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95 王の朝食、民の輝き。筆頭料理人の涙とゴミから芽吹く王国の真実

 王宮大厨房を支配するのは重苦しいまでの静寂だった。中央の長テーブルを挟み二つの皿が置かれている。一つは筆頭料理人ゼノスによる伝説の塩を用いた『虹色孔雀のロースト』。宝石のような輝きを放ち、見る者を圧倒する美の権化。もう一つは俺が作った『再生の黄金ポタージュ』だ。一見すれば素朴なスープだが、そこからは立ち上る湯気そのものが、生命力を凝縮したような不思議な熱気を持っていた。


「まずはゼノスの皿からだ」


 国王エドワード二世が銀のカトラリーを手に取る。ガストル侯爵が鼻を膨らませて俺を嘲笑うように見た。


「ふん、その目で見ているがいい。ゼノス様の至高の一皿こそが、この王国の繁栄を象徴するのだ。ゴミを煮込んだ泥水など家畜の餌にもならん!」


 王が孔雀の肉を口に運ぶ。その瞬間、王の眉間がわずかに解け満足げな吐息が漏れた。


「素晴らしい。深海の色塩が孔雀の魔力を極限まで増幅させている。一切の雑味を切り捨て、ただ純粋な高貴さだけを喉に流し込む。まさに我が王国の頂点にふさわしい味だ」


 ゼノスは無表情に――だがどこか寂しげに頭を下げた。


「過分なお言葉、恐悦至極に存じます」


「では、次だ。アキトと言ったか? ゴミを素材にしたというそのスープ――毒でないことを祈るぞ」


 王が俺のポタージュにスプーンを入れた。その瞬間、スープの表面に張っていた魔力の膜が弾け厨房全体に香りが爆発した。


 それはゼノスの放った鋭い香りと違い、もっと柔らかく、懐かしく、そして身体の奥底を直接揺さぶるような……土の匂い、風の匂い、確かな温もりの香りだった。


 王が一口、スープを口に含んだ。


「――――っ!」


 王の動きが止まった。数秒。いや、数十秒。王は目を閉じまるでなにかの記憶を辿るようにじっと動かなくなった。


「陛下? 陛下、いかがなさいましたか! やはり毒が! 衛兵、この平民を――っ!」


「黙れ、ガストル」


 王の鋭い声が侯爵の叫びを遮った。王の目には驚きを通り越した戦慄が宿っていた。


「なんだ……これは? 身体が……軽い。老いた私の魔力回路が若かりし頃のように熱く脈動している。単なる美味ではない。これはこの国そのものを食べているような感覚だ」


 俺は一歩前に出た。


「陛下、テーマは『王国の夜明け』でしたね。ゼノスの皿は輝かしい太陽そのものでした。ですが太陽だけでは朝は来ません」


「……なにが言いたい?」


「本当の夜明けは夜の間に冷え切った大地が、陽の光を受けて目覚める瞬間にあります。俺が使った食材は確かにあんたたちが捨てたゴミだ。しかしそれらは元々、この国の農民が汗を流して育て、王宮の兵士や使用人たちが命を繋ぐために扱った食材の欠片なんです」


 俺は厨房の床を指差した。


「野菜の皮、肉の脂身、固くなったパン。それらは王国の基盤です。王都の最下層で蠢く民の象徴でもある。ゼノス、あんたは高貴な部分だけを掬い取り、それ以外のものを切り捨てた。だけどな、根っこを切り捨てられた花はいつか枯れる」


 俺は王を真っ直ぐに見据えた。


「俺のスープはその切り捨てられた根っこの力を再構築したものです。王国の夜明けとは王宮の贅沢ではありません。一番端っこにいる民の力までを循環させ、国全体を一つの生命体として目覚めさせることだ。俺はその循環をこの一皿に込めました」


「ふん、詭弁を! 素材がゴミである事実に変わりはない! 陛下、このように無礼な――」


 ガストル侯爵が喚く中、一人の男がゆっくりと俺のスープに歩み寄った。ゼノスだ。


 震える手で予備のスプーンを取り俺のポタージュを一口飲む。


「……あ……ああ……あああ……」


 ゼノスの目から大粒の涙が溢れ落ちた。


「私はなにをしていたんだ。いつの間にか食材の声ではなく、侯爵の顔色と、魔力計の数値ばかりを見ていた。アキト、君の言う通りだ。このスープには私が忘れてしまった料理の原点……人を愛し生かそうとする意志が魔力となって宿っている」


 ゼノスはその場に膝をついた。


「陛下……私の負けです。いえ、勝負にすらなっていません。この男こそが真の調理師。私が生涯をかけても辿り着けなかった境地にすでに立っています」


「ゼ、ゼノス様? なにを仰っているのですか! 正気に戻ってください!」


 ガストル侯爵が泡を食って叫ぶが、ゼノスはもう、侯爵を見ようともしなかった。


 王は深く息を吐き玉座へと戻った。


「ガストル侯爵。貴公は先ほどアキトの食材を家畜の餌と呼んだな」


「は、はい! その通りでございます! このような無礼、到底許されるものでは――」


「ならばその家畜の餌にさえ劣る料理しか作らせられなかった貴公の管理局などこの国には不要だ。貴公がアキトの木箱に施した腐敗の呪い。セレフィナが既に証拠を掴んでいるぞ」


「なっ! そ、それは!」


 観覧席からセレフィナが不敵な笑みを浮かべて水晶を掲げていた。そこには侯爵の部下が調理場に侵入する決定的な魔力痕跡が記録されていた。


「ガストル侯爵。即刻、その地位を剥奪し領地へ隠居せよ。二度と私の前にその醜悪な顔を見せるな」


「ひ、ひぃっ!」


 騎士たちに引きずられていく侯爵を見送り王は再び俺を見た。


「アキト、見事であった。ゼノス、貴公はどうする?」


「陛下、私は一度王宮を出ます。アキトの言う根っこの味を、もう一度学び直したいのです。いつか並べる日が来たら、また戻って参りましょう」


 ゼノスは晴れやかな顔で俺に一礼しコック帽を脱いだ。


「美食祭、期待しているよ。君がこの国をどう料理するのか一人の旅の料理人として見届けさせてもらう」


「わかった。またな、ゼノス。あんたのローストの火入れ、技術としては最高だったよ」


 俺たちは拳を合わせる代わりに料理人としての視線を交わした。


 王宮の喧騒が収まり俺たちは再び黄昏に染まる王都の街へと戻った。


「アキトさーん! 凄いです、凄過ぎます! 王様があんなに感動するなんて!」


 リナが飛びついてくる。


「ぬはは! 見たか、あの侯爵の顔! 腐った食材よりも酷い面をしておったわい!」


「これで王都の料理界はお兄さんの独壇場だね。いくらでライセンスを売ろうかな?」


 仲間たちが口々に騒ぐ中、セレフィナだけは静かに俺の隣を歩いていた。


「アキト……貴方の循環の理論。論理的整合性はともかく、私の胸の奥にある、この……計算不可能な熱量をどう説明してくれるのかしら?」


「それはただの腹減りだろ? 帰ったら本当の夜明けにふさわしい、最高の晩飯を作ってやるよ」


 俺の言葉に聖域の仲間たちが歓声を上げる。 王宮を揺るがした一戦は俺の名を伝説へと押し上げた。だが、美食祭の本番はこれからだ。


「次は伝説の塩を正しく使った、世界で一番贅沢な家庭料理を考えてみるか?」


 王都の風は昨日よりもずっと、心地よく美味そうな香りに満ちていた。

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