6. 入り浸ります
シェリアはあれ以上彼らの話を聞いているのが恐ろしくなって、自分の部屋へと戻ってきていた。
何のことかはわからない。
ただ、彼らが知らぬ間にとんでもないことに手を出していそうで、幼馴染なのに遠い存在になってしまったようで、抱えきれない思いが溢れ出しそうだった。
――みんなは何を抱えているの? どうしてあんなに苦しそうなの? 私は……彼らの力にはなれないの?
シェリアは自分の身体に手を回し、ぎゅっと抱え込んだ。
◇
幽霊生活……何日目だろう。
暗い顔の両親を見るのが辛くて、シェリアは次第に自宅には居付かなくなっていた。
逆に、アンドリューたちの家を訪れる頻度は急増している。
――話し相手が居るって、素晴らしいことね。
時折不穏な空気になるものの、生前と変わらず親しくしてくれる彼らの存在が、シェリアにとって日に日になくてはならないものになっていった。
ここ最近は入り浸っていると言って良いほどで、最後に彼らの家から外に出たのがいつか思い出せないくらいだ。
「シェリアも食べられたらいいのにな」
イブリオがそう言いながらケーキを頬張る。
シェリアは恨みがましい目で彼をじっと見つめた。
「一口ちょーだい」
「うーん……」
彼は困った顔をしつつ、一口分のケーキをフォークごと差し出してきた。
シェリアは思い切ってかぶりついてみる。
すると――。
「え! 美味しい!」
「え!? でも減ってないぞ」
確かに彼の言うとおり、ケーキはフォークに残ったままだ。
彼は首を捻りながらそれを口にし――。
「うわ、味がしない」
「マジ? え、これも食べてみっか?」
エリオルが手に持っていたリンゴを切って、フォークに刺したまま差し出してくる。
シェリアは大きく口を開けてかぶりつき……「リンゴだ! 美味しい!」と叫んだ。
イブリオとエリオルは目を瞠り、それからゆっくりと顔を見合わせる。
彼らが兄弟たちを呼びつけたことで、ダイニングの人口密度が上がった。
左右からあれこれと食べ物を差し出され、シェリアは目を白黒させる。
「待って待って、そんなに一気に食べられない……全部食べたら太っちゃわないかな?」
「大丈夫、シェリアは美味しいものをたーくさん食べてもずっと可愛いまんまだよ」
「オスカー……」
満面の笑みを浮かべるオスカーにつられ、シェリアからもくすりと笑いが漏れた。
「以前は何にも触れられませんでしたからね、かなり進歩しているのではないでしょうか」
「そういえばもう全然透けていないね」
アンドリューの言葉を受け、シェリアは自分の手元に視線を落とした。
「ほんとだ……」
幽霊になった直後は向こう側がはっきり見えていたのに、今は普通の人と変わりないくらい実体があるように見える。
「まさかご飯が食べられるなんて。お腹は全然空かないけど、食べられると嬉しい!」
ついつい口の端が持ち上がるシェリアだったが、アンドリューからはっとするほど優しい眼差しが向けられていることに気が付いた。
シェリアは途端に落ち着かない気持ちになって、視線を逸らす。
「あー、この調子でママやパパとお喋りしたりできるようにならないかなー」
何の気無しに口にした言葉。
ちょっと気を紛らわせるためだけ。
叶わないであろうことは十分にわかっていたが、ふと思い出して言ってみただけだった。
だが、先程までわいわいと賑やかだった部屋が水を打ったように静まり返る。
「え、なに、みんなどうしたの?」
「……シェリア、本気で言っているのか?」
イブリオの鋭い眼差しが突き刺さる。
「本気って……そりゃあもう何度も試してダメだったんだから無理ってわかってはいるけど、こうだったらいいなーって願うことくらいあるでしょ?」
「できませんよ」
ウェルドの素気ない言葉にむっときて、シェリアは窓際へと向かう。
「そんなのわかってる! でも、もう一回確かめるくらいいいでしょ」
シェリアは自宅が見える窓へと近付き、そこをすり抜けようとした。
だが――。
「あれ?」
壁にぶつかった。
何度試してもすり抜けることができない。
手も、足も、痛みこそ感じないものの、壁に当たるとその場で留まらざるを得ない。
「ウェルドの言う通り、無理だったろ?」
な? と言いながら近付いてきたエリオルに、シェリアは腕を掴まれた。
「ど、どうして……」
――幽霊になってから、誰にも触れなかったし壁にもぶつからなかったのに、なんで今になって……。
「ここまで長かったね、兄さんたち」
エリオルの隣に並んだオスカーが、ゾッとするほど綺麗な笑みを浮かべた。
「なん……どうし……」
困惑で上手く言葉にならないまま、シェリアは揺れる視線を幼馴染たちに向けた。
じわじわと近付いてくる彼らが何故だか知らない人のように思えて、思い切り手を振り払って彼らに背を向ける。
――なんで? なんで? わからない。みんなのあんな顔、見たことない。……怖い!
シェリアは振り向くこともせず、とにかく彼らから距離を取ろうと家の中を走る。
幸いにも家の中の壁はすり抜けることができたため、普段入ることのない一番端の部屋へ飛び込んだ。




