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14 カオス・ファクターとドジの黄金比

 リナがログハウスに来てから数日。俺の生活は以前の静寂とは打って変わって、賑やかで波乱と危険を含むものになった。


 俺のキッチンは彼女のドジという名のカオス・ファクターによって常に崩壊の危機に瀕している。


 昨日、彼女は野菜を洗おうとして誤って洗い桶をひっくり返し、貴重な太陽米を一握り床にぶちまけた。その瞬間、俺はスキルで水分の蒸発速度を操作し、米粒が水に触れてふやけるのを防いだ。


「ご、ごめんなさい、アキトさん! うっかり手を滑らせて!」

「気にするな。無事だ」


 しかしその事故の後、リナが床に落ちた米粒を嗅ぎ分けたことで思わぬ発見があった。


「アキトさん! この落ちた米粒、水分量は変わっていないのに、表面のデンプンの構造が、わずかに変質しています! これはもしかしたら究極の調理を施した米の、さらに上を行く究極のデンプン化が起こっているのでは?」


 リナの言う通り落下という衝撃と、俺が反射的にかけた魔力制御が、通常の調理では到達しないデンプンの状態を生み出していた。


 俺はリナのドジを防ぐべき事故ではなく、新しいレシピのヒントとして捉え始めた。


「よし、リナ。今日は君のドジを意図的に料理に取り入れてみる」


 リナは丸眼鏡を押し上げ、不安そうに首を傾げた。


「い、意図的に? それはどういう……」


 俺が今日取り組むのは、前回作った黄金の復活薬ゴールデン・エリクサーの改良だ。疲労回復と魔力活性のバフを持つこのドリンクを、さらに持続力を高めるものにしたい。


「この薬草エキスは沸騰直前で火を止め、一瞬だけ急激に冷やすことでバフの持続力が向上する。冷却の際にわずかな揺れを加えることで、成分が均等に混ざり合い効果が安定するはずだ」


 俺は濃縮したエキスを特別な容器に入れ彼女に差し出した。


「予測不能な揺れ――それがこの料理の最後の仕上げだ」

「わ、私のドジが……料理に役立つなんて……」


 リナは頬を赤らめ恐る恐る容器を両手で持った。


「その容器を床に落とす寸前で止めてくれ。その衝撃波が欲しい」


 少女は大きく深呼吸し容器を持ち上げた。全身に緊張と集中がみなぎっている。


「い、行きます!」


 手を滑らせる。容器が宙を舞う。


「今だ!」


 俺の【究極の調理】スキルが容器が床に叩きつけられる直前の、空気の振動とリナの手から離れた瞬間の軌跡を正確に捉える。


 俺はスキルを使い容器を床に落とすことなくリナの手に戻した。しかしその一瞬の落下と俺が反射的にかけた魔力制御により、容器内の液体は激しく揺さぶられた。


「はぁ……はぁ……ご、ごめんなさい、失敗しちゃいました」


「いや、成功だ!」


 俺は興奮してリナから容器を受け取った。


「見てくれ、この液体の色! 普通の攪拌では出せない、魔力と成分の完全な融合が起きている! 君が成分に均一な圧力をかけ調和させたんだ!」


 リナは眼鏡の奥の目を丸くした。


 俺はすぐにその液体を濾過し、新たな『究極の持続薬パーマネント・エリクサー』を完成させた。味は以前のものと変わらないが、飲んだ瞬間、体内に蓄積された魔力の安定性が格段に向上したのを感じた。


 俺のスキルはリナのドジというカオス・ファクターを計算に入れることで新たな次元に進化し始めたのだ。


「君は俺の料理にとって究極のスパイスだ。これから俺たちはこの黄金比を見つけ出すぞ」


 その夜、俺とリナは出来上がった持続薬で乾杯した。少女は短所が長所になったことに心から喜んでいるようだった。


「研究者としてアキトさんの調理スキルを解析して黄金比をデータ化します! この世の法則を超えた調理法……わくわくします!」


 リナは早速、持ってきた分厚いノートに今日の出来事を熱心に書き込み始めた。彼女の知的な一面とドジっ子な行動のギャップが、このログハウスの日常を面白くしている。


「ところで王都の学院で研究していたらしいが、王都から遠く離れたこの森へなぜ来たんだ?」


 リナはペンを止め少し真剣な表情になった。


「それは古都の書物に記された伝説の薬草を探すためです」


 古都。この世界の魔法文明が栄えた今は廃墟となった場所だ。


「その書物にはすべての食材の生命力を最大限に引き出し、食べる者に永続的な進化をもたらす古の調理術についての記述があるんです。私はその調理術に不可欠な薬草を探しに……」


 リナの瞳に情熱の炎が宿った。


「その記述、興味深いな」


 俺の【究極の調理】スキルとリナが探す古の調理術。もしかしたらこの異世界で俺のスキルをさらに高めるための失われた鍵になるかもしれない。


「わかった。君がここにいる間は俺もその書物と薬草の情報を探すのを手伝おう。ただし食材探索の際は必ず俺と一緒だ。君一人だと途中で木に激突するか魔物に献上されるのがオチだからな」


 リナは照れくさそうに笑い眼鏡をくいっと上げた。


「はい! アキトさんの究極のスローライフをサポートします!」


 俺は最高の気分で紅茶を飲んだ。異世界スローライフは静かな平穏と、予測不能なカオスという絶妙な黄金比によって、さらに面白くなっていきそうだ。

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