2.愛しい者
街に出た後、まずは人を探すことにした。
友人というものが欲しかったからだ。
友人はいいものらしい。友人が恋人や家族に進化することもあるのだとか。
「お前は可哀想にな。友人も恋人も、家族も知らずに生きて死ぬんだろう」
実験室の大人の一人がそう言っていた。
最初は意味がわからなかったが、今は何となくわかる。
話に聞いたり本で読む友人という存在は、なかなか良さそうなものだった。
裏切らない奴がいい。だったら奴隷を手に入れるのが一番だ。
そんな発想で街の奴隷屋を回った。
いろんな奴隷屋に侵入してみてもどれもしっくりこなかったが、ある奴隷屋の地下に囚われていた一人に目を奪われた。
白い髪、赤い瞳、銀の毛並みをした耳と尻尾を持つ獣人。
皇城で見たことのある特徴的な髪と瞳。こんなところにいるわけがないし、あの子供は獣人ではなかったはずだ。だけど、どうにも確認せずにはいられない。
「……ゼノ第三皇子?」
牢の前に突然現れたわたしを見て、びくりと体を震わせる幼子。赤い瞳が不安に揺れている。
「ゼノ皇子か?」
問えば頷きが返ってきた。
「小さいな。何歳だ」
あまりに小さく感じて尋ねると、ゼノは不格好に指を三本立てて「さんさい」と答えた。
「かっ……」
思わぬ声が自分の口から漏れた。呟きそうになった言葉が何かを理解して自分で驚く。
なるほど、これが可愛いという感覚か。
これまで子供を見たことも殺したこともあるのに、こんな感情を抱くのは初めてだ。
何故この子供にだけ心が反応するのかわからない。もっとこいつについて知りたい。
きょとんとした顔で見上げてくるゼノを見つめながら、溢れてくる興味を不思議に感じていた。
「何故皇子が奴隷になった。捨てられたのか?」
「じっけん……しっぱいしたって……。みみと、しっぽ……もどらなくなった」
小さな両手で頭上の獣耳を押さえるゼノ。泣きそうな表情をしている。
――あぁ、こいつも実験体か。こいつも獣人の魔石か何かを体内に入れられたか。
獣人の力を得る実験でもしていたのだろう。獣化できたところまでは良かったが、獣化のコントロールができずに捨てられたのか。
ドゥンケルハイン帝国は、かつて獣人国ヴァルシオンに戦争を仕掛け滅ぼした。生き残った獣人達はただの奴隷であり蔑みの対象になっている。
獣人と同じく、平民とお披露目前の貴族には人権がない。気まぐれに実験体にした皇子が獣化を隠せなくなり、お披露目前に処分したようだ。
なぜ皇子で実験したのか理解できないが、皇城の奴等は賢いようで気分屋だし馬鹿だ。理由を考えても仕方がない。
だがお披露目は七歳ではなかったか。捨てるには早すぎる気もする。
それだけ大した成果が得られなかったのか、獣化以外の能力を引き出せなかったのか。獣化はするが身体能力は向上しなかったとかか?
そういえば、第三皇子は髪と瞳の色が気持ち悪いと噂されていた。嫌われて実験や処分の対象になったのだろうと適当に納得しておく。
思考に集中してしまったことに気づき意識を戻した。
じっとこちらを伺っているゼノを見返しながら考える。
こいつは友人になり得るのか? 連れていくならわたしが面倒を見て教育をしなければならないだろう。それは友人と呼ぶのだったか。……家族?
そうだ、家族だ。親は子どもを愛でるものらしい。であれば、わたしがこいつを可愛いと思う感情は家族愛かもしれない。
「わたしと家族になるか? わたしが親になってやる」
ゼノは驚いたように目を見開いた。
「……おかあ、さま?」
お母様と呼ばれるのは気に食わない。貴族のうるさい女達を思い出すから。
「親しみを込めてメイメイと呼べ」
「めいめい?」
「そうだ。ゼノ、わたしと一緒に来い。自由にしてやろう」
「めいめい……いっしょ、いく……つれてって……」
ゼノはそう言いながら泣き始めた。
魔法で牢の鍵を開け中に入ると、ゼノの奴隷用首輪を破壊した。自分の心が思うままにゼノを抱き上げてみれば、その柔らかさと温かさがなんだか面白かった。
「普通、泣く人間は醜くうるさいが、ゼノは泣いても可愛いな」
首に腕を回してしがみついてくるゼノを抱きしめながら、涙が自分の肩を濡らしていくのを感じた。他人の体液が纏わりついても気持ち悪くないのは初めてで、そう思えることが家族の証なのかもしれないと思った。
外へ出て街を歩き始めると、腕の中のゼノが焦った声を上げた。
「めっ、めいめい……! みみとしっぽ、かくさなきゃ!」
「大丈夫だ。魔法でわたし達の姿を隠している。誰にも見られない」
「ぼく、そとあるいても、おこられない……?」
「ああ」
そう言うとまた泣き始めてしまった。
何故それで泣くのかわからないが、やはり泣いても可愛いなと思う。
「ゼノ、どこに住みたい?」
「こわいおとなが……いないところ」
「どういう大人が怖いんだ」
「おこったり、なぐったり、いやなことする」
困った。そんな大人がいない場所を知らない。大人はだいたい怒るし殴るし嫌なことをする。特に孤児や獣人に対しては。
街は無理そうなので人がいない場所に住むしかないだろう。
人が踏み入らない魔女の森が近くにあったはずだと思い出す。
百年前に滅ぼされた獣人国の跡地が森に変化したのが魔女の森らしい。人間が侵入できないほど魔物が蔓延る広大な森がなぜ生まれたのか。一説には魔女の仕業だと語られているが、真実は誰も知らない。
「じゃあ魔女の森に住もう。怖い大人はいない」
「……でも、まじょのもり、こわい。まじょとか、まものでるって」
「何が出ても倒してやる。人間をむやみに倒すと面倒なことになるが、魔女や魔物なら多分大丈夫だろう」
「わかった……」
そう言いつつしがみついてくるところを見ると、やはり怖いのかもしれない。実際に魔物の一匹や二匹倒してみせれば安心するだろうか。
親しい間柄では愛称で呼び合うこともあると知った時から、自分の愛称を密かに考えていたメイメイ。




