
宿の机の上。
青の《勇者装具》。
俺はまだ一度も、これを腰に巻いていなかった。
最初の三日は意識がなかった。だから仕方ない。
でも、目を覚ましてからの三日は違う。
着けなかったんじゃない。
着けられなかった。
手を伸ばす。
青い装具に触れる直前、あの光景が頭に浮かんだ。
《周辺脅威――検索》
《武装対象――確認》
《潜在脅威――二》
弓を構えるハリト。
短剣を握るミーナ。
そして、二人へ向かって走り出す俺。
「……っ」
手を引っ込めた。
怖い。
魔物じゃない。
強い敵でもない。
自分の装備が、怖い。
「……俺、青の勇者なんだよな」
勇者が。
勇者の装具を怖がってどうするんだよ。
そう思う。
でも。
もし、次は止まれなかったら?
あの声が聞こえなかったら?
ハリトの前で剣を止められなかったら?
「…………」
答えは出なかった。
◇ ◇ ◇
「俺さ」
昼。
ラグナードの冒険者ギルド。
食堂の隅に、俺たち四人は集まっていた。
俺。
ハリト。
ミーナ。
シロナ。
そして、テーブルの真ん中には青の《勇者装具》。
「これ、使うのやめようかな」
三人とも、すぐには答えなかった。
ミーナも、今日は茶化さなかった。
「……理由、聞いてもいい?」
ハリトが言った。
「怖い」
口にしてみると、思ったより簡単な言葉だった。
「これが怖い」
青の装具を見る。
「また、ああなったらどうする?」
誰も答えない。
「また《緊急生存補助》が動いて、俺が止まらなくなって。次は本当にハリトを斬ったら?」
ハリトを見る。
次にミーナ。
「ミーナかもしれない。シロナかもしれない。他の冒険者かもしれない」
知らない誰かかもしれない。
「だったら、これを着けなきゃいいんじゃないかって」
俺は装具を指で押した。
「剣はある。魔法だって少しずつ使えるようになってる。勇者の装具がなくたって、冒険者はできるだろ?」
「それで?」
ハリトが聞いた。
「それでって?」
「ニールは、どうしたいの?」
「だから、使わない方が――」
「違う」
ハリトが首を振った。
「使わない方が安全か、じゃなくて。ニールは、どうしたい?」
「…………」
分からない。
だから、俺はここにいる。
「……分かんない」
「そっか」
ハリトは、それだけ言った。
「え?」
「じゃあ、今は外しておけばいいんじゃない?」
「…………え?」
「怖いなら、無理して着けなくていいと思う」
「でも、これ勇者の装具だぞ」
「うん」
「俺、青の勇者なんだぞ」
「うん」
「だったら――」
「装具より、ニールの方が大事だから」
「…………」
あっさり。
ハリトは言った。
「それに、外すのと捨てるのは違うだろ?」
その言葉に、俺は少し驚いた。
いつか。
父さんにもらった剣について話した時。
似たようなことを言った気がする。
使わなくなるのと。
いらなくなるのは違う。
「怖い時に、全部決めなくてもいいんじゃない?」
「……ハリトらしいな」
「そう?」
「お前、何でも考えるから」
「ニールが考えなさすぎるんだよ」
「最近は考えてる!」
「考えた結果、無茶するから余計に困る」
「ひどくない!?」
「そこは私もハリトに賛成」
「ミーナまで!?」
少しだけ、笑いが起きた。
でも。
シロナは青の《勇者装具》を見つめていた。
「私は」
シロナが口を開く。
「使うべきだとも、使わないべきだとも言えません」
「シロナでも?」
「分からないものについて断言するほど、私は賢くありません」
「…………」
この人が言うと、重い。
「私たちは、この装具について知らなすぎます」
シロナが指を折る。
「なぜニールさんを青の勇者として認証したのか。《緊急生存補助》とは本来どのような機能なのか。なぜニールさんが知らない剣技や魔力の扱い方を使えたのか」
「最後に見たものも」
「はい」
知らない場所。
何人かの人影。
顔も名前も分からない。
なのに、なぜか懐かしかった。
そして。
『――仲間に、剣を向けるな』
あの声。
「分からないものを、分からないまま使い続けるのは危険です」
「……うん」
「ですが」
シロナが俺を見る。
「分からないから捨ててしまえば、永遠に分からないままです」
「…………」
「使うか、捨てるか。その二つだけではありませんよ」
「じゃあ?」
「知るんです」
シロナは言った。
「この装具が何なのか。何ができるのか。何をしてはいけないのか」
知る。
そうか。
俺は。
こいつのことを、何も知らない。
◇ ◇ ◇
「ミーナ」
「ん?」
俺は、ずっと気になっていたことを聞いた。
「怖くない?」
「何が?」
「俺が」
ミーナの表情が止まった。
「……俺さ。ミーナにも剣を向けただろ」
「うん」
「ハリトにも」
「うん」
「だから……俺と一緒に依頼に行くの、怖くない?」
ミーナは、しばらく答えなかった。
その沈黙が、やけに長く感じた。
「怖かったよ」
「…………」
「すっごく怖かった」
胸が痛い。
でも。
ミーナは笑わなかった。
誤魔化さなかった。
「ニール、私が呼んでも全然止まらなかったし。《石角羊》を全部倒したあとも、こっちを見た時……いつものニールじゃなかった」
「……うん」
「私、本当に斬られると思った」
「…………ごめん」
「でもね」
ミーナが続ける。
「怖かったの、それだけじゃないから」
「え?」
「一人で残ったニールも怖かった」
「…………」
「私が足を捻ったからって、ハリトに私を任せて。一人で群れの前に残ったでしょ?」
「あれは二人を逃がすために――」
「分かってる」
ミーナが言う。
「分かってるから、怒りにくいの」
「怒ってる?」
「怒ってる」
「ごめん」
「次は」
ミーナが指を一本立てる。
「勝手に一人で決めないで」
「…………」
「装具がどうとか、その前に。私たちもいるんだから」
ハリトも頷いた。
「僕も同じ」
「……うん」
「本当に?」
「うん」
「じゃあ、また勝手に一人で残ったら蹴るから」
「結局蹴るの!?」
「足もだいぶ治ったし」
「そのために治してるの!?」
「元気になったようで何よりです」
「シロナ! 止めて!」
「自業自得かと」
「味方がいない!」
ミーナが笑う。
ハリトも。
シロナも、少しだけ笑っていた。
俺も笑った。
その時。
なんとなく思った。
あの時、俺を止めた声。
『――仲間に、剣を向けるな』
誰の声だったのかは、まだ分からない。
でも。
その人にも。
こんな仲間がいたのかもしれない。
◇ ◇ ◇
夜。
宿へ戻った俺は、机の上に青の《勇者装具》を置いた。
「…………」
昼間。
みんなと話した。
だからといって、怖くなくなったわけじゃない。
手を伸ばす。
少し止まる。
「……やっぱり怖いな」
声に出してみる。
青の装具は何も言わない。
俺は椅子に座った。
「お前さ」
装具を見る。
「俺を助けようとしたんだよな?」
一瞬の沈黙。
そして。
『――肯定』
「…………」
返ってきた。
そうだ。
こいつは話せる。
まだ、短い言葉だけだけど。
「俺が死にそうだったから?」
『――肯定』
「じゃあ」
少し迷う。
でも、聞かなきゃいけない。
「ハリトとミーナを傷つけたかった?」
『――否定』
すぐだった。
「…………そっか」
胸の奥にあったものが、ほんの少しだけ軽くなる。
こいつは。
二人を傷つけたかったわけじゃない。
「じゃあ、なんで二人を敵だって判断した?」
少し間があった。
『――回答不能』
「分かんないのか?」
『――肯定』
「…………」
なんだよ。
お前も分かってないのかよ。
「ハリトとミーナは、仲間だ」
『――仲間』
「そう。仲間」
以前にも。
こいつは、この言葉を聞いた。
「意味、分かってる?」
沈黙。
少し長い。
そして。
『――回答不能』
「…………そっか」
言葉は知っている。
でも。
意味は、まだ分からない。
武器を持っていた。
俺に向けていた。
だから脅威だと判断した。
それだけだったのかもしれない。
「でもさ」
俺は装具を見ながら言った。
「仲間って、そういうもんじゃないんだよ」
返事はない。
「武器を向けてても、敵じゃないことがある」
『――……』
「止めるために武器を向けることもある。助けるために怒ることもあるし、一緒に逃げることもある」
言いながら。
自分でも難しいと思った。
「……説明むずかしいな、仲間って」
『――回答不能』
「俺も回答不能だよ」
思わず笑った。
そして。
気づく。
「……あ」
俺は、あの日のことを思い出した。
「俺、お前のこと責められないな」
『――不明』
「俺も同じことしたんだよ」
ハリトとミーナを守ろうとした。
だから。
一人で残った。
相談もしないで。
勝手に決めた。
「お前は俺を守ろうとして、勝手に全部倒した」
『――肯定』
「そこ肯定するんだな」
少し笑う。
「俺は二人を守ろうとして、勝手に一人で残った」
返事はない。
「どっちも、守ろうとした」
『――肯定』
「で、どっちもやりすぎた」
『――……』
「お前も俺も、下手くそだな」
青い装具が。
ほんの少しだけ光った。
「…………」
なんだろう。
少しだけ。
怖くなくなった。
「俺、お前のこと何も知らない」
誰が作ったのか。
どうして俺を選んだのか。
五百年前、誰と一緒に戦っていたのか。
《緊急生存補助》が何なのか。
どんな機能があるのか。
こいつ自身が。
どこまで何かを分かっているのか。
「だから、ちゃんと知るよ」
逃げるんじゃなくて。
怖くないふりをするんでもなくて。
「お前も覚えろよ」
『――不明』
「仲間のこと」
『――仲間』
「そう」
俺は笑った。
「俺も教えるから」
手を伸ばす。
青の《勇者装具》を掴む。
まだ少し怖い。
でも。
今度は手を引っ込めなかった。
「次に何かするなら、勝手にやるな」
『――……』
「俺も勝手にやらないようにする」
腰へ回す。
「だから――」
カチッ。
装具を巻いた。
「もう一回、よろしくな」
次の瞬間。
青い光が、静かに灯った。
「……え?」
暴走した時の激しい光じゃない。
柔らかい。
青い光。
『――ニール・レイン』
「お、おう」
『――認証』
光が一度、脈打つ。
『――精神同調――更新』
「精神同調?」
『――同調段階――上昇』
「え?」
『――一』
一拍。
『――二』
「…………」
初めて聞く。
「同調段階……?」
青い光が、また小さく脈打った。
そして。
『――了解』
「…………」
俺は固まった。
「……今、何て?」
返事はない。
「了解?」
『――……』
「お前、今《了解》って言った?」
『――肯定』
「言ったよな!?」
『――肯定』
「なんか喋れる言葉増えてない!?」
『――……回答不能』
「そこはまだ回答不能なんだな!」
思わず笑った。
怖かった。
今も。
完全に怖くなくなったわけじゃない。
でも。
それだけじゃなくなった。
「……よろしくな」
一秒。
二秒。
『――了解』
「…………!」
今度は。
ちゃんと返ってきた。
「おう!」
俺は腰の青い装具を見下ろした。
こいつのことを。
俺はまだ何も知らない。
たぶん。
こいつも。
俺たちのことを、まだ何も知らない。
だったら。
これから知ればいい。
◇ ◇ ◇
翌朝。
「よし!」
宿の前で大きく伸びをする。
痛くない。
身体が軽い。
六日前のことが嘘みたいだった。
「これなら動けそうだな」
今日はギルドへ行く。
いきなり依頼を受けるつもりはないけど、身体を動かして、問題がないか確かめたい。
剣も振ってみたい。
魔法も――。
「…………あ」
そこで。
俺は止まった。
「そういえば」
六日前。
三十七匹。
あれだけ戦った。
そのあと三日寝て。
さらに三日休んだ。
その間。
一度も。
「LEVEL……確認してない」
完全に忘れていた。
「…………」
いや。
身体痛かったし。
装具怖かったし。
ハリトとミーナのことで頭いっぱいだったし。
仕方ない。
「一応、見とくか」
目を閉じる。
意識を。
自分の内側へ。
いつもの感覚を探す。
そして。
「…………」
目を開けた。
「え?」
もう一度。
目を閉じる。
確認する。
間違いない。
もう一度。
「…………十?」
目を開ける。
「LEVEL……十?」
七だった。
確か。
あの緊急依頼が終わった時。
俺はLEVEL七。
それが。
「三つ上がってる!?」
思わず腰を見る。
「おい!」
『――肯定』
「知ってたの!?」
『――肯定』
「言えよ!!」
『――……』
「六日間あっただろ!?」
『――回答不能』
「便利だな回答不能!」
でも。
LEVEL十。
「…………十」
どこかで。
引っかかった。
LEVEL十。
最近。
この数字について何か――。
「あ」
カイル。
《槍術Ⅰ》。
LEVEL十で初めて成立した技能。
そして。
あの時。
青の《勇者装具》が俺に言った。
『――選択』
俺は聞いた。
俺も技能を選べるのか。
装具は。
『――肯定』
いつ?
『――LEVEL十』
「…………」
ゆっくり。
腰を見る。
「お前」
青い光が灯った。
そして。
『――選択』
「…………!」
来た。
あの時の言葉。
今度は。
俺の番だった。
第二十七話『もう一度』でした。
今回、ニールが選んだのは、
「怖くないから使う」でも、
「勇者だから使わなきゃいけない」でもありません。
怖い。
分からない。
それでも、分からないなら知っていけばいい。
そう考えて、もう一度、自分の意思で青の《勇者装具》を身につけました。
そして今回、もう一つ描きたかったのが、ニールと装具の共通点です。
ニールは仲間を守ろうとして、一人で残った。
装具はニールを守ろうとして、すべての脅威を排除しようとした。
目的は「守ること」。
でも二人とも、仲間に相談せず勝手にやりすぎた(笑)
そんな似た者同士が、ここから少しずつお互いを知っていきます。
そして――
《同調段階 一 → 二》
これまで『肯定』『否定』『回答不能』といった機械的な言葉が中心だった装具から、新しく返ってきた言葉。
『――了解』
まだ会話らしい会話にはほど遠いですが、ほんの少しだけ変化が始まりました。
さらに。
六日間、身体の痛みや仲間のことで頭がいっぱいだったニールが、完全に忘れていたLEVEL確認。
LEVEL七 → LEVEL十。
そしてLEVEL十といえば――以前、カイルが《槍術Ⅰ》を得た節目でもあります。
あの時、青の《勇者装具》がニールへ告げていた言葉。
『――選択』
ようやく、その意味を確かめる時が来ました。
次は――ニールの技能選択。
普通の冒険者とは少し違う「勇者のLEVEL十」が始まります。
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