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86 黄金の招待状と招かれざる美食の義務

 ピクニックの余韻が残る翌朝。森の入り口に普段の商人たちとは明らかに毛色の違う豪華絢爛な馬車が停まった。騎士団の正装に身を包んだ伝令兵が緊張で顔を強張らせながら俺の隠れ家の扉を叩く。


「王都より国王陛下直属の使者として参りました! アキト殿、御在宅か!」


 扉を開けたのは欠伸をしながら昨晩の残りのスープを飲んでいたミカだった。


「うわっ、眩し! なによ、朝っぱらから。うちはふざけた時間に予約が取れる予約制じゃないんだけど?」


「ひ、卑礼な! 私は陛下の――なっ、そこにいらっしゃるのは伝説の武王ゴードン閣下! それに王立図書館を震撼させた銀髪の魔女――セレフィナ殿までなぜここに?」


 伝令兵は奥で悠然と肉を食らうゴードンと、冷めた目で本をめくるセレフィナを見て、腰を抜かさんばかりに驚いている。


「うるさいわね。その安っぽい甲冑の擦れる音が、私の論理構築を邪魔しているわ。陛下の使いならさっさとその紙切れを置いて消えなさい。貴方の体臭でキッチンのハーブが枯れる前に」


「ひっ!」


 俺がキッチンから出ると伝令兵は震える手で魔導封印が施された黄金の書簡を差し出した。


「こ、これは陛下からの親書です! 来月、王都で開催される『大王立美食祭』において、アキト殿を『特別賓客』として招待したいとの仰せです!」


「特別賓客? 断る。俺はここを動くつもりはない」


 俺の即答に伝令兵は泡を食った。


「そ、そんな! 拒否すれば王室への不敬に! それに今回の祭りには世界中から失われた幻の食材が王室の宝物庫から提供されることになっております!」


「失われた幻の食材だと?」


 包丁を握る手が、わずかに止まった。


 伝令兵をセレフィナの威圧で追い返した後、リビングでは緊急会議が始まった。


「お兄さん、これチャンスだよ! 幻の食材なんて私のハンター人生でもお目にかかれないお宝だよ。王都に行けば新しい市場の開拓もできるし!」


「少し怖いですけど王都の大きな教会にアキトさんの料理の素晴らしさを知ってもらえるのは嬉しいです」


「かかか! 王都か――懐かしいのう。あの街の地下には、儂が全盛期に通い詰めた極上の酒蔵があったはずだ。若造、たまには羽を伸ばすのも悪くないぞ」


 三人が賛成に回る中、セレフィナだけは不機嫌そうに鼻を鳴らした。


「愚か者たちね。王都なんて欲と虚栄心に塗れた低知能個体の集会場よ。ただ王立宝物庫にあるという氷晶の塩や不死鳥の隠れスパイスは魔導的にも興味深いわ。貴方が行くというなら私の知性で無知な貴族たちを黙らせる手伝いをしてあげなくもないわよ」


 どいつもこいつも好き勝手言いやがるな。


 俺は溜息を吐いたが料理人としての探究心は既に見たこともない幻の食材へと向かっていた。


「わかった。王都へ行こう。しかし俺のペースでだ。リナ、ミカ、旅の準備を頼む。ゴードン、あんたは荷物持ちだ。セレフィナ、お前は道中の毒除けを頼む」


「毒を吐く私が毒除けとは最高に皮肉な冗談ね」


 王都までの道のりは馬車で一週間。道中の食事も調理師にとっては作品だ。俺は旅支度として特別な保存食を作り始めた。


 調理工程:時を止める『聖域のジャーキー』

 熟成の固定:岩塩猪の肉を数種類の香草と世界樹の雫を混ぜた特製液に漬け込む。


【究極の調理】:分子構造固定。

 乾燥させても肉の繊維が硬くならず、噛むほどに生肉のようなジューシーな旨味が溢れ出すように、細胞を魔力でコーティングする。


 魔法の燻煙:セレフィナが生成した氷の煙と、ゴードンが割った雷鳴の薪で燻製にする。


 熱量の絶対掌握:冷温燻製。

 熱を入れ過ぎず煙の香りだけを極限まで浸透させる。


「よし、これで道中の飯も完璧だ」


 数日後。俺たちは住み慣れた隠れ家に結界を張り王都へと向かう旅に出た。先頭を行くのは巨大な荷物を軽々と担ぐゴードン。その横で最新の魔導書を読みながら歩くセレフィナ。楽しそうにスキップするリナと周囲を警戒するミカ。俺は腰に包丁を携えてギンと並んで歩く。


「アキトさーん! ほら、森の外もこんなに綺麗ですよ!」

「ああ、しかし騒がしくなりそうだな」


 俺は振り返り遠ざかる世界樹の森を見つめた。ついに世界の中枢で腕を振るうことになるのか? それがどれほどの衝撃を王都にもたらすのかまだ誰も知らない。


「最初の野営メニューはあのジャーキーを使った『絶品ポトフ』にするか?」


 一行の笑い声と美味しい予感。聖域を飛び出した俺たちの美味しい旅が幕を開けた。

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