第二十一話『それぞれの役割』(改訂版 ver.1.01)
森の奥から響く、正体不明の音。
逃げてくる魔物たち。
《エルティア大森林》では、何かが起き始めています。
青の勇者であるニールなら、森へ行くべきなのか。
困っている人がいるなら、勇者が何とかするべきなのか。
でも今のニールには、任されている仕事があります。
「勇者だから」ではなく、「今の自分に何ができるのか」。
緊急依頼を通して、ニールが少しずつ《冒険者》になっていく回です。
そして――。
森から聞こえるあの音に、誰よりも強く反応するハリト。
第二章 第二十一話『それぞれの役割』
物語が少しずつ、次の冒険へ動き始めます。
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赤い信号弾が空に消えてから、しばらく経った。
ズン――。
森の奥から、また低い音が響く。
避難している人たちが不安そうに《エルティア大森林》を見るたび、俺までそっちを見そうになる。
でも。
「ニール、そっちじゃない」
「分かってる」
ハリトに言われ、街道へ視線を戻す。
今の俺たちの仕事は、森の謎を解くことじゃない。
ここを守ることだ。
「南側、異常なし!」
カイルの声。
「休憩所も問題ない。怪我人も落ち着いてる」
オルドが答える。
「こっちも大丈夫!」
ミーナが街道脇から戻ってくる。
「魔物の匂いはするけど、近づいてきてはいないよ」
「よし」
俺は頷く。
……あれ?
「なんで俺が頷いてるんだ?」
「知らないよ」
ハリトが即答した。
「なんか今、俺がまとめてる感じじゃなかった?」
「気のせいじゃない?」
「もうちょっと乗ってくれてもよくない?」
「緊急依頼中だからね」
「真面目!」
「ニールが真面目にしてれば、僕も真面目にしなくて済むんだけど」
「俺のせい!?」
「二人とも」
セラが怪我人のそばから顔を上げた。
「元気なのは分かったから、少し静かにして」
「はい」
「はい」
俺とハリトの声が重なった。
ミーナが吹き出す。
「仲いいね」
「どこが!?」
◇ ◇ ◇
「来た!」
少しして、ミーナの耳がぴんと動いた。
北東街道。
複数の人影が見える。
先頭を走っているのは、三人の冒険者。
「武器を構えなくていい」
ハリトが言った。
「たぶん味方だ」
三人とも、ギルドプレートをつけている。
「信号弾を上げたのはお前たちか!」
「はい!」
俺が答える。
先頭の男がプレートを見せた。
★★★。
三つ星冒険者だ。
「状況を!」
ハリトが前へ出る。
「避難者と遅れていた商隊、全員確認済みです。怪我人は三人。重傷者はいません」
「魔物は?」
「グラスドッグ五匹とレイザーマンティス一匹を確認。交戦後、全て離脱しました」
「討伐数は?」
「ゼロです」
男が一瞬だけ俺たちを見る。
「ゼロ?」
「はい」
ハリトが頷く。
「避難地点の防衛を優先しました」
男は周囲を確認した。
壊れていない休憩所。
無事な避難者たち。
止められた馬車。
応急処置を受けた怪我人。
「……それでいい」
短い一言だった。
でも。
なんだろう。
少しだけ、嬉しかった。
「それから」
ハリトが森を見る。
「報告があります」
空気が変わる。
「魔物の動きが不自然でした。グラスドッグとレイザーマンティスが、同じ方向へ逃げていた可能性があります」
「逃げていた?」
「商隊の証言です。それと――」
ズン――。
ちょうどその時。
地面の奥から、あの音が響いた。
三つ星冒険者たちの表情が変わる。
「……これか」
「知ってるんですか?」
「いや。だが、先に森へ入った調査班から同じ報告が上がっている」
やっぱり。
同じ音だ。
「俺たちは周辺を確認する」
男が言った。
「お前たちは引き続き避難地点を守ってくれ」
「はい」
答えた直後。
俺は森を見る。
三つ星なら。
俺たちより先へ行ける。
だったら――。
「ニール」
ハリトが俺を見る。
「分かってる」
俺は息を吐いた。
「行かないよ」
「まだ何も言ってないけど」
「顔に書いてあった」
「ニールの顔にね」
「そっち!?」
◇ ◇ ◇
三つ星の三人が周辺調査へ向かった。
俺たちは残る。
分かってる。
これでいい。
……でも。
「気になる」
「だろうね」
「めちゃくちゃ気になる」
「うん」
「森の奥で変な音してるんだぞ?」
「してるね」
「魔物が逃げてきてるんだぞ?」
「そうだね」
「行きたい」
「駄目だね」
「分かってる!」
「ならいい」
くそ。
自分でも分かってるから、余計に困る。
「青の勇者さん!」
「え?」
声をかけられた。
振り返ると、さっきの商隊の御者が立っていた。
「あんた、青の勇者なんだろ?」
「……はい」
やっぱり知られてる。
ラグナードでも、少しずつ俺のことを知っている人が増えていた。
「だったら!」
男が森を指差す。
「あんたなら行けるんじゃないのか!?」
「え?」
「森で何が起きてるのか、調べてくれよ!」
周囲の人たちも俺を見る。
「勇者なんだろ?」
「魔物だって倒せるんじゃないか?」
「原因を何とかしてくれ!」
胸が、少しだけ熱くなった。
頼られている。
俺が。
青の勇者だから。
「…………」
行けるかもしれない。
青の《勇者装具》もある。
LEVELだって七になった。
前よりずっと強くなった。
俺なら。
「ニール」
ハリトの声。
「…………」
分かってる。
でも。
勇者なら。
困っている人がいたら。
助けるのが――。
「行きません」
声が出た。
自分でも、少し驚いた。
「え?」
御者が目を丸くする。
「今は、行きません」
「でも、あんた勇者なんだろ?」
「はい」
俺は胸元に触れる。
服の下に、青の《勇者装具》がある。
「でも、今の俺は二つ星冒険者です」
「…………」
「森の奥を調べるのは、三つ星以上の仕事です」
「そんなの……」
「それに」
俺は休憩所を見る。
「俺たちがここを離れたら、ここは誰が守るんですか?」
男が黙った。
「森を調べる人は、もう行きました」
三つ星の冒険者たち。
自分たちにできる仕事をしに行った。
「だから俺たちは」
俺は笑った。
「俺たちの仕事をします」
勇者だから。
何でもできるわけじゃない。
勇者だから。
何でもしなきゃいけないわけでもない。
今。
俺にできることをする。
「……悪い」
御者が頭を下げた。
「勇者なら何とかしてくれるって、勝手に……」
「いや」
俺は慌てる。
「俺もさっきまで行きたかったんで!」
「おい」
カイルが呆れた顔をする。
「台無しだぞ」
「だって本当だし!」
「そこは格好つけとけよ」
「嘘つくよりいいだろ!」
「ニールらしいけどね」
ミーナが笑う。
「でも」
御者も笑った。
「ありがとう」
「え?」
「守ってくれて」
その言葉に。
一瞬、何も言えなかった。
「……はい!」
◇ ◇ ◇
それからしばらくして。
新しい冒険者たちが次々と到着した。
二つ星。
三つ星。
さらに別の方向からも。
「ラグナード東門から来た!」
「避難者を移送する!」
「怪我人を先に!」
人が増えていく。
「すご……」
俺は思わず呟いた。
誰か一人が、全部をやっているわけじゃない。
偵察する奴。
戦う奴。
人を運ぶ奴。
怪我人を見る奴。
道を守る奴。
情報を持ち帰る奴。
冒険者たちが次々と、自分の役割へ入っていく。
「これが緊急依頼なんだな」
オルドが言った。
「一人の英雄が全部解決するわけじゃない」
「うん」
セラが頷く。
「だからギルドがあるんでしょうね」
俺は、その言葉を聞きながら胸元を見る。
青の勇者。
その名前は、思っていたより大きい。
でも。
今ここにいる人たちを守っているのは。
俺だけじゃない。
「ニール」
「ん?」
ハリトが笑っている。
「ちょっと嬉しそう」
「そう見える?」
「うん」
「なんかさ」
俺は周りを見る。
「こういうの、いいな」
「こういうの?」
「みんなで冒険者やってる感じ」
ハリトが少し笑った。
「今さら?」
「うるさい」
◇ ◇ ◇
やがて。
森へ向かった三つ星の班が戻ってきた。
「戻った!」
俺たちはすぐに駆け寄る。
「どうでした?」
「森の浅い範囲だけ確認した」
男が地図を広げる。
「やはり妙だ」
いくつかの場所を指差す。
「魔物の足跡が、南と西へ集中している」
「やっぱり逃げてる?」
「可能性は高い」
「原因は?」
「分からん」
男は首を振る。
「ただ」
指が、森のさらに奥へ移動する。
「音は、この辺りから響いている可能性がある」
俺たちは地図を見る。
深い。
今の俺たちには、入ることを許されていない場所。
「それと」
男が続ける。
「森の中で、妙な痕跡を見つけた」
「妙な痕跡?」
「地面だ。一部が不自然に盛り上がっていた」
「魔物が掘ったとか?」
「そうは見えない」
「じゃあ……」
「分からん」
また。
その言葉。
「だから、調べる必要がある」
男が地図を畳む。
「ギルドへ戻る。正式な調査を進言する」
◇ ◇ ◇
日が傾き始めた頃。
避難者の移送が始まった。
俺たちも護衛としてラグナードへ戻る。
そしてギルドへ着いた頃には、掲示板の前に冒険者たちが集まっていた。
「何だ?」
俺たちも近づく。
受付の向こうでは、リディアさんたちが慌ただしく動いている。
やがて、一枚の依頼書が掲示板から外された。
「あ」
見覚えがある。
あれは――。
《エルティア大森林・異常生態調査》。
★★★。
「取り下げるの?」
ミーナが聞く。
「一時的にです」
リディアさんが答えた。
「今回の報告を受け、危険度の再査定が行われます」
「じゃあ、三つ星になれば行ける?」
俺が聞く。
「現時点では、おそらく難しいでしょう」
「えっ」
思わず声が出た。
「当面、《エルティア大森林》北東部への立ち入りを制限します。二つ星、三つ星冒険者は対象区域へ入らないでください」
「三つ星も!?」
「はい」
「じゃあ何つ星なら?」
「現在、四つ星以上を中心に先遣調査隊を編成しています」
「四つ……」
遠い。
俺は二つ星だ。
ついさっきまで、三つ星になればあの森へ行けると思っていたのに。
「不満そうですね」
「そりゃ……」
「ニール」
ハリトが俺を見る。
「分かってるって」
俺は両手を上げた。
「勝手には行かない」
「それなら結構です」
リディアさんが微笑んだ。
「今回、あなた方がそう判断してくださったことも、正式に報告へ記録しておきます」
「え?」
「冒険者の評価は、魔物を何匹倒したかだけではありませんから」
俺たちを見る。
「避難地点を維持し、商隊を救助し、異常を発見した時点で信号弾を使用した。そして、上位班へ引き継いだ後も命令された場所を離れなかった」
リディアさんは頷いた。
「良い判断でした」
「…………」
なんか。
また嬉しい。
「ニール、顔」
ミーナが言う。
「何?」
「めっちゃ嬉しそう」
「いいだろ!」
◇ ◇ ◇
「皆さん、お戻りだったんですね」
聞き覚えのある声。
「シロナ!」
振り返る。
長い銀髪。
いつも通りの穏やかな表情。
シロナがギルドへ入ってきた。
「緊急依頼、お疲れさまでした」
「シロナは?」
「私ですか?」
シロナは掲示板を見る。
「これからです」
「これから?」
「はい」
リディアさんが一枚の書類を手にする。
「シロナさんには、先遣調査隊へ参加していただきます」
「ええ!?」
俺とミーナの声が重なった。
「何をそんなに驚いているんですか?」
シロナが首を傾げる。
「私、四つ星ですよ?」
「そうだった!」
「忘れてたの?」
ミーナが俺を見る。
「いや! 知ってたけど!」
「失礼ですね、ニールさん」
「すみません!」
シロナが小さく笑った。
「冗談です」
「シロナの冗談、分かりにくいんだよ!」
「それは残念です」
絶対残念じゃない顔をしている。
「出発は?」
ハリトが聞いた。
シロナがハリトを見る。
「明朝です」
「……明日」
「ハリトさん」
「何?」
「何か気になることがありますか?」
「…………」
ハリトが黙る。
「今日の報告で、何度も《エルティア大森林》を見ていたと聞きました」
「誰から?」
「ニールさんです」
「俺!?」
「さっき聞きました」
「そうだった!」
ハリトが俺を見る。
「ニール」
「ごめん!」
「別に怒ってないよ」
ハリトは息を吐いた。
それから。
掲示板から外された依頼書を見る。
「分からないんだ」
「何がですか?」
「僕は、あの森に行ったことがない」
静かに言う。
「なのに、あの音を聞くと……」
胸元に手を置く。
「知ってるような気がする」
シロナの表情が少しだけ変わった。
「知っている?」
「違う」
ハリトが首を振る。
「知ってるわけじゃない。聞いたこともない」
「それでも?」
「うん」
ハリトは言葉を探す。
「……行かなきゃいけないような気がする」
俺は。
その言葉を聞いた瞬間。
思い出した。
《蒼天遺跡》。
初めて見たはずなのに。
なぜか知っているような気がした場所。
あそこへ。
どうしても行かなきゃいけないと思った。
「ハリト」
「何?」
「俺もそうだった」
「……え?」
「《蒼天遺跡》」
俺は胸元の青の《勇者装具》へ触れた。
「行ったことなんかなかった。でも、あの時の俺も」
ハリトを見る。
「行かなきゃいけないって思った」
「…………」
ハリトは何も言わなかった。
その時。
ズン――。
遠く。
街の外から。
あの低い音が響いた。
「…………」
ハリトが顔を上げる。
北東。
《エルティア大森林》の方角。
「ハリトさん?」
シロナが呼ぶ。
「……待ってる」
「え?」
俺も聞き返した。
「今、何て?」
ハリト自身が、一番戸惑った顔をしていた。
「分からない」
ゆっくり首を振る。
「何が待ってるのかも分からない」
それでも。
ハリトは森の方角を見たまま。
「でも――」
胸元を握る。
「あの森で」
もう一度。
ズン――。
「何かが僕を待ってる気がする」
誰も答えなかった。
ただ。
俺の腰で。
青の《勇者装具》が。
ほんのわずかに――震えた。
今回は、戦闘とは少し違う意味でニールの成長を描いた回でした。
「でも、今の俺は二つ星冒険者です」
青の勇者だからといって、何でも自分で解決しなくていい。
偵察する人。戦う人。人を守る人。怪我人を助ける人。情報を持ち帰る人。
一人の英雄が全部をやるのではなく、それぞれが自分のできることをする。
第二章『冒険者たち』で描きたかったものが、少しずつ形になってきました。
そして、いよいよ《エルティア大森林》の異変も本格化。
三つ星依頼だった調査は危険度の再査定へ。
四つ星以上の先遣調査隊が編成され、シロナも森へ向かうことになりました。
そして何より――。
「あの森で」
「何かが僕を待ってる気がする」
行ったことのない森。
聞いたことのない音。
それなのに、なぜか「知っている」ような感覚を覚えるハリト。
さらに最後には、青の《勇者装具》までわずかに反応しました。
さて。
《エルティア大森林》の奥には、何があるのでしょうか。
そして、なぜハリトはそこへ呼ばれているように感じるのか。
答えは、もう少し先です。
ここまで読んでくださってありがとうございます!
続きが気になる、ハリトのことが気になると思っていただけましたら、ぜひブックマーク・評価で応援していただけると嬉しいです!




