第十一話『これも冒険』(改訂版 ver.2.00)
今回は、以前公開していたエピソードをベースに、かなり大きく加筆・改訂しました!
依頼を終えたニールに訪れた、久しぶりの何も予定がない一日。
戦わない。
依頼もない。
LEVELを上げるわけでもない。
そんな日に、ミーナと二人で《ラグナード》の街を歩きます。
旧版にもあった街歩きやラグナ石のエピソードは残しつつ、今回の改訂では、ニールとミーナの関係や、二人が冒険者になった理由をもう少し丁寧に描き直しました。
そして――。
冒険って、本当に魔物と戦うことだけなのでしょうか?
ちょっと寄り道するような気持ちで、二人の休日を楽しんでいただけたら嬉しいです。
今回も面白かったら、ぜひブックマークや評価で応援していただけると励みになります!
「休めば?」
「休む?」
「うん」
「何して?」
「だから休むんだよ」
宿の食堂。
向かいに座るハリトが、呆れたようにスープを飲んだ。
目の前には朝飯。
香草で焼いた肉。
目玉焼き。
豆と芋を煮込んだスープ。
焼いた野菜。
焼きたてのパン。
そして。
今日は――何もない。
依頼もない。
待ち合わせもない。
出発する予定もない。
昨日、《ガルド旧採石場》での依頼を終えた俺たちは、久しぶりに一日自由になった。
「せっかく《ラグナード》にいるのに?」
「じゃあ街でも見てくれば?」
「一人で?」
「…………」
ハリトが俺を見る。
「一人じゃ何もできないの?」
「できるよ!」
「じゃあ行ってくればいいじゃん」
「でも一人よりみんなの方が楽しいだろ?」
そう言った時だった。
すっ。
横から手が伸びてきた。
俺の皿から。
肉が一切れ消えた。
「…………」
俺は皿を見る。
そして。
隣を見る。
「おい」
「何?」
ミーナが俺の肉を食べていた。
「俺の肉」
「暇なんでしょ?」
「俺の肉」
「美味しいね、これ」
「返せ!」
「もう食べた」
こいつ……!
「で?」
ミーナが楽しそうに笑う。
「街、見に行く?」
「街?」
「そう。せっかく大きな街まで来たんだから」
「行く!」
「即答だね」
「みんなも行くだろ?」
ミーナの動きが止まった。
「…………」
「ハリトも行くだろ?」
「僕は弓具店に行く」
「じゃあ一緒に――」
「一人で行く」
「なんで?」
「ゆっくり見たいから」
「じゃあ俺たちもゆっくり――」
「ニール」
ハリトが俺を見る。
「二人で行ってきなよ」
「なんで?」
「…………」
今度は。
ミーナがハリトを見る。
「ニールって、こういう奴なの?」
「七歳からずっとこうだよ」
「大変だね」
「慣れた」
「なんの話だよ!」
何故か。
二人にため息をつかれた。
◇ ◇ ◇
朝食を終えて。
俺とミーナは二人で《ラグナード》の街へ出た。
「で」
「ん?」
「どこ行く?」
ミーナが呆れた顔をする。
「ニールが街を見たいって言ったんじゃない」
「そうだけど、どこに何があるか知らない」
「私だって詳しくないよ」
「じゃあどうする?」
「適当に歩こ」
「適当?」
「そう」
ミーナが俺より少し前を歩く。
獣耳が楽しそうに動いていた。
「知らない街なんだから、知らない道を歩けばいいじゃん」
「…………」
「何?」
「それ、いいな」
「でしょ?」
目的地はない。
依頼もない。
地図も見ない。
ただ。
気になった道を歩く。
「よし。じゃあこっち!」
「なんで?」
「なんとなく!」
「いいね」
ミーナが笑った。
こういうのも。
なんか。
冒険者っぽい。
◇ ◇ ◇
歩いてみると。
《ラグナード》はやっぱり大きかった。
《リーヴェル》とは全然違う。
大きな通り。
何階もある建物。
武器屋。
防具屋。
魔物素材を扱う店。
薬屋。
服屋。
露店。
食堂。
旅人。
冒険者。
商人。
俺の知らない服を着た人。
見たことのない食べ物。
聞いたことのない言葉まで、時々人混みの中から聞こえてくる。
「すげえ……」
「さっきからそればっかり」
「だってすげえじゃん!」
「ニールって、ほんと楽しそうだよね」
「楽しいぞ?」
「見れば分かる」
ミーナが笑う。
「なんかさ」
「ん?」
「ニールと歩いてると、普通のものまで珍しく見えてくる」
「なんで?」
「いちいち反応するから」
「だって知らないし」
「うん」
ミーナが俺の少し前を歩く。
「だから面白い」
「?」
「なんでもない」
よく分からない。
その時。
知らない匂いがした。
「…………!」
「どうしたの?」
「ミーナ」
「うん」
「あれは絶対うまい」
「判断基準が匂いなんだ」
鉄板の上で。
薄い生地が焼かれている。
その上に香辛料を効かせた肉。
細かく切った野菜。
そして。
溶けたチーズ。
それを包んで。
さらに鉄板で焼く。
「ラグナード焼きだって」
「食おう」
「朝ご飯食べたばっかりじゃん」
「これは別だろ」
「何が別なの?」
「名物」
「便利な言葉だね」
一つ買う。
熱い。
「いただきます!」
一口。
「――うまっ!!」
「声でかっ!」
「ミーナ、これうまいぞ!」
「知ってる。私も食べてるから」
「もう一個買おう!」
「まだ半分残ってるでしょ!」
《ラグナード》。
いい街だ。
◇ ◇ ◇
そのあとも。
いろんな店を見た。
「うわ、あの剣すげえ!」
「買えないよ」
「見るだけ!」
「さっきもそれ言ってた」
「この防具も!」
「買えない」
「見るだけ!」
「ニールって買い物長いね」
「ミーナだって――」
そこで。
ミーナが止まった。
「……かわいい」
「ん?」
珍しい。
食べ物でも。
武器でもない。
小さな露店だった。
並んでいるのは。
色とりどりの石を使ったアクセサリー。
「ラグナ石だって」
「ラグナ石?」
店の人に聞くと。
《ラグナード》周辺の採石場では、石材に混じって小さな色石が採れることがあるらしい。
宝石として扱われるほど珍しくもない。
高価でもない。
だけど。
磨けば綺麗に光る。
「へえ……」
赤。
青。
緑。
黄色。
紫。
透明。
いろんな色がある。
その中から。
ミーナが一つ手に取った。
琥珀色の石がついた。
小さな髪飾り。
獣耳の横に。
そっと合わせる。
「どう?」
「何が?」
「似合う?」
「似合ってる」
「…………」
「?」
ミーナが俺を見る。
「ニールって、そういうの普通に言うんだ」
「だって聞いたじゃん」
「そうだけど」
なんなんだ。
俺も値札を見る。
「……高っ」
「でしょ?」
ミーナが。
そっと髪飾りを戻した。
「買わないの?」
「買わない」
「欲しいんじゃないの?」
「欲しいけど」
ミーナが自分のギルドプレートを持ち上げる。
二つの星。
「私、まだ二つ星だよ?」
「関係ある?」
「あるよ」
指を折る。
「宿代。食費。武器の手入れ。薬。防具。旅費」
「…………」
「冒険者って、結構お金かかるんだから」
「確かに」
「アクセサリーで魔物は倒せないでしょ?」
「投げれば」
「投げない」
「だよな」
「だから見るだけ」
そう言って。
ミーナは笑った。
でも。
店を離れる時。
一度だけ。
琥珀色の髪飾りを振り返った。
◇ ◇ ◇
「……あ」
少し歩いたところで。
今度は俺が止まった。
「何?」
「あれ」
別の露店。
そこにもラグナ石が並んでいた。
ただ。
さっきの店とは少し違う。
小さかったり。
形が不揃いだったり。
少し欠けていたり。
そういう石を磨いて。
紐や簡単な金具をつけたアクセサリー。
「こっちは安い」
「ほんとだ」
ミーナが覗き込む。
「これなら買えるじゃん」
「でも、ちょっと子どもっぽくない?」
「そう?」
「そうだよ」
「じゃあ買わない?」
「…………」
ミーナが。
しばらく石を眺める。
そして。
俺を見た。
「じゃあ」
「ん?」
「ニールが選んでよ」
「俺が?」
「うん」
「なんで?」
「いいから」
難しい。
赤。
青。
緑。
紫。
黄色。
透明。
「うーん……」
「真剣に悩むね」
「選べって言ったのお前だろ!」
その中で。
一つ。
目に止まった。
小さな。
琥珀色の石。
「これ」
「これ?」
「うん」
ミーナが手に取る。
「なんで?」
「ミーナっぽい」
「どこが?」
「……分かんない」
「分かんないんだ」
「でも、これ」
「…………」
ミーナが。
琥珀色の石を見る。
「じゃあ、これにする」
財布を取り出す。
自分の銅貨を数えて。
店の人へ渡した。
「俺が選んだのでいいの?」
「ニールが選んだんでしょ?」
「そうだけど」
「じゃあいいじゃん」
「でも決めたのはミーナだろ?」
「え?」
「欲しいのはミーナなんだから。最後に決めるのはミーナじゃん」
「…………」
「何?」
「いや」
ミーナが。
少しだけ笑った。
「そうだね」
買ったばかりの髪飾りを。
その場でつける。
獣耳の横で。
琥珀色の石が小さく揺れた。
「どう?」
「うん」
「うん、じゃ分かんない」
「似合ってる」
「…………」
「何?」
「別に」
ミーナが前を向く。
「行こ」
「おう」
歩き出す。
少しだけ。
ミーナの歩く速さが速くなった。
「待てよ!」
「知らなーい」
獣耳の横で。
琥珀色の石が。
陽の光を受けて輝いていた。
◇ ◇ ◇
そのあと。
甘い焼き菓子を買った。
《ラグナード》近郊で採れる木の実を、蜂蜜で固めて焼いたものらしい。
「これもうまい!」
「ほんとよく食べるね」
「ミーナも食べてるじゃん」
「私はいいの」
「なんで?」
「女の子だから」
「意味分かんない」
「分からなくていいよ」
二人で歩く。
知らない街。
知らない店。
知らない食べ物。
依頼でもない。
目的地もない。
それでも。
なんだか楽しい。
「なあ」
「ん?」
「ミーナって、なんで冒険者になったんだ?」
「急だね」
「野営した時、自由になりたかったって言ってただろ?」
「ああ」
ミーナが空を見る。
「私の里ってさ」
「うん」
「いいところなんだよ」
「そうなんだ」
「みんな知り合いだし。自然も多いし。ご飯も美味しいし」
「じゃあ、なんで出たんだ?」
「いいところだから」
「?」
意味が分からない。
ミーナが笑った。
「嫌いだから出たんじゃないの」
獣耳の横。
琥珀色の石が揺れる。
「好きだけど。それしか知らないままなのが嫌だった」
「…………」
「私の里では当たり前のことが、外では当たり前じゃないかもしれない。逆に、外では普通のことを、私は何も知らないかもしれない」
ミーナが人混みを見る。
「それを、自分で見たかったんだ」
その言葉。
なんとなく。
分かる。
「それ」
「ん?」
「俺も分かる」
「でしょ?」
故郷が嫌いだから。
旅に出るわけじゃない。
好きな場所があっても。
その外を。
見てみたい。
知らないものを。
自分の目で確かめたい。
「冒険者になったらさ」
ミーナが言う。
「依頼して。魔物倒して。お金稼いで。それだけだと思ってた?」
「ちょっと」
「もったいないよ」
「何が?」
「知らない街を歩いたり。知らないもの食べたり。欲しいもの見つけたり」
ミーナが。
買ったばかりの髪飾りに触れる。
「こういうのも、冒険でしょ?」
「…………」
俺は。
周りを見る。
大勢の人。
知らない店。
知らない道。
知らない匂い。
知らない景色。
昨日は。
魔物と戦った。
危険な場所を調べた。
仲間と相談して。
知らない坑道には入らなかった。
今日は。
何も倒していない。
依頼もしていない。
ただ。
知らない街を。
誰かと歩いている。
「そっか」
俺は笑った。
「これも冒険か」
「そういうこと」
「じゃあ俺、今日も冒険してるじゃん!」
「そうだね」
「休みなのに!」
「休みだからできる冒険もあるんじゃない?」
「なるほど!」
ミーナが吹き出した。
「ほんと、楽しそう」
「楽しいぞ」
「うん」
少しだけ。
ミーナが黙った。
「……私も」
「ん?」
「楽しい」
「だろ?」
俺は笑った。
「ラグナードすげえもん!」
「…………」
「まだ行ってない道あるぞ! 次あっちな!」
「はいはい」
ミーナは笑った。
どうして楽しいのか。
その理由を。
この時の俺は。
考えもしなかった。
たぶん。
ミーナも。
まだ。
ちゃんとは分かっていなかった。
◇ ◇ ◇
人混みの向こう。
一人の女性が足を止めた。
長い銀色の髪。
白を基調としたローブ。
そして。
髪の間から覗く、少し長く尖った耳。
「…………」
その視線の先に。
見覚えのある少年がいた。
青い髪。
腰には。
以前にはなかったもの。
青の《勇者装具》。
女性の目が。
ほんのわずかに細められる。
「……あれは」
けれど。
その少年――ニールは気づかない。
隣には。
獣耳の少女。
その耳の横で。
琥珀色の小さな石が揺れている。
二人は。
何かを食べながら。
楽しそうに笑っていた。
「……ニールさん?」
声は。
人混みの音に消えた。
女性は。
声をかけようとして。
少しだけ考えた。
ニール。
その隣の少女。
楽しそうな二人。
「…………」
そして。
「……お邪魔でしょうか」
小さく呟いた。
声をかけるのをやめる。
白いローブが。
人混みの中へ静かに消えていく。
俺が。
その人と再会するのは。
もう少しだけ。
先のことだった。
今回は、旧版のストーリーを残しながら、かなり加筆してお届けしました!
戦闘なし!
依頼なし!
そして、ほぼデート回です(笑)
……本人たちはデートだと思っていませんが。
今回特に加筆したのが、ニールとミーナの距離感です。
ミーナがニールに興味を持った最初のきっかけは、《青の勇者》という肩書きでした。
でも、一緒に旅をして。
一緒に依頼を受けて。
そして今回は、何の肩書きも関係なく、ただ二人で知らない街を歩く。
ニールと一緒にいることそのものを、ミーナが少しずつ楽しみ始めています。
そしてもう一つ、今回大切にしたのが琥珀色のラグナ石。
ニールが選んだ。
でも、買うと決めたのはミーナ。
これからも彼女の獣耳の横で、この小さな石が時々登場すると思います。
そして最後には――。
久しぶりの銀髪の女性。
ニール本人はまだ気づいていませんが、
「……お邪魔でしょうか」
いや、違います。
たぶん(笑)
次回から、また少しずつ新しい仲間との物語が動き始めます。
加筆改訂された『これも冒険』、楽しんでいただけたら、ぜひブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです!




