79 喧騒のティータイムと乙女の隠し味
武王ゴードンが麓の警備という名目で居座り始めて数日。俺はキッチンのカウンターで次の季節に向けた保存食のリストを作成していた。
「あー、もう! リナちゃん、そこはもっとぐいっと魔力を込めるのよ!」
「ええっ! でもミカさん、アキトさんはいつも繊細に羽を撫でるようにって?」
「それはお兄さん次元の話! 私たち凡人は勢いと気合でカバーするしかないの!」
さっきから隣の作業台がうるさい。俺が夕食の仕込みをしている横で、リナとミカの二人が新作スイーツの開発に勤しんでいるのだが、どうにも足並みが揃っていないようだ。
「お前たち、さっきから聞いていれば……リナ、とりあえずミカの言う気合は無視しろ。あとミカ、お前は道具の性能に頼り過ぎだ。その魔導ミキサー、回転速度が速過ぎてクリームの脂肪分が分離しかけてるぞ」
俺が横から口を挟むと、二人が一斉に振り返った。
「あ、お兄さん! 起きてたの?」
「いや、そもそも寝てねえよ」
ミカが頬を膨らませる。
「いいじゃない、これからは聖域ブランドの時代だよ? 王都の貴族たちが泣いて喜ぶような、キラッキラなスイーツを作って、一儲けしようって話なんだから!」
「私は……その……商売というより、いつもお世話になっているアキトさんに、たまには休んでもらって私たちが作ったものを食べて欲しくて……」
リナがもじもじしながら粉まみれの指先をいじっている。その動機は嬉しいが、いかんせん二人のアプローチが真逆過ぎる。
「商売人の野心と聖女の真心か――混ぜるな危険だな」
俺は溜息を吐きながらも二人が格闘しているボウルの中身を覗き込んだ。そこには世界樹の雫を贅沢に使い過ぎて、なぜかシュワシュワと発光している謎の生地があった。
「ちなみにこれ……なにを焼こうとしてるんだ?」
「えっ? もちろんアキトさんの好きな『ふわふわパンケーキ・聖域スペシャル』です!」 「名付けて『黄金の成金パンケーキ』!」
「俺はいつからパンケーキ好きになったんだ? あと名前で作品を台無しにするな」
二人の作業が再開されたが、俺がその場にいることで、二人は余計に張り切り出した。
「見ててお兄さん! 秘技・高速魔力撹拌!」
ミカが魔導具の出力を最大にする。
「私も負けません! 聖域の加護!」
リナが生地を浄化しようと聖なる光を注ぎ込む。
「待て、二人とも、それは――」
俺の制止よりも早く過剰な魔力を注ぎ込まれた生地が物理法則を無視して膨張し始めた。ボウルの中で「ボフッ!」と音がしたかと思うと、生地が生き物のように盛り上がり天井に向かって噴水のように噴き出した。
「わわわわわっ? 止まらない! 止まらないよこれ!」
「ミカさん、魔導具を切ってください! ああっ、レバーがベトベトで動きません!」
「……やれやれだな」
俺は心の静寂を瞬時に発動させ、時間の流れが遅く感じるほどの集中力でキッチン全体を俯瞰した。
「リナ、魔力を引け。ミカ、その魔導具の魔石を抜け。ギン、避難しろ」
俺は手に持っていたお玉を振るい、空中に飛散した生地を物質の浸透圧制御で一箇所に集める。バラバラに飛び散るはずだった甘い弾丸たちが、俺の魔力の網に捕らえられ、一つの巨大な球体へと収束していく。
【究極の調理】:空間熱量収縮。
俺はそのまま空中で生地に熱を加え、余分な魔力を旨味へと変換して閉じ込めた。数秒後――キッチンの真ん中で完璧な焼き色のついた一口サイズのベビーカステラが雨のように皿の上に降り注いだ。
静まり返ったキッチン。顔中を生地で白く染めたリナと、髪の毛に粉がついたミカが、呆然と皿の上のカステラを見つめている。
「……すごすぎる。一瞬で大惨事が最高のおやつに変わった」
ミカが力なく呟く。
「やっぱり……アキトさんがいないと私たちは駄目ですね」
リナが少し寂しそうに肩を落とす。
「そんな顔をするな。お前たちが材料を選び、混ぜたからこそ、この味になったんだ。俺は少し手直しをしただけだ」
俺は焼き立てのカステラを一つリナの口に放り込んだ。続いて呆けているミカの口にも放り込む。
「――っ! 美味しい。甘くて……でも世界樹の雫が爽やかで……なんだか、すごく元気が湧いてきます」
「あはは……悔しいけど最高だよ。これ、一個金貨一枚で売れるね」
懲りてないな。
俺も一口食べる。ふむ。二人が込めた過剰な魔力が逆にパンチの効いたエナジーフードのような味わいになっている。悪くない。
「ほら掃除が終わったら、ちゃんとしたお茶を淹れてやる。ティータイムだ」
「はい!」
数分後。掃除を終え綺麗になったテーブルを三人で囲んだ。ギンも足元で俺が分けたカステラを幸せそうに咀嚼している。
「ねえ、アキトさん。次は失敗しないように教えてくれませんか?」
リナが期待に満ちた目で見てくる。
「ああ、次は爆発させない方法から教えよう」
「あはは! でもさ、たまにはこういう大騒ぎもいいでしょ? スローライフっていうか、サバイバル・キッチンって感じでさ!」
ミカが明るく笑い三杯目のおかわりに手を伸ばす。
外では夕食を催促するようなゴードンの地鳴りのような笑い声が聞こえてくる。王都の陰謀も、教団の追手も、このキッチンの中にある賑やかな平和までは届かない。
「さて、おやつは終わりだ。夕食はゴードンが持ってきた山猪のローストにするぞ。リナ、香草の準備を頼む。ミカ、お前は野菜を洗ってくれ」
「はーい!」
俺は再びエプロンを締め包丁を握る。一人で静かに料理をするのもいいが、こうして騒がしい連中のために腕を振るうのも、案外究極のスパイスなのかもしれない。




