第十七話『森からの呼び声』(改訂版 ver.1.01)
少しずつ冒険者として経験を積み始めたニールたち。
LEVELが上がり、依頼をこなし、二つ星としての実績も増えてきました。
そして今まで気にも留めていなかった掲示板の――
★★★。
三つ星の依頼が、少しずつ気になり始めます。
そんな中、《エルティア大森林》から予定より早く戻ってきた調査班。
森の奥から外へ移動し始めた魔物たち。
変わっていく獣道。
そして、地の底から響いてくるような謎の音。
その話を聞いた時。
なぜかハリトだけが――。
今回は、少しだけ先の冒険が見えるお話です。
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「三つ星の依頼、増えたな」
《ラグナード》の冒険者ギルド。
掲示板の前で、俺は腕を組んでいた。
目の前には何十枚もの依頼書が並んでいる。護衛、採取、討伐、調査、荷物運び。その中でも、最近やたらと目につくようになったものがあった。
★★★。
三つ星の依頼だ。
「増えたんじゃなくて、ニールが見るようになっただけじゃない?」
隣でハリトが言った。
「え?」
「前は一つ星と二つ星しか見てなかったでしょ」
「…………」
確かに。
「人間って成長するんだな」
「自分で言う?」
「LEVELも六になったし!」
「僕は七だけどね」
「ぐっ」
そこを突かれると弱い。
「ちなみに私は五」
反対側からミーナが顔を出した。
「聞いてない!」
「あと一つで追いつくからね」
「追いつかせないからな!」
「LEVELって、そういう競争だっけ?」
「違うよ」
ハリトに即答された。
「朝から楽しそうですね」
後ろから聞き慣れた声がした。
「シロナ!」
「シロナ、おはよ」
「おはようございます、シロナさん」
「はい。おはようございます、ニールさん、ミーナさん、ハリトさん」
シロナは今日も変わらず丁寧だ。
LEVEL二十六。
★★★★。
俺たちよりずっと経験豊富な冒険者なのに、気づけば一緒にいることが当たり前になりつつあった。
「シロナも依頼探し?」
「はい。せっかくですから、皆さんともう一つくらい受けてみようかと思いまして」
「よし! 四人パーティー継続!」
「まだ何も決まっていませんよ?」
「決まった!」
「人の話を聞いてください」
ミーナが笑う。
「もう諦めた方がいいよ、シロナ」
「ミーナさんまで……」
なんだか、この四人でいるのも少しずつ普通になってきた。
◇ ◇ ◇
「これなんてどう?」
ミーナが一枚の依頼書を指差した。
「《南街道・荷車護衛》」
「また護衛?」
「報酬いいよ」
「お前、そこ見るよな」
「大事でしょ」
「大事だけど!」
ハリトは別の依頼書を見ている。
「こっちは?」
「《グラスラビット素材採取》?」
「毛皮が欲しいらしい」
「かわいい?」
「魔物だよ」
「いや、魔物でもかわいいのいるだろ」
「戦える?」
「そこ!?」
「ニールさん」
シロナがため息をつく。
「依頼を選ぶ基準がおかしいです」
「じゃあシロナは?」
「そうですね……」
シロナが掲示板へ視線を移した。
その時だった。
「道を空けてください!」
ギルドの入口から声が響いた。
空気が変わる。
数人の冒険者が入ってきた。
泥と草にまみれ、服には枝に引っかけたような跡が残っている。軽い怪我をしている人もいた。
「治療を!」
受付職員が駆け寄る。
先頭の男が首を振った。
「大した怪我じゃない。それより報告が先だ」
そのまま受付へ向かう。
「《エルティア大森林》の調査班だ」
ざわ、と周囲が騒がしくなった。
「エルティア……」
ハリトが呟いた。
その声に、俺は振り返る。
「どうした?」
「……いや」
ハリトの視線は、帰ってきた冒険者たちへ向いたままだった。
「聞こう」
いつもより少しだけ低い声だった。
◇ ◇ ◇
俺たちは受付から少し離れた場所に立った。
盗み聞きするつもりじゃない。
ただ、調査班も話を隠している様子はなかった。
「予定より二日早いですね」
リディアさんが尋ねる。
「ああ。深部までは行けなかった」
「何かありましたか?」
「ありすぎる」
調査班の男が地図を広げた。
「まず、浅い場所にいるはずの魔物が減ってる。その代わり、本来ならもっと奥にいる連中が外側まで出てきてる」
俺とハリトは顔を見合わせた。
聞いたことがある。
いや。
俺たち自身が見ている。
「《レイザーマンティス》……」
俺が小さく呟く。
《リーヴェル》から《ラグナード》へ来る途中、本来もっと森の奥にいるはずの魔物が街道近くまで出てきた。
「それだけじゃない」
男の指が地図の上を動く。
「獣道が変わってる。魔物だけじゃない。普通の獣もだ」
「何かから逃げている?」
リディアさんが聞く。
「そう見える」
「大型魔物の縄張りが広がった可能性は?」
「調べた。少なくとも俺たちが確認できた範囲じゃ、それらしい痕跡はない」
別の冒険者が口を開く。
「それと――音がする」
「音?」
「森の奥からだ」
俺は眉をひそめる。
「どんな音ですか?」
「分からん」
男は首を振った。
「獣の鳴き声じゃない。木が倒れる音でもない。もっと低いんだ。地面の下から響いてくるみたいな……」
男が言葉を探す。
「ゴォォ……っていうか」
その瞬間。
「――っ」
ハリトの肩がわずかに動いた。
「ハリト?」
「……何でもない」
「でも今――」
「何でもないよ」
そう言うけど。
全然、何でもない顔じゃなかった。
俺の腰にある青の《勇者装具》へ、ふと意識が向く。
何か言うかと思った。
でも。
何も言わなかった。
ただ沈黙していた。
◇ ◇ ◇
「調査範囲を広げる必要がありますね」
リディアさんが地図を見る。
「ただし、これより先は……」
「三つ星以上だな」
調査班の男が答える。
「はい」
俺の耳が反応した。
三つ星。
「なあ、ハリト」
「何?」
「あの森の調査って――」
「駄目ですよ」
「まだ何も言ってない!」
シロナだった。
「行きたい、と言おうとしましたね?」
「なんで分かるの!?」
「ニールさんですから」
「理由になってない!」
「なってるよ」
ミーナまで。
「でも」
俺は地図を見る。
「俺たちも《レイザーマンティス》を見てる。旧採石場でも魔物の動きがおかしかった。《エルナ渓谷》でも《岩甲狼》が普段と違う場所にいた」
「そうですね」
「なら、全部つながってるかもしれないだろ?」
シロナは否定しなかった。
「可能性はあります」
「だったら――」
「だからこそ、です」
「え?」
「分からない場所へ、分からないまま入らない。ましてや、ギルドが三つ星以上と判断した区域です」
「……俺たちは二つ星」
「はい」
「勇者でも?」
「関係ありません」
即答だった。
「ですよね!」
「青の勇者だから森が安全になるわけではありませんから」
「分かってるよ!」
……ちょっとだけ期待したけど。
「それに」
シロナはハリトを見る。
「ハリトさん」
「……はい」
「先ほどから、どうしました?」
「え?」
「森の話が出てから、ずっと気にされていますよね」
ハリトは黙った。
ミーナもハリトを見る。
「そういえば……ハリト、さっきから変だよ」
「…………」
しばらくして、ハリトは小さく息を吐いた。
「分からないんだ」
「何が?」
「さっきの音の話」
森の奥から聞こえたという、低い音。
「聞いたことあるの?」
「ない」
「じゃあ何で?」
「それが分からない」
まただ。
最近、ハリトはこれが多い。
分からない。
でも、気になる。
「聞いたことはないはずなのに」
ハリトが胸元へ手を当てる。
「知ってる気がする」
「……知ってる?」
「うん」
俺は何も言えなかった。
その感覚を。
俺も知っているからだ。
知らないはずなのに、知っている。
見たことがないはずなのに、懐かしい。
《蒼天遺跡》へ向かった時。
俺にも似たような感覚があった。
「行きたい?」
俺は聞いた。
ハリトは森の方角を見る。
すぐには答えなかった。
そして。
「今は、行かない」
「え?」
「行かないよ」
ハリトはいつもの顔で言った。
「僕たちは二つ星だから」
「でも気になるんだろ?」
「気になるよ」
「だったら――」
「気になるからって、全部追いかけてたら」
ハリトが俺を見る。
「ニールになるでしょ」
「どういう意味だよ!」
ミーナが吹き出した。
シロナも口元を押さえている。
「おい!」
「でも」
ハリトは笑ったあと、もう一度森の方角を見た。
「いつかは行きたい」
さっきまでとは少し違う声だった。
「呼ばれてるから?」
俺が聞く。
「分からない」
ハリトは首を振る。
「まだ、分からないんだ」
◇ ◇ ◇
調査班の報告が終わると、ギルド職員たちが慌ただしく動き始めた。
地図が運ばれ、新しい依頼書が作られ、何人かの上位冒険者が呼ばれていく。
そして。
掲示板の一角に、新しい紙が貼られた。
★★★
《エルティア大森林・異常生態調査》
「三つ星……」
俺はその三つの星を見る。
少し前まで。
三つ星は、ただ自分たちより上の冒険者が受ける依頼だった。
でも今は違う。
その星の向こうに。
行きたい場所がある。
「ニール」
「何?」
「今日は二つ星の依頼を探すんでしょ」
ハリトが言った。
「……そうだった」
「忘れてたの?」
「ちょっとだけ」
「ニールさん」
「はい!」
シロナに呼ばれて背筋が伸びる。
「まずは目の前の冒険です」
「分かってます!」
俺たちは再び掲示板を見る。
二つ星の依頼。
今の俺たちにできること。
俺はLEVEL六になった。
ハリトは七。
ミーナは五。
それでも、俺たちは二つ星の冒険者だ。
強くなったからといって、いきなり何でもできるようになるわけじゃない。
依頼を受ける。
無事に帰る。
報告する。
信頼を積み重ねる。
そうやって一つずつ進んだ先に、三つ目の星がある。
でも。
俺は一度だけ振り返った。
三つの星。
その向こうにある、《エルティア大森林》。
そして、隣にいるハリト。
ハリトも一瞬だけ。
同じ依頼書を見ていた。
◇ ◇ ◇
その頃。
《エルティア大森林》の深部。
人の足がほとんど踏み入らない森のさらに奥で。
蔦と苔に覆われた古い石の壁が、木々の間に埋もれていた。
誰が造ったのか。
いつからそこにあるのか。
今では、その存在を知る者さえほとんどいない。
そのさらに奥。
光の届かない空間で。
巨大な何かが。
低く。
静かに。
震えた。
ゴォォォ……。
地の底を這うような音が、森へ伝わっていく。
それに追われるように、獣たちが離れていく。
魔物たちが、住処を変えていく。
そして。
苔に覆われた何かの奥で。
一瞬だけ。
淡い光が灯った。
『…………』
声にはならない。
言葉にもならない。
けれど。
何かが。
待っている。
まだ何者でもない、一人の少年を。
森の外。
その少年はまだ。
自分がなぜ森を気にしているのかさえ知らない。
今回は、いよいよ《エルティア大森林》の異変が表に出始めました。
以前、ニールたちが街道近くで遭遇した《レイザーマンティス》。
旧採石場で感じた魔物たちの異変。
《エルナ渓谷》付近に現れた、本来なら別の場所に生息している《岩甲狼》。
それぞれ別々に見えていた出来事。
果たして、これらは本当に偶然なのでしょうか。
そして、もう一つ。
森の奥から響く、低い音。
聞いたことがないはずなのに、
「知ってる気がする」
そう語ったハリト。
行きたい。
でも、今は行かない。
気になるからといって危険へ飛び込むのではなく、二つ星の自分たちにできる冒険を積み重ねる。
ニールたちも少しずつ、本当の意味で「冒険者」になってきたのかもしれません。
……まあ、
「気になるからって、全部追いかけてたら、ニールになるでしょ」
は、だいぶ酷い言われようですが(笑)
そして最後。
《エルティア大森林》の深部で、静かに震え始めた巨大な何か。
なぜ魔物たちは森の奥から離れているのか。
なぜハリトは、知らないはずのものを懐かしく感じるのか。
そして――
森の奥では、何が待っているのか。
まだ答えは出ません。
ですが、少しずつ「次の冒険」は動き始めています。
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