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16 植物学者の本領

 肉豆腐を囲んだ翌日、俺はリナに声をかけた。


「今日はログハウスを出て森を散策するぞ」

「えっ、外ですか? ご迷惑をおかけしないように気をつけます!」


 リナは背筋を伸ばし、丸眼鏡をくいっと上げ意気込んでいる。


「いや、違う。今日は君の知識が目当てだ。俺は食材の味と魔力はわかるが、植物が持つ本来の毒性や成分の複雑さまでは知らない。君の植物学の知識を俺の調理に役立てたい」


 リナの顔がぱっと輝いた。彼女の有能な部分を褒められたのが嬉しかったのだろう。


 俺たちは結界を潜り抜け、森の中へと踏み出した。不可視の食卓結界の存在をリナは知っているが、俺がドジで結界を壊すなよと念を押すと、彼女は必要以上に慎重な足取りになった。


 森に入るとリナは一変した。普段のドジは消え動きは研究者としての鋭い観察眼に満ちていた。


「アキトさん、この苔を見てください。シャドウモスです。外見は無害ですが、わずかな麻痺毒があり、普通は食材になりません。ですが根元にある共生菌シンビオ・ファンガスを熱せず低温で分離すれば、その毒性が完璧な苦味の調味料に変わります」


 リナは小さなスコップを取り出し、器用に苔と共生菌を分けながら、その効能を淀みなく説明した。


「この共生菌を低温抽出か? それを俺の精密操作でやれば最高の苦味調味料が作れるな」


 俺は感心しながら彼女が採取したものを収納に収めた。さらに奥へ進むと彼女は俺が見過ごしていた、一見ただの雑草にしか見えない植物を指差した。


「これクラウドウィードです。見た目はなんの変哲もありませんが、葉に含まれる油分を抽出すると、抗酸化バフを持つ成分が得られます。熱に極端に弱く抽出は不可能だとされていますが……」


「抗酸化バフ! それは料理の保存性を飛躍的に高める最高の成分だ!」


 俺は興奮した。

 リナは眼鏡を光らせ続けた。


「この葉を水蒸気による特殊な振動で揺らすことで、油分が破壊されず細胞壁から完璧に分離されるはずです。この方法ならアキトさんの黄金比を使えばきっと成功します!」


 彼女は俺の調理スキルと自身の知識を完全にリンクさせている。彼女は確かにドジっ子だが、その頭脳は超一流の天才植物学者だった。


 ログハウスに戻り俺はリナの知識をフル活用した昼食の準備に取り掛かった。


 メニューはリナの知識がなければ作れない『クラウドウィードと森の野菜の究極のサラダ』だ。


 究極のオイル:リナが提唱した水蒸気による振動のアイデアを参考に、俺は精密操作で水蒸気を制御し、クラウドウィードの葉の周りに微細な振動を起こす。その結果、成分を破壊することなく黄金色の抗酸化オイルが抽出された。


 ドレッシングと苦味:このオイルをベースに村のベリー果汁と異世界塩、そしてリナが採取したシャドウモスの低温抽出エキス(完璧な苦味調味料)を組み合わせる。苦味が全体の風味を引き締め、酸味と甘味を際立たせる。


 野菜の活殺:村から仕入れたすべての野菜を俺のスキルで生命力の最も高い瞬間で静止させマナ・ブレードで切り分ける。皿に盛られたサラダは、色鮮やかで見た目にも美しい。


 リナはドレッシングのかかったサラダを一口食べた。


「すごい! 苦味と酸味が野菜の甘さを最大限に引き出しています! そしてこのオイルの層……抗酸化成分が体内に流れ込んで皮膚の再生バフがかかっています! 熱を通さずに完全に成功しています!」


「ふふ、君の知識あってこそだ」


 サラダの後に俺は故郷の味を再現することにした。王都の貴族が求める美食ではなく、ただの日本人が心から求める最高の食事。


「次は俺の故郷の料理だ。のり弁を作るぞ」


「のりべん? 海苔を乗せるお弁当でしょうか?」


「ああ。最高の出汁で炊いた太陽米に俺が作った異世界醤油を塗って乾燥させた海苔とおかずを乗せる」


 おかずは空飛ぶ魚の干物を揚げた究極の白身フライと、肉豆腐の残りの岩猪を使った甘辛炒め(きんぴらごぼうもどき)だ。


 そして最も重要な海苔。ロイドに頼んで手に入れた磯の香りが非常に強いディープ・リーフという海藻を、俺のスキルで薄く、均一に乾燥させ異世界醤油を塗って炙った。


 炊き立ての太陽米を弁当箱に敷き詰め、その上に究極の海苔を乗せる。海苔が米の熱で香りを放ち始めた。サクサクのフライと甘辛い炒め物を詰め込む。


「完成だ。異世界のり弁」


 その匂いを嗅いだ瞬間、リナの瞳が再び潤んだ。


「この匂い……なんて懐かしい、優しい香りなんでしょう! この海苔の磯の香りとフライの香ばしさ……この匂いは愛情の香りです!」


 俺は故郷の味をリナを通じて再確認した気がした。最高ののり弁を頬張り故郷の味と、最高の仲間を得た喜びを噛み締める。


「俺の静かなスローライフにリナの知識は不可欠だ。これからも最高の食材と最高の調理法を一緒に探求していこう」


 リナは満面の笑みで頷いた。


「はい! アキトさんのために最高の成分知識を提供します! 次は古都の書物に載っているという、伝説の食材を探しに行きましょう!」


 俺の静かで美味しいスローライフは、有能な植物学者という、心強い仲間を得て新たな探求の段階に入った。

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