4.初めての授業
朝目覚めると、ゼノが丸い瞳でじっとこちらを見ていた。
今起きた感じじゃないな。ずっと見てたのか?
その気配に気づかないほど自分が熟睡していたという事実に驚く。
「おはよう。どうした?」
朝もちゃんと家族らしい挨拶ができた。
「……めいめいが、ゆめじゃなかった。うれしくて、みてた」
「ああ、夢じゃない。黒龍も確かめに行くか?」
「ハッ、こくりゅー!」
ゼノはがばりと起き上がるとベッドから飛び降りて駆け出して行った。
今日もゼノは可愛い。
部屋を出てゼノの姿を探すと、居間の椅子に座る黒龍にゼノがじゃれついていた。なぜかテーブルには朝食らしき料理が並んでいる。
「こくりゅー! こくりゅーもゆめじゃない!」
黒龍はゼノの頭を撫でながら「ああ」と返している。
わたしもあとで頭を撫でようと決意した。
「黒龍が料理を用意したのか?」
「肉と野菜と果物を森で採ってきて、肉を焼いただけだが。パンが欲しければお前が出せ。どうせいくつか持っているだろう」
料理ができる龍など聞いたこともない。
純粋にゼノを可愛がっているようにも見えるし、魔物のくせによくわからん奴だなと思う。
全員分のパンを収納魔法から取り出して並べる。
ゼノが少し落ち着いたのを見計らって皆で朝食を食べた。龍の料理はちゃんと美味しかった。
食事の後になんとなく外に出たが、何をするべきか。自分の経験では朝食の後は授業だが、それと同じでいいのだろうか。
そういえば、家族に足りないものがあった。
「黒龍、お前ゼノの父親になれ。母親はわたしの立場だからやらん」
黒龍は何か言いたげな視線を寄越したが、きらきらした瞳のゼノに見つめられて黙り込んだ。
「こくりゅーが、ぼくのおとうさま……!」
お父様呼びは貴族感があって嫌だ。わたしが呼ぶわけでも呼ばれるわけでもないが嫌だ。
「黒龍、名前ないのか?」
「名が必要だったことなどない」
「じゃあゼノ、黒龍に名前を付けてやるといい」
ハッとしたゼノはうんうんと真剣に考え始めた。
黒龍がハッキリと嫌そうな顔を作っている。三歳児が考える名前だ。犬とかだろうか。
「……きめた! れいぶぇんがるど!」
レイヴェンガルド――有名な伝承に出てくるドラゴンの名前だ。
思ったよりまともな名前だったからか、黒龍が安心したように小さく息を吐いた。
「レイヴェンガルドか。いい名付けだ。わたしはレイと呼ぼう」
長いからな。いちいち呼んでられん。
「じゃあぼくも、れいってよぶ」
ゼノに父親も作れたことだし、とりあえず授業でもするか。
今一番ゼノに必要なのは魔力と獣化のコントロールだろう。実験によって獣化がおかしな定着をしてない限りは、これから先コントロールできるようになるはずだ。体内の魔力の流れを見た感じでは問題ない気がする。
「よし、ゼノ。今日から魔力をコントロールできるように授業するぞ。魔力の扱いが上手くなれば、獣化も自分で調節できるはずだ」
「うん、わかった……!」
ゼノの耳と尻尾は可愛いので一生出したままでも構わないのだが、やはり獣化のコントロールができれば嬉しいらしい。
「じゃあこれから瀕死になるまで攻撃するから、全力で避け続けるか、死なない程度に受けてみろ」
「わかった!」
ゼノは元気よく返事をしたというのに、なぜかすぐさまレイから待てがかかる。額に手を置いて「おかしいだろう……」と溜め息交じりに呟かれた。
何がおかしいのか。龍よりは人間のことを理解していると思うが、あまり自信はない。
「わたしが受けた授業よりは優しくしたつもりだが、何かおかしかったか?」
「そもそもお前を基準にするな。おそらくお前が経験してきた全てに普通が存在しない」
「ゼノへの攻撃が問題なのか? だが危険を伴わない訓練に向上はないだろう」
「単なる魔力のコントロールが目的ならば、攻撃を受けずとも可能だ」
「じゃあお前がやってみろ!」
投げやりにそう言えば「では、まずは体内魔力の検知からにしよう」とゼノに向き合い始める。ゼノは楽しそうにレイの話を聞いていて、なんだかつまらないと感じた。
気を晴らしたくて森に魔法を放っていたら「森を破壊するな!」とレイに怒られたのでできる限り元に戻しておいた。
魔法に関してはレイに任せて、それ以外の戦い方や暗殺方法はわたしが教えればいいのでは? 役割分担というものだ。そう考えれば自分にもできることがあると気分が上がった。
しばらくして魔力の方は一時休憩だと言われたので、次こそわたしの番だと張り切る。
レイを参考に地味なことから教えればいいのだろうと思い、毒について教えようとしたら「毒はまだ早い」とレイに止められた。
じゃあ簡単な暗殺方法はと問えば、それもまだ早いと止められ、じゃあ簡単な体術ならいいかと怒りながら問えば「本気で技をかけないなら」とやっと許可が出る。
本気でやらずに訓練になるのかわからないが、自分の方が人間を理解していると豪語するレイの判断に不本意ながら任せることにした。
ゼノはずっとにこにこしていて可愛かった。
その日の夜はゼノの希望で、ベッドに三人並んで寝ることになった。




