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84 戦場の祝宴、絶望を断つ一撃と勝利の癒やし飯

 森の境界線は戦場というより一方的な掃除現場と化していた。重装傭兵団の九割がゴードンの斧によって吹き飛ばされ、セレフィナの氷結魔法によって物言わぬオブジェへと変えられている。


「おのれ、化け物共が! これを使わせることになるとはな!」


 傭兵団の総大将、黒鉄の鎧に身を包んだ男が叫び懐から禁忌の魔導核を取り出した。それは周囲の魔力を強引に吸い込み、巨大な破壊の魔神を召喚する禁じ手だ。


「かかか! 少しは見応えのある獲物が出てきたではないか!」


 ゴードンが血気盛んに斧を構え直すが、その頭上からセレフィナの冷徹な声が響く。


「うるさいわね。ゴードン、そんな無駄な質量を相手にする必要はないわ。バフ効果が切れる前に脳の演算が導き出した最短の終焉をプレゼントしてあげる」


 セレフィナの瞳が『銀の知性ジュース』によって極限まで研ぎ澄まされる。召喚されようとしている魔神の魔力の流れが、スローモーションの糸のように見えていた。


 多層次元干渉:特異点破砕。


 彼女が指先で空間の一点を突くと、発動直前の巨大な魔導核が、内側からバキバキと凍りつき、逆に総大将を包み込む氷の牢獄へと変わった。


「な、なんだと! 俺の奥の手が発動すらできずに!」

「そこだ!」


 その隙を『戦神のブラッディ・チョリソー』で全身の細胞を活性化させたゴードンが見逃さない。赤い闘気を纏った彼が地を蹴る。その踏み込みだけで大地に深い亀裂が走り、次の瞬間、ゴードンは大斧を頭上から振り下ろした。


「武王奥義:天地開闢!」


 轟音――衝撃波が森の木々を薙ぎ倒し、氷漬けになった総大将と魔神の残滓を、塵一つ残さず粉砕した。後に残ったのは静まり返った森と圧倒的な力の余韻だけだった。


「ふう、若造の肉の力、凄まじいな。全盛期でもここまでのキレはなかったぞ」

「同感ね。でも脳の演算速度を上げ過ぎて、少し知性がオーバーヒート気味だわ」


 二人が聖域の隠れ家に戻ると、そこではアキトが大きな鍋を火にかけ、夕食の仕上げをしていた。


「おかえり。怪我はないようだな」

「お兄さん! 二人ともすごい迫力だったよ!」


 ミカが興奮して出迎えリナは「お疲れ様です」と魔法で二人の服の汚れを落としていく。


「アキト、戦いは終わったわ。今すぐ私の脳を甘美な鎮静で満たしなさい。でないと貴方の顔を黄金比で分割して再構築することになるわ」

「かかか! 儂もだ。腹が減ってその辺の岩でも食いそうだ!」


 酷使した筋肉と脳を癒やすため俺が用意したのは、高タンパクでありながら胃に優しい『聖域南瓜の黄金ポタージュ』と『金剛豚のデミグラス・カツレツ』だ。


 調理工程:究極のリカバリー・マスタリー。

 脳の冷却:南瓜を皮ごと蒸し上げ、そこに少量の癒やし草を練り込む。


【究極の調理】:精神安定成分抽出。

 セレフィナの過熱した知性を優しくクールダウンさせる絹のような滑らかさ。


 筋肉の修復:カツレツは肉をあえて数時間ハチミツに漬け込んで柔らかくし、低温でじっくり揚げた後に一気に高温で表面をクリスピーにする。


熱量の絶対掌握:細胞再生促進加熱。

 ゴードンの傷ついた筋繊維を食べた瞬間に繋ぎ合わせるような栄養の奔流。


「さあ、食してくれ。これが今日の報酬だ」

「……………………」


 セレフィナがポタージュを一口飲んだ瞬間、毒舌を吐くための唇が幸せそうに緩んだ。


「溶けるわ……世界が優しさに満ちていく。さっきまでの殺伐とした計算式が全部この南瓜の甘みに書き換えられていく」


「これだ! この噛み応え、そして溢れ出す肉汁! アキト、お主はやはり神の料理人よ!」


 ゴードンがカツレツを豪快に頬張りビールを喉に流し込む。


「ちょっと! 二人とも食べ過ぎ! 私たちの分がなくなっちゃうじゃない!」


 ミカが皿を死守しようとし、リナが「あはは、お鍋にまだたくさんありますよ」と笑う。


「ミカ、貴方のような小動物がこの高貴なカツレツを食すのは宝の持ち腐れよ。返せとは言わないけれど私のポタージュと一口交換しなさい」


「セレフィナさん、今ずるいこと言った! 知性を使って食いしん坊してる!」


 そんな二人のやり取りを俺はギンの背中を撫でながら満足げに眺めていた。毒舌の魔女と豪快な武王。彼らがこの場所を守り、俺が彼らを料理で支える。


「まあ、悪くない日常だな」


 聖域の夜は戦いの余韻を忘れたかのような、温かい笑い声と美味しい香りに包まれて更けていった。

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