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第三話『初めての旅』(改訂版 ver.1.02)

いよいよ、ニールたちの初めての長距離護衛がスタート!


知らない道。

知らない景色。

そして、初めて足を踏み入れる《エルティア大森林》。


ニールにとっては護衛依頼も立派な“大冒険”。


少しずつ言葉を覚えていくベルトさんも一緒に、リーヴェルの外の世界へ踏み出します。


しかし――。


その森に入った瞬間、青の《勇者装具》とハリトに、奇妙な反応が……。


面白いと思っていただけたら、ブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです!

 二日後。


 俺は朝日が昇るより少し早く、リーヴェルの南門に立っていた。


「…………よし」


「何が?」


「いよいよだな」


「だから何が?」


「冒険だ!」


「護衛依頼ね」


 隣に立つハリトが、いつもの調子で訂正する。


「町を出て、何日も旅して、知らない町まで行くんだぞ? もう冒険だろ!」


「仕事だからね」


「冒険!」


「仕事」


『――仕事』


「ベルトさんまで!?」


 腰の《勇者装具》から、聞こえるようになったばかりの声が響いた。


 ハリトが吹き出す。


「ほら」


「何が、ほらだよ!」


『――仕事』


「二回言うな!」


「……朝から何やってるの?」


 背後から呆れた声がした。


 振り返る。


 ミーナが俺の荷物を見ていた。


「ニール。それ全部持っていくの?」


「おう」


「何泊するつもり?」


「…………」


 俺は背負った荷物を見る。


 着替え。


 水。


 保存食。


 毛布。


 雨具。


 火を起こす道具。


 予備の靴。


 薬。


 砥石。


 ロープ。


 あと、母さんが持たせてくれたパン。


「……何泊だっけ?」


「知らずに準備したの!?」


 ミーナの獣耳がぴんと立った。


「だって初めてなんだよ! 泊まりで町の外に出るの!」


「だからって全部持ってくる?」


「必要かもしれないだろ!」


「予備の靴まで?」


「靴が壊れるかもしれない!」


「何と戦うつもりなのよ、靴で」


「違うわ!」


 ミーナが笑いながら俺の荷物を確認していく。


「これはいる。これも……まあ、あってもいいかな。これはいらない」


「いる!」


「いらない」


「いる!」


「じゃあ自分で持ちなよ」


「持つ!」


「なら好きにすれば?」


「なんか負けた気がする!」


 その横でハリトは、明らかに俺より少ない荷物を背負っていた。


「……ハリト」


「何?」


「なんでそんなに少ないんだよ」


「必要な物だけだから」


「なんで分かるんだよ」


「僕、旅してリーヴェルまで来たんだけど」


「あ」


 そうだった。


 七歳の時、ハリトは父親と一緒に森からリーヴェルへやってきた。


 俺にとっては初めての長旅でも、ハリトにとっては初めてじゃない。


「なんかズルい」


「何が?」


「旅の先輩じゃん」


「今さら気づいたの?」


 俺たちがそんな話をしている間にも、南門の前には次々と人が集まっていた。


 荷馬車が六台。


 布や食料、薬草、金属製品。それに木箱へ詰められた商品。


 商人。


 御者。


 そして護衛の冒険者たち。


 カイル、セラ、オルドもすでに来ている。


「遅いぞ、勇者様」


「時間には間に合ってるだろ!」


「勇者様なら一番乗りかと思ってな」


「その勇者像どこから来たんだよ」


 カイルは笑いながら槍を肩に担いだ。


 セラは荷物をきちんと整理しているし、オルドはすでに商隊の人たちと話をしている。


「みんな慣れてる……」


「ニールが慣れてなさすぎるんじゃない?」


 ミーナが言った。


「うるさい」


「青の勇者なのに」


「勇者関係ないだろ!」


 すると、俺たちのところへ一人の男が歩いてきた。


 三十代くらいだろうか。


 日に焼けた顔。


 革鎧の上から短い外套を羽織り、腰には片手剣。


 胸元には三つ星を示すギルドプレートがある。


「二つ星の追加組だな?」


「はい!」


 俺が答える。


「元気なのは結構。俺はダリオ。この区間の護衛班をまとめる」


 三つ星冒険者、ダリオ。


 俺たちよりずっと旅慣れているように見えた。


「最初に言っておく」


 ダリオは俺たち六人を見渡した。


「今回の仕事は魔物討伐じゃない」


「護衛ですよね」


 オルドが答える。


「そうだ。俺たちの仕事は、商人と荷物を目的地まで届けることだ。魔物が出ても、追いかける必要がなければ追うな。倒す必要がなければ倒すな」


 俺は少し意外に思った。


「逃げたら、倒さなくていいんですか?」


「何のために?」


「え?」


「魔物を倒すために金をもらってるんじゃない。商隊を守るために金をもらってる」


「……なるほど」


「魔物を追いかけて護衛対象から離れた。その間に別の魔物が荷馬車を襲いました――じゃ、笑い話にもならん」


 ダリオは俺の腰にある青の《勇者装具》をちらりと見た。


「青の勇者だろうが同じだぞ」


「はい!」


「いい返事だ。忘れるなよ」


 勇者になっても。


 二つ星冒険者として学ぶことは、まだまだあるらしい。


     ◇ ◇ ◇


 出発前に、俺たちの役割が決められた。


 カイルとオルドは前方。


 セラは中央の荷馬車付近。


 俺は何かあった時に動きやすい中央寄り。


 そしてハリトとミーナは索敵を担当する。


「役割、被ってない?」


 俺が聞くと、ミーナが頬を膨らませた。


「被ってないよ」


「二人とも索敵だろ?」


「ハリトは目と風で広い範囲を見る。私は耳と鼻、それに足跡とか痕跡を見るの」


「なるほど」


「同じ斥候でも全然違うんだから」


「へえ」


「……何、その顔」


「いや、ミーナってちゃんと冒険者なんだなって」


「どういう意味!?」


 短剣の柄に手をかけたので、俺は一歩下がった。


「褒めたんだって!」


「絶対違う!」


「ニール」


 ハリトが俺の肩を叩く。


「出発前に仲間を怒らせるの、やめた方がいいよ」


「なんで俺が悪いんだよ!」


「今のはニールが悪い」


「ハリトまで!?」


『――仲間』


「ん?」


 俺たち三人が同時に装具を見る。


 青い核が淡く明滅している。


「今、《仲間》って言った?」


 ミーナが尋ねた。


「言ったな」


「意味、分かってるの?」


「ベルトさん。仲間って分かるのか?」


 少し間があった。


『――回答不能』


「……言ってみただけかよ!」


 ミーナが吹き出した。


「私たちの会話から覚えたんじゃない?」


「じゃあ、ハリトは?」


『――ハリト』


「ミーナは?」


『――ミーナ』


「二人は?」


 沈黙。


「仲間だぞ」


『――仲間』


「そう!」


 俺は思わず笑った。


 名前は分かる。


 言葉も覚え始めた。


 でも、その言葉がどういう意味なのかまでは、まだ分からないらしい。


 なんだか小さな子どもに言葉を教えているみたいだ。


「俺は?」


『――ニール・レイン』


「俺だけフルネームなの!?」


 ハリトとミーナが笑った。


 そんな俺たちを見ながら、ダリオが呟く。


「……本当に大丈夫か、こいつら」


     ◇ ◇ ◇


 やがて。


 南門が開いた。


「出発するぞ!」


 御者の声。


 馬が歩き出す。


 車輪が回る。


 一台。


 二台。


 三台。


 荷馬車がゆっくりとリーヴェルの外へ進んでいく。


 俺も歩き出した。


 そして門を抜けたところで、一度だけ振り返った。


 生まれてから十五年。


 ずっと暮らしてきた町。


 もちろん町の外へ出たことなら何度もある。


 グラスドッグを追った。


 薬草を採った。


 依頼で近くの村へ行ったこともある。


 《蒼天遺跡》にも行った。


 でも。


 今回は違う。


 夕方になっても帰らない。


 知らない土地で眠って。


 何日も歩いて。


 別の町へ行く。


「……そっか」


「どうしたの?」


 ハリトが振り返る。


「いや」


 俺はリーヴェルを見ながら笑った。


「俺、本当に冒険者になったんだなって」


「一つ星になった時に気づこうよ」


「その時とは違うんだよ」


「どう違うの?」


「分かんない」


「分からないんだ」


 でも。


 なんとなく分かる。


 町の外へ出ることと。


 旅に出ることは。


 似ているようで、全然違う。


「行こうぜ」


「うん」


 俺は前を向いた。


     ◇ ◇ ◇


 街道を進むにつれて、景色が変わっていった。


 最初は見慣れた畑。


 牧草地。


 小さな農村。


 そこを抜けると、知らない景色が増えていく。


「あの道、どこ行くんだ?」


「南の村」


「あっちは?」


「鉱山方面」


「あの山は?」


「知らない」


「ハリトでも知らないの!?」


「僕を何だと思ってるの?」


 旅の先輩。


 とは言わないでおいた。


 道ですれ違う人たちも違った。


 大きな荷馬車を引く商人。


 馬に乗った兵士。


 俺たちとは反対方向へ向かう冒険者。


 見たことのない紋章をつけた馬車。


 地図でしか知らなかった場所へ、道が続いている。


「すげえな」


「何が?」


「世界って、ちゃんと続いてるんだな」


「当たり前でしょ」


 ミーナが笑った。


「いや、分かってるけどさ」


 リーヴェルにいた時も。


 王都セレスティアがあることは知っていた。


 ドワーフの国があることも。


 エルフの森があることも。


 ノクティアという場所があることも。


 でも。


 知っているのと。


 そこへ道が続いているのを見るのは、違う。


「俺、もっといろんなところ行きたいな」


「まず今回の目的地に着こうね」


 ハリトが言った。


「分かってるよ」


『――目的地』


「そう。ラグナード」


『――ラグナード』


「おお、覚えた!」


 ミーナが装具を覗き込む。


「すごいね。どんどん言葉を覚えてる」


「ベルトさんも初めての旅だからな!」


『――回答不能』


「そこは肯定してくれよ!」


     ◇ ◇ ◇


 昼を過ぎた頃。


 街道の両側に、少しずつ木々が増え始めた。


 最初はまばらだった木々が、進むにつれて高く、深くなっていく。


 やがて。


 先頭を歩いていたダリオが片手を上げた。


「そろそろ《エルティア大森林》に入るぞ」


「エルティア大森林?」


 聞き慣れない名前に、俺は前を見る。


「知らないのか?」


「初めて来るんで」


「この辺りじゃ最大級の森林地帯だ。ラグナードへ向かうなら、この街道を通るのが一番早い」


「そんなに大きいんですか?」


「ああ。街道から見えるのなんて、ほんの一部だ」


 ダリオが左右に広がる森へ目を向ける。


「深部まで入れば地形も複雑になる。魔物も増える。用がないなら、街道から外れるな」


「深部には何があるんですか?」


「さあな」


「知らないんですか?」


「知らないから深部なんだろ」


「なるほど!」


「納得するところ?」


 ミーナが笑う。


「昔からある森なんですか?」


 今度はセラが尋ねた。


「少なくとも俺が生まれるずっと前から《エルティア大森林》だ。古い森だって話は聞くが、俺は学者じゃない」


「へえ……」


 俺は森を見上げた。


 どこまでも続いているように見える木々。


 重なり合う枝葉。


 その奥は暗く、街道からでは先まで見通せない。


「エルティア大森林……」


 俺が呟く。


『――エルティア』


 ベルトさんが繰り返した。


「そう。エルティア大森林」


『――エルティア』


「また覚えた!」


 その時。


 ハリトが森を見ていることに気づいた。


「ハリト?」


「……何?」


「いや」


 いつもと少し違う気がした。


「知ってる森なのか?」


「知らないよ。僕も初めて来た」


「だよな」


 そう答えながらも。


 ハリトはもう一度、森の奥へ目を向けた。


     ◇ ◇ ◇


 エルティア大森林へ入ると、空気が変わった。


 木々の間から差し込む光。


 湿った土の匂い。


 聞いたことのない鳥の声。


 風が枝葉を揺らす音。


「おお……」


「今度は何?」


「森」


「見れば分かるよ」


「なんか一気に冒険っぽくなってきた」


「今までも冒険だったんじゃないの?」


「大森林だぞ? 冒険感五割増しだ」


「さっきまで三割じゃなかった?」


「普通の森と大森林は違う!」


「何が?」


「響きが!」


「……分からない」


 ハリトは呆れていたけれど。


 俺にとっては本当だった。


 でも。


 しばらく進んだところで。


 そのハリトが突然、足を止めた。


「……ん?」


 ほとんど同時だった。


「待って」


 ミーナも止まる。


 二人の声が重なった。


 ダリオがすぐに手を上げた。


「商隊、停止!」


 荷馬車が次々と止まる。


「どうした?」


 俺は剣に手をかけた。


 ミーナの獣耳が動いていた。


 右。


 左。


 そして森の奥。


「……何かいる」


 ハリトも弓へ手を伸ばす。


「僕も感じる」


「どこ?」


「まだ分からない」


 俺には何も見えない。


 木。


 草。


 岩。


 ただの森だ。


「音がしない」


 ミーナが言った。


「え?」


「さっきまで鳥が鳴いてた」


 言われて気づく。


 静かだ。


 さっきまで聞こえていた鳥の声が消えている。


 虫の音さえ少ない。


 風が葉を揺らす音だけがする。


「全員、警戒」


 ダリオが剣を抜いた。


 カイルが槍を構える。


 オルドが盾を前へ出す。


 セラが杖を握る。


 俺も父さんにもらった剣を抜いた。


 その時だった。


 腰の《勇者装具》が、淡く光った。


「……ん?」


『――反応』


 全員に聞こえる声が響く。


「反応?」


 俺は森を見る。


「魔物か?」


『――否定』


「違う?」


 じゃあ。


 何に反応してる?


 青い核が、もう一度明滅した。


 その時、ハリトが俺のすぐ横まで来た。


 光が。


 少しだけ強くなった。


「……ん?」


 俺はハリトを見る。


 装具を見る。


 もう一度ハリトを見る。


「ベルトさん?」


『――反応』


「何に?」


 返事はない。


「ハリト?」


「……僕も変なんだ」


 ハリトが胸元へ手を当てていた。


「どうした?」


「分からない」


 いつものハリトらしくない答えだった。


 ハリトはエルティア大森林の奥を見つめる。


「この森に入ってから……なんだろう」


「気分悪いのか?」


「違う」


「じゃあ?」


「懐かしい……?」


「来たことあるの?」


「ないよ」


「じゃあなんで?」


「だから分からないんだって」


 ハリト自身も戸惑っている。


 風が吹いた。


 木々がざわめく。


 森の奥から吹いてきた風が、俺たちの間を抜けていく。


 その瞬間。


 ハリトが顔を上げた。


「――呼ばれた気がした」


「呼ばれた?」


「……気のせいかもしれない」


 誰に?


 そう聞こうとした、その時。


「動いた!」


 ミーナが叫んだ。


「どこ!?」


「あそこ!」


 指差した先を見る。


 木。


 草。


 岩。


 何も――。


「……え?」


 木だと思っていたものが。


 動いた。


 ゆっくりと。


 緑色の巨大な身体が、草木の中から起き上がる。


 細長い脚。


 森の色へ溶け込む外殻。


 そして。


 枝だと思っていた二本の影が持ち上がった。


 巨大な――鎌。


「うおっ!?」


「レイザーマンティス!」


 ミーナが短剣を抜く。


 ハリトはすでに矢をつがえていた。


「何それ!?」


「知らないの!?」


「初めて見た!」


「森に紛れて獲物を待つ魔物! 周りの色に溶け込むのが得意なの!」


「だから見えなかったのか!」


 レイザーマンティスが、巨大な鎌を開く。


 ダリオが叫んだ。


「荷馬車から離れるな! 護衛陣形!」


「了解!」


 俺は剣を構えた。


 初めての長距離護衛。


 初めての土地。


 初めて足を踏み入れた《エルティア大森林》。


 初めて見る魔物。


 そして。


 魔物ではない何かへ反応した、青の《勇者装具》。


 その隣で。


 理由も分からないまま、森の奥を見つめるハリト。


 リーヴェルを出て。


 まだ一日も経っていない。


 なのに。


 俺の知らない世界は――


 もう、とっくに始まっていた。


     ◇ ◇ ◇


 《エルティア大森林》深部。


 街道から遥か離れた場所。


 人の足がほとんど踏み入らない、木々と蔦に覆われた一角。


 そのさらに奥。


 五百年もの間。


 そこでは、何も動かなかった。


 誰も訪れず。


 誰にも見つからず。


 ただ。


 待ち続けていた。


 その暗闇に。


 一筋の緑の光が灯る。


《同系統個体――検出》


《接続――微弱》


《青系統――継承確認》


 しばらくして。


 別の表示が浮かび上がる。


《候補者反応――検出》


《魂照合――開始》


 そして。


《適合率――測定不能》


《休眠機構――一部解除》


 五百年ぶりに。


 巨大な影が、ほんのわずかに動いた。


 森の奥。


 緑の光が――二つ。


 静かに開く。


 その光が向けられていたのは。


 青の勇者ではない。


 その隣で。


 弓を構える、一人の少年だった。

《エルティア大森林》。


今回、ニールたちが何気なく足を踏み入れたこの場所で、何かが動き始めました。


魔物には《否定》と答えた青の《勇者装具》。


初めて訪れたはずなのに、


「懐かしい……?」

「呼ばれた気がした」


と感じたハリト。


そして大森林の遥か深部で、五百年ぶりに灯った緑の光。


青の勇者に向けられたものではなく、その隣にいる一人の少年を見つめていました。


もちろんニールたちは、そんなことを知るはずもなく――まずは目の前のレイザーマンティスです。


初めての旅は、どうやら普通の護衛依頼だけでは終わらなさそうです。


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