第一話『次の町へ』(改訂版 ver.1.01)
第一章をお読みいただき、ありがとうございました!
青の勇者となったニール。
でも、勇者になったからといって、いきなり世界を救えるわけではありません。
まずは一人の冒険者として、知らない世界へ。
第二章『冒険者たち』、スタートです!
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青の勇者になった。
五百年前、魔王を倒した《五大勇者》。
その一人、青の勇者アズール・セイン。
蒼天遺跡の地下で蒼龍の試練を越えた俺は、その力を受け継ぐ者として認められた。
腰には、青く輝く《勇者装具》。
つまり俺は今、正真正銘――。
「LEVELを上げたい」
「急だね」
冒険者ギルドの掲示板の前で、ハリトが呆れた顔をした。
「急じゃない。昨日からずっと考えてた」
「一晩考えた結果がそれ?」
「だって俺、勇者だぞ?」
「そうだね」
「青の勇者だぞ?」
「昨日から何回聞いたかな」
「なのにLEVEL三だぞ!?」
俺は両手を広げた。
十五歳。
LEVEL三。
二つ星冒険者。
そして、青の勇者。
並べてみると、一つだけものすごく浮いている。
「勇者なのにLEVEL三って、弱くない?」
「昨日までLEVEL二だった人が言うことじゃないと思うけど」
「だからだよ!」
蒼天遺跡の試練を越え、俺のLEVELは二から三へ上がった。
もちろん嬉しかった。
ものすごく嬉しかった。
でも同時に思ったのだ。
五百年前の青の勇者は、絶対もっと強かったはずだ。
「アズール・セインって、どれくらいのLEVELだったんだろうな」
「さあ。五百年前の人だからね」
「五十とか?」
「分からない」
「百とか?」
「聞いたことないよ、そんな人」
「千とか?」
「増やせばいいってものじゃないから」
ですよね。
一瞬。
蒼天遺跡で見た光景が頭をよぎる。
青い剣。
俺ではない手。
隣に並ぶ、四人の勇者。
そして――。
『アズール!』
赤い誰かの声。
あれが何だったのか、まだ分からない。
俺の記憶じゃない。
だけど確かに、俺の中にあった。
「俺が本当にあの人の後を継いだならさ」
腰の《勇者装具》に触れる。
「もっと強くなりたい」
ハリトが少しだけ目を細めた。
「魔王を倒すため?」
「いや」
俺は即答した。
「蒼龍も、そんなこと言ってなかったし」
「じゃあ、何のため?」
「分からん」
「…………」
「なんだよ、その顔」
「そこまで堂々と『分からない』って言えるの、すごいなと思って」
「褒めてる?」
「半分くらい」
「半分かよ」
でも、本当に分からない。
勇者になった。
だから何をする?
魔王を倒す?
世界を救う?
そんな命令は、誰からも受けていない。
そもそも俺は、この世界のことをほとんど知らない。
リーヴェルで生まれて。
リーヴェルで育って。
冒険者になったばかり。
それなのに世界をどうにかしろと言われても、何をどうすればいいのかすら分からない。
「だからさ」
俺は掲示板へ向き直った。
「まず、もっと冒険してみたい」
「冒険?」
「知らない場所に行って、知らない人に会って、知らないものを見る」
それが、今の俺にできることだと思った。
「知らないなら、見に行けばいいだろ?」
「ニールらしいね」
「それ、褒めてる?」
「今度は八割くらい」
「上がった!」
「残り二割は考えてから動いてほしい」
「下がった!」
ハリトが笑う。
「それにさ。いろんなことを経験すれば、LEVELも上がるかもしれないだろ?」
「結局そこに戻るんだ」
「大事だろ!」
でも、LEVELについても少しだけ分かってきた。
十五歳になった時、俺はLEVEL一だった。
そこから初めてLEVELが上がったのは、プニラとの一件だ。
そしてLEVEL二から三へ上がったのが、蒼天遺跡。
どちらも、ただ魔物を倒した数が増えたからじゃない。
戦って。
考えて。
今までできなかったことをやって。
自分なりに選んだ。
たぶん、そういうものが俺の経験になっている。
「なあ」
俺は腰の装具を見下ろした。
「そうだよな?」
少し待つ。
青い核が淡く瞬いた。
そして、頭の奥へ。
言葉というより、意味に近い何かが届く。
『――肯定』
「ほら!」
「何?」
「ベルトさんもそうだって!」
「本当に?」
「おう!」
ハリトが俺の腰を見る。
「僕には何も聞こえないけど」
「俺にしか聞こえないみたいなんだよな」
「じゃあ、ニールが都合よく解釈してても僕には分からないね」
「してないって!」
俺は腰の装具を軽く叩いた。
「な?」
『――ニール・レイン』
「なんで俺の名前!?」
『――ニール・レイン』
「そこ覚えたてなの!?」
ハリトが吹き出した。
「笑うな!」
「ごめん。なんだか……思ってた勇者装具と違って」
「俺もだよ!」
五百年前の伝説の勇者装具。
もっとこう、神秘的な何かを想像していた。
実際は、少しずつ言葉を覚えている。
「じゃあ、こいつは?」
ハリトを指差す。
「ハリト」
装具が淡く瞬いた。
少し間があって。
『――ハリト』
「おおお!」
「覚えてるんだ」
「すごいぞ、ベルトさん!」
『――ハリト』
「いや、もう分かった」
もう一度、青い光が瞬く。
なんとなくだけど。
少し得意そうに見えた。
……気のせいかもしれない。
「なあ、ハリト」
「何?」
「こいつ、結構かわいくない?」
「腰に巻いてる五百年前の伝説の装具に言う感想かな、それ」
その時だった。
「おはようございます、ニールさん、ハリトさん」
聞き慣れた声に振り返る。
受付のエマさんだった。
「おはようございます!」
「今日はずいぶん早いですね」
「LEVEL上げに来ました!」
「冒険者ギルドはそういう施設ではありません」
即答された。
「違うの!?」
「違います」
笑顔なのに否定が早い。
「もちろん、依頼をこなして経験を積むことで、結果的にLEVELが上昇することはあります。ただし、ギルドが評価するのはLEVELではありません」
「知ってます。レイヴさんにも言われました」
強い奴を二つ星にするんじゃない。
仕事を任せられる奴を、二つ星にする。
あの言葉は覚えている。
「でしたら、まずは二つ星冒険者として信頼を積んでください」
「勇者としてじゃなく?」
「はい」
「青の勇者なのに?」
「はい」
「ちょっとくらい特別扱いとか……」
「ありません」
「ですよね!」
知ってた!
「むしろ、勇者になったからといって無茶をしないようお願いします」
「しませんよ」
エマさんとハリトが同時に俺を見る。
「……なんで二人とも黙るんですか?」
「いえ」
「別に」
信用がない。
「それと、昨日の件ですが」
エマさんの視線が俺の腰へ向いた。
「蒼天遺跡と《勇者装具》についての報告は、すでに王都セレスティアへ送っています」
「ああ……やっぱり」
「《五大勇者》に関係する装具ですから。王都から調査や確認の要請が来る可能性があります。それまでは通常通り、冒険者として活動していただいて構いません」
「分かりました」
「ただし、装具に何か変化があった場合は必ず報告してください」
「変化?」
「光る、形が変わる、聞いたことのない言葉を話すなどです」
「あ」
俺は腰を見る。
「こいつ、ハリトって覚えました」
「…………」
エマさんが止まった。
「今ですか?」
「はい」
「そういうことを先に報告してください」
「すみません!」
また怒られた。
「他には?」
「俺の名前も覚えました!」
『――ニール・レイン』
「ほら!」
エマさんには聞こえていない。
「……ニールさんにだけ聞こえるんでしたね」
「はい」
「でしたら、どんな言葉を発したか覚えておいてください」
「分かりました」
「本当にお願いしますね?」
「はい!」
「ちょっと不安だな」
「ハリト!」
エマさんは小さく息を吐くと、掲示板へ視線を向けた。
「二つ星になったことで、活動できる範囲はかなり広がっています。遠方への護衛や、調査の依頼も受けられるようになりましたよ」
「遠方!」
俺も掲示板へ振り返った。
護衛。
洞窟調査。
薬草採取。
魔物の生息域調査。
近隣の村からの依頼。
知らない地名もある。
「……おお」
昨日までと同じ掲示板。
同じギルド。
なのに、並んでいる依頼がまるで違って見えた。
「ハリト」
「うん」
「冒険っぽくなってきた」
「今までも冒険してたと思うけど」
「もっと冒険っぽい!」
「それなら分かる」
この街の外に、知らない場所がある。
知らない魔物がいる。
知らない人たちがいる。
そこへ、自分の足で行ける。
勇者になったことより、今はそのことの方が少し嬉しかった。
「でしたら、これはどうでしょう?」
エマさんが一枚の依頼書を指差した。
「ラグナード方面へ向かう荷の護衛です」
「ラグナード?」
「リーヴェルより規模の大きな都市です。冒険者ギルドにも多くの冒険者が集まります」
「大きな都市……!」
「目が輝いたね」
「だって知らない町だぞ!」
「都市です」
「どっちでもいいです!」
依頼書を読む。
ラグナード方面へ向かう荷の護衛。
二つ星以上推奨。
依頼を終えた後は、そのままラグナードで活動することもできる。
「ハリト」
「その顔はやめて」
「まだ何も言ってないぞ」
「行きたいんでしょ?」
「行きたい!」
「だと思った」
その時。
「あれ?」
聞き覚えのある声がした。
振り返る。
ギルドの入口に、一人の少女が立っていた。
明るい髪。
頭には獣の耳。
軽装。
腰には二本の短剣。
二つ星昇格試験を一緒に受けた、ハーフビーストの少女。
ミーナ・フェル。
「ミーナ!」
「おはよ、ニール。ハリト」
ミーナは軽く手を振りながら近づいてきた。
そして俺の前まで来ると――。
じっ。
腰を見る。
《勇者装具》を見る。
じっ。
俺を見る。
また装具を見る。
もう一度、俺を見る。
「……なんだよ」
「いやぁ」
ミーナの口元が、ゆっくり上がった。
「本当に青の勇者になったんだなぁって」
「おう!」
「十五歳だよね?」
「そうだけど」
「二つ星」
「おう」
「LEVEL三」
「おう!」
「青の勇者」
「おう!」
ミーナが顎に指を当てた。
「……なるほど」
「何が?」
「将来有望」
「何の話だよ」
ミーナが一歩近づいてきた。
「ねえ、ニール」
「ん?」
「彼女いる?」
「…………は?」
隣で。
ハリトが吹き出した。
「なんで急に!?」
「別に? ちょっと気になっただけ」
「昇格試験の時、そんなこと聞かなかっただろ!」
「あの時は、ただの一つ星だったし」
「おい!」
「冗談、冗談」
ミーナはけらけら笑っている。
本当に冗談なのか?
分からない。
「今、俺じゃなくて《青の勇者》を見てなかった?」
「気のせいじゃない?」
「絶対見てた!」
「細かい男はモテないよ?」
「お前が言うな!」
ハリトが肩を震わせている。
「ハリト! 笑ってないで助けろ!」
「ニール」
「なんだ?」
「頑張って」
「何を!?」
「いろいろ」
「だから何を!?」
ミーナはそんな俺たちを見ながら、楽しそうに笑っていた。
その時。
腰の装具が、淡く青く瞬いた。
『――ミーナ』
「…………」
「どうしたの?」
ミーナが首を傾げる。
「ベルトさん、お前の名前覚えてる」
「え?」
「今、『ミーナ』って」
「私の名前?」
「おう」
ミーナが装具を覗き込む。
「へえー。すごいね、これ」
「これって言うなよ。ベルトさんだぞ」
「名前なの、それ?」
「今決めた」
「適当だなぁ」
『――ミーナ』
「ほら!」
「本当なんだ」
「だから俺にしか聞こえないって!」
「じゃあ確認できないじゃん」
「ハリトと同じこと言うな!」
ミーナが笑う。
その名前を覚えたことに、何か意味があるのか。
この時の俺には分からなかった。
「それで?」
ミーナが俺の持っている依頼書を覗き込む。
「何見てたの?」
「ラグナードまでの護衛依頼」
「ラグナード?」
ぴくりと獣耳が動いた。
「行くの?」
「行きたい!」
「まだ決まってないよ」
ハリトが訂正する。
「ラグナードなら私、行ったことあるよ」
「本当か!?」
「うん。リーヴェルよりずっと大きいし、冒険者も多い。店もいっぱいあるよ」
「おお……!」
「依頼もいっぱいある」
「おお……!」
「食べ物もいっぱいある」
「行こう!」
「最後ので決めたでしょ」
ハリトが呆れる。
ミーナが依頼書を覗き込んだ。
「護衛かぁ……」
何やら少し考えている。
それから俺を見る。
腰の装具を見る。
もう一度、俺を見る。
「ねえ」
「ん?」
「私も一緒に行っていい?」
「え?」
「ちょうどリーヴェルを出ようと思ってたんだよね」
ミーナは二本の短剣を軽く叩いた。
「それに、二人より三人の方が安心でしょ?」
俺はハリトを見る。
ハリトも俺を見る。
昇格試験で一緒に戦った。
ミーナの感覚の鋭さも、動きの速さも知っている。
断る理由はない。
「俺はいいぞ」
「僕も」
「決まり!」
ミーナが笑った。
……なんだろう。
妙に楽しそうだ。
その直前に「彼女いる?」とか聞かれたことは、ちょっと気になるけど。
まあ。
冗談だろう。
たぶん。
「それでは三人で申請しますか?」
エマさんが聞く。
「お願いします!」
俺は依頼書を差し出した。
勇者になった。
LEVELも一つ上がった。
でも、それで何かが終わったわけじゃない。
知らない土地へ行く。
知らない人に会う。
知らない魔物と出会う。
失敗するかもしれない。
逃げることだってあるかもしれない。
それでも、その全部が経験になる。
「よし!」
俺はハリトとミーナを見る。
「ラグナードへ行こう!」
「だから、まだ受理してません」
「はい!」
エマさんに怒られた。
ハリトが笑う。
ミーナも笑っている。
腰では、《勇者装具》が淡く青い光を灯していた。
勇者になったことは、冒険のゴールなんかじゃない。
むしろ――。
ここからが始まりなんだ。
そして。
青の《勇者装具》が五百年ぶりに新たな継承者を認めた、その頃。
俺たちの知らない場所でも。
長いあいだ閉ざされていたものが。
静かに――動き始めていた。
青の勇者、LEVEL三。
伝説の勇者装具を手に入れても、ニールは相変わらずニールでした。
そして少しずつ言葉を覚え始めたベルトさん。
さらにミーナから飛び出した、突然の「彼女いる?」。
果たして本当に冗談なのか……?
次なる目的地は、新しい都市ラグナード。
ここからニールたちの世界は、さらに広がっていきます!
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