第十四話『戦わないという選択』(改訂版 ver.2.00)
薬草の採取を終え、あとは《ラグナード》へ帰るだけ。
……なのですが。
帰るまでが護衛依頼。
行きとは違う異変に気づいたシロナは、迷わず「戦わない」という判断をします。
倒せる相手なら、倒せばいい。
強い冒険者なら、戦えばいい。
ニールがなんとなく持っていたそんな「強さ」のイメージを、四つ星冒険者のシロナが少しずつ変えていきます。
果たして四人は、マルクさんと《青鈴草》を無事に《ラグナード》まで送り届けられるのか。
四人での初めての護衛依頼、帰り道です!
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LEVEL五。
その数字がよほど嬉しいらしい。
「ニール、足元気をつけて」
「分かってるよ」
「LEVEL五からの忠告ね」
「なんでちょっと偉そうなの?」
「だって、あと一つで追いつくし」
「まだ俺の方が上だろ!」
「今だけね」
「絶対追いつくつもりだ!」
薬草採取を終えた俺たちは、《ラグナード》へ向かって《エルナ渓谷》を戻っていた。
先頭は俺。
少し後ろにマルクさん。
左右をハリトとミーナが警戒し、最後尾をシロナが歩いている。
行きに増水した川は、まだ流れが速い。だから帰りも川沿いを避け、高い場所を選んで進んでいた。
「それにしても」
俺は後ろを振り返る。
「シロナって、ずっと後ろにいるよな」
「そうですね」
「前に出なくていいの?」
「必要なら出ますよ」
「でもLEVEL二十六だろ?」
「はい」
「だったら先頭にいた方が安全じゃない?」
シロナは少し考えた。
「ニールさん。護衛で一番危ない場所は、どこだと思いますか?」
「一番危ない場所?」
「はい」
「……前?」
「どうしてです?」
「敵が来そうだから」
「では、後ろから来たら?」
「後ろ」
「上からなら?」
「上」
「崖が崩れたら?」
「……全部?」
「そういうことです」
シロナが微笑む。
「どこが危険なのか分からないから、全体を見る人が必要なんですよ」
「なるほど……」
俺は前を見る。
敵を倒せる。
魔法が使える。
LEVELが高い。
強い冒険者って、そういうものだと思っていた。
でも、シロナを見ていると、なんか違う。
「だから私が後ろにいます」
「一番後ろなら、みんなが見えるから?」
「それもあります」
「それも?」
「ニールさんを前に置いておけば、勝手に危険を見つけてくれそうなので」
「俺、罠扱い!?」
「囮かな」
ハリトが言った。
「ひどくない!?」
「大丈夫。LEVEL六の囮だから」
ミーナが笑う。
「俺のLEVELをそういうことに使うな!」
「私も早く六にならないとなあ」
「囮になるために!?」
マルクさんの笑い声が渓谷に響いた。
◇ ◇ ◇
しばらく進んだところで、シロナが突然立ち止まった。
「止まってください」
声が違った。
さっきまでの柔らかい声じゃない。
俺たちはすぐに足を止める。
「どうした?」
ハリトが聞く。
シロナは答えず、地面を見ていた。
「シロナ?」
ミーナが近づこうとする。
「ミーナさん。そのままで」
「……分かった」
シロナがしゃがみ、岩の隙間に指を近づける。
触れない。
ただ、見る。
「何かあるの?」
「足跡です」
「足跡?」
俺も見てみる。
土の上に何かの跡がある。
でも。
「……どれ?」
「これです」
「分からん」
「でしょうね」
「なんでちょっと嬉しそうなの!?」
ハリトも覗き込む。
「大きいね」
「はい」
「四本脚?」
「おそらく」
ミーナが鼻を動かした。
「……獣っぽい匂いはする。でも、《クリフジャッカル》じゃない」
「いつのものか分かりますか?」
「ちょっと待って」
ミーナが周囲を調べる。
「新しいと思う。たぶん今日」
シロナが頷いた。
「私もそう思います」
「魔物?」
俺は剣に手を置いた。
「可能性は高いですね」
「じゃあ――」
「戦いません」
「まだ何も言ってない!」
「探しに行こうとしましたよね?」
「…………」
「しましたね?」
「……ちょっとだけ」
シロナがため息をついた。
「今回の依頼は何ですか?」
「薬草採取者の護衛」
「目的は?」
「マルクさんを無事に《ラグナード》まで帰す」
「では、正体不明の魔物を探しに行く必要は?」
「……ない」
「正解です」
なんだろう。
褒められたのに負けた気がする。
「ただ」
ハリトが足跡を見る。
「進行方向と重なってない?」
シロナの表情が変わった。
「そうなんです」
俺も見る。
分からない。
全然分からない。
「これ、どっち向きなの?」
「ニール、そっちが後ろ」
ミーナに言われた。
「分かるの!?」
「さすがにそれくらいは」
「LEVEL五だから?」
「これは関係ない」
「自分で言った!」
だけど、シロナは笑わなかった。
「このまま進むと、遭遇する可能性があります」
「迂回する?」
ミーナが聞く。
「それがいいでしょう」
「どっちへ?」
シロナは周囲を見渡した。
右は岩壁。
左は増水した川。
進める場所は多くない。
「……少し戻りましょう」
「戻るの?」
「はい。先ほど分岐がありました。時間はかかりますが、南側の高台を回れます」
「でも、かなり遠回りじゃない?」
「一時間ほど余計にかかるでしょうね」
「だったら、このまま行った方が――」
「ニールさん」
シロナが俺を見る。
「早く帰ることと、安全に帰ること。どちらが依頼ですか?」
「……安全に帰ること」
「はい」
まただ。
戦わない。
近づかない。
避ける。
それも冒険者の仕事。
「分かった。戻ろう」
俺たちは来た道を引き返した。
◇ ◇ ◇
そして、十分ほど歩いたところで。
「待って」
ミーナが振り返った。
獣耳が後ろを向いている。
「……来てる」
「何が?」
「分かんない。でも、いる」
ドン。
遠くで音がした。
岩が転がる。
ドン。
また。
ハリトが弓を構える。
「大きいね」
「走ります」
シロナが即座に言った。
「マルクさんを中央に。ニールさん、前方確認。ハリトさんは右。ミーナさんは後方をお願いします」
「了解!」
「分かった」
「任せて!」
走る。
岩場を抜ける。
だけどマルクさんは大きな背負い籠を持っている。
速くは走れない。
「マルクさん、荷物持つ!」
「いや、これは――」
「俺の方が走れる!」
返事を待たず、背負い籠を受け取る。
「重っ!」
「薬草潰すなよ!」
「そっち!?」
「商品だぞ!」
「分かった!」
ドン!
音が近づいた。
「見えた!」
ミーナが叫ぶ。
振り返る。
岩陰から、大きな影が姿を現した。
四本脚。
灰色の体毛。
背中には岩みたいな硬い突起。
「何だ、あれ……」
俺は足を止めそうになる。
「ニールさん、前を!」
「はい!」
シロナの声で我に返る。
今は観察してる場合じゃない。
「もう少しです!」
前方に分岐が見える。
高台へ続く細い道。
「こっち!」
俺たちは一気に駆け込んだ。
その時。
「――っ!」
マルクさんが足を滑らせた。
「マルクさん!」
俺は籠を下ろす。
ハリトが身体を支える。
「足は?」
「捻った……!」
「シロナ!」
「診ます」
シロナがすぐにしゃがんだ。
魔物の足音が近づく。
「どう?」
「骨には異常ありません。ただ、このまま走らせるのは危険です」
「じゃあ俺が背負う!」
「籠は?」
「ハリト!」
「僕?」
「頼む!」
「分かった」
ハリトが籠を背負う。
「重いね、これ」
「薬草潰すなよ!」
「はいはい」
「来る!」
ミーナが叫んだ。
大きな魔物が曲がり角から姿を現す。
近くで見ると、さらにでかい。
「シロナ、あれ何!?」
「《岩甲狼》です」
「強い!?」
「少なくとも、《クリフジャッカル》よりは」
「じゃあ倒す?」
「いいえ」
即答だった。
「まだ逃げられます」
「でもマルクさんが!」
「だからです」
シロナが立ち上がる。
「ニールさん。マルクさんをお願いします」
「え?」
「背負ってください」
「シロナは?」
「少し時間を稼ぎます」
「一人で!?」
「一人で倒すとは言っていません」
シロナが杖を構えた。
「追ってこられないようにするだけです」
《岩甲狼》が低く唸る。
「でも!」
「ニールさん」
シロナが俺を見る。
笑っていた。
いつもの、穏やかな顔。
「護衛でしょう?」
「……!」
そうだ。
倒すことが目的じゃない。
「分かった!」
俺はマルクさんを背負った。
「すまねえ!」
「大丈夫!」
「重くないか!?」
「ちょっと!」
「正直だな!」
「行きますよ!」
シロナの声。
《岩甲狼》が走り出す。
「――《光壁》」
白い光が広がった。
半透明の光の壁が、《岩甲狼》の前に現れる。
激突。
光が大きく揺れた。
「うおっ……!」
「ニール、走って!」
「分かってる!」
走る。
後ろから衝撃音。
だけどシロナは攻撃しない。
もう一枚。
《光壁》。
進路を塞ぐ。
《岩甲狼》が横へ回ろうとする。
「ハリトさん!」
「了解!」
矢が飛ぶ。
魔物ではなく、その足元へ。
《岩甲狼》が一瞬止まる。
「ミーナさん、右の岩陰へ!」
「分かった!」
ミーナが走る。
小石を蹴り飛ばす。
音。
《岩甲狼》の視線がそちらへ向いた。
「今です!」
俺たちは高台へ駆け上がる。
最後にシロナが後退する。
「シロナ!」
「大丈夫です!」
《岩甲狼》が追おうとする。
でも。
道が狭い。
巨体では通りにくい。
しばらくこちらを睨んでいたが――やがて《岩甲狼》は諦めたように背を向けた。
◇ ◇ ◇
「……行った?」
俺は息を切らしながら聞いた。
ミーナの耳が動く。
「……うん。離れていってる」
「よっしゃあ……!」
その場に座り込みそうになる。
「まだですよ」
シロナが言った。
「ええ!?」
「マルクさんの足を治療します」
「あ、そうだった!」
「ニールさん」
「はい」
「護衛対象を忘れないでください」
「すみません!」
マルクさんが笑った。
「俺を背負ってる奴が俺を忘れるなよ」
「そうだった!」
「大丈夫か、この護衛」
みんなが笑う。
俺がマルクさんを下ろすと、シロナが捻った足のそばへしゃがんだ。
「少し熱く感じるかもしれません」
シロナが手をかざす。
「――《癒しの光》」
淡い白い光が、マルクさんの足を優しく包み込んだ。
「あ……」
この光。
見覚えがある。
初めてシロナに会った時。
ロイドおじさんが怪我をしていた時に、シロナが使った魔法だ。
「あの時の魔法だ」
「覚えていたのですか?」
「そりゃ覚えてるよ。ロイドおじさんの怪我、治してくれたやつだろ?」
「はい。《癒しの光》です」
戦うための魔法じゃない。
傷ついた誰かを助けるための魔法。
あの時はただ、すごい魔法だと思った。
でも今は。
少し違って見える。
さっきの《光壁》もそうだった。
敵を倒したわけじゃない。
俺たちが逃げるための時間を作った。
そして今は、《癒しの光》でマルクさんを治している。
シロナの魔法は。
誰かを倒すためじゃなく。
誰かを守るために使われていた。
「……おお」
マルクさんが足をゆっくり動かす。
「痛みが引いていく」
「完全に治すには少し時間が必要です。今日は無理をしないでください」
「助かった」
シロナが立ち上がる。
「シロナ」
「はい?」
「さっきの《岩甲狼》」
「はい」
「倒せた?」
シロナは少し考えた。
「一人で、という意味ですか?」
「うん」
「おそらく」
「やっぱり!」
「ただし、怪我をする可能性はあります」
「それでも倒せるんだろ?」
「そうですね」
「じゃあなんで戦わなかったの?」
シロナは俺を見る。
「倒す必要がなかったからです」
「…………」
「私は冒険者です。魔物を見つけたら必ず倒す仕事ではありません」
シロナは杖を下ろした。
「依頼人を無事に帰す。それが今日の仕事です。戦っている間にマルクさんが襲われるかもしれない。私が怪我をすれば、皆さんを守る人が一人減る。薬草が失われれば、依頼そのものが失敗するかもしれない」
「……そっか」
「勝てるかどうかだけで考えてはいけません」
俺は黙ってシロナを見る。
四つ星。
LEVEL二十六。
少し前の俺なら。
強い魔法を使えるから四つ星なんだと思っていた。
でも。
たぶん違う。
戦えること。
逃げられること。
危険に気づくこと。
誰に何を任せるか決めること。
そして。
戦わなくていい相手とは、戦わないこと。
「……四つ星ってすげえな」
「だから、四つ星を何だと思っているんですか?」
「なんでもできる人」
「話を聞いていましたか?」
「聞いてたよ!」
ミーナが笑う。
「全然成長してないじゃん」
「LEVEL六にはなったからな!」
「あ、自分で言った」
「しまった!」
ハリトが肩をすくめる。
「LEVELだけ上がっても駄目って、今教わったところなのにね」
「ぐっ……!」
「ハリト、それは効く!」
「僕は事実を言っただけだよ」
シロナが小さく笑った。
◇ ◇ ◇
夕方。
《ラグナード》の城壁が見えた。
「帰ってきたあ!」
俺は思わず声を上げる。
「まだ門を通ってませんよ、ニールさん」
「シロナって意外と細かいよな」
「無事に帰るまでが護衛ですから」
「はいはい」
「返事は一回です」
「母さんみたいなこと言うなよ!」
「では、一回で返事をしてください」
「はい!」
隣でミーナが吹き出す。
ハリトも笑っている。
マルクさんは治療してもらった足で、ゆっくり歩いていた。
「いい護衛だったよ」
突然、マルクさんが言った。
「え?」
「お前らだ」
「俺たち?」
「ああ」
マルクさんは背負い籠を見る。
《青鈴草》は無事だ。
「薬草も俺も、ちゃんと帰ってきた」
それだけ言って笑った。
俺は少しだけ胸を張る。
「まあね」
「ニールは背負っただけだけど」
ミーナが言った。
「めちゃくちゃ重要だっただろ!」
「LEVEL六の荷物持ち」
「マルクさんは荷物じゃない!」
「そこ!?」
笑い声と一緒に、城門をくぐる。
その時。
俺は後ろを歩くシロナを見た。
強いから、四つ星なんじゃない。
たぶん。
任せられるから、四つ星なんだ。
俺たちはまだ二つ星。
でも。
いつか俺も。
誰かにそう思ってもらえる冒険者になりたい。
勇者だからじゃなく。
ニール・レインだから。
そう思ってもらえる冒険者に。
「倒す必要がなかったからです」
今回、シロナがニールに教えたのは、戦い方ではなく「戦わないという選択」でした。
シロナは四つ星、LEVEL二十六。
《岩甲狼》とも、おそらく一人で戦える。
それでも戦わなかった。
今回の目的は魔物の討伐ではなく、
マルクさんと《青鈴草》を無事に《ラグナード》へ帰すこと。
だから避ける。
逃げる。
仲間に役割を任せる。
必要なら《光壁》で時間を稼ぐ。
そして怪我をした人には――
《癒しの光》。
この魔法、実はニールにとって初めて見るものではありません。
以前シロナと出会った時、怪我をしたロイドおじさんを助けてくれた、あの魔法です。
あの時も今回も、シロナが魔法を使った理由は同じ。
誰かを守るため。
そしてニールも、少しずつ気づき始めました。
LEVELが高いから。
強い魔法が使えるから。
魔物を倒せるから。
それだけで、上位の冒険者になれるわけではない。
強いから、四つ星なんじゃない。
任せられるから、四つ星なんだ。
ニールたちはまだ二つ星。
でもいつか――
「青の勇者だから」ではなく、
「ニール・レインだから任せたい」
そう言われる冒険者になれるでしょうか。
四人の冒険は、まだ始まったばかりです。
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