第十二話『冒険者の目』(改訂版 ver.1.01)
魔物を見つけたら倒す。
強くなったら冒険者として成長する。
……本当に、それだけでしょうか?
少しずつ「冒険者らしさ」を身につけてきたニールとハリト。
今回は、二人だけで挑む調査依頼です。
そして物語の裏側では――五百年前から待ち続けているものが。
「これ何だ?」と思ったところは、ぜひ覚えておいてください。
面白かったら、ブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです!
それでは、第十二話『冒険者の目』をどうぞ!
北街道。
リーヴェルから北へ伸びるこの道は、近隣の村や町を繋ぐ主要な街道の一つだ。
馬車が通れる程度には整備されている。
森の中を通る道ではあるが、定期的に冒険者や兵士が巡回しているため、本来ならそれほど危険な場所じゃない。
――らしい。
「……いた」
俺は小声で言った。
「うん」
ハリトも声を落とす。
街道から少し離れた茂み。
その向こうに。
一匹。
二匹。
三匹。
灰緑色の毛。
背中には、葉っぱのような毛が生えている。
《グラスドッグ》。
この前の西の森でも見た魔物だ。
ただし。
「四……五……」
ハリトが数える。
「奥にもう二匹いる」
「七匹?」
「たぶん」
俺は剣の柄に手を置いた。
「どうする?」
「戦わない」
即答だった。
「早くない?」
「依頼内容は?」
「魔物出没調査」
「討伐は?」
「……書いてない」
「じゃあ戦う理由は?」
「…………」
ない。
「成長したな、俺」
「今の会話で?」
「前の俺なら突っ込んでた」
「それを自覚してるなら、本当に少しは成長したかもね」
「だろ?」
「少しだけ」
「もっと褒めろよ」
「静かに」
怒られた。
俺たちは茂みの陰から、グラスドッグたちを観察する。
七匹。
けれど。
何かがおかしい。
「……襲ってこないな」
「うん」
俺たちの匂いには気づいているはずだ。
何匹かはこちらを警戒している。
でも、近づいてこない。
それどころか。
「何してるんだ?」
「食べてる」
街道脇に落ちている何かを、グラスドッグたちが漁っていた。
ハリトが目を細める。
「穀物だ」
「穀物?」
「たぶん荷馬車から落ちたものだと思う」
よく見る。
地面には、小さな粒が点々と続いていた。
「あっちにもある」
街道の先まで続いている。
俺たちはグラスドッグから距離を取りながら、その跡を追った。
しばらく歩く。
そして。
「あ」
道端に大きな麻袋が落ちていた。
側面が裂けている。
中から穀物がこぼれていた。
「これか」
ハリトがしゃがむ。
「馬車から落ちたんだろうね」
「じゃあ……」
俺は後ろを見る。
グラスドッグたち。
「北街道に魔物が増えたんじゃなくて」
「餌があるから、森から出てきてる可能性がある」
「なるほど」
俺は腕を組んだ。
なんか。
冒険者っぽい。
「じゃあ袋を回収すれば解決?」
「たぶん。それと――」
ハリトが地面を見る。
「これ」
足跡。
車輪の跡。
そこまでは俺にも分かる。
でも。
「何?」
「同じ場所を、何度も馬車が通ってる」
「街道なんだから普通じゃない?」
「そうじゃない」
ハリトが指差す。
「似た幅の車輪の跡が何本もある。それに、こっちだけ深い」
「……?」
「かなり重い荷物を積んだ馬車だと思う」
「それも分かるの?」
「たぶん」
「たぶんなのかよ」
「調査なんだから、分からないことまで分かったふりしない」
「…………」
「何?」
「お前、すげえ冒険者っぽい」
「昨日までの話をちゃんと聞いてたからね」
「俺も聞いてた!」
でも。
俺には、足跡と車輪の跡にしか見えない。
「なんでそんなこと分かるんだ?」
「昔から森で痕跡を見ることは多かったし……」
ハリトが地面の跡を指でなぞる。
「レオンさんに言われたことも覚えてる」
「レオンさん?」
「昔、グラスドッグに会った時」
「ああ!」
七歳の頃。
三本の矢で、グラスドッグの動きを変えた冒険者。
「目の前の魔物だけを見るなって」
どこから来たのか。
何をしていたのか。
何を食べたのか。
何から逃げているのか。
どこへ向かっているのか。
「それが分かれば、戦わなくて済むこともある」
「…………」
俺は遠くのグラスドッグを見る。
西の森での依頼を思い出した。
グラスドッグは、アースボアから逃げていた。
そして。
アースボアも、何かから逃げているように見えた。
魔物がいる。
だから倒す。
それだけじゃない。
「よし」
俺は立ち上がる。
「じゃあ、この袋持って帰ろう」
「待って」
「何?」
「誰かの荷物だよ」
「あ」
「勝手に持っていったら駄目」
「…………」
俺は静かに座り直した。
「成長したと思ったのに」
「まだまだだね」
「うるさい」
◇
結局。
俺たちは破れた袋の場所と、グラスドッグの数を記録した。
周囲も調べる。
今のところ、大型魔物らしい痕跡はない。
森の奥へ戻っていく足跡も確認できた。
「これで十分かな」
「たぶん」
「じゃあ帰る?」
「その前に」
ハリトが俺を見る。
「街道に落ちてる穀物、どうする?」
「…………」
このままなら。
またグラスドッグが来る。
旅人と鉢合わせするかもしれない。
「片付けるか」
「うん」
俺たちは散らばった穀物を集め始めた。
地味だ。
ものすごく地味だ。
剣なんて一回も抜いてない。
魔法も使ってない。
ひたすら。
穀物を拾う。
「なあ、ハリト」
「何?」
「これって冒険?」
「依頼ではある」
「俺が想像してた冒険と違う」
「どんなの想像してたの?」
「魔物をズバーンって倒して」
「うん」
「宝箱見つけて」
「うん」
「伝説の剣とか手に入れて」
「うん」
「美人のお姉さんに『素敵!』って言われる」
「最後だけ必要?」
「重要だろ」
「……ニール」
「何?」
「穀物拾ってる姿を見て『素敵!』って言ってくれる人を探した方がいいよ」
「それはそれで素敵な人だな!」
「前向きだなあ」
二人で笑った。
その時だった。
――ガサッ。
「!」
ハリトが振り向く。
俺も剣へ手をかけた。
茂み。
何かがいる。
一匹のグラスドッグ。
さっきの群れとは別だ。
こちらを見ながら、低く唸っている。
「ハリト」
「うん」
俺は剣を抜いた。
ハリトも弓を構える。
逃げられるか。
一瞬だけ考える。
だが。
グラスドッグは身体を低く沈めた。
来る。
そう思った瞬間。
地面を蹴った。
「来る!」
飛びかかってくる。
俺は横へ避ける。
剣を振る。
――外した。
「くそっ!」
「ニール!」
振り返る。
グラスドッグはすでに体勢を立て直している。
速い。
また来る。
その瞬間。
ハリトの矢が飛んだ。
魔物ではない。
その少し前。
地面へ突き刺さる。
「!」
グラスドッグの動きが、一瞬止まった。
八年前。
レオンさんが見せた矢。
倒すためじゃない。
動かすための矢。
「今!」
「おう!」
俺は手を前へ突き出す。
魔力を集める。
「――《水球》!」
水の塊を地面へ叩きつけた。
土が濡れる。
グラスドッグが踏み込む。
足を滑らせた。
「よし!」
踏み込む。
今度は。
ちゃんと見る。
狙う。
「はっ!」
剣を振り抜く。
一撃。
グラスドッグが地面へ倒れた。
「…………」
動かない。
俺はすぐに周囲を見る。
他の気配。
なし。
「……倒した?」
「うん」
「俺たちだけで?」
「僕も矢を撃ったけどね」
「だから!」
俺はハリトを見る。
「俺たちだけで!」
「……そうだね」
初めてだった。
ガレスさんもいない。
父さんもいない。
大人もいない。
俺とハリトだけで。
魔物と戦って。
倒した。
「よっしゃあああ――」
「静かに!」
「――あ」
「群れが戻ってきたら?」
「逃げます!」
「正解」
喜ぶのは後。
まず周囲を見る。
他の魔物はいない。
「……よし」
ハリトが弓を下ろした。
俺も剣を鞘へ戻す。
胸がまだドキドキしている。
怖かった。
剣も一度外した。
ハリトがいなければ、もっと危なかった。
それでも。
少しだけ。
自信になった。
「帰るか」
「その前に」
ハリトが倒したグラスドッグを見る。
「素材」
「……あ」
バルドのおっちゃんの言葉を思い出した。
魔物は、倒したら終わりじゃない。
牙。
爪。
皮。
骨。
使えるものはいくらでもある。
「取る?」
「取れる?」
「…………」
「…………」
二人で顔を見合わせる。
「やったことある?」
「ない」
「僕も」
「…………」
「…………」
「ギルドで教えてもらおう」
「そうしよう」
分からないなら。
分からないまま無理にやらない。
これも。
たぶん成長だ。
◇
「なるほど」
リーヴェルの冒険者ギルド。
俺たちの報告を聞き終えたエマさんは、机の上の記録を確認した。
「グラスドッグ七匹。街道脇で穀物を摂食。破損した穀物袋を発見」
「はい」
「周辺に大型魔物の痕跡なし」
「はい」
「穀物の散乱箇所を可能な範囲で清掃」
「はい!」
「そして、単独のグラスドッグ一匹と交戦」
「倒しました!」
「討伐する必要はありましたか?」
「向こうから来ました!」
「逃走は?」
「難しいと思いました」
「その判断は?」
「ハリトと二人でしました」
エマさんがハリトを見る。
「間違いありません」
「分かりました」
エマさんが記録を書き込む。
「では、今回の原因について報告してください」
「はい!」
俺は答えようとして――。
一度、ハリトを見る。
「ニールが報告して」
「え?」
「練習」
「……分かった」
俺は息を吸う。
「最近、同じような荷馬車が何度も北街道を通ってる可能性があります」
「根拠は?」
「車輪の跡です。似た幅の跡が何本もあって、かなり深かった」
「続けて」
「たぶん、重い荷物を積んでる。それで、その荷物から穀物が落ちて――」
そこで止まる。
断定。
しちゃ駄目なんだ。
「それを食べるために、グラスドッグが森から出てきている可能性があります」
「可能性?」
「はい」
「なぜ断定しないのですか?」
「……まだ、その馬車を見てないから」
エマさんが微笑んだ。
「いい報告です」
「……!」
「調査依頼で大切なのは、分からないことを分かったふりしないことです」
なんか。
嬉しい。
「ではギルドから、最近北街道を利用した商隊へ確認を取ります」
「これで依頼達成?」
「はい」
「よし!」
「それと」
エマさんが、持ち帰ったグラスドッグを見る。
「素材の処理は?」
「分かりません!」
「そんなに堂々と言わないでください」
「バルドのおっちゃんに、素材は金になるって聞いて」
「初めてなら、解体場で教えてもらってください」
「解体場?」
「ギルドの裏にあります。自分で処理できるようになれば、その分だけ素材の買取額も上がります」
「おお……!」
また。
覚えることが増えた。
でも。
ちょっと面白い。
「牙は武器や装飾品の材料。皮は革製品。状態が良ければ利用できます」
「全部、金になる……」
「ニール」
「何?」
「目が変わった」
「魔物が歩く銅貨に見えてきた」
「その考え方は危ないですよ」
エマさんに真顔で止められた。
「はい」
◇
ギルドを出た頃には、もう夕方だった。
報酬。
素材。
依頼達成の記録。
今日一日で。
昨日より少しだけ、冒険者になった気がする。
「なあ、ハリト」
「何?」
「俺たち、結構いい感じじゃない?」
「何が?」
「冒険者として」
「まだ一つ星だけど」
「そこは今言わなくていいだろ!」
「事実だから」
俺は自分のギルドプレートを見る。
刻まれている星は。
まだ、一つ。
当然だ。
冒険者になったばかりなんだから。
「二つ星って、あとどれくらいなんだろうな」
「さあ」
「三つ星になったら、蒼天遺跡の調査にも行けるかな」
「そのために二つ星を飛ばそうとしないでよ」
「飛ばさねえよ!」
「今、一瞬飛ばしたよね」
「目標の話だ!」
ハリトが小さく笑う。
俺も笑った。
まだ一つ星。
《LEVEL》だって、一。
だけど。
冒険者になったばかりの俺とは。
何かが少しずつ――変わっている。
魔物を見たら、すぐに剣を抜くんじゃなくて。
何をしているのかを見る。
分からないことは、分からないと言う。
戦わなくていいなら、戦わない。
それでも必要なら。
ハリトと一緒に戦う。
依頼を終わらせて。
ちゃんと帰ってくる。
ガレスさんが言っていた。
それが。
冒険者なんだ。
「次は何やる?」
俺が聞くと。
ハリトは少し考えた。
「明日、依頼板を見てから決めればいいんじゃない?」
「じゃあ朝一な!」
「早すぎるのは嫌だよ」
「日の出!」
「嫌だ」
「日の出から一刻後!」
「考えとく」
「絶対来いよ!」
明日も。
依頼を受ける。
その次の日も。
また。
その次も。
一つずつ。
俺たちは。
冒険者としての経験を積んでいく。
この時の俺は。
まだ知らなかった。
そうやって積み重ねているものが。
目には見えなくても。
ちゃんと――。
俺自身の中に残っていることを。
◇
その頃。
《蒼天遺跡》。
青い光は。
以前よりも強くなっていた。
遺跡の最深部。
人の足が届かない場所。
そこに眠る。
巨大な蒼龍にも似た何か。
それはまだ動かない。
ただ。
待っている。
五百年前から。
ずっと。
暗闇の中。
青い光が走った。
そして。
古い文字が浮かび上がる。
《年齢条件――達成》
《LEVEL――一》
《成長記録――開始》
少しの沈黙。
さらに――。
《魂情報――照合》
《照合結果――一致》
青い光が。
ほんの少しだけ強くなった。
魂は一致した。
年齢条件も満たした。
《LEVEL》も現れた。
だが。
それだけでは――足りない。
《勇者適合――未完了》
巨大な蒼龍の瞳に。
青い光が灯る。
魂が同じだからといって。
勇者になれるわけではない。
五百年前の英雄と同じ魂だからといって。
その者が。
同じ道を歩くとは限らない。
同じものを守るとも。
同じ敵と戦うとも。
同じ答えを選ぶとも――限らない。
だから。
確かめなければならない。
五百年前の誰かではなく。
今を生きる――。
ニール・レイン自身を。
《青系統――候補個体確認》
《個体名――ニール・レイン》
《適合判定――継続》
そして。
最後の文字が浮かんだ。
《認証条件――未達》
《接触――待機》
《――待機》
青い光が消えていく。
巨大な蒼龍は。
再び、静寂の中へ沈んでいった。
まだ。
ニールは知らない。
自分が何者なのか。
五百年前に何があったのか。
そして。
なぜ――。
五百年もの間。
それが自分を待っていたのかを。
その時は。
少しずつ――。
近づいていた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
今回はニールとハリトが、少しずつ「冒険者の目」を持ち始める回でした。
魔物を倒すだけではなく、
「なぜここにいるのか?」
「何をしているのか?」
「本当に戦う必要があるのか?」
を見る。
八年前にレオンから教わったことも、少しずつ二人の冒険に繋がり始めています。
そして――《蒼天遺跡》。
《魂情報――照合》
《照合結果――一致》
《勇者適合――未完了》
五百年前の英雄と同じ魂とは?
なぜ、それだけでは勇者になれないのか?
そして、蒼龍にも似た巨大な何かは、いったい何を待っているのか?
まだ答えは出ません。
ただ、ここに出てきた情報は、ぜひ頭の片隅に置いておいてください。
次は、ニールたちが依頼を重ねる中で、ついに《LEVEL》そのものにも変化が――?
続きが気になった方は、ブックマークや評価で応援していただけると、めちゃくちゃ励みになります!
次の冒険もよろしくお願いします!




