第二十七話『勇者2日目』(改訂版 ver.1.01)
青の勇者になった――その翌朝。
目が覚めても、世界はいつも通り。
家族と朝ご飯を食べて、ハリトと出かけて、いつもの町を歩く。
ただし、ニールの腰には昨日までなかった青の《勇者装具》がありました。
そして、落ち着いて昨日の出来事を思い返したニールは、一つの妙なことに気づきます。
「……あれ? 俺、昨日魔物倒してなくない?」
それなのに、LEVELは二から三へ上がっている。
そもそも――LEVELって何なんだ?
勇者になったことで、今まで当たり前だった世界にも少しずつ疑問が生まれていきます。
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朝。
目が覚めた。
見慣れた天井。
いつもの俺の部屋。
「…………」
昨日のことを思い出す。
蒼天遺跡。
地下へ続く階段。
巨大な蒼龍。
試練。
青の《勇者装具》。
そして――。
青の勇者。
「…………夢?」
俺は布団をめくり、椅子を見る。
昨日、外して置いたものがそこにあった。
中央に青い部分を持つ、見たこともない形の装具。
「…………ある」
夢じゃなかった。
「俺……本当に青の勇者なんだよな」
何だかまだ実感がない。
昨日は色々ありすぎた。
遺跡に閉じ込められて。
試練を受けて。
蒼龍と戦って。
知らない誰かの記憶みたいなものを見て。
青の《勇者装具》を受け取って。
それから――。
「…………ん?」
俺は動きを止めた。
何か引っかかった。
「昨日……」
蒼龍と戦った。
でも、倒してはいない。
そもそも遺跡の周りには、魔物が一匹もいなかった。
街道近くにいたグラスドッグも、俺たちが戦ったわけじゃない。
「俺……昨日、魔物倒してなくない?」
なのに。
昨日、確かに聞いた。
――リーン。
頭の中に響く、あの音。
俺は目を閉じ、自分自身へ意識を向ける。
《ニール・レイン》
《LEVEL 三》
「……やっぱり上がってる」
蒼天遺跡へ向かう前はLEVEL二。
今はLEVEL三。
「なんで?」
今まで、LEVELが上がること自体を不思議に思ったことなんてなかった。
魔物と戦ったり。
依頼をこなしたり。
色んな経験をして、強くなる。
そうすればいつかLEVELが上がる。
みんなそう言うし、俺もそういうものだと思っていた。
でも昨日。
俺は魔物を倒していない。
蒼龍とは戦ったけど、あいつを倒したわけでもない。
だったら――。
「何で上がったんだ?」
蒼龍と戦ったから?
試練を受けたから?
青の《勇者装具》を受け取ったから?
それとも。
俺の知らない何かがある?
「…………」
考えても分からない。
でも。
今まで当たり前だと思っていたものに、初めて疑問を持った。
「そもそも……LEVELって何なんだ?」
「ニール!」
「うわっ!?」
下から母さんの声が飛んできた。
「いつまで寝てるの! 朝ご飯冷めるわよ!」
「寝てない!」
「じゃあ何してるの!」
「LEVELについて考えてる!」
「朝ご飯食べてから考えなさい!」
「はい!」
LEVELの謎より、母さんの方が強い。
俺は椅子に置いてあった青の《勇者装具》を持ち上げた。
カチッ。
腰につく。
「おお……」
外す。
カチッ。
つける。
カチッ。
外す。
カチッ。
つける。
カチッ。
「ニール!」
「今行く!」
……何回やっても、ちょっと楽しい。
◇ ◇ ◇
「それで?」
朝食。
父さんがパンをちぎりながら俺を見る。
「昨日は遺跡の調査だったんだろ?」
「うん」
「何で」
父さんの視線が俺の腰へ落ちる。
「勇者になって帰ってくるんだ?」
「俺も知りたい」
「説明しなさい」
母さん。
笑ってない。
「はい」
俺は昨日の出来事を最初から説明した。
蒼天遺跡の周辺から魔物が離れているらしいこと。
今までなかった地下への入口が開いたこと。
引き返そうとしたら閉じ込められたこと。
奥で巨大な蒼龍に出会ったこと。
試練を受けたこと。
そして。
青の《勇者装具》を受け取り、《青の勇者》として認証されたこと。
「…………」
「…………」
父さんと母さんが黙っている。
「……信じてない?」
「いや」
父さんが腕を組む。
「お前ならやりかねないと思ってる」
「勇者になるって、やらかすものなの!?」
「昔から行くなと言った場所に行く子だったものね」
「母さんまで!」
父さんが青の《勇者装具》を見る。
「触っていいか?」
「うん」
外して渡す。
父さんの手へ移った瞬間、青い光が消えた。
「……昨日ギルドでもこうなったのか?」
「うん」
受け取る。
青い光が戻る。
「俺が持つと光る」
父さんの目が少しだけ真剣になる。
「……本当みたいだな」
「最初から本当だよ!」
「でも」
母さんが言った。
「勇者になったからって、危ないことをしていいわけじゃないからね」
「…………」
「返事」
「はい」
「昨日だって遺跡に閉じ込められたんでしょう?」
「はい」
「死んだら勇者も何もないのよ」
「……はい」
青の勇者。
母さんには勝てない。
◇ ◇ ◇
「それと」
父さんが俺の剣を見る。
「こいつはどうする?」
「え?」
十五歳の誕生日に、父さんがくれた剣。
「勇者になったなら」
父さんが少し笑う。
「そのうち、もっと凄い剣を使うことになるんじゃないのか?」
「…………」
昨日、見た。
あの景色。
誰かの手に握られていた青い剣。
蒼龍も、青系統に対応する武装の記録が存在すると言っていた。
「たぶん」
俺は父さんにもらった剣を持ち上げる。
「いつか、別の剣を使うかもしれない」
「そうか」
「でも」
鞘を撫でる。
「これは持ってく」
父さんが俺を見る。
「使わなくなっても?」
「うん」
「なんで?」
「父さんにもらったから」
「…………」
「使わなくなるのと」
俺は剣を見る。
「いらなくなるのは、違うだろ?」
父さんは、しばらく何も言わなかった。
「……そうか」
それだけだった。
でも。
少しだけ嬉しそうだった。
◇ ◇ ◇
「遅い」
「ごめん!」
家を出ると、ハリトが待っていた。
背中には、いつもの弓。
「何してたの?」
「父さんと母さんに説明してた」
「勇者になりましたって?」
「うん」
「信じてもらえた?」
「最終的には」
「よかったね」
「母さんには怒られた」
「だろうね」
「なんで分かるの!?」
「遺跡に閉じ込められたから」
「勇者になったのに!」
「関係ないでしょ」
昨日。
エマさんにも似たようなことを言われた気がする。
「……勇者って意外と偉くないな」
「偉くなるものなの?」
「知らない」
俺たちは歩き出した。
しばらくして、朝に考えていたことを思い出す。
「そういえばさ、ハリト」
「何?」
「俺、昨日LEVEL三になったじゃん」
「うん」
「でも俺たち、昨日魔物を一匹も倒してないよな?」
ハリトが俺を見る。
「…………」
少し考えて。
「そうだね」
「蒼龍とも戦ったけど、倒してない」
「うん」
「じゃあ、なんで俺のLEVEL上がったんだ?」
「…………」
ハリトの足が少しだけ遅くなった。
「試練を受けたから、とか?」
「俺も考えた。でも、そんなので上がるのか?」
「分からない」
「勇者になったから?」
「それも分からない」
「だよなぁ……」
ハリトも答えを知らない。
ということは。
俺だけが何か大事なことを忘れているわけではなさそうだ。
「僕たち」
ハリトが言う。
「LEVELが上がること自体は知ってるけど、どうして上がるのかは、ちゃんと知らないのかもしれないね」
「…………」
確かに。
十五歳になれば、自分のLEVELが分かる。
LEVELが上がれば、頭の中で音がする。
それは知っている。
でも。
誰が決めてる?
何をしたら上がる?
何をもって、強くなったと判断されている?
「……LEVELって、何なんだろうな」
「今さら?」
「俺も今さらだと思ってるよ!」
ハリトが少し笑う。
「これも、そのうち調べてみようか」
「うん」
青の勇者。
五大勇者。
五百年前。
勇者装具。
アズール。
そして。
LEVEL。
昨日一日で、分からないことが一気に増えた。
「勇者って、もっと答えを知ってるものだと思ってた」
「ニールが勇者なんだから仕方ないね」
「どういう意味!?」
◇ ◇ ◇
向かったのは、ギルドではない。
「ここ?」
「うん」
カン。
カン。
カン。
金属を叩く音。
熱気。
見慣れた看板。
《ベルク鍛冶店》。
「おーい!」
扉を開ける。
「バルドさん!」
「朝っぱらからうるせえ!」
奥から太い声が飛んできた。
「ニール?」
トーマもいる。
「お前、昨日遺跡に行ってたんだろ?」
「行った!」
「何かあった?」
「勇者になった!」
「…………」
「…………」
「は?」
うん。
今日これ、何回やるんだろう。
◇ ◇ ◇
「……で」
バルドさんが、青の《勇者装具》を机の上で見る。
「こいつが?」
「はい」
「勇者の装具?」
「蒼龍はそう言ってました」
「蒼龍って何だよ」
「でっかい龍です」
「説明になってねえ」
バルドさんが装具へ顔を近づける。
「触っていいか?」
「どうぞ」
バルドさんが持ち上げる。
青い光が消えた。
「……ほう」
「俺が持つと」
受け取る。
光る。
「面白えな」
トーマが横から覗き込む。
「何で?」
「分からない」
「勇者だから?」
「たぶん」
「ニールが?」
「そう!」
「…………」
「何だよ!」
トーマが真顔で言った。
「世界って人手不足なんだなって」
「失礼だな!」
ハリトが吹き出した。
「ハリト!」
「ごめん」
「絶対悪いと思ってない!」
◇ ◇ ◇
バルドさんは笑わなかった。
装具をじっと見ている。
「素材が分からん」
「え?」
「金属なのは間違いねえと思う」
指で表面をなぞる。
「だが、鉄じゃねえ」
「銀?」
「違う」
「ミスリルとか?」
「少なくとも、俺の知ってるもんじゃねえ」
「…………」
バルドさんが中央の青い部分を見る。
「こいつもだ」
「石じゃない?」
「魔石に近く見えるが……違うな」
「じゃあ何?」
「分からん」
「バルドさんでも?」
「分からんもんは分からん」
そう言って、バルドさんは少し笑った。
「だから面白え」
「……!」
「鍛冶屋が世界中の素材を知ってると思うな。知らねえもんがあるから、調べるんだ」
「…………」
何だか。
冒険者と似ている。
知らない場所があるから、行ってみたい。
知らないものがあるから、知りたい。
「ただし」
「はい」
「これは俺には弄れん」
「え?」
「直せるかどうかも分からんもんを、勝手に叩く馬鹿がいるか」
「なるほど」
「五百年前から残ってたもんなんだろ?」
「たぶん」
「なら、代わりがあるとも限らねえ」
「…………」
急に腰の《勇者装具》が、ものすごく大事なものに思えてきた。
「大切にします」
「そうしろ」
◇ ◇ ◇
「でも」
トーマが言った。
「それが一部なら、他の装備も同じような素材なんじゃない?」
「…………」
俺とハリトがトーマを見る。
「何?」
「トーマ」
「何だよ」
「頭いい!」
「馬鹿にしてる?」
「してない!」
確かに。
青の勇者の剣。
鎧。
他にも何かあるのかもしれない。
もし同じような素材や加工が使われているなら――。
「探す手掛かりになるかも」
ハリトが青の《勇者装具》を見る。
「似た素材。似た加工。それに青い部分」
「でも」
俺は昨日の蒼龍の言葉を思い出す。
「世界のどこにあるか分からないんだぞ?」
「だから探すんでしょ?」
「…………」
ハリト。
何か楽しそうじゃない?
「行く?」
「どこに?」
「分からない」
「駄目じゃん!」
「まずは情報からだね」
「……なるほど」
遺跡。
古い記録。
《五大勇者》の伝承。
冒険者ギルド。
王都。
知らない土地。
知らない場所。
「世界中か」
口に出したら、少し胸が高鳴った。
◇ ◇ ◇
その日の午後。
俺たちはギルドへ行った。
「こんにちは!」
「こんにちは、ニールさん、ハリトさん」
エマさん。
普通。
昨日。
俺が青の勇者になったって報告したのに。
普通。
「エマさん」
「はい?」
「何かありません?」
「何かとは?」
「こう……」
俺は手を広げる。
「勇者向けの依頼とか」
「ありません」
「即答!」
「当ギルドに勇者専用依頼という分類はありませんので」
「じゃあ普通の依頼?」
「はい」
「勇者なのに?」
「二つ星ですので」
「ぐっ……!」
強い。
エマさん。
「それと」
「はい?」
「蒼天遺跡については、追加調査が決まるまで地下区画への立ち入りは禁止です」
「えっ!?」
「当然です」
「でも俺、青の勇者!」
「二つ星です」
「万能だな、その言葉!」
ハリトがまた笑っている。
「じゃあ」
俺は掲示板を見る。
護衛。
採取。
討伐。
調査。
色々ある。
「……どうする?」
「ニール」
「何?」
ハリトが、一枚の紙を指した。
依頼ではない。
ギルドから冒険者へ向けた告知だった。
「これ」
「…………」
そこには。
王都――セレスティア。
その名前が書かれていた。
「王都?」
「うん」
各地から冒険者が集まる大きな街。
巨大な冒険者ギルド。
多くの依頼。
古い記録や遺跡についての情報。
リーヴェルでは手に入らないものも、そこにはあるらしい。
「情報を探すなら」
ハリトが言う。
「いつか王都まで行ってみてもいいかもしれない」
「…………」
王都。
行ったことがない。
この町より、ずっと大きな場所。
そこなら。
《五大勇者》について。
青の装備について。
もしかしたらLEVELについても。
何か分かるだろうか。
「行ってみたい」
口から自然に出た。
「王都?」
「うん。でも……」
俺は少し考えて、首を振った。
「まだいい」
「そうなの?」
「うん」
腰のギルドプレートへ触れる。
俺はまだ二つ星。
昨日、勇者になったばかり。
知らないことだらけだ。
「まだ、ここでやれることがある」
勇者になった。
だから、すぐに遠くへ行かなきゃいけない。
そんな決まりはない。
「まず、もっと冒険者として経験を積みたい」
「うん」
「それから、青の勇者の装備も探したい」
「うん」
「LEVELのことも調べたい」
「増えたね」
「昨日だけで分からないこと増えすぎなんだよ!」
それに。
もう一つ。
昨日、蒼龍のいた部屋で見た五つの色。
赤。
青。
緑。
黄。
白。
「他の勇者にも」
俺は笑った。
「会ってみたい」
「…………」
ハリトが俺を見る。
「どうした?」
「いや」
ハリトは少しだけ考えて。
「どんな人だろうね」
「な!」
俺は一気に楽しくなった。
「赤はやっぱり強そうだよな!」
「色で決めるの?」
「赤って主人公っぽいじゃん!」
「主人公?」
「何かこう……中心って感じ!」
「よく分からない」
「緑は――」
俺は腕を組む。
「森にいそう」
「…………」
「弓とか使って」
「…………」
「エルフだったりして!」
ハリトが黙った。
「ニール」
「何?」
「依頼を選ぼう」
「なんで急に!?」
「いいから」
「まだ黄色と白も予想してない!」
「しなくていい」
「黄色は絶対、力持ちだと思う!」
「はいはい」
「白は魔法使い!」
「ニール」
「何?」
「うるさい」
「ひどい!」
俺は知らなかった。
その時。
俺のすぐ隣を歩いていたハリトの背中。
いつもの弓の近くで。
ほんの一瞬だけ。
淡い緑色の光が揺らめいたことを。
ハリト自身も。
まだ、それに気づいていなかった。
◇ ◇ ◇
遥か遠く。
深い森の奥。
人の足が届かない場所。
木々と大地のさらに下。
忘れ去られた古い施設の一角で。
緑色の光が、ゆっくりと明滅していた。
《青系統――認証確認》
《接続信号――受信》
《探索領域――更新》
長い沈黙を破るように、光が走る。
《緑系統――探索開始》
そして。
新たな反応。
《適合反応――検出》
《候補対象――照合》
《位置情報――更新》
距離は。
遠くない。
同じ国。
同じ地方。
そして現在――。
青の反応と、ほぼ同じ位置。
五百年間。
途絶えていた接続が。
再び動き始める。
《緑系統――候補者》
《検出》
その場所のさらに奥深く。
巨大な何かが眠る暗闇へ。
緑の光が、一筋だけ走った。
けれど。
それはまだ――。
目を覚まさなかった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
今回は、青の勇者になった翌日のお話でした。
勇者になっても母には怒られる。
勇者になっても二つ星。
勇者になっても専用依頼なんてない。
そして勇者になっても――装具をつけたり外したりして遊ぶ十五歳です。
ただ、今回から少しずつ「今まで当たり前だと思っていたもの」にも疑問が生まれ始めました。
その一つが、LEVEL。
ニールは昨日、魔物を一匹も倒していません。
蒼龍とは戦いましたが、倒してもいません。
それなのに――LEVELは二から三へ上がった。
では、LEVELは何をもって「成長した」と判断しているのでしょうか。
今はまだ、ニールにもハリトにも分かりません。
そしてもう一つ。
ニールが楽しそうに予想していた、残る四色の勇者。
「緑は森にいそう」
「弓とか使って」
「エルフだったりして!」
…………。
ニール。
お前のすぐ隣に。
青の認証によって、五百年間止まっていたものは確実に動き始めています。
次に動き出す色は――緑。
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