第七話『怪しい一つ星』(改訂版 ver.1.01)
ついに冒険者となったニールとハリト。
そんな二人に声をかけてきたのは――どう見ても新人には見えない、怪しい一つ星冒険者ガレスでした。
二人が挑む最初の正式な依頼は、魔物の討伐ではなく《西の森・グラスドッグ生息状況調査》。
八年前にも出会ったグラスドッグを追って、二人は再び西の森へ向かいます。
しかし、そこで見つけたのは――。
冒険者になって、初めて知る「冒険」の現実。
そして森では、何かが起こり始めています。
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それでは――
第一章 第七話『怪しい一つ星』(改訂版 ver.1.01)
どうぞ!
「ニール。その人から、少し離れろ」
ハリトの声が、さっきまでより低くなった。
俺は言われるまま、一歩だけ後ろへ下がる。
目の前の男は、それを見て口の端を上げた。
「……へえ」
二十代半ばくらいだろうか。
使い込まれた革鎧。
腰には一本の剣。
鎧にも剣にも、細かな傷がいくつも残っている。
新品には見えない。
なのに、胸元のギルドプレートに刻まれている星は――。
一つ。
俺たちと同じだ。
「何だよ、エルフの坊主。ずいぶん警戒するじゃねえか」
「その剣」
ハリトが言った。
「かなり使ってる」
男の眉がわずかに動く。
「革鎧も。靴も新品じゃない。それに立ち方も、剣を使い慣れてる人のそれだ」
「…………」
「少なくとも、今日登録したばかりの僕たちと同じには見えない」
男はしばらくハリトを見ていた。
そして――。
「ハッ!」
突然、笑った。
「いい目してんな、お前」
「どうも」
「褒めてねえよ」
「じゃあ、いらない」
相変わらずだな、こいつ。
男は頭を掻くと、俺たちへ右手を差し出した。
「ガレス・ボーン。二十七歳。見ての通り――」
胸元のプレートを指で弾く。
「しがない一つ星冒険者だ」
「絶対しがなくないだろ」
思わず言ってしまった。
「お前は素直でいいな」
「よく言われる」
「たぶん褒められてないぞ」
ハリトが横から言った。
分かってるよ。
たぶん!
「それで?」
ハリトはまだ警戒を解いていない。
「僕たちに何の用?」
「言っただろ。新人に冒険者ってやつを教えてやろうと思ってな」
ガレスは依頼掲示板へ歩いていくと、一枚の依頼書を取った。
「これなんかちょうどいい」
俺たちに見せる。
そこには、こう書かれていた。
《西の森・グラスドッグ生息状況調査》
推奨階級:一つ星
依頼内容:西の森浅部におけるグラスドッグの目撃数増加について、生息状況を確認し報告すること。
「グラスドッグ……」
俺とハリトは顔を見合わせた。
嫌でも思い出す。
七歳の頃。
俺たちが初めて魔物と向き合った日。
あの時、助けてくれたのがレオンさんだった。
「最近、西の森の浅いところで目撃が増えてるらしい」
ガレスが依頼書をひらひらさせる。
「とはいえグラスドッグだ。一つ星でも十分受けられる」
「討伐じゃないんだな」
「そこ」
ガレスが俺を指差した。
「新人はすぐ魔物を倒したがる」
「…………」
ちょっと心当たりがある。
「依頼をよく見ろ。これは調査だ。倒せなんてどこにも書いてねえ」
ガレスは依頼書を俺の胸へ押しつけた。
「冒険者の仕事は、魔物を倒すことじゃない」
その顔から、さっきまでの軽さが少しだけ消えた。
「依頼を達成して――生きて帰ることだ」
その言葉だけは、妙に耳に残った。
「どうする?」
俺はハリトを見る。
「怪しい」
「即答だな」
「でも、言ってることは間違ってない」
「だよな」
俺もそう思う。
その時だった。
「ガレスさん」
後ろからエマさんの声がした。
笑っている。
笑っているんだけど――。
なんか怖い。
「新人さんに、何を教えるおつもりですか?」
「人聞き悪ぃな。親切な先輩が新人を指導してやろうってんだよ」
「そうですか」
「そうそう」
「では当然、報酬は三等分ですね?」
ガレスが止まった。
「…………」
「三等分ですね?」
「いや、そこは指導料ってもんが――」
「三等分ですね?」
「……はい」
強い。
七つ星とかより強いんじゃないか、この人。
「本当はどうするつもりだったんだ?」
俺が聞くと、ガレスは悪びれもせず答えた。
「俺六、お前ら二ずつ」
「多いだろ!」
「授業料だ」
「高えよ!」
「命に関わる知識だぞ?」
「なんかそれっぽいこと言って誤魔化そうとしてるだろ!」
ハリトがため息をつく。
「ニール」
「ん?」
「たぶん、この人は信用しすぎない方がいい」
「おい。本人の前で言うなよ」
ガレスが笑う。
俺はもう一度、ガレスを見る。
確かに怪しい。
一つ星なのに、どう見ても新人じゃない。
報酬だって多く取ろうとしていた。
でも――。
「まあ、いいんじゃない?」
「ニール?」
「怪しいけどさ」
俺はガレスを見る。
「まだ怪しいだけだろ?」
ガレスが少しだけ目を細めた。
「俺、この人のこと何も知らないし」
「…………」
「悪い奴かどうか決めるのは、もうちょっと後でいいんじゃない?」
ハリトは数秒黙ったあと、小さく息を吐いた。
「……分かった。ただし、変なことしたら帰る」
「それでいい」
ガレスが笑う。
「じゃあ行くぞ、新人ども」
「おう!」
こうして。
俺とハリトの冒険者としての最初の正式な依頼は――。
ものすごく怪しい一つ星冒険者と一緒に行くことになった。
◇
西の森は、リーヴェルから歩いて一時間ほど。
子どもの頃から何度も来た森だ。
だけど今日は少し違う。
腰には本物の剣。
首にはギルドプレート。
そして俺たちは今、依頼を受けた冒険者としてここにいる。
「ニヤニヤすんな」
ハリトに言われた。
「してない」
「してる」
「してねえって」
「さっきから三回プレート見てた」
見てた。
だって冒険者になったんだぞ?
見るだろ、普通。
「お前ら、本当に仲いいな」
先を歩いていたガレスが呆れたように言った。
「七歳から一緒だからな」
「へえ」
ガレスはそこで立ち止まった。
「じゃあ問題だ」
「問題?」
ガレスが地面を指す。
「何が見える?」
俺はしゃがみ込んだ。
土。
草。
小石。
…………。
「地面?」
「帰れ」
「早くない!?」
ハリトもしゃがむ。
「足跡」
「正解」
草の間に、小さな跡が残っている。
「グラスドッグ?」
「たぶんな」
「たぶん?」
俺が聞くと、ガレスは鼻で笑った。
「足跡だけで断定すんな。似た大きさの魔物なんていくらでもいる」
そして少し先を指す。
「折れた草。毛。糞。爪痕。食べた跡。鳴き声。臭い」
ガレスは次々に周囲を見る。
「一個の情報だけで決めつけるな。いくつか重ねろ」
……この人。
やっぱり冒険者としては、かなり経験がある。
「ハリト」
「うん」
ハリトも気づいているらしい。
「どうして一つ星なんだろうな」
「本人に聞けば?」
「ガレスさん」
「聞くのかよ」
「なんで一つ星なの?」
「教えねえ」
即答だった。
「ケチ」
「情報には値段ってもんがあるんだよ」
「じゃあ銅貨一枚」
「安すぎるわ!」
くだらないやり取りをしながら森を進む。
でも、ガレスは歩きながらもずっと周囲を見ていた。
風向き。
足元。
木々の揺れ。
鳥の声。
俺たちが何も気づかないところで、何度も足を止める。
「覚えとけ」
ガレスが言った。
「森に入ったら、魔物だけ見るな」
「?」
「帰る道を見ろ」
俺は振り返った。
「入る時に逃げ道を考えとけ。ヤバくなってから探してたんじゃ遅い」
「……なるほど」
やっぱりこの人。
怪しいけど――。
言ってることは、まともなんだよな。
◇
森に入ってしばらくした頃。
ハリトが右手を上げた。
「止まって」
俺とガレスが足を止める。
ハリトの長い耳が、わずかに動いた。
「いる」
「何匹?」
ガレスが聞く。
「……三。たぶん」
俺たちは茂みの向こうを覗いた。
いた。
灰緑色の毛。
背中には、草や葉っぱのような硬い毛が生えている。
グラスドッグ。
三匹。
俺は剣の柄に手を伸ばした。
「待て」
ガレスに止められる。
「でも――」
「依頼は?」
「……生息状況の調査」
「じゃあ?」
俺は剣から手を離した。
「三匹確認」
「それでいい」
なんだろう。
魔物を見つけたのに、戦わない。
少し変な感じがする。
だけど――。
これも冒険者なんだ。
ハリトが持ってきた紙へ記録する。
その時だった。
三匹のグラスドッグが、突然顔を上げた。
「……?」
俺たちを見た――。
と思った。
違う。
俺たちじゃない。
もっと奥。
森の深い方。
三匹が一斉に耳を伏せた。
尻尾を巻く。
そして――。
走り出した。
「え?」
俺たちとは逆方向へ。
まるで。
何かから逃げるように。
「ハリト?」
「……変だ」
ハリトが森の奥を見る。
「さっきから気になってた」
「何が?」
「グラスドッグの跡が多い」
「依頼書にも書いてあっただろ。増えてるって」
「違う」
ハリトは地面を見る。
そして、少し考えてから言った。
「増えてるんじゃない」
「え?」
「同じ方向から、こっちへ移動してる」
ガレスの顔から笑みが消えた。
「……続けろ」
「この辺りで増えたんじゃない」
ハリトは森の深部を指差した。
「奥にいた個体が、浅い場所へ出てきてるんだ」
「…………」
俺も足跡を見る。
言われてみれば。
いくつもの跡が、森の奥から外側へ向かっている。
「じゃあ……」
俺が言いかけた。
その瞬間だった。
――ドン。
地面が揺れた。
「……え?」
もう一度。
――ドン。
鳥たちが一斉に飛び立つ。
――ドン。
何かが近づいてくる。
「ニール」
「ああ」
俺は剣を抜いた。
ハリトも弓を構える。
茂みが大きく揺れた。
そして――。
木々の間から、巨大な猪が姿を現した。
「……でっか」
思わず声が漏れた。
俺の知っている猪とは、まるで違う。
岩みたいな身体。
土に汚れた分厚い毛。
頭から伸びた巨大な牙。
前脚が地面を踏むたびに、土が沈む。
ガレスだけは笑わなかった。
「《アースボア》……」
その声が低い。
「知ってるの?」
「ああ」
ガレスが、ゆっくりと剣を抜く。
さっきまでの軽い雰囲気が消えていた。
「大地属性を持つ大型の魔物だ。縄張り意識も強い」
「強い?」
「少なくとも――」
ガレスは俺たちの前へ出た。
「お前ら二人が相手にする魔物じゃねえ」
「俺たち二人?」
「あ?」
「ガレスさんも一つ星だろ?」
「今それどうでもいい!」
「確かに!」
アースボアが前脚で地面を削る。
俺も剣を構えた。
でも――。
何かがおかしい。
俺たちを睨んでいる。
牙も向けている。
今にも襲いかかってきそうなのに。
「……こいつ」
ハリトが呟いた。
「怒ってるんじゃない」
「え?」
ハリトはアースボアを見つめている。
「怯えてる」
俺には分からなかった。
こんなにでかい魔物が?
何に?
「考えるのは後だ」
ガレスが低く言った。
「ガレスさん?」
「走れ」
「え?」
「リーヴェルまで戻って、ギルドに報告しろ」
ガレスが剣を構える。
「でも――」
「でもじゃねえ!」
初めて聞く怒鳴り声だった。
身体が止まる。
「勝てるかどうかじゃねえ!」
ガレスは俺たちを見ずに叫ぶ。
「お前らの仕事は何だ!」
「……グラスドッグの生息状況を調べること」
「そうだ!」
アースボアが地面を蹴る。
「浅い場所に移動してる可能性も分かった!」
ハリトが続ける。
「十分だ!」
「でも、ガレスさんは!?」
「俺の心配してる暇があるなら、自分が生きて帰ること考えろ!」
「…………!」
「依頼を達成して――」
アースボアが低く唸る。
ガレスが剣を握り直した。
「生きて帰る!」
その背中は。
ギルドで報酬を多く取ろうとしていた、胡散臭い男とは思えなかった。
「それが冒険者だ!」
次の瞬間。
アースボアが突進した。
「ガレスさん!」
ガレスが剣を構える。
真正面から。
巨大な魔物に向かって。
その構えを見た瞬間――。
俺にも分かった。
八年間。
毎日のように剣を振ってきたからこそ。
分かってしまった。
無駄に力んでいない。
剣先も揺れていない。
足の位置。
腰の落とし方。
呼吸。
何もかもが――。
俺とは違う。
「…………」
この人。
どう考えても。
一つ星の剣士じゃない。
だけど。
もう一つ。
俺たちは、もっと大事なことに気づいていなかった。
グラスドッグは。
森の奥から逃げてきた。
そして。
目の前のアースボアもまた――。
森の奥から現れた。
なら。
こいつも。
俺たちを襲うために、ここまで来たんじゃないとしたら――。
森の奥で。
いったい何が起きている?
アースボアの巨大な牙と。
ガレスの剣が――。
ぶつかる。
金属が悲鳴を上げた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
今回はニールとハリトの、冒険者として初めての正式な依頼でした。
そして登場したのが――
ガレス・ボーン、二十七歳。一つ星。
……いや、お前絶対一つ星じゃないだろ!
という男です(笑)
報酬を多めに持っていこうとする。
新人相手に胡散臭い。
自分がなぜ一つ星なのかは教えない。
でも、森へ入った途端に見せる知識と判断は、どう考えても新人のそれではない。
前回エマが話していた、
「星だけでは、その人のすべては分からない」
という言葉が、早速別の形で出てきました。
そして今回、もう一つ大切にしたのが、
「冒険者の仕事は、魔物を倒すことではない」
という部分です。
グラスドッグを見つけても戦わない。
依頼が調査なら、調べる。
危険なら退く。
そして――
依頼を達成して、生きて帰る。
七歳の頃は何も考えず魔物へ飛び出していたニールが、これから「冒険者として戦うとはどういうことなのか」を少しずつ知っていきます。
しかし。
グラスドッグは、森の奥から逃げてきた。
そして、本来なら新人二人が相手にするべきではない《アースボア》まで現れた。
しかもハリトは、そのアースボアが何かに怯えていることに気づきます。
では――。
森の奥で、何が起きているのか?
ここから、ニールたちの最初の冒険が少しずつ大きく動き始めます。
そしてもちろん、
ガレス、お前は何者なんだ。
という謎も残っています。
続きが気になりましたら、ぜひブックマークや評価で応援していただけると励みになります!
次も引き続き、第一章改訂版をお楽しみください!




