第二十二話『蒼天遺跡』(改訂版 ver.1.01)
第二十二話『蒼天遺跡』(改訂版 ver.1.01)です。
銀髪の少女と別れ、ついに《蒼天遺跡》へ辿り着いたニールとハリト。
子どもの頃、一度だけ足を踏み入れた場所。
あの時と変わらないはずの遺跡で、二人は魔物たちの異変を追っていきます。
そして――かつてニールに「まだ早い」と告げた場所が、今度は違う反応を見せ始めます。
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銀髪の少女と別れてから、俺とハリトはさらに北東へ進んだ。
「……なあ、ハリト」
「何?」
「あの子、何者だったんだろうな」
「さあ」
「回復魔法、すごかったよな」
「そうだね」
「名前くらい聞きたかったな」
「聞いたじゃない」
「教えてもらえなかった!」
「じゃあ仕方ないね」
「気にならない?」
「また会ったら聞けばいいよ」
「また会うかな?」
「さあ」
「さっきから『さあ』しか言ってなくない!?」
「そう?」
相変わらずだ。
ハリトは大して気にしていないらしい。
俺はちょっと気になる。
銀色の長い髪。少し尖った耳。《癒しの光》という回復魔法。そして、一人で森の奥を調査していた謎の少女。
どう考えても気になるだろ。
でも、今はそれより――。
「……見えてきた」
道の先。
木々の向こうから、古い石柱が姿を現した。
ひび割れ、苔に覆われ、上半分が崩れている。
それでも、俺にはすぐに分かった。
「蒼天遺跡……」
何年ぶりだろう。
子どもの頃、ハリトと二人で父さんに内緒で来た場所。
「懐かしい?」
ハリトが聞く。
「……ちょっと」
「僕も」
あの時の俺たちは、ただの子どもだった。
剣も持っていなかったし、冒険者でもなかった。十五歳にもなっていなかったから、自分のLEVELを知ることさえできなかった。
今は違う。
腰には、父さんからもらった剣。
ギルドから与えられた二つ星のプレート。
そして俺自身も、LEVEL二になった。
「なんかさ」
「何?」
「戻ってきたって感じするな」
「そうだね」
俺たちは蒼天遺跡へ続く旧街道を歩いていった。
◇ ◇ ◇
「……おかしい」
しばらく進んだところで、ハリトが足を止めた。
「何が?」
「静かすぎる」
俺も周囲を見る。
森がある。木々が揺れている。鳥の声だって聞こえる。
「鳥いるじゃん」
「いるね」
「じゃあ静かじゃなくない?」
「魔物がいない」
「……あ」
そう言われて、ようやく気づいた。
ここまで一匹も見ていない。
「グラスドッグも?」
「痕跡はある」
ハリトが道端へしゃがみ込む。
土の上に、小さな足跡が残っていた。
「グラスドッグだと思う。でも古い」
「どれくらい?」
「少なくとも今日じゃない」
少し先には、木の幹に爪痕も残っていた。
「これも?」
「古いね」
「……逃げた?」
「まだ分からない」
ハリトは立ち上がると、森の奥を見つめた。
「ただ、この辺りにいた魔物が最近いなくなっている可能性はある」
俺はさっきのロイドおじさんの話を思い出す。
本来なら森の奥にいるグラスドッグが、旧街道の近くまで出てきた。
「じゃあ、ロイドおじさんが見た二匹も……」
「うん。ここから移動してきた可能性はあるね」
「おお……調査っぽくなってきた」
「最初から調査だよ」
「分かってるって!」
俺は記録用の紙を取り出した。
「旧街道……魔物……いない」
「雑」
「じゃあどう書くの!?」
「グラスドッグと思われる古い足跡を確認。周辺に新しい痕跡なし」
「なるほど」
俺はそのまま書き写す。
「木の爪痕も」
「はい、先生」
「誰が先生?」
こういうのは、やっぱりハリトの方が得意だった。
◇ ◇ ◇
遺跡へ近づくほど、異変ははっきりしてきた。
魔物の糞。
食べ残された獲物。
地面に残った足跡。
痕跡そのものはたくさんある。
なのに、新しいものがほとんどない。
そして――。
「……こっちもだ」
ハリトが地面を指す。
「何?」
「足跡の向き」
言われて見ても、俺にはよく分からない。
「全部じゃないけど、多くが同じ方向へ向かってる」
「どっち?」
ハリトが指を差した。
俺たちが歩いてきた方向。
つまり――。
「遺跡から離れてる?」
「うん」
俺は振り返った。
木々の向こうに、蒼天遺跡の崩れた石柱が見えている。
「……逃げてる?」
「その可能性は高くなったと思う」
「アースボアと同じか?」
以前、本来なら森の奥にいるはずのアースボアが、浅い場所まで出てきたことがあった。
あの時も、何かから逃げてきたように見えた。
「じゃあ、この遺跡に何か――」
「ニール」
「……はい」
「まだ分からない」
「ですよね」
「僕たちが確認したのは、魔物の痕跡が減っていることと、遺跡から離れる方向へ向かう足跡が多いこと。それだけ」
「決めつけない」
「そう」
昇格試験でも学んだ。
見たもの。
分かったこと。
まだ分からないこと。
それをごちゃ混ぜにしない。
「……冒険者って難しいな」
「今さら?」
「もっとこう、剣持って魔物倒す仕事だと思ってた」
「それだけだったら、ニールはまだ一つ星だったかもね」
「ひどい!」
でも。
たぶん、その通りだった。
◇ ◇ ◇
やがて俺たちは、蒼天遺跡の入口までやってきた。
「…………」
崩れた石柱。
古い階段。
半分ほど地面に埋まった石壁。
何年経っても、ほとんど変わっていない。
「ここだ」
「うん」
俺は無意識に左胸へ手を置いた。
――ドクン。
「……っ」
「ニール?」
「まただ」
「痣?」
「うん」
熱い。
ここへ近づく途中でも、何度か感じていた。
でも、今までとは違う。
――ドクン。
――ドクン。
胸の奥から叩かれているみたいに、痣が脈打っている。
「……呼ばれてる」
「何に?」
「分からない」
俺は遺跡の入口を見る。
その奥には、暗闇が広がっていた。
子どもの頃。
俺とハリトは、あの中へ入った。
そして――。
『――まだ早い』
あの声を聞いた。
「ニール」
「分かってる」
俺はハリトを見る。
「依頼は周辺調査」
「うん」
「勝手に中には入らない」
「うん」
「絶対入らないからな?」
「僕が言おうとしたんだけど」
「先に言った!」
「成長したね」
「だろ?」
「ちょっとだけ」
「そこは普通に褒めろよ!」
俺は遺跡に背を向けた。
「外周を調べよう」
「うん」
少しだけ。
本当に少しだけ。
後ろ髪を引かれながら。
俺たちは遺跡の外周へ回った。
◇ ◇ ◇
「ニール。こっち」
ハリトに呼ばれ、俺もしゃがみ込む。
「何?」
「足跡」
いくつもある。
一種類じゃない。
小さなもの。
それより大きなもの。
俺でも分かるくらい、形が違っていた。
「これ……全部魔物?」
「たぶん」
ハリトが土へ触れる。
「それに、さっき見たものより新しい」
「いつ?」
「昨日……いや、もっと最近かもしれない」
「向きは?」
「同じ」
ハリトが顔を上げた。
「全部、遺跡から離れてる」
「…………」
俺も遺跡を見る。
何かがいる?
何かが起きている?
それとも――。
その時だった。
――ドクン!
「っ……!」
胸が熱くなる。
今までで一番強い。
「ニール!」
「大丈夫……!」
左胸を押さえた、その瞬間。
ゴゴゴゴゴ……。
「……え?」
足元が揺れた。
「ニール、離れて!」
「う、うん!」
俺たちは同時に遺跡から距離を取る。
数秒。
揺れは、それだけで収まった。
「…………」
「今の、地震?」
「分からない」
ハリトが弓を構える。
俺も剣を抜いた。
森が静まり返っている。
そして――。
ガコン。
「…………」
今度は、はっきり聞こえた。
遺跡の中からだ。
「聞こえた?」
「うん」
ゴゴゴ……。
もう一度。
重い石と石が擦れ合うような音。
俺とハリトは顔を見合わせた。
「……何か動いてる」
◇ ◇ ◇
どうする。
依頼は周辺調査だ。
遺跡内部を調べる必要はない。
「一度戻って報告する?」
俺が聞く。
「それが一番安全だと思う」
「だよな」
俺は頷いた。
昔の俺なら、たぶん迷わず飛び込んでいた。
でも今は冒険者だ。
分からない異変を見つけたなら、それを持ち帰るのも仕事だ。
「じゃあ――」
言いかけた、その時だった。
ゴゴゴゴゴ……。
再び石の動く音が響いた。
今度は入口付近。
俺たちの目の前で、今までただの壁だった場所に一本の青い線が走った。
「……ハリト」
「見えてる」
一本。
二本。
三本。
細い青色の光が、石壁の表面を走っていく。
「こんなの、昔あった?」
「ない」
やがて青い線は一つにつながり、石壁の中央に奇妙な紋様を描いた。
そして――。
――ドクン。
俺の胸の痣が、それに応える。
「…………」
光った。
服の下。
左胸の痣が、青く。
「ニール、それ……」
「俺にも分からない」
次の瞬間。
ガコン!
目の前の石壁が、ゆっくりと左右へ動き始めた。
「うわっ……!」
俺たちは飛び退く。
土埃が舞う。
長い間閉ざされていたはずの石壁が開き、その向こうから地下へ続く階段が現れた。
「…………」
「…………」
俺も。
ハリトも。
しばらく何も言えなかった。
「こんなの……なかった」
「うん」
間違いない。
子どもの頃、ここにはただの石壁しかなかった。
でも今は。
地下へ続く階段がある。
その両側を、淡い青色の光が照らしている。
「俺、何も触ってないよな?」
「今回はね」
「今回はって何だよ!」
「昔は何を触ったか分からないから」
「それは……そうだけど」
俺は階段を見る。
胸の痣が、まだ熱い。
偶然じゃない。
なぜか、そう思った。
「……俺が来たから?」
「ニール?」
「これ」
左胸へ手を当てる。
「俺が来たから、開いたのか?」
答える者はいない。
ただ。
地下の奥で。
青い光が、一つ。
また一つと灯っていった。
まるで――俺を導くみたいに。
「……入口から確認するだけ」
ハリトが言った。
「うん」
「何かあったらすぐ戻る」
「分かってる」
「奥には行かない」
「分かってるって!」
「本当に?」
「俺の信用どうなってるの!?」
「現在確認中」
「二つ星になったのに!?」
そんなことを言いながらも、ハリトの表情は真剣だった。
俺も剣を握り直す。
そして二人で、開いたばかりの入口へ近づいた。
◇ ◇ ◇
一歩。
遺跡の中へ入る。
昔と同じ、冷たい空気。
石の匂い。
でも――。
「やっぱり違う」
「うん」
壁には青い光が走っている。
昔はなかった。
一本、二本と奥へ続き、地下への階段を照らしている。
「これ、絶対報告するやつだよな」
「うん」
「じゃあ入口を確認したら戻る」
「うん」
その時。
――カチッ。
「え?」
何かが鳴った。
俺は慌てて足元を見る。
「俺、また何か踏んだ!?」
「動かないで」
「やっぱり俺!?」
だが。
足元には何もない。
代わりに――。
青い光が、俺の足元から広がっていく。
「ニール……」
「これ、俺が踏んだんじゃないよな?」
「たぶん違う」
「よかった!」
「安心するところじゃないよ」
青い光は俺を中心に円を描き、複雑な紋様を作り出した。
そして。
頭の中に、何かが響いた。
『――――』
「……!」
声?
いや。
声なのか?
「ハリト!」
「何?」
「今、聞こえなかった?」
「何も」
「…………」
ハリトには聞こえていない。
俺だけだ。
もう一度。
何かが頭の中へ流れ込んでくる。
『――BLUE――』
「……ブルー?」
「ニール?」
知らない言葉。
聞いたこともないはずなのに。
なぜか。
意味だけが分かる。
――青。
そして、もう一つ。
『――CANDIDATE――』
候補。
「……候補?」
何の?
俺が?
何に?
「ニール、何が聞こえてる?」
「分からない。青……候補……?」
「何それ」
「俺が聞きたい!」
そして。
青い光が一斉に強くなった。
地下へ続く階段。
その先。
さらに深い場所から――。
『――COME――』
意味が流れ込んでくる。
来い。
「…………」
胸の痣が熱い。
でも、不思議と怖くなかった。
子どもの頃。
この場所で、俺は確かに聞いた。
『――まだ早い』
あの時は。
拒まれた。
でも今は。
違う。
「ハリト」
「何?」
「……呼ばれた」
「誰に?」
「分からない」
「何て?」
俺は青い光の続く階段を見つめた。
そして答えた。
「――来いって」
◇ ◇ ◇
遺跡の最深部。
長い間、誰の足音も届かなかった暗闇の中で。
一つ。
また一つ。
蒼い光が灯っていく。
眠っていた何かが、侵入者を察知したからではない。
待ち続けていたものを――ようやく見つけたかのように。
《年齢条件――適合》
《魂紋照合――開始》
《照合率――基準値突破》
《青系統――適合反応確認》
《候補者――ニール・レイン》
沈黙。
そして。
《封印領域――第一段階解除》
ゴウン――。
最深部で、巨大な何かが震えた。
石のような外殻。
長く伸びた身体。
閉ざされていた瞳。
その奥に。
ほんの一瞬。
蒼い光が宿る。
《青の候補者――検出》
《再起動処理――開始》
五百年。
止まっていた何かが。
再び――動き始めた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
ついに再び《蒼天遺跡》へやってきました。
今回の改訂では、前話でロイドおじさんが遭遇したグラスドッグから始まり、
「魔物が増えている」のではなく、「何かを避けるように遺跡から離れている」
という異変が少しずつ見えてくる流れにしています。
そして、子どもの頃には、
『――まだ早い』
と告げられたニール。
しかし十五歳となり、冒険者として再び訪れた今、遺跡はニールを拒むのではなく――
『――COME――』
「来い」と呼びました。
《青》とは何なのか。
《候補者》とは何の候補なのか。
なぜニールの胸の痣に遺跡が反応したのか。
そして、五百年もの間止まっていた「何か」とは――。
ここから、第一章のタイトルでもある『青の勇者』へ向けて、一気に歯車が動き始めます。
続きも楽しみたいと思っていただけたら、ぜひブックマークや評価で応援していただけると、執筆の大きな励みになります!




