第十六話『魔法の使い方』(改訂版 ver.1.01)
「普通は、そんな使い方をしませんから」
シロナの何気ない一言から始まった、ニールの魔法講座。
昔から当たり前のように使っていた水魔法。
でも、いざ「どうやって使っているの?」と聞かれると――説明できない。
しかも、それはニールだけではなく……?
四つ星冒険者シロナ先生による(本人は否定しています)初めての魔法授業!
果たしてニールの《水球》は、ちゃんと丸くなるのでしょうか(笑)
今回も楽しんでいただけたら、ぜひブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです!
「普通は、そんな使い方をしませんから」
「え?」
シロナの一言で、俺は初めて知った。
俺が当たり前だと思っていた魔法は、どうやら全然、当たり前じゃないらしい。
「どこが変なの?」
「全部です」
「全部!?」
「はい」
「もう少し手加減して!」
朝の宿屋の裏庭。
俺の手のひらには、さっき作った小さな水球が浮かんでいる。シロナはそれをじっと見つめていた。
「ニールさん。もう一度やっていただけますか?」
「いいけど」
水球を消す。
もう一度、身体の中にある魔力を感じる。
腕へ。
手のひらへ。
そして――水に変える。
ぽん、と小さな水球が浮かんだ。
「ほら」
「……やはりそうですね」
「何が?」
「魔力を水へ変えるまでが速すぎます」
「速い?」
「普通はもっと段階を踏みます。魔力を集めて、属性を意識して、起こしたい現象を形にして、術として成立させる」
「俺もやってるよ?」
「意識して?」
「…………」
してない。
「してませんね?」
「……はい」
「ですよね」
シロナがため息をつく。
「なんというか……歩き方を説明できないのに、普通に歩いているような感じです」
「あ、それなら分かる!」
「喜ぶところではありませんよ」
でも、言われてみれば確かにそうだった。
俺は昔から水魔法を使える。
水を出そうと思えば出せるし、飛ばそうと思えば飛ばせる。
だけど、どうして使えるのかと聞かれると説明できない。
昔からそうだった。
俺にとっては、それだけだった。
「じゃあ俺、魔法の才能ある?」
「それはまだ分かりません」
「そこはあるって言ってよ!」
「魔力を扱えることと、上手に扱えることは別です」
「ぐっ」
痛い。
ものすごく痛い。
「ニールさんは魔力量そのものは多いと思います」
「おお!」
「ただし、制御が雑です」
「おお……」
「かなり」
「追加しなくていい!」
「事実です」
この人、朝から容赦ない。
◇ ◇ ◇
「おはよう」
声がして振り返る。
ハリトだった。
弓を背負い、いつもの落ち着いた顔で歩いてくる。
「何してるの?」
「シロナに魔法下手って言われてる」
「そこまでは言っていません」
「だいたい同じ!」
「違います」
「ニールは昔から雑だからね」
「お前まで!」
ハリトが俺の手の上に浮かぶ水球を見る。
「それ、いつものやつ?」
「そう。でも今日は、ちゃんと魔法を教えてもらう!」
「へえ」
ハリトがシロナを見る。
「僕も見ていいですか?」
「もちろんです」
シロナが頷いた。
「ハリトさんも風魔法を使えるんですよね?」
「少しだけ」
「では、何か使ってみてください」
「分かりました」
ハリトが右手を上げる。
目を閉じることもない。
すっと息を吐いた次の瞬間、俺たちの間を風が抜けた。
地面の砂が舞い上がり、俺の髪を揺らす。
「おお」
「こんな感じです」
シロナが黙った。
「…………」
「シロナ?」
「ハリトさん」
「はい」
「誰に習いました?」
「ちゃんとは習ってないです」
「…………」
「シロナ?」
シロナは額に手を当てた。
「二人ともですか」
「何が?」
「どうして私の周りには、説明のできない魔法の使い方をする人が二人もいるのでしょう」
「知らないよ」
ハリトが即答した。
「俺だって知らない!」
「そこだけ息が合いますね」
シロナは気を取り直すと、今度はハリトに質問を始めた。
「魔力はどこへ集めていますか?」
「特に決めてないです」
「では、どうやって風へ変換を?」
「変換……?」
「風を作る時、何を意識しています?」
「周りにある風、ですかね」
「それから?」
「動かす感じです」
「どうやって?」
「こう……」
ハリトが手を動かす。
「こう?」
「分かりません」
「僕も説明できません」
「ですよね……」
シロナが再び額に手を当てる。
「ニールさんよりは、かなり制御されていますが」
「ほら!」
「なんでニールが威張るの?」
「比較対象になったから!」
「負けてますよ」
「シロナ!」
ハリトが小さく笑った。
でも、シロナだけは俺たち二人を交互に見ている。
「ただ……」
「何?」
「いえ」
シロナは少し考えてから首を振った。
「今は基礎から始めましょう」
何か気になったのだろうか。
でも、聞いてもそれ以上は教えてくれなかった。
◇ ◇ ◇
「まず、お二人とも基礎を知った方がいいですね」
シロナが杖を取り出した。
「魔法は、魔力さえあれば何でもできるものではありません。魔力を使って現象を起こす。そのためには、起こしたい現象を形にする必要があります」
「形?」
「術式、と呼ぶ人もいます」
シロナが杖の先を上げる。
「《光球》」
杖の先に生まれた小さな白い光が、ふわりと俺たちの頭上へ浮かんだ。
「おお!」
「これは光を作り、一定時間維持する初歩魔法です」
「攻撃には?」
「ほとんど使えません」
「弱い!」
「暗い洞窟へ行っても同じことを言えますか?」
「めちゃくちゃ強いです」
「切り替えが早いね」
ハリトが笑う。
「冒険者にとって、敵を倒す魔法だけが役立つわけではありません」
まただ。
シロナといると、戦うこと以外の話がやたら多い。
でも昨日だってそうだった。
《光壁》があったから、俺たちは《岩甲狼》と戦わずにマルクさんを守れた。
《癒しの光》があったから、怪我をしたマルクさんを治療できた。
敵を倒さなくても。
役に立つ魔法はたくさんある。
「では、もう一つ」
シロナが杖を動かす。
「《ライト》」
もう一つ。
同じような白い光が浮かんだ。
「……ん?」
俺は二つの光を見比べる。
「同じじゃない?」
「似ていますね」
「名前違うじゃん!」
「はい」
「なんで!?」
シロナが首を傾げた。
「呼び方が違うからですが」
「その説明で納得できる!?」
「僕はできるけど」
「ハリト!?」
「名前なんて土地によって違うでしょ」
「そういうものなの!?」
「そういうものです」
シロナが杖を下ろした。
「私が育った場所では《光球》と呼ぶ人が多かったです。でも旅をしていると、《ライト》と呼ぶ人にも会いました」
「ライト……」
「古い言葉で、光を意味するそうです」
「古い言葉?」
「はい。ただ、どこの言葉なのかまでは私も知りません」
「へえ……」
変なの。
《光球》なら分かる。
光の球だから、《光球》。
でも――ライト。
意味を知らなければ、何の魔法なのか分からない。
「ほかにもある?」
「たくさんありますよ。たとえば、火を球状にして飛ばす初歩魔法なら《火球》と呼ぶ土地もあれば、《ファイアボール》と呼ぶ人もいます」
「ファイアボール!」
「ニール、好きそう」
「めちゃくちゃ好き!」
「やっぱり」
「なんか強そう!」
「効果はほとんど同じですよ」
「でもファイアボールの方が強そう!」
「名前で威力は変わりません」
「夢がない!」
シロナが呆れた顔をする。
「厳密には、同じ名前でも術式が違ったり、逆に違う名前でもほとんど同じ魔法だったりします」
「ややこしいな」
「世界は広いですから」
シロナは頭上に浮かぶ二つの光を見上げた。
「人間もいます。エルフもいます。ハーフエルフも、ハーフビーストもいます。国も町も、文化も違う。魔法だけが世界中で同じ名前になる方が不思議でしょう?」
「……確かに」
《リーヴェル》を出てから、知らないものをたくさん見た。
《ラグナード》の食べ物。
ラグナ石。
知らない魔物。
知らない冒険者。
なら、魔法の名前だって一つじゃなくていい。
「魔法学校では、ある程度呼び方を統一して教えるところもあります」
「魔法学校!」
俺は思わず身を乗り出した。
「そんなのあるの!?」
「ありますよ」
「行きたい!」
「今すぐは無理です」
「まだ何も言ってない!」
「顔に書いてありました」
ハリトが笑う。
「分かりやすいからね」
「うるさい!」
魔法学校。
そんな場所まであるのか。
世界。
広すぎるだろ。
◇ ◇ ◇
「では、ニールさん」
「はい!」
「せっかくですから、《水球》をもう少し安定させてみましょう」
「新しい魔法は!?」
「まず基礎です」
「ええー」
「その雑な制御で新しい魔法を覚えたいと?」
「……基礎お願いします」
「よろしい」
完全に先生だ。
「水を出してください」
「はい」
いつものように、手のひらに水を作る。
「丸くしてください」
「こう?」
「歪んでいます」
「丸いだろ!」
「芋みたい」
ハリトが言った。
「芋じゃない!」
「少し長いよ」
「水だよ!」
「集中してください」
「はい!」
もう一度。
水を集める。
今度は、ただ出すんじゃない。
丸く。
形を意識する。
その形を保つ。
ぐにゃ。
「あっ」
ばしゃっ。
水が地面に落ちた。
「…………」
「もう一度です」
「はい!」
二回目。
ぐにゃ。
三回目。
ばしゃっ。
四回目。
「おっ!」
少し丸くなった。
「そのまま維持してください」
「おおおお……!」
「声はいりません」
「これ集中してる声だから!」
「初めて聞きました」
五回目。
六回目。
何度も失敗する。
でも少しずつ、本当に少しずつ、水が綺麗な球になっていく。
「……できた」
手のひらの上に、小さな水球が浮かんでいる。
いつもの歪な塊じゃない。
ちゃんと丸い。
「できた!」
「はい」
「これ魔法!?」
「最初から魔法ですよ」
「名前は!?」
「《水球》でいいのでは?」
「ウォーターボールは!?」
「好きな方で呼んでください」
「《水球》の方が短いよ」
ハリトが言う。
「……確かに」
「一瞬で負けたね」
「じゃあ《水球》!」
「結局それなんですね」
シロナが笑った。
でも俺は、自分の手の上に浮かぶ《水球》を見つめる。
今までだって使えていた。
ただ水を出すだけなら、何度もやってきた。
なのに。
少しだけ違って見えた。
誰かに教えてもらって。
自分で考えて。
意識して。
何度も失敗して。
ほんの少しだけ、上手くなった。
LEVELが上がったわけじゃない。
新しい魔法を覚えたわけでもない。
それでも。
「……なんか、強くなった気がする」
「良い感覚だと思いますよ」
「え?」
「LEVELだけが成長ではありませんから」
シロナが言った。
「昨日までできなかったことが、今日できるようになる。それも立派な成長です」
「…………」
俺はもう一度、《水球》を見る。
「そっか」
LEVEL六。
昨日、一気に上がった数字。
でも。
こういう強くなり方もあるんだ。
「次は何する?」
「もう続けるんですか?」
「もちろん!」
「朝食は?」
「……食べる!」
「そっちが先ですね」
◇ ◇ ◇
「何してんの?」
宿へ戻ろうとしたところで、眠そうな声がした。
ミーナだ。
髪もまだ少し跳ねている。
「魔法!」
「朝から?」
「《水球》覚えた!」
「前から使ってなかった?」
「今日からちゃんと《水球》になった!」
「……何が違うの?」
「丸い!」
「それだけ?」
「大事なんだよ!」
ミーナが俺の手を見る。
「出してみて」
「見てろ!」
集中。
水を出す。
丸く。
形を保つ。
「《水球》!」
ぽん。
綺麗な水球が浮かんだ。
「おお」
「どう!?」
「昨日より丸い」
「だろ!?」
「でも」
「でも?」
「なんか地味」
「お前ぇぇぇ!」
ハリトが吹き出す。
シロナまで口元を押さえている。
「笑うな!」
「すみません、ニールさん」
「絶対すみませんって思ってない!」
朝から笑い声が響く。
知らない魔法を覚えたわけじゃない。
LEVELが上がったわけでもない。
それでも。
昨日までより少しだけ、《水球》が上手くなった。
たぶん、こういうのも経験なんだ。
そして、もう一つ。
俺は自分がどうやって魔法を使っているのかすら、ちゃんと知らなかった。
ハリトも同じだった。
俺は水。
ハリトは風。
二人とも誰かにきちんと教わったわけじゃない。
なのに。
いつの間にか、当たり前のように使っていた。
どうしてなのか。
今の俺たちには分からない。
ただ。
俺たちが当たり前だと思っていたものの中には。
まだ俺たち自身も知らない何かが、隠れているのかもしれなかった。
今回、ニールが覚えたもの。
《水球》!
……いや、前から使えてました(笑)
今回ニールが手に入れたのは、新しい魔法でも、新しいLEVELでもありません。
今までなんとなく使っていたものを、意識して、失敗して、練習して、少しだけ上手く使えるようになった。
それを見たシロナの言葉が、
「LEVELだけが成長ではありませんから」
でした。
ミーナは自分の経験を積み重ねて、LEVEL四から五へ。
ニールはLEVEL六のままでも、《水球》を昨日より上手く扱えるようになった。
数字として見える成長もあれば、数字には現れない成長もある。
この辺りも、冒険者として旅を始めたニールたちに少しずつ知っていってもらいたいところです。
そして、もう一つ。
今回シロナが気づいた、ちょっと妙なこと。
ニールだけではありませんでした。
水魔法を使うニール。
風魔法を使うハリト。
二人とも、誰かにきちんと魔法を教わったわけではない。
なのに、本人たちにとっては「できて当たり前」。
なぜなのか。
今はまだ、本人たちにも分かりません。
そして《光球》と《ライト》、《火球》と《ファイアボール》のように、同じような魔法でも土地や文化によって呼び方が違うことも出てきました。
ニールが《ファイアボール》という名前だけでテンション爆上がりするのは、たぶん何歳になっても変わらない気がします(笑)
次はどんな「当たり前」がひっくり返るのか。
続きを楽しみにしていただけたら、ぜひブックマークや評価で応援していただけると励みになります!




