第五話『はじめての野営』(改訂版 ver.1.01)
初めての護衛戦を終えたニールたち。
そして今度は――初めての野営!
焚き火!
保存食!
見張り!
満天の星空!
……と、一人だけ完全に遠足気分のニールですが、どうやら現実の野営はそんなに甘くないようです。
焚き火を囲んで語られる、それぞれが冒険者になった理由。
戦っている時とは少し違う、六人の素顔をお楽しみください。
そして夜。
《エルティア大森林》から離れたはずのハリトに、再び――。
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レイザーマンティスとの遭遇から、数時間。
俺たちは再び街道を進んでいた。
あれから魔物との遭遇はない。
森の奥から逃げてきたらしいレイザーマンティス。
突然反応した俺の《勇者装具》。
そして――。
『僕、あんな射ち方……知らないんだ』
ハリトの言葉が、ずっと頭の片隅に残っている。
気になる。
ものすごく気になる。
でも。
「今日はここで野営する!」
ダリオの声で、俺の意識は現実へ戻った。
「野営!」
「なんで嬉しそうなの?」
ハリトが呆れた顔で俺を見る。
「だって初めてだぞ!」
「野宿だよ?」
「野営!」
「言い換えても野宿だよ」
「焚き火! 保存食! 見張り! 満天の星空!」
「ニール」
「なんだ?」
「たぶん想像してるほど楽しくないよ」
「夢を壊すなよ!」
『――野営』
「そう! ベルトさんは分かってる!」
『――不明』
「分かってなかった!」
ハリトが吹き出した。
◇ ◇ ◇
野営場所は、街道から少し離れた開けた土地だった。
近くには小さな川が流れている。
地面には、古い焚き火の跡がいくつも残っていた。
「ここ、よく使われる場所なの?」
俺が聞くと、ダリオが頷いた。
「街道沿いには、こういう野営地がいくつかある。水場が近くて、見通しが良くて、魔物が潜みにくい場所だ」
「へえ……」
「感心してないで働け」
「はい!」
俺は野営というものを勘違いしていたらしい。
到着したら焚き火を囲んで、飯を食って、星を見る。
そんなものだと思っていた。
違った。
「ニール、そっちの荷物!」
「おう!」
「カイル、馬を頼む!」
「分かった!」
「オルドは商人と荷車の確認! セラは水場を頼む!」
「はい!」
「ハリトとミーナは周囲を確認してこい!」
二人が頷く。
俺は荷物を運ぶ。
薪を集める。
荷馬車を配置する。
火を起こす。
馬に水を飲ませる。
さらに、周囲に危険がないか確認する。
「……野営って」
俺は額の汗を拭った。
「忙しくない?」
「だから言ったでしょ」
周囲の確認から戻ってきたハリトが言った。
「僕の想像してた野営と違う」
「ニールの想像してた野営って?」
「焚き火を囲んで肉を焼いて、みんなで冒険の話をして、星を見る」
「そこだけ切り取れば、あとでできるよ」
「やっぱりできるじゃん!」
「その前に働くの」
「はい」
冒険者。
思っていたより、ちゃんと労働だった。
◇ ◇ ◇
日が沈む頃。
ようやく俺たちは焚き火の周りに座ることができた。
「…………硬い」
俺は保存食のパンを噛みながら呟いた。
「何が?」
「パン」
「保存食だからね」
「母さんのパン持ってくればよかった」
「持ってきてたじゃん」
「昼に食った」
「計画性」
「うるさい」
向かいでは、ミーナがスープを飲んでいた。
「ニールって、もっと勇者っぽい人なのかと思ってた」
「どういう意味だよ」
「青の勇者って聞いた時は、もっとこう……」
ミーナが姿勢を正し、わざとらしく胸を張った。
「我こそは選ばれし青の勇者――みたいな」
「そんなこと言わない!」
「でも遺跡から帰ってきて、『俺、青の勇者になりました!』ってギルドで叫んだんでしょ?」
「…………」
「言ったんだ」
セラが笑う。
「……言いました」
カイルが吹き出した。
「やっぱりお前、面白いな」
「しょうがないだろ! 勇者になった直後だったんだから!」
「普通はもう少し戸惑うと思いますけど」
セラまで。
「オルド!」
「ん?」
「なんか言ってやってくれ!」
オルドはスープを飲みながら、少し考えた。
「……嬉しかったんだろ?」
「そう!」
「なら、いいんじゃないか?」
「オルド!」
味方がいた。
「ただ、ギルド中に叫ぶ必要はなかったと思う」
「オルドォ!」
全員が笑った。
なんだよ。
俺は青の勇者なのに。
扱いが軽すぎる。
でも――。
嫌じゃなかった。
『――青の勇者』
「ベルトさんまで蒸し返すな!」
また笑い声が上がった。
◇ ◇ ◇
「そういえば」
しばらくして、俺はふと思った。
「みんな、なんで冒険者になったんだ?」
焚き火を囲んでいたみんなが俺を見る。
「急だね」
ミーナが言った。
「いや、せっかく一緒に旅してるし。俺、みんなのこと全然知らないなって」
「聞くなら自分からだろ」
カイルが言う。
「俺?」
「言い出したのお前だろ」
「俺は……」
少し考える。
昔なら簡単だった。
勇者になりたい。
五大勇者みたいになりたい。
冒険したい。
それだけで十分だった。
でも。
「世界を見てみたいから、かな」
口から出たのは、それだった。
「リーヴェルにいるだけじゃ知らないこと、いっぱいあるだろ? 今日だってレイザーマンティス初めて見たし」
「知らなすぎじゃない?」
「ミーナは黙ってろ」
「はいはい」
「勇者にはなったけど、結局俺、何をすればいいのかまだ分かってないんだよな」
青の勇者。
五百年前のアズール・セイン。
五大勇者。
魔王。
《勇者装具》。
知らないことばかりだ。
「だから、まず見たい」
俺は焚き火を見る。
「いろんな場所に行って、いろんな人に会って。それから、自分で決めたい」
少しだけ沈黙があった。
「意外とちゃんと考えてるんだな」
カイルが言った。
「意外とは何だ!」
「じゃあ次、カイル」
「俺?」
「全員だからな」
「面倒くせえな……」
そう言いながら、カイルは少し笑った。
「俺は強くなりたい」
「やっぱり」
「なんだよ」
「カイルっぽい」
「強けりゃ、もっと上の依頼を受けられる。もっと稼げる。それに――」
カイルが少しだけ間を置く。
「誰かに任せなくて済む」
俺はカイルを見る。
昇格試験の時もそうだった。
カイルは俺たちの中でも戦闘能力が高くて、何でも自分でやろうとしていた。
だからこそ。
試験官だったレイヴさんに、こんなことを言われていた。
『任せられるのも、強さだ』
カイルはその試験に合格し、俺たちと一緒に二つ星へ昇格した。
でも。
あの言葉は、今もちゃんと残っているらしい。
「まあ」
カイルが頭を掻く。
「最近は、全部自分でやるのが強さじゃないってのも、少し分かってきたけどな」
「今日もオルドに守ってもらってたしな」
「お前もだろ!」
「そうでした」
俺たちは笑った。
強くなるって。
一人で何でもできるようになることじゃないのかもしれない。
今の俺には、まだよく分からないけど。
「俺は金だな」
次にオルドが即答した。
「おお、現実的」
「家に弟と妹がいる。俺が一番上だからな」
「何人?」
「四人」
「多い!」
「だから稼げる仕事がしたかった。冒険者になったのも二十を過ぎてからだ」
「遅いとかあるの?」
「ないだろ」
オルドは笑った。
「十五から始める奴もいれば、俺みたいなのもいる。それだけだ」
なんか。
いいな、それ。
「私は魔法の研究です」
セラが続ける。
「研究?」
「学校で魔法を学んでいました。でも、教室で学べる魔法と、実際の現場で使う魔法は全然違いますから」
「今日も火、使えなかったもんな」
「そうです。威力だけなら火を使う方が簡単でした。でも、森を燃やしたら意味がありません」
「なるほど」
「冒険者としていろいろな土地へ行けば、知らない魔法や魔物、遺跡にも出会えます。それを自分の目で見たいんです」
「俺とちょっと似てるな」
「ニールさんの場合、半分くらい遊びでは?」
「そんなことない!」
「七割かな」
ハリト。
「増やすな!」
そして。
俺たちの視線がミーナへ向く。
「私?」
「全員って言っただろ」
「んー……」
ミーナは獣耳を指で触りながら考える。
「私は、自由だからかな」
「自由?」
「ハーフビーストって、耳も鼻も利くし、身体もそこそこ動く。斥候向きでしょ?」
「うん」
「でも別に、それだけで冒険者になったわけじゃない」
ミーナは焚き火へ小枝を投げた。
「同じ町で、同じ仕事をして、同じ人たちとずっと暮らすのも悪くないけど……私はたぶん飽きる」
「分かる!」
「ニールは黙ってて」
「なんで!?」
「知らない町に行って、知らないものを見て、お金も稼げる。それに、自分の足でどこへ行くか決められる」
ミーナは笑った。
「だから冒険者」
「……いいな、それ」
「でしょ?」
「じゃあ俺と結構似て――」
「でも、将来有望な青の勇者と仲良くしておくのも悪くないかな」
「そっちまだ残ってたの!?」
「もちろん」
『――将来有望』
「お前も覚えてるの!?」
「ベルトさん、そこ気に入ってるんじゃない?」
ミーナが笑う。
「覚えなくていい言葉から覚えてない!?」
『――回答不能』
「便利だな、その返事!」
また笑い声が上がった。
◇ ◇ ◇
「で」
俺は最後の一人を見る。
「ハリトは?」
「僕?」
「お前だけまだだろ」
ハリトは少し考えた。
「……最初は、ニールが冒険者になるって言ったからかな」
「え?」
「七歳の頃から言ってたでしょ。十五歳になったら冒険者になるって」
「言ってた」
「僕の方が一つ年上だから、一年前に登録できた。でも待った」
「……俺を?」
「そう」
「なんで?」
ハリトは呆れたように俺を見る。
「一人で行かせたら危ないから」
「おい」
「今日もレイザーマンティスに突っ込もうとしたよね」
「……はい」
「待って正解だった」
みんなが笑う。
「でも」
ハリトが焚き火を見る。
「今は僕も、見てみたいと思ってる」
「世界を?」
「うん」
風が吹く。
火の粉が夜空へ舞った。
「僕がいた森も。リーヴェルも。今日通った道も。全部アルカレムのほんの一部なんだよね」
「ああ」
「だったら、自分の目で見たい」
そこで。
ハリトは少し黙った。
「それに――」
「それに?」
「…………」
一瞬だけ。
ハリトの視線が、俺たちが通ってきた方角へ向いた。
《エルティア大森林》がある方角へ。
「……いや」
ハリトは首を振った。
「なんでもない」
俺は眉をひそめる。
絶対なんでもなくない。
でも。
今は聞かなかった。
◇ ◇ ◇
夜が深くなった。
見張りは交代制だった。
護衛の冒険者たちで順番を決め、数人ずつ起きて周囲を警戒する。
そして俺は――。
「星すげえ……」
「だから言ったでしょ。そこだけなら楽しめるって」
隣にはハリト。
俺たちの見張りの番だった。
リーヴェルでも星は見える。
でも。
町の灯りがない場所で見る空は、全然違った。
「なあ、ハリト」
「何?」
「冒険者になってよかったな」
「まだ二つ星だけどね」
「二つ星だからいいんだろ」
「どういうこと?」
「これからいっぱい上がれる」
「七つ星まで?」
「もちろん」
「遠いよ」
「だから面白いんじゃん」
ハリトが小さく笑った。
「ニールらしいね」
「お前も付き合えよ」
「七つ星まで?」
「その先も」
「その先って何?」
「知らん!」
「決めてから誘ってよ」
静かな夜。
焚き火の音。
馬の寝息。
遠くで鳴く虫の声。
俺は空を見る。
知らない町。
知らない魔物。
知らない人。
この道の先には、どれだけのものがあるんだろう。
「……楽しみだな」
そう呟いた時だった。
隣にいたハリトが、突然立ち上がった。
「どうした?」
「…………」
「ハリト?」
ハリトは遠くを見ていた。
昼間通ってきた――《エルティア大森林》の方角。
「また?」
「……うん」
ハリトが胸元を押さえる。
「呼ばれてる?」
「分からない」
風が吹いた。
遠く離れた森の方角から。
こちらへ。
ハリトの長い耳が、わずかに動く。
「でも……」
その目が細くなる。
「昼より、はっきりしてる」
俺は反射的に腰を見る。
青の《勇者装具》。
でも。
「……光ってない」
「うん」
昼間は反応していた。
なのに今は。
青い核は静かなままだ。
「ベルトさん」
『――ニール・レイン』
「エルティア大森林に何かあるのか?」
少し間が空いた。
『――回答不能』
「だよな」
俺は森のある方角を見る。
「何があるんだろうな。あそこ」
「……分からない」
ハリトは答えた。
でも。
なぜだろう。
その声は。
まるで――。
知らない場所について話しているようには、聞こえなかった。
◇ ◇ ◇
同じ頃。
《エルティア大森林》深部。
五百年もの間。
誰にも見つからなかった場所で。
緑の光が、静かに脈打っていた。
《対象――移動》
《距離――増大》
《魂反応――継続》
一度。
光が弱まる。
しかし。
消えない。
《追跡――継続》
《技能反応――記録》
《照合――継続》
沈黙。
そして。
《覚醒条件――未達》
森のさらに奥で。
二つの巨大な緑の光が、ゆっくりと閉じていく。
それでも。
暗闇の中に残された小さな光だけは。
消えなかった。
眠りに戻ったわけではない。
ただ。
待っている。
いつか再び。
その魂が――。
《エルティア大森林》へ近づく時を。
今回は初めての野営回でした!
強くなりたいカイル。
家族のために稼ぐオルド。
魔法を学びたいセラ。
自由に世界を歩きたいミーナ。
そして、世界を自分の目で見てから、自分の進む道を決めたいニール。
同じ「冒険者」でも、その理由はみんな違います。
ハリトが冒険者になった最初の理由が、
「ニールを一人で行かせたら危ないから」
だったのは、二人らしいところですね。
一方、《エルティア大森林》から離れても消えないハリトの感覚。
しかも今度は、青の《勇者装具》が反応していません。
それでも森の奥では、緑の光が消えることなく何かを待ち続けています。
果たしてハリトを呼んでいるものは何なのか。
そして彼が再び《エルティア大森林》を訪れる時、何が起こるのか――。
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