第二十四話『それぞれの冒険』(改訂版 ver.1.01)
昨日は六人で緊急依頼。
でも今日は、それぞれ別の場所へ。
シロナは四つ星以上の先遣調査隊として《エルティア大森林》へ。
カイルは護衛。オルドも別の護衛。セラは素材採取。
そしてニール、ハリト、ミーナは――実は今回が三人だけで受ける初めての依頼です。
選んだのは、戦うことではなく「調べて持ち帰る」二つ星依頼。
仲間だからといって、いつも一緒にいる必要はない。
それぞれの場所で、それぞれの経験を積んでいく。
第二章 第二十四話『それぞれの冒険』
三人の新しい冒険をお楽しみください!
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翌朝。
俺はいつものように、ラグナードの冒険者ギルドにいた。
「うーん……」
掲示板を見る。
依頼票を見る。
右を見る。
左を見る。
そして、もう一度同じ場所を見る。
「……ない」
「昨日外されたじゃん」
隣からミーナの声。
「見るくらいいいだろ!」
「ないものは見られないよ?」
「昨日までここにあったんだよ!」
俺が見ていたのは、掲示板の空いた場所。
昨日まで、そこには三つ星の依頼が貼られていた。
《エルティア大森林・異常生態調査》。
でも、今はない。
昨日の緊急依頼を受け、危険度が再査定されることになったからだ。
二つ星だけじゃない。
三つ星冒険者も、北東部への立ち入りを制限されている。
「……三つ星になれば行けると思ってたのにな」
「昨日も言ってたね」
「だって気になるだろ」
「気になるけど」
ミーナが肩をすくめる。
「今は私たちの仕事じゃないよ」
「分かってる」
「お」
「何だよ」
「ちゃんと分かってる」
「俺だって成長するんだよ!」
「それは良いことです」
「シロナ!?」
反射的に振り返る。
いない。
「……あれ?」
「どうしたの?」
「いや、なんか今シロナの声が聞こえた気が……」
「昨日言われたこと思い出しただけじゃない?」
「シロナが俺の中に住み始めてる!?」
「朝から何言ってるの?」
ミーナが笑った。
その時。
「ニール」
後ろから声がした。
「お」
振り返る。
ハリトだ。
「遅かったじゃん」
「うん」
弓を背負っている。
いつもと変わらない。
……ように見える。
「何してたの?」
「少し歩いてた」
「朝から?」
「うん」
「どこ?」
ハリトは少しだけ間を置いた。
「北門の方」
「…………」
北門。
その先には、《エルティア大森林》へ続く街道がある。
「森?」
「行ってないよ」
「分かってる」
「街道を見てただけ」
「そっか」
ハリトはそれ以上何も言わなかった。
俺も聞かなかった。
ただ。
ハリトの視線が、一度だけ掲示板へ向く。
昨日まで依頼票が貼られていた場所。
俺がさっきまで見ていたのと、同じ場所だった。
◇ ◇ ◇
「おはようございます」
「あ」
聞き慣れた声。
「シロナ!」
ギルドの入口近く。
長い銀髪が見えた。
でも、今日はいつもと少し違う。
シロナの周りには、見たことのない冒険者たちがいた。
装備を確認する者。
地図を見る者。
荷物を背負う者。
そのプレートに見える星は、四つ。
それ以上。
「もう行くの?」
「はい」
シロナが頷いた。
「これから先遣調査隊と合流して、《エルティア大森林》へ向かいます」
「そっか……」
昨日決まったことだ。
分かってた。
でも、実際に装備を整えたシロナを見ると、なんだか変な感じがする。
「ニールさん」
「ん?」
「その顔は何ですか?」
「どの顔?」
「ついて行きたそうな顔です」
「そんなに分かりやすい!?」
「はい」
「即答!?」
ミーナが笑う。
「でも、行かないんでしょ?」
「行かないよ!」
俺は答えた。
「俺たちは二つ星だし。今はシロナたちの仕事だから」
「はい」
シロナが微笑む。
「いい判断だと思います」
「なんか子ども扱いされてない?」
「気のせいです」
「絶対違う!」
「シロナ」
ハリトが呼んだ。
「はい、ハリトさん」
ハリトは少し黙った。
昨日。
あの森で、何かが自分を待っている気がすると言った。
だから俺は、一瞬だけ思った。
ハリトなら。
ついて行きたいと言うんじゃないかって。
でも。
「気をつけて」
それだけだった。
シロナは少しだけ目を細める。
「はい。ありがとうございます、ハリトさん」
「何か分かったら……教えて」
「もちろんです」
「シロナ!」
ミーナが手を上げる。
「怪我しないでね」
「ミーナさんも」
「帰ってきたら飯食おうぜ!」
「はい。楽しみにしています」
そして、シロナは先遣調査隊と一緒にギルドを出ていった。
俺たちは、その背中を見送る。
ハリトは。
誰よりも長く。
その背中を見ていた。
◇ ◇ ◇
「よし!」
ミーナが両手を叩いた。
「じゃあ私たちも依頼探そ!」
「おう!」
「あ」
ミーナが一枚の依頼票を取る。
「これなんてどう?」
「どれ?」
三人で覗き込む。
★★。
《西丘陵・石角羊の群れ調査》。
「石角羊?」
依頼内容を読む。
ラグナード西側の丘陵地帯。
家畜に似た野生の魔物《石角羊》の群れが、例年より低い場所まで降りてきている。
依頼内容は、頭数と移動方向の確認。
討伐は原則不要。
「また調査か」
「いいじゃん」
ミーナが言った。
「《エルティア大森林》の依頼は受けられないけど、調査の経験はできるよ」
「おお」
「三つ星になりたいんでしょ?」
「ミーナ……」
「何?」
「なんか先輩っぽい!」
「調査なら任せて」
「おお、頼もしい!」
「ニールが突っ込まなければね」
「なんで最後にそれ付けるんだよ!」
ハリトが依頼票を取った。
「でも、悪くないと思う」
「だよね」
「地図を使う。痕跡を探す。群れの数を確認する。討伐が目的じゃないなら、近づくか離れるかの判断も必要になる」
「よし」
俺は頷いた。
「これにしよう!」
「決まり!」
◇ ◇ ◇
受付へ向かおうとした時。
少し離れた掲示板の前に、見覚えのある姿を見つけた。
「カイル!」
「ん?」
槍を背負ったカイルが振り返る。
隣には、知らない冒険者が二人。
「今日どうすんの?」
「護衛」
「俺たちと来ない?」
「もう受けた」
「早っ!」
「お前が遅いんだ」
「俺、今日は早かったから!」
「掲示板の空いてるところ見てただけだろ」
「見てたの!?」
「目立つんだよ」
くそ。
「《槍術Ⅰ》もあるしな!」
俺が言う。
「護衛で試そうとすんなよ」
「え?」
「守る仕事だぞ。技能を試すために戦うんじゃねえ」
「…………」
俺はハリトを見る。
「まともだ」
「カイルだからね」
「お前らどういう意味だ!」
カイルが槍を担ぎ直す。
「オルドは朝から荷運びの護衛。セラは魔法素材の採取だとよ」
「みんなバラバラだな」
「冒険者なんだから普通だろ」
「……そっか」
昨日。
俺たち六人は、一緒に緊急依頼をやった。
今日は。
カイルは護衛。
オルドも別の護衛。
セラは採取。
シロナは《エルティア大森林》。
俺たちは西丘陵。
「じゃあな」
「おう!」
「死ぬなよ」
「そっちも!」
カイルは二人の冒険者と歩いていく。
その背中を見ながら、なんだか不思議な感じがした。
別々の場所へ行く。
別々の経験をする。
でも。
それで仲間じゃなくなるわけじゃない。
◇ ◇ ◇
俺たちは依頼を受けた。
俺。
ハリト。
ミーナ。
三人。
「そういえば」
俺は二人を見る。
「この三人だけで依頼受けるの、初めてじゃない?」
「……そうだね」
ハリトが少し考えてから頷いた。
「一緒に行動したことはあるけど、この三人だけで一つの依頼を受けるのは初めてだ」
「ほんとだ」
ミーナも少し驚いたように俺たちを見る。
「なんか意外」
「ずっと一緒にいる感じしてたからな」
「ニールが勝手についてくるからじゃない?」
「俺!?」
「違うの?」
「……違わないかもしれない」
「認めるんだ」
ハリトが笑った。
ラグナードへ来てから。
一緒に戦った。
一緒に飯も食った。
緊急依頼だって一緒だった。
なのに。
俺たち三人だけで、一つの依頼を受けるのは今日が初めてだ。
「じゃあ」
俺は二人を見る。
「初めての三人依頼だな」
「そうなるね」
「よろしく、ニール。ハリト」
ミーナが笑う。
「おう!」
「よろしく」
なんだろう。
いつも一緒にいる二人なのに。
そう言うと、ちょっとだけ新しい冒険が始まる感じがした。
◇ ◇ ◇
ラグナード西門へ向かう。
《エルティア大森林》とは反対方向。
「ハリト」
「何?」
「森、行かなくていいの?」
歩きながら聞いた。
ハリトは前を見る。
「今はね」
「そっか」
「うん」
「気になるけど?」
「気になる」
「行きたい?」
少し長い間があった。
「……まだ、分からない」
「そっか」
俺はそれ以上聞かなかった。
「ニール」
「ん?」
「聞かないの?」
「何を?」
「なんで気になるのか、とか」
「ハリトも分かんないんだろ?」
「……うん」
「じゃあ聞いても分かんないじゃん」
「それはそうだけど」
「分かったら教えて」
「うん」
「その時、一緒に考えようぜ」
ハリトが少しだけ笑った。
「ニールにしては、まともだね」
「なんでみんな俺がまともなこと言うと驚くんだよ!」
「普段の行い」
「ハリトまで!」
「はいはい」
ミーナが俺たちの間に入る。
「今日は森じゃなくて西の丘陵!」
「分かってる!」
「目的は石角羊の調査!」
「分かってるって!」
「討伐じゃないから、突っ込まない!」
「俺を何だと思ってる!?」
ハリトとミーナが同時に答えた。
「ニール」
「名前じゃねえか!」
◇ ◇ ◇
西門を出る。
目の前に広がるのは、《エルティア大森林》とは全く違う景色だった。
緩やかな丘。
背の低い草。
ところどころに突き出た岩。
遠くには岩山。
そして。
空が広い。
「うわ……」
思わず声が出る。
「初めて来た?」
ミーナが聞く。
「うん」
「私も」
「僕も」
ハリトが答える。
三人とも知らない場所。
「よし!」
俺は歩き出す。
「行こうぜ!」
「だから突っ込まない!」
「まだ魔物いないだろ!」
「ニールなら丘に突っ込める」
「どうやって!?」
笑いながら、俺たちは歩いた。
《エルティア大森林》の謎は残っている。
ハリトの中にある何かも、まだ分からない。
シロナたちは今頃、あの森へ向かっている。
でも。
だからって。
世界にある冒険は、あの森だけじゃない。
カイルにはカイルの。
オルドにはオルドの。
セラにはセラの。
シロナにはシロナの。
そして。
俺たちには、俺たちの冒険がある。
それぞれの場所で。
それぞれの経験をして。
また、どこかで一緒になる。
それでいい。
今の俺たちには。
まだ知らない場所が、たくさんあるんだから。
◇ ◇ ◇
「止まって」
しばらく進んだところで、ハリトが言った。
「え?」
「前」
俺とミーナが足を止める。
丘の向こう。
何かが動いた。
白っぽい身体。
岩のような大きな角。
一匹。
さらに二匹。
三匹。
「石角羊?」
「たぶん」
ミーナが姿勢を低くする。
俺も剣へ手を伸ばしかける。
「ニール」
「まだ抜いてない!」
「成長したね」
「子ども扱いすんな!」
ミーナが笑う。
ハリトは丘の向こうをじっと見ていた。
「……多い」
「え?」
「依頼書には、十匹前後の群れが確認されているって書いてあった」
ハリトが目を細める。
丘の向こうから、次々と白い影が現れる。
五匹。
十匹。
十五匹。
まだいる。
ミーナの表情から笑みが消えた。
「……何匹いるの?」
「少なくとも」
ハリトが数える。
「三十」
「…………」
俺はゆっくり剣から手を離した。
「これ、本当に戦わなくていい依頼で良かったな」
「違うよ」
ミーナが小声で言った。
「戦わなくていいんじゃなくて――戦っちゃ駄目なやつ」
「ですよね」
俺たちは丘の陰へ身体を隠した。
「まず数を確認しよう」
ハリトが言う。
「それから移動方向」
「近づきすぎないで」
ミーナが耳を動かし、風の流れを確かめる。
「風向きも見る。こっちの匂いに気づかれたら、群れ全部が動くかもしれない」
「了解」
俺も小さく答えた。
戦わない。
近づかない。
見る。
考える。
そして、持ち帰る。
昨日覚えたばかりの冒険者の仕事だ。
丘の陰から、もう一度群れを見る。
石角羊たちは草を食べている。
……ように見えた。
「ん?」
「どうしたの?」
「いや……」
一匹が顔を上げる。
続いて、もう一匹。
また一匹。
草を食べていた石角羊たちが、次々と同じ方向へ顔を向けていく。
「ハリト」
「うん」
「これ、普通?」
「分からない」
「ミーナは?」
「ちょっと待って」
ミーナがじっと群れを見る。
子どもの石角羊が、群れの中央へ押し込まれている。
外側には、大きな角を持つ個体。
草を食べているように見えて、落ち着きがない。
何度も。
何度も。
同じ方向を振り返っている。
「……何か警戒してる?」
俺が呟く。
「かもしれない」
ミーナが答える。
「じゃあ、《エルティア大森林》の――」
「ニール」
ハリトが言った。
「あ」
昨日、何度も言われた。
分からないことを。
勝手に決めつけない。
「……まだ分からない」
「うん」
ハリトが頷く。
「今、僕たちに分かるのは、石角羊が例年より低い場所まで降りてきていること」
「数が想定より多いこと」
ミーナが続ける。
「それと」
俺は、同じ方向を気にし続ける群れを見る。
「何かを警戒してるように見えること」
「そういうこと」
答えは、まだない。
でも。
だから俺たちは、ここに来た。
調べるために。
そして。
見つけたものを、持ち帰るために。
「よし」
俺は小さく息を吐く。
「調査開始だ」
ハリトが周囲へ目を向ける。
ミーナが耳を澄ませる。
俺は地図を開いた。
《エルティア大森林》とは反対側。
新しい場所で。
俺たち三人の。
初めての依頼が始まった。
第二十四話『それぞれの冒険』でした。
今回は、ニールたちにとってちょっとした節目のお話です。
一緒に戦った。
一緒に旅をした。
一緒に緊急依頼を乗り越えた。
それでも、ニール・ハリト・ミーナの三人だけで一つの依頼を受けるのは今回が初めてでした。
そして一方では、シロナも、カイルも、オルドも、セラも、それぞれ別の冒険へ向かっています。
離れていても仲間。
それぞれが自分の経験を積み、また必要な時に集まる。
そんな「冒険者たち」の関係も、少しずつ見えてきました。
そして今回選んだのは、《西丘陵・石角羊の群れ調査》。
想定されていたのは十匹前後。
ところが――確認できたのは、少なくとも三十匹。
しかも、どうも様子がおかしい。
ここでニールも、
「分からないことを勝手に決めつけない」
という昨日の経験を、さっそく生かしています。
《エルティア大森林》で起きていること。
石角羊たちの異変。
そして、森が気になって仕方がないハリト。
これらが関係しているのか、それともまったく別のことなのか。
答えは、まだもう少し先です。
次は、初めての三人依頼――調査開始!
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