第六話『ラグナード』(改訂版 ver.1.01)
初めての野営を終えたニールたち。
満天の星空は最高だった。
ただし――地面は硬かった。
そんな冒険の理想と現実を味わいながら、初めての長距離護衛もいよいよ終盤へ。
《エルティア大森林》を離れた先でニールを待っていたのは、リーヴェルとはまるで違う大きな街。
地方都市。
知らない道。
知らない種族。
知らない冒険者。
ニールの世界が、また一気に広がります。
そして《青の勇者》であっても、冒険者としてはまだ二つ星。
新しい街で、どんな出会いが待っているのか。
今回も楽しんでいただけたら、ぜひブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです!
翌朝。
「…………身体が痛い」
目を覚ました俺が最初に思ったのは、それだった。
背中が痛い。
首も痛い。
腰も痛い。
というか、全体的に痛い。
「野営……思ってたのと違う……」
「昨日も似たようなこと言ってなかった?」
すでに起きていたハリトが、焚き火に薪を足しながら言った。
「昨日の夜は楽しかったんだよ。問題は寝る時だ」
「地面だからね」
「硬い」
「地面だからね」
「冷たい」
「地面だからね」
「もっとこう……冒険者って格好よく野営してるのかと思ってた」
「地面に寝る格好いい方法があるなら、僕も知りたいよ」
俺は毛布に包まったまま起き上がった。
空はまだ薄暗い。
商隊の人たちは、もう動き始めている。
馬に餌をやる人。
荷物を確認する人。
火を起こす人。
冒険者たちも順番に起き始めていた。
「おはよ、勇者様」
ミーナがやってくる。
「おはよう……」
「顔ひどいね」
「地面に負けた」
「青の勇者、初めての敗北」
「地面に勝てる奴いるのかよ!」
『――敗北』
「そこ覚えなくていいから!」
ミーナが笑う。
「そのうち慣れるよ」
「本当?」
「たぶん」
「たぶんかよ……」
その横を、カイルが大きなあくびをしながら通り過ぎた。
「俺も身体痛えぞ」
「仲間!」
「一緒にすんな」
「なんでだよ!」
少し離れたところでは、オルドが平然と荷物をまとめていた。
「オルドは平気なの?」
「慣れだな」
「やっぱり慣れるんだ!」
「寝る場所の選び方もある。石を避けるとか、地面の傾きを見るとか」
「それ先に教えてよ!」
「聞かなかっただろ?」
「…………」
その通りだった。
俺は昨日、
野営!
焚き火!
星!
とか言っていただけだ。
「冒険者って、覚えること多いな……」
呟きながら立ち上がる。
どうやらLEVELを上げても、寝床選びまでは上手くならないらしい。
◇ ◇ ◇
簡単な朝食を済ませると、すぐに出発の準備が始まった。
荷物を積み直す。
馬の状態を確認する。
野営地に忘れ物がないか調べる。
焚き火が完全に消えていることも確認する。
「よし、出るぞ!」
ダリオの声で、商隊が再び動き出した。
俺は歩きながら、一度だけ後ろを振り返る。
遠くに、昨日通り抜けた《エルティア大森林》が見える。
「…………」
その森を。
ハリトも見ていた。
「まだ気になる?」
「少し」
「呼ばれてる感じは?」
「今はしない」
「そっか」
ハリトはそれ以上、何も言わなかった。
俺も聞かなかった。
気にはなる。
俺の《勇者装具》が反応したことも。
ハリトが知らないはずの射ち方をしたことも。
レイザーマンティスが森の奥から逃げてきたことも。
全部。
でも。
「まずは依頼だな」
「うん」
俺たちは前を向いた。
《エルティア大森林》は、少しずつ遠ざかっていった。
◇ ◇ ◇
旅の二日目。
昨日より、俺は少しだけ周りを見るようになっていた。
魔物はいないか。
怪しい場所はないか。
馬車から離れすぎていないか。
昨日は景色ばっかり見ていたけど、今日はちゃんと護衛中だということを意識している。
「ニール」
「ん?」
「前」
「見てる」
「右」
「見てる」
「後ろ」
「……見てる!」
「成長したね」
「子ども扱いするな!」
ミーナが楽しそうに笑う。
その獣耳が、ぴくっと動いた。
「何かいる?」
「いる」
俺はすぐに剣へ手をかけた。
「どこ!?」
「鳥」
「…………」
木の上から、小さな鳥が飛び立った。
「お前な!」
「ちゃんと周り見てるか確認しただけ」
「そういう確認いらない!」
「でも反応速くなったよ」
「……本当?」
「うん」
そう言われると。
ちょっと嬉しい。
「ニール、ちょろいね」
「何が!?」
後ろからセラが笑う声が聞こえた。
なんだよ。
俺、ちゃんと成長してるだろ。
◇ ◇ ◇
昼前。
街道が大きく開けた。
「おお……!」
俺は思わず声を上げた。
昨日までとは明らかに違う。
道が広い。
行き交う人が増えている。
荷馬車。
旅人。
冒険者。
兵士。
さらに、別の街道まで合流していた。
「あっちの道、どこ行くんですか?」
「西の鉱山地帯から来る街道だ」
ダリオが教えてくれる。
「あれは?」
「北西の村々へ続く道」
「じゃあ、あっちは?」
「ニール」
ハリトが言う。
「全部聞くつもり?」
「だって知らない道いっぱいあるんだぞ!」
「地図買った方が早いんじゃない?」
「それだ!」
「持ってないの?」
「リーヴェル周辺のならある!」
「旅に出る前に買おうよ……」
知らなかったんだから仕方ない。
でも。
楽しい。
道が増えるたびに。
行ける場所が増えていく気がする。
そして。
丘を越えた時だった。
「見えてきたぞ」
ダリオが言った。
「え?」
俺は前を見る。
最初に見えたのは――壁だった。
「……でか」
リーヴェルとは比べものにならない。
長い外壁。
大きな門。
その向こうには、いくつもの建物の屋根が見える。
さらに高い塔。
街道には、そこへ向かう馬車や人の列までできていた。
「あれが……」
今回の目的地。
俺が初めて訪れる、リーヴェルよりずっと大きな地方都市。
「《ラグナード》だ」
ダリオが言った。
「うおおお……!」
「ニール」
「すげえ!」
「ニール」
「リーヴェルより全然でかい!」
「聞いて」
「何?」
「まだ依頼終わってないからね」
「分かってるって!」
そう答えながら。
俺の目は完全に《ラグナード》へ向いていた。
◇ ◇ ◇
門に近づくにつれて、人の数がさらに増えていく。
商人。
旅人。
冒険者。
見たことのない服装の人。
エルフ。
ハーフビースト。
そして。
「……でかっ」
思わず声が出た。
人混みの中でも頭ひとつ抜けている。
長身。
分厚い胸板。
丸太みたいに太い腕。
背中には、俺なら持ち上げるだけでも苦労しそうな巨大な斧。
人間より一回りどころか、二回りは大きいんじゃないか。
「ドワーフだ!」
「指差さない」
「指差してない!」
「声が大きい」
「……すみません」
すると、そのドワーフがこっちを見た。
まずい。
聞こえた。
いや、あの身体で怒られたら怖いぞ。
「おう、兄ちゃん!」
「はいっ!」
「ドワーフ見るの初めてか?」
「はい!」
「ハッハッハ! でけえ声だな!」
大男は豪快に笑うと、そのまま歩いていった。
俺はその背中を見送る。
「……いい人だった」
「たまたまかもしれないよ」
ハリトが言う。
「でも、すげえな。ドワーフってあんなにデカいんだ」
「人間より身体が大きい人が多いからね」
「力も強そう」
「実際、強いよ」
「いつかドワーフの国も行ってみたいな」
「行きたい場所、どんどん増えてるね」
「いいだろ。冒険者なんだから」
その時の俺は。
まさか後に――。
今の男よりさらにデカくて。
さらに筋肉だらけで。
さらに声がデカいドワーフと出会うことになるなんて、もちろん知らなかった。
◇ ◇ ◇
門の前には衛兵が立っていた。
商隊の書類。
荷物。
護衛のギルドプレート。
一つずつ確認されていく。
やがて俺の番になった。
「冒険者ギルド、二つ星。ニール・レイン」
衛兵が俺のプレートを見る。
そして。
腰を見る。
「……それは?」
「あ」
青の《勇者装具》。
「えーっと……」
どう説明する?
「青の勇者になった時にもらいました」
衛兵が止まった。
「…………」
「…………」
「青の勇者?」
「はい」
衛兵が俺を見る。
プレートを見る。
装具を見る。
もう一度俺を見る。
「二つ星?」
「はい」
「青の勇者?」
「はい」
「二つ星?」
「そこ二回確認する必要あります!?」
後ろでミーナが吹き出した。
「だから面白いんだよね、ニール」
「お前は黙ってろ!」
結局、確認には少し時間がかかった。
リーヴェルの冒険者ギルドから、すでに連絡が届いていたらしい。
俺が本当に《青の勇者》であることを国が正式に認定したわけではない。
ただし。
『《蒼天遺跡》において未知の古代装具を取得した冒険者』
として情報が共有されていた。
「……なんか微妙」
「仕方ないでしょ」
ハリトが言う。
「自称青の勇者」
ミーナが付け足す。
「自称じゃない!」
「国としてはまだそうなんじゃない?」
「《蒼龍》に聞いてこい!」
「無理でしょ」
『――青の勇者』
「ほら! ベルトさんも言ってる!」
「自分で自分を証明してない?」
『――肯定』
「なんでそこ肯定するんだよ!」
ミーナが笑う。
そんな話をしながら。
俺たちは《ラグナード》の門をくぐった。
そして。
「…………」
俺は止まった。
「ニール?」
「……すげえ」
広い。
人が多い。
建物が高い。
店が多い。
匂いも違う。
焼いた肉。
パン。
香辛料。
鉄。
馬。
知らない料理。
知らない商品。
知らない人。
通りの向こうを冒険者たちが歩いている。
その胸元。
三つ星。
四つ星。
「ハリト」
「何?」
「四つ星いる」
「いるね」
「普通に歩いてる」
「歩くでしょ」
「あっちも四つ星!」
「指差さない」
「三つ星多くない!?」
「地方都市だからね」
リーヴェルでは、四つ星冒険者といえば目立つ存在だった。
レイヴさんみたいな人だ。
でも。
ここでは違う。
俺たちより強い冒険者が。
普通に歩いている。
「……世界、広いな」
思わず呟いた。
その時。
「感動してるところ悪いが」
ダリオが俺の肩を叩いた。
「まだ終わってないぞ」
「分かってます!」
「商隊を商業区まで送る。荷物を引き渡して、依頼完了の証明をもらう。そこまでが仕事だ」
「依頼は報告するまでが依頼!」
「今回は引き渡しまでな」
「はい!」
俺たちは再び歩き出した。
◇ ◇ ◇
商隊を商業区まで送り届ける。
荷物を確認。
馬も無事。
商人たちも全員無事。
そして。
「護衛、ご苦労さん」
依頼完了を示す書類に、商隊の責任者が印を押した。
「ありがとうございました!」
「こっちの台詞だよ。レイザーマンティスが出た時はどうなるかと思ったが、おかげで何も失わずに着けた」
その言葉を聞いて。
俺は少しだけ胸を張った。
魔物を何匹倒したとか。
強い敵を倒したとかじゃない。
レイザーマンティスだって倒していない。
でも。
商人も。
馬も。
荷物も。
全部ここまで届けた。
ちゃんと仕事を終えた。
「これで――」
「ああ」
ダリオが頷く。
「護衛依頼、完了だ」
「よっしゃ!」
カイルと拳を合わせる。
オルドも笑っている。
セラはほっと息を吐いた。
ミーナは大きく伸びをする。
ハリトも笑っていた。
六人。
初めての長距離護衛。
成功。
その瞬間だった。
腰の《勇者装具》が。
ほんの一瞬だけ、淡く光った。
「ん?」
「どうしたの?」
「いや……」
俺は装具を見る。
すぐに光は消えた。
「また?」
ハリトが聞く。
「たぶん。でも昨日みたいな感じじゃなかった」
「じゃあ何?」
「分かんない」
少しして。
『――経験』
「経験?」
『――肯定』
「……俺たちの?」
短い沈黙。
『――肯定』
「俺たち?」
ハリトが装具を見る。
「ニールだけじゃなくて?」
『――肯定』
「六人全員?」
ミーナが自分を指差す。
今度は少し長い沈黙。
『――回答不能』
「そこまでは言えないんだ」
「でも何かしてるってことだよな?」
『――肯定』
何をしているのか。
どうして俺以外の経験まで関係するのか。
この時の俺には、まだ分からなかった。
長距離移動。
索敵。
魔物との遭遇。
護衛。
野営。
仲間との協力。
そして――依頼の完遂。
その全部が。
経験として記録されていたことを。
俺だけじゃない。
この依頼を共にした六人全員の。
《成長共有補正――継続》
《経験蓄積――確認》
《依頼完遂――確認》
《対象――六名》
《成長処理――継続》
まだ。
LEVELが上がった者はいない。
けれど。
俺たちは確かに。
リーヴェルを出た時より、ほんの少しだけ強くなっていた。
◇ ◇ ◇
「じゃあ!」
俺は振り返った。
目の前には、知らない街が広がっている。
「ギルド行こうぜ!」
「まず宿じゃない?」
ハリト。
「ギルド!」
「宿」
「ギルド!」
「宿」
今度はミーナまで。
「なんで!?」
「二日歩いてるから」
「それが?」
ミーナが少し俺から離れた。
「ニール、ちょっと汗臭い」
「…………」
俺は自分の服の匂いを嗅ぐ。
「分からん!」
「本人は分からないんだよ」
「ハリトもだろ!」
「僕はニールほど走り回ってない」
「ずるい!」
「何が?」
「いいから宿行くよ」
「ギルド……」
「お風呂」
「……宿行こう」
「即決じゃん」
仕方ない。
風呂は大事だ。
結局。
俺たちは先に宿へ向かうことになった。
だけど。
俺の頭の中は、すでにこの街の冒険者ギルドでいっぱいだった。
リーヴェルより大きな街。
リーヴェルより大きなギルド。
三つ星や四つ星の冒険者が、当たり前のように歩いている場所。
どんな冒険者がいるんだろう。
どんな依頼があるんだろう。
どんな魔物と戦えるんだろう。
まだ知らない。
この《ラグナード》の冒険者ギルドには。
三つ星。
四つ星。
そして――五つ星の依頼まで並ぶことがある。
さらに。
俺がまだ見たこともない。
七つの星。
その頂点に立つ冒険者の噂も。
この街には届いていた。
黒い鎧。
背負った、巨大な剣。
規格外の強さ。
そして――。
一人の《異界人》。
その名前を。
俺が初めて目にするのは――。
もう少しだけ。
先の話だ。
《ラグナード》到着!
今回はニールたちにとって、初めての長距離護衛を無事に終える回でした。
レイザーマンティスを倒したわけではありません。
それでも、商人も、馬も、荷物も、何ひとつ失わず目的地まで届けた。
「敵を倒すことだけが冒険者の仕事じゃない」
ニールも少しずつ、それを実感し始めています。
そして、《勇者装具》に記録されていた六人の経験。
《成長共有補正》は、彼らに何をもたらすのでしょうか。
ですが、冒険はまだまだここから。
三つ星や四つ星の冒険者が普通に歩き、五つ星の依頼まで並ぶことがある《ラグナード》。
さらに、その先には――。
七つ星。
黒い鎧。
巨大な剣。
そして――一人の《異界人》。
青の勇者になったばかりの二つ星冒険者ニールは、まだ自分の知らない「強さ」がこの世界にいくつあるのか知りません。
次は、いよいよ《ラグナード》での冒険へ。
続きが気になると思っていただけたら、ブックマークや評価で応援していただけると、とても励みになります!




