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第二十五話『勇者の力?』(改訂版 ver.2.00)

初めての三人依頼。


ニール、ハリト、ミーナが挑んだのは、《石角羊》の群れを調べるだけのはずでした。


討伐ではない。

戦う必要もない。

見て、調べて、持ち帰る。


――そのはずだった。


しかし、想定を大きく超える石角羊の群れが動き出し、状況は一変します。


そして追い詰められたニールに、青の《勇者装具》がこれまで見せなかった機能を発動する。


それは――勇者を生かすための力。


第二章 第二十五話『勇者の力?』


今回、物語が少し大きく動きます。


楽しんでいただけましたら、ぜひブックマーク・評価で応援していただけると嬉しいです!

 三十五匹。


 ハリトが数えた《石角羊》は、依頼書に書かれていた数の三倍以上だった。


 俺たちは丘の陰から、群れを観察していた。


「やっぱり多いね」


 ミーナが声を落とす。


「それだけじゃない」


 ハリトは地面に残った足跡を見ていた。


「新しいものだけじゃない。何日か前のものも混ざってる」


「じゃあ、最近ずっとこの辺まで来てるってこと?」


「たぶん」


 俺も足元を見る。


 草が何か所も潰れている。


 言われてみれば、足跡の深さも形も少しずつ違う。


「これも報告だな」


「うん」


 ハリトが頷く。


「群れの数。移動した跡。それと、さっきの様子」


 石角羊たちは、草を食べながらも落ち着きがない。


 何度も顔を上げる。


 子どもの石角羊は群れの中央。


 大きな角を持った個体が、その外側を囲んでいる。


「何かを警戒してるように見える」


 俺が言う。


「そう見える、までね」


 ミーナが付け加える。


「原因は分からない」


「分かってるよ」


「お」


「何だよ」


「ちゃんと覚えてる」


「昨日あれだけ言われたからな!」


 分からないことを、勝手に決めつけない。


 見たものを。


 聞いたものを。


 正確に持ち帰る。


 それが今の俺たちの仕事だ。


「じゃあ、もう少し外側を回ってみよう」


 ハリトが地図を見る。


「移動方向を確認できれば、依頼内容はほとんど達成できる」


「了解」


「ニール」


「何?」


「剣はいらないからね」


「まだ触ってもないだろ!」


「一応」


「信用されてない!」


「日頃の行い」


「二人してそれ言うのやめろ!」


 ミーナが笑う。


 俺たちは石角羊の群れから距離を取りながら、ゆっくりと丘を回り始めた。


     ◇ ◇ ◇


「止まって」


 先頭を歩いていたミーナが、小さく手を上げた。


 俺とハリトが止まる。


「どうした?」


「群れが動く」


 獣耳がぴくりと動く。


 石角羊たちが、少しずつ移動を始めていた。


「どっち?」


 ハリトが地図を見る。


 ミーナが方角を確かめる。


「南西……かな」


「依頼書にあった移動方向とは違う」


「それも報告だな」


「うん」


 俺たちはその場から動かず、群れを見る。


 最初は。


 ゆっくりだった。


 一匹。


 また一匹。


 草を食べるのをやめ、歩き始める。


 それに他の石角羊が続いていく。


「……なんか速くなってない?」


 俺が言った。


「なってる」


 ハリトの声が低くなる。


 歩いていた石角羊が、小走りになる。


 小走りだった個体が、さらに速度を上げる。


 群れ全体が動く。


 地面が。


 わずかに揺れ始めた。


「離れよう」


 ハリトが言った。


「うん」


 ミーナもすぐに頷く。


 俺たちは群れから離れる方向へ歩き出した。


 まだ慌てる必要はない。


 距離はある。


 進行方向も、俺たちとは少しずれている。


 だから。


 大丈夫。


 そう思った。


 次の瞬間。


 群れの先頭が、大きく方向を変えた。


「……え?」


 ミーナが振り返る。


 その後ろの石角羊も。


 さらに、その後ろも。


 次々と方向を変えていく。


 こっちへ。


「走って!」


 ハリトが叫んだ。


     ◇ ◇ ◇


 ドドドドドドドド――!


「うわあああああ!?」


「ニール! 前見て!」


「見てる!」


 走る。


 とにかく走る。


 三十匹を超える《石角羊》が、一斉に駆けてくる。


 地面が揺れる。


 一匹だけなら、たぶん戦える。


 でも。


 三十五匹。


 しかも群れで走っている。


 止められるわけがない。


「あっち!」


 ハリトが前方を指差した。


 岩場。


 大きな岩がいくつも突き出している。


「あそこまで行けば群れがそのまま突っ込んでくる可能性は低い!」


「分かった!」


 ミーナが先頭。


 ハリト。


 俺。


 走る。


 岩場まで、もう少し。


「ミーナ、速っ!」


「今言うこと!?」


「俺も結構速くなったと思ってたのに!」


「競争してる場合じゃない!」


「分かってる!」


 こんな時なのに。


 いつもの調子で言葉が出る。


 たぶん。


 怖いからだ。


 笑ってないと。


 後ろを見たくない。


「ニール!」


「え?」


「足元!」


 穴。


「うおっ!」


 踏み外す。


 身体が傾いた。


 でも、転ぶ前に腕を掴まれる。


「走って!」


 ミーナ。


「ありがと!」


「あとで!」


 再び走る。


 あと少し。


 岩場まで――。


「っ!」


 今度は。


 ミーナの身体が沈んだ。


「ミーナ!」


 草に隠れていた窪み。


 足が取られている。


「痛っ……!」


 ハリトがすぐに戻る。


 俺も駆け寄った。


「立てる!?」


「ちょっと待って……!」


 ミーナが立とうとして。


 顔を歪めた。


「足?」


「捻った……だけだと思う」


「走れる?」


「……少しなら」


 後ろを見る。


 石角羊の群れ。


 近い。


 さっきより。


 ずっと。


「ハリト」


「何?」


「ミーナ連れて岩場まで行ける?」


「ニール?」


「できる?」


 ハリトが俺を見る。


 俺が何を言おうとしているのか。


 たぶん。


 もう分かっている。


「……できる」


「じゃあ頼む」


「待って」


「ハリト」


「一人で何する気?」


「時間稼ぐ」


「無理だ」


「全部倒すわけじゃない」


 剣を抜く。


「先頭の進路を変えるだけだ」


「ニール」


「二人が岩場まで行けば、俺も逃げる」


「…………」


「頼む」


 ハリトが歯を食いしばった。


「絶対来て」


「当たり前だろ」


 ハリトがミーナを背負う。


「ニール!」


 ミーナが俺を見る。


「無茶しないで!」


「任せろ!」


「それが一番不安なの!」


「ひどい!」


「ニール!」


 ハリトが俺を見る。


「戻ってきて」


「おう!」


 ハリトが走り出す。


 ミーナを背負って。


 岩場へ。


 俺は一人。


 石角羊の群れへ向き直った。


     ◇ ◇ ◇


「…………」


 怖い。


 普通に。


 怖い。


 三十五匹。


 大きな角。


 地面を揺らしながら。


 こっちへ来る。


「倒す必要はない」


 自分に言い聞かせる。


 進路を変えるだけ。


 時間を作るだけ。


 左手を前へ。


 魔力を集める。


「《水球》!」


 水の塊を放つ。


 先頭の石角羊、その手前。


 バシャッ!


 水が弾けた。


 驚いた数匹が横へ逸れる。


「よし!」


 もう一発。


「《水球》!」


 今度は反対側。


 水が弾ける。


 先頭が揺れる。


 群れが。


 少しだけ広がった。


「いける!」


 俺も逃げれば――。


 そう思った時。


 横へ逸れた一匹が。


 別の個体に押された。


 体勢を崩す。


 ぶつかる。


 さらに後ろから。


 押される。


 群れの流れが乱れる。


「え」


 そして。


 何匹もの石角羊が。


 俺へ向かってきた。


「まず――」


 逃げる。


 そう思った。


 その瞬間。


 腰の青い《勇者装具》が。


 熱を持った。


「……え?」


 青い光が溢れる。


 今までとは違う。


 強い。


 熱い。


 頭の中へ。


 意味が流れ込んでくる。


《生命危機――検知》


「何だ……?」


《回避――困難》


「おい」


《生存率――低下》


「待て」


 身体が。


 熱い。


 心臓が。


 速い。


《緊急生存補助――起動》


「待てって――!」


 青い光が。


 俺の身体を包んだ。


     ◇ ◇ ◇


 音が。


 消えた。


 違う。


 消えてない。


 聞こえすぎている。


 蹄。


 風。


 草。


 呼吸。


 心臓。


 遠くにいるハリトの足音まで。


 全部。


 聞こえる。


 なのに。


 世界だけが。


 遅くなった。


「…………」


 先頭の石角羊。


 角。


 右から来る。


 分かる。


 避ける。


 そう思うより先に。


 身体が動いた。


 一歩。


 横。


 最小限。


 角が。


 俺のすぐ横を通り抜ける。


 剣。


 振る。


 一匹目が倒れた。


「……え?」


 次。


 左。


 分かる。


 見ていないのに。


 身体が動く。


 踏み込む。


 剣を返す。


 二匹目。


 後ろ。


 振り向かない。


 一歩前へ。


 角が空を切る。


 身体を回す。


 三匹目。


「俺……」


 何だ。


 これ。


 速い。


 違う。


 速いだけじゃない。


 分かる。


 どこへ動けばいいのか。


 どこへ剣を置けばいいのか。


 いつ踏み込めばいいのか。


 全部。


 最初から知っているみたいに。


「こんなの……知らない」


 習ってない。


 やったこともない。


 なのに。


 身体が知っている。


《脅威――排除》


 青い光が強くなる。


「待て……」


 四匹目。


 五匹目。


 六匹目。


 剣が止まらない。


 身体が止まらない。


「もう……いい」


 群れの先頭が崩れた。


 石角羊たちが。


 俺を避け始める。


 走る方向を変える。


 逃げていく。


 もう。


 俺へ向かってこない。


「止まれ」


 足が。


 動く。


「おい」


 逃げる石角羊を追う。


「もういいだろ!」


《脅威――残存》


「違う!」


 走る。


 追いつく。


 剣。


 七匹目。


《排除――継続》


「やめろ!」


 八匹。


 九匹。


 十匹。


 石角羊たちは。


 もう俺へ向かってきていない。


 逃げている。


 それでも。


 身体が。


 追う。


「止まれって!」


 声は出る。


 でも。


 身体が言うことを聞かない。


     ◇ ◇ ◇


 剣。


 足。


 水。


 呼吸。


 全部が繋がっていく。


 魔力を集める。


 でも。


 《水球》じゃない。


 薄く。


 細く。


 剣へ沿わせる。


「何だ……これ……」


 青い光を帯びた剣が走る。


 また一匹。


 倒れる。


 知らない。


 こんな使い方。


 俺は知らない。


 でも。


 身体は知っている。


 いや。


 もっと奥。


 俺じゃない何かが。


 知っている。


《脅威――排除》


 十二。


 十五。


 二十。


 もう。


 数えたくない。


「やめろ……」


 止まらない。


「もう逃げてるだろ……!」


 止まらない。


《排除――継続》


 追う。


 斬る。


 また追う。


 倒す。


 ただ。


 それだけ。


 怖くない。


 いや。


 怖いと思うことすら。


 遠くなっていく。


「…………」


 次。


 次。


 次。


 目の前から。


 脅威が。


 全部。


 消えるまで。


     ◇ ◇ ◇


「ニール!」


 遠くで。


 声がした。


「ニール! もうやめろ!」


 誰だ。


 知ってる。


 気がする。


 でも。


 今は。


 次。


 石角羊。


 一匹。


 逃げている。


 最後。


「ニール!」


 追う。


 速い。


 逃げる石角羊へ追いつく。


 剣を振る。


 最後の一匹が。


 倒れた。


「…………」


 静かになった。


 風。


 草。


 俺の呼吸。


 それだけ。


《周辺脅威――検索》


「もう……いない」


《検索――継続》


「終わった……」


《検索――継続》


「終わったんだよ……!」


 その時。


 後ろ。


 二つ。


 気配。


 振り返る。


 ハリト。


 ミーナ。


 ハリトが。


 弓を構えている。


 俺へ。


 ミーナも。


 片足をかばいながら。


 短剣を抜いている。


「ニール」


 ハリトの声。


「剣を置いて」


《武装対象――確認》


「……ハリト?」


 知ってる。


 ハリトだ。


「そうだよ」


《攻撃可能性――確認》


「ニール」


 ミーナ。


「もう終わったよ」


 ミーナだ。


 知ってる。


 名前も。


 声も。


 知ってる。


 なのに。


 青い光が。


 消えない。


《潜在脅威――二》


「違う」


 俺は言った。


「違う……!」


 剣を持つ手が。


 上がる。


「ニール?」


 ミーナの声が震えた。


「逃げて……」


「え?」


「俺から……逃げろ……!」


 身体が。


 前へ出る。


「ニール!」


 ハリトが弓を引く。


《脅威――》


「違う!」


 地面を蹴る。


 ハリトへ。


 速い。


 駄目だ。


 止まれ。


「ニール! 僕だ!」


 分かってる。


「ハリトだ!」


 分かってる!


 剣を振り上げる。


「ニール!」


 ミーナの声。


「私だよ!」


 分かってる!


 二人だ。


 ハリト。


 ミーナ。


 俺の――。


「…………!」


     ◇ ◇ ◇


 一瞬。


 何かが見えた。


 知らない場所。


 知らない空。


 誰かがいる。


 一人じゃない。


 何人か。


 顔は。


 見えない。


 何を話しているのかも。


 分からない。


 ただ。


 なぜか。


 胸が。


 苦しくなるほど。


 懐かしい。


 そして。


 声。


 誰の声なのか。


 分からない。


 でも。


 その言葉だけは。


 はっきりと聞こえた。


『――仲間に、剣を向けるな』


「――っ!」


     ◇ ◇ ◇


 剣が。


 止まった。


 ハリトの目の前。


 あと少し。


 ほんの少し。


「…………」


「ニール……?」


 ハリト。


 知ってる。


 ハリトだ。


 弓を構えてる。


 でも。


 敵じゃない。


「……ハリ……ト?」


「ニール!」


 後ろ。


 ミーナ。


「……ミーナ?」


「そうだよ!」


 ミーナが叫ぶ。


「私だよ!」


 何してるんだ。


 俺。


 なんで。


 二人に。


 剣を。


《脅威判定――》


 青い光が揺れる。


《――矛盾》


「……仲間だ」


 声が出た。


「二人は……」


 力を込める。


 剣を。


 下ろす。


「俺の……仲間だ」


 青い光が。


 激しく明滅した。


《判定――不能》


 そして。


《緊急生存補助――解除》


「あ……」


 その瞬間。


 全部が。


 戻ってきた。


 痛い。


 身体中が。


 痛い。


 腕。


 足。


 胸。


 息が。


 できない。


 力が。


 入らない。


「ニール!」


 ハリトが弓を捨てる。


 俺へ走ってくる。


「大丈夫!?」


 ミーナも。


 足を引きずりながら。


 こっちへ来る。


「ごめ……」


 声が出ない。


「ニール!」


 視界が。


 暗くなる。


 最後に見えたのは。


 俺へ手を伸ばす。


 二人の姿だった。


 そして。


 俺の意識は。


 そこで途切れた。

第二十五話『勇者の力?』でした。


ついに発動した、


《緊急生存補助》


LEVEL七のニールが持っている力を、普通ではありえない形で無理やり引き出した結果――三十匹を超える《石角羊》をすべて倒しました。


ただ。


今回描きたかった「勇者の力」は、単純なパワーアップではありません。


石角羊たちは途中から逃げていた。


それでもニールは止まらなかった。


そしてすべての石角羊を倒したあと、青の《勇者装具》が次に「脅威」として捉えたのは――武器を構えたハリトとミーナでした。


以前、装具は『仲間』という言葉を聞いても、その意味を理解できませんでした。


ハリトとミーナの名前は知っている。


ニールにとって大切な存在であることも、少しずつ学び始めている。


でも、


「武器を向けている相手でも、仲間であることがある」


そこまでは、まだ理解できない。


だから最後に残ったのは、


《脅威判定――矛盾》

《判定――不能》


という答えでした。


そしてもう一つ。


暴走するニールを止めた、


『――仲間に、剣を向けるな』


という謎の言葉。


誰の声だったのか。


ニールが一瞬見たものは何だったのか。


今はまだ、断片だけです。


勇者の力とは何なのか。


青の《勇者装具》とは何なのか。


そして、ニール自身の中には何が眠っているのか。


ここから少しずつ、その「問題文」が増えていきます。


そしてニール――。


さすがに今回は、身体にかかった負担が軽く済むはずもなく……。


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