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88 枯れた泉と強欲の貴族、泥水を至高の滴へ変える技

 鉄嶺の峠を越え一行が辿り着いたのは、清らかな湧き水で有名なリトス村だった。本来なら水車が回り水路には名物の銀魚が泳いでいるはずなのだが?


「なっ……なによこれ? 全然『水の村』じゃないじゃない。道は埃っぽいし村の人たちもみんな元気がなさそう」


 ミカが眉をひそめて呟く。村の中央にある大きな広場の噴水は完全に枯れ、村人たちは痩せた表情で泥混じりのわずかな水を分け合っていた。


「非効率的な資源管理ね。あるいは流体学的に見て意図的な流路の遮断が行われているわ。この村の魔力ラインが、あそこにある不快なほど悪趣味な屋敷一点に集中しているもの」


 セレフィナが村を見下ろす丘の上に建つ豪華な屋敷を指差して毒を吐く。


「かかか! つまりあの成金野郎が水を独り占めしておるというわけか? 若造、儂の斧が水路を広げたいと騒いでおるぞ」

「待ってくれ、ゴードン。まずは状況を整理する。事を起こすのはそれからだ」


 俺たちは村で唯一開いていた小さな食堂へと足を踏み入れた。


 食堂の店主から聞いた話は想像以上に劣悪だった。新しく赴任してきた領主――ガルド男爵。村の源流である聖なる泉を私物化し、高額な水税を払えない者には、泥水のような残りかすしか与えないのだという。


「あんな水じゃ、名物の銀流麺も作れやしない。この村はもう終わりだ」


 店主が力なく項垂れたその時、食堂の扉が乱暴に蹴開けられた。


「おい、店主! 今月の水税がまだだぞ! 払えないならその娘を屋敷の洗濯係として差し出せ!」


 入ってきたのはガルド男爵の紋章をつけた傲慢そうな兵士たちだ。


「やれやれ。飯を食う前に掃除が必要らしいな」


 俺の言葉が終わるより先に仲間たちが動いた。


「ちょっと、汚い靴で店に入らないでくれる?」


 ミカが電光石火の速さで兵士の足元に短剣を突き刺す。驚いた兵士が転倒した瞬間、ギンがその喉元で低く唸った。


「貴方たちの存在そのものが大気の汚染だわ。少し冷却してその沸騰した浅はかな脳を静めなさい」


 セレフィナが指を鳴らすと、兵士たちの足元が瞬時に凍りつき、床に張り付いて動けなくなった。


「ぬはは! 蚊が鳴くような声で喚くな。儂の鼓膜が汚れる」


 ゴードンが兵士の一人の肩にそっと手を置くだけで、兵士の鎧がみしりと音を立てて歪んだ。兵士たちは恐怖で白目を剥いている。


「リナ、村人たちを連れてこい。美味しい水と最高の飯を用意してやる」


「はい! アキトさん!」


 俺は村人たちが持っていた泥混じりの水を受け取った。店主が「そんな水じゃ無理だ!」と叫ぶが、俺は静かに魔力を練り上げる。


 調理工程:泥水の純化と銀流麺の復活。

 極限濾過:【究極の調理】:流体分子再構成ハイドロ・リコンストラクト。泥水を魔力で高速回転させ遠心力と分子間の結合を制御することで不純物と毒素を完全に分離する。


 分子だけを純粋に抽出し失われていたミネラル成分を魔力によって記憶から復元する。


 麺の蘇生:店主が諦めていた麺を復元した水で晒す。


 物質の浸透圧制御:瞬間弾力再生テクスチャ・リバイブ。乾燥して死んでいた麺の繊維に一気に水を吸わせ、伝説と言われた銀色の輝きを取り戻させる。


 至高のスープ:旅の途中で仕込んでおいた聖域のジャーキーの切れ端と村の裏山で見つけた香草を加える。


「リトス名物『復活の銀流麺・聖域仕立て』だ。食べてくれ」


 透き通ったスープに銀色に輝く麺。一口食べた店主と村人たちの目に、みるみるうちに涙が溢れた。


「――っ! これだ! いや、昔の銀流麺よりもずっと水が澄んでいる! 全身に力が漲ってくるようだ!」


「ふん、当然よ。アキトが手を加えたものを、その辺の湧き水と一緒にしないで。さて、お腹がいっぱいになったら次はこの汚染源を根絶やしにする番かしら?」


 セレフィナが不敵な笑みを浮かべゴードンが斧を担ぎ直す。


「ああ、せっかくの美味い水だ。本来あるべき場所に戻してやる」


 村を救うための源流奪還作戦が今始まった。

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