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15 黄金比と二人の肉豆腐

 リナが来て数週間。俺の生活は彼女のドジによって多少のひやりが増えたものの、全体としては非常に穏やかで充実していた。特に彼女の嗅覚を使った調理後の成分解析は、俺のスキルをデータ化する上で大きな助けになっている。


 今日は久しぶりに激しい食材探しもなく、ログハウスでゆっくりと過ごす日だ。昼食は二人でまったりと日本の味を楽しむことにした。


「よし、今日のメニューは肉豆腐だ。リナ、知っているか?」


「にくどうふ……ですか? 豆腐と肉を煮込む料理でしょうか? 豆腐はアキトさんの作った自家製絹豆腐しか食べたことがありませんが、すごくやわらかくて香りも良くて大好きです!」


「今回はその絹豆腐と村から仕入れた岩猪の薄切り肉を使う。味の決め手はもちろん究極の出汁と俺の異世界醤油だ」


 肉豆腐は煮込むことで食材の旨味と調味料の風味が深く染み込むシンプルな料理だ。そしてリナが最も感動した熱を通しても成分が破壊されない俺の調理技術を視覚的にも体感させるのに最適だ。


「今日は調理補助を頼む」

「やります! 今度こそドジらないように!」


 リナは丸眼鏡をくいっと上げ、戦闘態勢のような真剣な顔になった。


「いや、違う。今日はドジを恐れずに作業することが目的だ。君の予測不能な動きは最高のスパイスになるからな。だけど一つだけルールがる。俺の指示がない限り鍋の中には手を出すなよ」


「わ、わかりました! 鍋だけは絶対に!」


 俺はキッチンの作業台で調理を開始した。


 まずは出汁。鍋に究極の出汁を入れ、そこに異世界醤油、魔力で精製した酒、そして砂糖を加える。この煮汁の温度をすべての成分が最も混ざり合い、かつ揮発しない75°Cで固定する。


「まずは絹豆腐だ。俺が切るからリナはその豆腐を煮汁の中に静かに沈めてくれ。これも成分破壊を防ぐための作業だ」


 俺はマナ・ブレードで絹豆腐を素早く、しかしかなり丁寧に切り分ける。


 リナは両手で豆腐の塊を持ち慎重に鍋に近づいた。彼女は慎重になり過ぎて足元のわずかな床の段差に気が付かなかった。


「あっ!」


 リナの身体が前のめりになる。豆腐の塊が煮汁の上で一瞬――宙を舞った!


「ナイス、リナ!」


 俺はスキルを発動するまでもない。豆腐が煮汁に触れる直前の微かな空気の揺れと、落下の衝撃が俺が望む最高の状態だった。


 豆腐は煮汁の表面をほとんど乱すことなく静かに鍋底に沈んだ。


「ど、ドジっちゃいました!」


「いや、素晴らしいドジだ。あの落下寸前の微かな表面張力の破れが、煮汁を豆腐の内部へ瞬間的に浸透させた。この肉豆腐の仕上がりは格段に良くなるぞ」


 リナは意図しない形で料理に貢献したことに顔を赤らめて喜んだ。


 次は肉だ。


「次は岩猪の薄切り肉だ。この肉を煮汁に触れさせる前にリナの嗅覚で最高の状態を探ってくれ」


 リナは眼鏡を上げ、肉に顔を近づけ、真剣に匂いを嗅いだ。


「この肉、脂身の香りにまだ獣臭が残っています。煮込む前に森の山椒の微かな香りを加えると、より旨味が引き立つんじゃないでしょうか?」


 リナは俺がまだ調理に使ったことのない、収納庫の片隅にあった乾燥山椒の存在を匂いだけで正確に言い当てた。その発想、間違いない。山椒の香りが肉の獣臭を消し、日本の味に深みを与える。


 俺はすぐに乾燥山椒を微量だけ煮汁に加えた。そして肉を一枚ずつ広げながら煮汁に入れていく。


 俺の精密操作制御下では肉は硬くならず、脂身の旨味だけが煮汁へと溶け出し、豆腐にその旨味を移していく。


 約十五分後、最高の肉豆腐が完成した。


 俺は鍋ごとテーブルに運び、二人で向かい合って座った。


「さあ、ドジの黄金比によって完成した二人の肉豆腐だ。熱いぞ」


 リナは目を輝かせながら肉豆腐を掬い上げる。


 まずは豆腐。口に入れると煮汁の旨味が染み込んだ絹豆腐が熱いまま舌の上でとろける。肉の風味と山椒の香りが後から追いかけてくる。肉は驚くほど柔らかく、噛む必要がないほどだ。


「美味しい! アキトさん、この豆腐、中まで出汁が染み込んでいるのに全く煮崩れていない。肉も硬くなっていないのに、しっかりと味が乗っている!」


「肉と豆腐の熱の通り方を魔力で別々に制御しているからな。あとはリナの提案してくれた山椒のおかげだ」


 少女は自身が作り上げた料理を食べていることに心から満足しているようだった。その笑顔は俺が求めていた静かな食卓に温かい光を灯してくれる。


「この肉豆腐を食べて、どんなバフがかかっているか嗅覚で分析してみてくれ」


 リナは目を閉じ、深く呼吸をした。


「肉の旨味と豆腐のミネラル分がすごく安定しています。これは集中力向上のバフです! あとお腹が空きにくい満腹感持続のバフも!」


「満腹感持続ね。それは助かるな。これがあれば食材探しの効率が上がる」


 俺の究極の調理はリナの知識によって、一つ一つ確実に進化し続けている。


 鍋を囲む二人の間に穏やかで満ち足りた時間が流れる。この誰にも邪魔されない温かい食卓こそが、俺がこの異世界で求めていたすべてだ。


「ふふ、アキトさん。次はあの空飛ぶ魚の干物を使った、お魚の煮付けを作ってみませんか? きっともっと面白いドジの黄金比が見つかりますよ!」


 俺は笑いながら頷いた。


「いいだろう。ただしその前に君がまた転がってどこかに消えないよう、ログハウスの床を研磨するところから始めるぞ」


 俺の平和なスローライフは今日もまた、最高の料理と愛すべき仲間のおかげで続いている。

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