3.魔女の森
「ゼノ、ここからは飛んで行くぞ」
飛行魔法で飛びながら森を目指す。上空から住む場所を決めよう。
「ふわぁ……」
ゼノは空からの景色を楽しそうに眺める。高所は怖くないらしい。
森を空から見てみても、どこもかしこも木が密集しているだけだった。特に目印になりそうなものもないので、適当に森のど真ん中を拠点にしようと決める。
森の真ん中を目掛けて降りていくと、木々より低い高度に入った途端、視界に映る景色がさっと変わって泉が現れた。誰の仕業か知らないが、森には認識阻害の結界が張られているようだ。
降り立って周りを眺めれば、密集していたはずの木はなく、泉を中心に開けた広場のような空間だった。遮るものがないので、見上げれば夜空に浮かぶ月が綺麗に見える。そして何より目に付く、泉の側に佇む黒い龍。
ゼノは目を丸くしてじっと見つめているし、龍もこちらを見つめていた。
「ゼノ、怖いか? 殺す?」
問いかけても黙って龍を見つめ続けるゼノ。
仕方がないので龍に尋ねることにした。
「そこの黒龍。お前は敵か、友人か」
しばらくの沈黙の後、「……敵ではない」というどこか不本意そうな声が返ってきた。
威嚇すらしてこない時点でわかっていたが、話せるだけの高い知性を持っているらしい。
ゼノを抱いたまま黒龍のすぐ側へ行くと、ゼノの体に力が入るのがわかった。
「大丈夫だ、ゼノ。今のところ敵ではない。ゼノが嫌がることをしたら殺すから安心しろ」
そう告げるとゼノはそっと黒龍に手を伸ばす。おかしな真似をしたらすぐさま殺せるように構えていたが、黒龍はゼノに触れられるのを拒まなかった。
「こくりゅー、かっこいい……」
目を輝かせてさわさわと黒龍に触れるゼノは可愛い。
きゃっきゃとはしゃぎはじめたので、黒龍の背に乗せてやった。黒龍は不服ではあろうが、わたしの方が強いと感覚で理解できるので問題ない。知性ある魔物は滅多なことでは自分より強い者に逆らわないのだ。
ゼノが落ちないように見守っていると黒龍が声を掛けてきた。
「お前、何者だ。何故魔王の魔力を持っている」
「親しみを込めてメイメイと呼ぶがいい。昔、魔王の魔石と呼ばれるものを体に埋められた。そのせいじゃないか」
答えながらも、あれは本当に魔王の魔石だったのかと内心驚く。魔王はただの伝説じゃなく実在したらしい。
「何故それで生きていられる。本当にお前人間か?」
「多分人間だと思うが、細かいことはわたしに聞かれてもわからん。勝手に石を埋め込まれて拷問される日々を送ってたら、何故かこの魔力が使えるようになっただけだ」
「人間は相変わらず愚かなことをする」
それには心から同意したいところだ。ゼノのような可愛い生物を実験体にするなど愚かでしかない。
「ここにゼノと住みたいんだが、お前の許可が必要か?」
「……好きにしろ」
「こくりゅーもいっしょにすむの!?」
ゼノが笑顔でこちらを見る。どうやら嬉しいらしい。
「黒龍、お前も家族になれ。ゼノが喜ぶ」
「家族になって何をしろと?」
そんなのわからない。家族を知らない。わたしにわかるのは一つだけだ。
「とりあえずゼノと一緒に住んで、ゼノを可愛がればいい」
黒龍は何も言わなかったが、無言は肯定でいいだろう。
勝手に話はついたことにして、魔法で家を建てていく。いくつかの部屋と台所、風呂場、トイレも忘れず用意しなければならない。特に風呂は大事だ。体をよく洗い体臭を消すのは暗殺者に欠かせない身だしなみである。
「私もその家に住むのか」
「お前の部屋も一応用意しておくが、外でも中でも好きな場所で過ごせ。家の中は人間サイズだから入る時は人化しろ。お前ほどの龍なら人化くらいできるだろう」
ゼノを見ててくれと言い置いて家に入り、収納魔法から出した家具や必要な物を設置していく。暗殺対象の家などから拝借した品々だ。いつか自分の家を持った時のためにと、せっせと集めていた。
部屋を整えていると、人化した黒龍が涙を流すゼノを抱いて現れた。泣き出したので慌てて転移してきたようだ。
「背から落ちそうになったので人化して抱き留めたら泣き出した」
人化した人間の顔でもほぼ無表情だが、少し困っているようにも見える。
ゼノの手を取ってぺちりと黒龍の頬に沿わせた。びっくりしたのか泣き止む。
「ゼノ、これは黒龍だ。この黒龍は人間の大人の姿にもなれる。怖い大人じゃなくてゼノの家族だ」
「……こく、りゅー?」
頬を撫でるゼノに頷きながら「ああ」と返す黒龍。
ゼノはすぐに笑顔を取り戻して黒龍にじゃれつき始めた。
二人が自分よりも家族のように見えて少し嫉妬した。
夜も更けてきたので、そのまま三人で食事を取る。
収納魔法から出した料理を黒龍にも渡したら、普通に受け取って食べたので少し驚く。龍は雑食なのか。
眠そうにし始めたゼノを抱き上げ寝室に連れていく。全身に浄化魔法をかけてからベッドに寝かせると手を掴まれた。
「めいめい、いっしょにねたい……」
なるほど、人と寝たことがなかったが、家族は一緒に寝るものだったか。
貴族の家から奪ったベッドは広さも十分なので、ゼノの隣で横になった。
……あぁ、そういえば、寝る前にする挨拶というものがあったな。
「おやすみ、ゼノ。わたしの可愛い白兎」
昔本で読んだ言い回しだが、家族らしい挨拶ができたのではないだろうか。
白い髪と赤い瞳のゼノは白兎のようだ。白兎は別に可愛いと思わないが、ゼノは可愛い。
ゼノはわたしの方にころんと寄ってきて「おおかみだもん」と呟きながら眠りに落ちた。
ゼノの獣性は狼らしい。




