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94 王宮の審判――凍れる厨房と不遜なる筆頭料理人

 黄金の召喚状オークション会場での「宣戦布告」からわずか数時間。迎賓館で休息していた俺たちの元に、王宮騎士団の正装に身を包んだ一団が現れた。


「聖域の調理師アキト殿! 国王陛下がお呼びである。ガストル侯爵の奏上に基づき王宮筆頭料理人ゼノスとの御前調理対決を執り行う。今すぐ王宮へ出頭せよ!」


 騎士の宣告にリナは顔を真っ青にしてガタガタと震え出した。


「ど、どうしましょう! 本当に王宮で対決なんて……負けたら首を跳ねられたりしませんよね?」


「かかか! 面白いではないか! 若造の腕なら国王の胃袋など一瞬で掴み取れるわい。心配するな。いざとなれば儂が王城の門をぶち破って逃がしてやる!」


「筋肉ダルマの野蛮な提案は却下ね」


 セレフィナが優雅に立ち上がり俺の肩に手を置いた。


「これは貴方が王都で自由に動くための通行証を手に入れる手続きに過ぎないわ。ただし相手は卑劣な手段を厭わない連中よ。でも私の計算によれば貴方の不確定要素は王宮の退屈な伝統を三秒で粉砕するわ」


「ああ、行ってくるよ。俺の料理がただの見世物じゃないってことを教えてくるさ」

「もちろん私も付き添うけどね」


 俺は愛用の包丁セットと聖域から持参した使い古した木箱を抱え王宮の馬車に乗り込んだ。


 王宮大厨房ロイヤル・キッチン王宮の深部。そこには美食の神殿とも呼ばれる広大な調理場があった。天井は高く壁は一面の白磁。数百人の料理人たちが一糸乱れぬ動きで立ち働いている。その中央に一人の男が立っていた。雪のように白いコックコートを纏い髪を完璧に整えた美男子。王宮筆頭料理人ゼノスだ。


「君が聖域の調理師とかいう野良犬か?」


 ゼノスは俺を一瞥し鼻で笑った。


「ガストル侯爵から聞いたよ。オークションで不遜な口を叩いたそうだが……君のその汚れた服――そしてその安っぽい道具。ここが神聖な場所であることを理解しているのかい?」


「服の傷みは長旅によるものだ。決して汚れているわけじゃない。それに道具は馴染んでいるものがいいのさ。あんたの厨房は清潔過ぎて食の温かみが枯れている」


「ふん、負け惜しみか?」

「事実を述べただけだ」

「おい……陛下がお見えだ。跪け」


 奥の玉座から威厳に満ちた初老の男性――国王エドワード二世が歩み寄ってきた。その隣には勝ち誇った顔のガストル侯爵も控えている。


「始めよ、テーマは王国の夜明けだ。この地を照らす希望を一皿で表現せよ」


 王の冷徹な声が響き対決の火蓋が切られた。


「まずは真の芸術を見せてやろう」


 ゼノスが動いた。オークションで手に入れた深海の色塩を取り出す。作る料理は王都の最高級食材である虹色孔雀の胸肉を使ったロースト。


 宮廷魔導調理:結晶化熱伝導。

 ゼノスが色塩を肉に振りかけると塩の結晶が七色に発光し、肉を内側から均一に完璧な温度で加熱し始めた。通常なら数時間かかる火入れを塩の持つ魔力特性を利用して数分で完了させる。


「論理的ね。でもあまりに機械的だわ」


 観覧席のセレフィナが呟く。確かにゼノスの動きは精密機械のように完璧だった。焼き上がった肉はまるで宝石のような光沢を放ち、会場中に暴力的なまでの芳醇な香りが広がった。


「見よ! これが王宮の頂点ゼノス様の力だ!」


 ガストル侯爵が叫ぶ。王もまたその香りに満足げに目を細めていた。


 俺が調理台に立ち木箱を開けようとしたその時だった。


「なっ? なんだ……これは!」


 俺は息を呑んだ。木箱に入れておいたはずの、聖域特産のハーブや調味料が、すべてドロドロの腐敗した泥に変わっていたのだ。


「あはは! どうしたんだい、野良料理人。食材の管理もできないのか?」


 ゼノスが勝ち誇ったように囁く。


 時間退行魔法――あるいは腐敗加速の呪いか? ゼノスのパトロンである侯爵が事前に細工したな。客席でセレフィナが魔力を練り上げるのが見えたが俺は目で制した。ここで彼女が手を出せば俺の不戦敗になる。


「食材がなきゃ料理ができないなんて誰が決めたんだ?」


 俺は調理場の隅に置かれていた、料理人たちが捨てる予定だった野菜の皮、肉の脂身、冷めた残り物のパンに目を向けた。


「陛下……俺はこの厨房でゴミされた食材を使って最高の皿を作ってみせます」

「なっ! 陛下への不敬だぞ?」


 侯爵が叫ぶが王は興味深そうに顎を引いた。


「面白い。やってみよ」


 俺は誰もが見捨てた食材を手に取り魔力を込めた。これは王宮への――そしてゼノスへの宣戦布告だ。


 調理工程:原初再生。

 廃棄物の純化:泥のついた野菜の皮やヘタを魔力で高速洗浄する。


【究極の調理】:不純物極限分解。

 雑味を一切残さず皮の裏側にのみ残る最も濃い生命の香りだけを抽出する。


 脂身の黄金転換:捨てられるはずの脂身を熱し魔力で分子構造を組み替える。


 熱量の絶対掌握:芳香分子多層結合。

 安っぽい脂が最高級のコンフィオイルを凌駕する透明感と甘みを持つ黄金の雫へと変わる。


 残り物パンの土壌:カチカチに硬くなったパンを粉砕しハーブの代わりに厨房の片隅に生えていた薬草と合わせる。


 物質の浸透圧制御:生命記憶復元。

 俺の手の中でゴミの山が見る間に眩いばかりの金色のスープへと変貌していく。


「うんむ……完成だ。これが『王国の夜明け・再生の黄金ポタージュ』だ。ゼノス、あんたの塩よりもずっと夜明けに近い味がするはずだぞ」

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