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85 青空の下の不協和音と至高の聖域サンドイッチ

 昨日の激戦から一夜明け、聖域には抜けるような青空が広がっていた。世界樹の若木が放つ魔力は心地よい風に乗って森を浄化している。


「よし、今日はピクニックに行くぞ」


 俺が朝食の片付けをしながらそう告げると、リビングにいた三人が三者三様の反応を見せた。


「ピクニック? 賛成です、アキトさん! お弁当、私お手伝いします!」


 リナが目を輝かせて身を乗り出す。


「いいじゃんお兄さん! ちょうど北側の丘に今が盛りの綺麗な花畑があるんだ。あそこなら景色も最高だよ」


 ミカが地図を広げ手際よくルートを指差す。


「ピクニック? くだらないわ。屋根のある場所で論理を構築する代わりに、わざわざ紫外線と害虫の多い屋外で栄養を摂取するなんて合理性の欠片もないわね」


 セレフィナが本から目を上げずに毒を吐くがその耳はピクリと動いている。


「ぬはははは! 外で飲む酒は格別よ。若造、儂の分の肉は多めに頼むぞ!」


 ゴードンは既に斧を置き水筒という名の酒瓶を準備し始めていた。


 ピクニックの主役はなんと言っても持ち運びやすさと冷めても損なわれない旨味だ。俺はキッチンの在庫から最高の素材を選び出した。


 本日のピクニック・メニュー

 それは『三種肉の極厚フォカッチャサンド』:昨日ゴードンが絶賛した金剛豚のロースト、岩塩猪のベーコン、そして火龍の脂で和えたスパイシーチキン。これらを世界樹の雫で練り上げたモチモチのフォカッチャで挟む。


【究極の調理】:旨味成分完全密封。時間が経ってもパンが湿らず、肉汁が生地に絶妙に染み込むように、ソースの粘度を魔力で調整する。


 次に『魔力卵の半熟タルタル・ラップ』:リナが採ってきた新鮮な魔力卵を絶妙な半熟にだ。そこにピクルス代わりの雷鳴の実を添える。


 物質の浸透圧制御:熟成加速。

 和えた瞬間に味が馴染むよう卵の細胞壁をわずかに緩める。


 聖域の花蜜アイステト:森で採れた数種類の花の蜜とミカが持ってきた冷涼石でキンキンに冷やしたハーブティー。


 ミカの案内で辿り着いたのは聖域の北側に広がる銀嶺の花畑。見渡す限りの白い花が風に揺れ遠くには王都の街並みが豆粒のように見える。


「わあ……綺麗。アキトさん、見てください! 本当に絨毯みたいです!」


 リナがスカートを揺らして駆け出す。


「おーい、リナちゃん! 転ばないでよ!」


 ミカもその後を追いかけギンは花の間を縫うように走り回っている。


「視覚情報の過多ね。脳が不必要な感傷を処理するためにリソースを割かされているわ。アキト、その非合理な包みをさっさと出しなさい。低血糖で私の語彙がさらに攻撃的になる前にね」


 セレフィナが日傘(自作の魔導具)を差し、不機嫌そうにレジャーシートの上に座る。


「かかか! 小娘、文句を言いながら一番乗りではないか? どれ若造、まずはその肉の塊を寄越せ!」


 俺がバスケットを開けサンドイッチを並べると一瞬で毒も咆哮も消え去った。


「…………嘘でしょう?」


 セレフィナがサンドイッチを一口、上品にかじった瞬間――瞳が揺れた。


「パンの弾力、肉の熟成度、そしてこの……後から追いかけてくるスパイスの計算された配置。屋外という不安定な環境下で、これほど完璧な解を出してくるなんて……貴方の細胞は一体どうなっているの?」


「わあ、この卵! トロトロなのに全然垂れてこない! 不思議! 美味し過ぎますっ!」


 リナが頬を落としそうになりながら幸せそうに咀嚼する。


「うっま! このスパイシーチキン、アイステトに合い過ぎる! お兄さん、これお酒だったらもっと最高だったかも!」


「ぬはは! ミカよ、わかっておるな。だがこの茶も悪くない。花畑の香りと相まって儂の古い傷跡まで癒えていくような気がするわい」


 ゴードンは大きなサンドイッチを三口で平らげ満足げに寝転がった。


 食後、皆がそれぞれの時間を過ごし始める。 リナとミカは花冠を作り、ゴードンは腹を叩きながら高いイビキをかき始めた。セレフィナは相変わらず本を読んでいたが、その表情はいつになく穏やかだった。


「アキト」


 セレフィナが本から目を離さずに声をかけてきた。


「なんだ?」


「この環境、悪くないわね。王都の図書館は静かだったけれど、そこには生命の不確定要素が欠けていたわ。貴方の料理のように予測不能で、それでいて完璧な……今度、この花の成分を抽出したお菓子でも作りなさい」


「まあ……気が向けばな」


 俺は空になったバスケットを片付けながら遠い空を見上げた。王都では教団や貴族たちが今も権力争いに明け暮れているだろう。だが、この聖域には美味しい飯とそれを囲んで笑う仲間たちがいる。


「アキトさーん! 見てください、ミカさんとギンに花冠を作ってあげたんです!」


 振り返ると花まみれになったギンと、苦笑いするミカ、そして満面の笑みのリナがいた。


「ああ、よく似合ってる」


 俺の言葉に聖域の仲間たちが笑い声を上げる。調理師が手に入れたのは究極の技術だけではない。この賑やかでかけがえのない味方たちとの美味しいスローライフだ。


「帰ったらこの花の香りに負けないくらい華やかな夕食のデザートを仕込むか?」


「さんせーい!」


 聖域の平和は今日も満腹と笑顔によって守られていた。

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