お兄さん
分岐点の続きです。序盤は同じことの繰り返しになりますが······ご了承ください。
章タイトルなんて、誰のルートか分かれば良いんだから、安直でも良いんですよッ
「ごめん、消したくない」
苦笑する私に、空は首を振った。
「気にすんな。お前がそれでいいんなら、あたしらは文句はねぇよ」
「何かあって傷付いたら、こっち呼んでなー! もう即行駆けつけて、全力で慰めるから!」
「じゃ、チカちゃんちで待ってるね」
「うん、また」
こんな大事な場面に限って決心できず、申し訳ない。
空達と別れ、私は生徒会室へ戻った。
生徒会室内のメンバーは、案外コロコロ変わる。ほとんどの人が、ずっと生徒会室にいると思っていたのだが、今部屋にいるのは、私と会長、日向、柳瀬さんの四人だけだ。······ちなみに、椿先輩は一人で出し物を見て回っている。大丈夫かなぁ。
私は頻繁に外に出るほどの理由もないし、仕事の山を順調に減らしている。こんな長時間、生徒会室にいるのは初めてだ。外を出歩いたらあいつと遭遇するかもしれないし、ちょうどいい。
そう思っていた。
「すんませぇぇぇぇぇんッ」
扉が、容赦なく開けられる。そこにいたのは、三人の男子生徒。扉を開けた生徒の後ろに、隠れるようにして二人いる。
······勇気のある行動をするねぇ。
「こんにちは。どうしましたー?」
「あっ、こんにちは! なんか今校門で、ちょっと喧嘩が······」
「喧嘩? 殴り合いか?」
「殴り合い······とはちょっと違うんですけど、片方が、生徒会長を呼んでて」
「俺を?」
会長が、怪訝そうに外を見遣った。距離が遠すぎてよく見えないようで、彼は目を細める。
「誰かがいんのは分かるが······」
「喧嘩というか、まぁ言い合いしてるのは確かですよー。両方知ってる声なんで、行ってきますね~。殴り合いにはなりませんし、私だけで大丈夫です」
「いや、俺を呼んでるんなら、俺も行く。諒、悪いが、藤崎が戻ってきたら、一応報告しといてくれ」
「······分かった」
「いってらっしゃーい」
「生徒会長、乙さん、案内しましょうか⁉」
「俺はそこまで方向音痴じゃないぞ」
三人にお礼を述べて、足早に校門へと向かう。
声で分かっていたことだ。驚きはしない。
校門で言い合っていたのは、私の従妹と、その父親だ。
「天音、帰ろう、お義姉ちゃんが怒ってる」
「ええっ、どうして天音が怒られてるの?」
「天音ちゃん、いいじゃん、そんなお姉さんほっといてさ、俺とどっか行かない?」
「でも、天音はお姉ちゃんに会いに来てるんだもん」
顔が整っている(と思われる)男の人が、何人か天音の傍にいる。男の人を傍におく技術には、純粋に感心する。とっとと誰かにストーカーされて、私に関わる暇もなくなればいいのに。
まぁ、いくら天音でも、さすがにここで会長を攻略する、なんてことはないだろう。今まで、私が色々やらかしてきたからな。本来のシナリオ通りのことしか知らない天音に、今この場で会長を攻略するのは、難しいはずだ。
なんか、今までの私グッジョブ。
「どうかしましたか」
私が天音達に声をかける前に、やや引きつった笑みを浮かべた会長が、天音の父親に尋ねた。母親は、もう帰っているのかな。姿が見当たらない。
「え······あ」
「わぁ、桐生さん! 探してたんですっ!」
私を見て戸惑う父親をよそに、天音はこちらまで走ってきて、会長の腕に、自身の腕を絡ませる。
······不快な光景だ。そう思って、目を逸らそうとした時。
「乙じゃなくて?」
会長が、天音の腕を振りほどいた。
強引なその行動は、天音に対しての、ハッキリとした拒絶。驚くと同時に、少しだけ、嬉しくなる。
以前私が頼んだからだろうが、それでもやはり、天音に好意的だったら、こんな態度はとらないだろう。天音に好意的な会長なんて、見たくない。
「天音、私に会いに来たの? それとも、桐生会長に会いに来たの?」
上機嫌になった私は、天音に割と丁寧に尋ねる。
「え、えっと、お姉ちゃんに会いに来てて、どこにいるか分からないから、桐生さんに聞こうと······」
「いや普通に私探した方が良いでしょ。天音が桐生会長探してるって聞いたから、どうしたのかと思えば······。桐生会長が、私の居場所を知ってるとも限らないのに」
「でも、桐生さんと同じ生徒会役員だし······」
「ふぅん。まぁいいや。で、どうしたの? わざわざ学校まで来るなんて」
「あの、文化祭だから」
「じゃあ、あっちに受付があるから、そこで招待券渡して」
「招待券⁉」
「うん。去年、制度が変わったんだよね。前は誰の知り合いか言ったら良かったけど、それじゃあ危ないでしょ? だから、招待券が必要になったんだ」
「問題が解決したようですから、俺達は戻りますね。楽しんでいってください」
会長が、私の手を引いた。ここに留まる理由もないし、素直に会長についていく。
校舎に入ると、ぱっと手が離された。
「悪いな、急に引っ張って」
「いいえ。多少強引にしないと、終わりませんから」
「苦労するな」
「いやぁ、ホント、あの人らはどうすればいいのか······。会長のご家族は、いらっしゃらないんですか?」
「今までは来なかったし、今年も来ねぇだろ」
「そうだと良いですねぇ」
「怖ぇこと言うなよ······。というかお前、従妹に招待券を渡してるのか?」
「まさか。渡してるワケがない。もちろん、伯父たちにも。あの人らは、受付を無視したか、『緊急事態だ』とか騒いだかで入ってきたんでしょう」
「緊急事態って言われたら呼び出しがかかるし、多分前者だろうな」
「どっちにせよ、面倒な話です。······そうだ。会長、外に出たんですし、ついでに出し物を見て回りませんか? 今日と明日で、内容が変わる劇をやってるとこもあるみたいですよ」
軽い気持ちで、誘ってみる。深い意味はない。気が向いただけだ。
「そうだな。お前もいるし、見回りついでに回るか」
「おお、断られなかった」
「断らねぇよ、そりゃ。ちょっと待て、日向に連絡するから」
会長がポケットから携帯を出して、電話をかけた。「乙と店を回ってくる」、と会長が言うと、向こう側から大声が聞こえてきた。何と言っているかは、よく分からない。
「······分かってる。分かってるから。じゃあな」
呆れたような声で会長は言って、電話を切る。······日向は何を言ったんだろう。
「夏草庶務、なんて言ってたんですか?」
「お前に迷惑をかけるな、だと」
「私は大丈夫でしょ。むしろ、会長がレディ達に囲まれないように、注意しなくちゃ」
「いや、お前も気を付けた方がいいぞ。俺がいるし、まぁ大丈夫だとは思うが」
「あはは、さすがに部外者が多い今日に、暴れる人はいませんよ。それより、講堂に行きましょ。今日の劇は、真面目なものらしいです」
「明日の劇は真面目じゃないのか······」
「ギャグ要素が強いってことじゃないですかねー」
心配そうな会長を連れて、講堂に向かう。整理券とかは必要ないようで、すんなり入ることができた。
講堂が広いせいか、単純に客が少ないのか、空いている席が多い。適当に、出入り口から近い席に座る。薄暗い空間ではあるけれど、退屈ではないから、不快感は抱かない。
······緊張は、してるのかもしれない。心臓が落ち着かない。
「何の劇なんだ?」
「現代版アリスらしいですよ」
「現代版······。明らかにコメディじゃねぇか」
「真面目って書いてますから、今日は本当に、ただ現代に置き換えただけだと思いますよ」
「ま、見てみたら分かる話だな」
劇の開始を告げるアナウンスが流れて、ステージの方へ目を向ける。内容は、私が予想した通り、コメディチックなものではなかった。面白いというより、『たしかにこうなるな』と驚かされるような······うん、何か凄いもの。
明日のやつも見に来ようかな。
「乙、明日も一緒に来るか?」
「良いですねぇ、明日も同じ時間かららしいですよ」
「じゃあ、また来るか」
「そうしましょう。次はどこに行きますか?」
「お前のところは、何個か短い映像を流してるんだよな。お前も出てるんだって? そこに行くか?」
「行くんなら、お一人でどうぞ」
「一人で行くワケねーだろ」
「会長のところは、何をしてるんですかー?」
「プラネタリウムをやってるぞ」
······会長出演の映画とかやってたら、嫌がらせも兼ねて見に行ってたのに。なんか会長がドヤ顔してる気がする。滅茶苦茶うざい。
「あれ? 会長、ご家族が来てるみたいですよ?」
「は⁉」
「ふふ、冗談ですよ」
「お前······笑えない冗談はやめろよ······。心臓が止まるかと思ったぞ」
「え、そんなにですか?」
「もしあいつらが来てたら、俺はこの場で「よぉ尊」······あ゛?」
割り込んできた声に、会長が低い声で応じた。会長、そんな声出せるんだな。
「良い女連れてんじゃねぇか。なぁ、アンタの名前は?」
そう言って私を見る、赤い目。特に興奮はしなかった。
だって、こいつカラコンなんだもん。瞳の周りがハッキリしてて作り物っぽいとか、そんなもんじゃない。
もう、目が全力で主張しているんだ。『これはカラコンです』って。
カラコンしてても、別に良いけどさ。その人に似合ってたら、普通に、あ、良いなって思うし。······でも、この人は、正直あまり似合っていない。
「あー、やっぱ俺の目、気になる? カラコンって思ったっしょ?」
うん。ってかカラコンじゃないとおかしいんだよ。瞳が赤いのって、色素が少ないから、血液の色が見えてるんじゃなかったっけ? この人、普通に黒目あるし。目の縁黒いし。
「俺さぁ、これ、裸眼なんだよね」
······さようですか。じゃあその手裏剣の模様も、生まれつきのものなのでしょうね。色がペンキぶちまけただけみたいに平坦で、違和感満載ですけれど。
「へぇ、そうなんですかー」
まずい、ちょっと棒読みになったかも······ああ、気付いてないね。会長は気付いて、笑いをこらえてるけど、この人は気付いてない。ニタニタして、再度名前を聞いてきた。ん~、偽名を名乗りたいとこだけど、考えるの面倒だしねぇ。
「月岡です」
「下の名前は?」
「澪です。そちらのお名前は?」
「俺? 俺は、そいつの兄貴で······」
へぇ、会長のお兄さんか。だから会長がこんな嫌そうな顔してるんだな。
顔は、あんまり会長に似ていない。でも、イケメンさんなのは確かだ。
「なぁ澪ちゃん、澪ちゃんって、尊の恋人?」
それが事実だったら嬉し······いとは言い切れないね。まぁそんなことはどうでもいいや。
とりあえず、この人には、普段の私と全然違う姿をお見せしよう。理由? なんとなくだ。ほら、劇で役を演じるのって、楽しいでしょ? それと同じ理屈。
「こ、恋人、なんかじゃ······」
「⁉」
「ハハッ、真っ赤になっちゃって、かっわい~」
会長。見慣れないのは分かるけど、今は目を見開いたりしないで。バレる。
「そ、んなこと、ありませんよ······」
頬を染めたまま、眉をハの字にして、目を逸らす。恥ずかしいとは思わない。今の私は、本来の私とは別人だと割り切ってるからね。それに、こういうふわふわ小動物女子を演じるのって、割と好きなんだ。
自分と違いすぎて、楽しいんだよねぇ。天然キャラの思考は持ってないから、その辺は誤魔化すしかないけど。
「澪ちゃんさー、これから俺と回らねぇ? 俺、澪ちゃんのこと、もっと知りたいな~」
「おい、何しに来たんだよ。つーか、どうやって入ってきたんだ。チケットは渡してないだろ」
「普通に裏門から入ってきたけど? 裏門には爺さんしかいなかったし?」
「裏門から? 守衛に止められなかったのか?」
「あの爺さん守衛なのか? 蹴とばしといたけど、まぁ別に良いよな。俺がお前の兄貴だって言っても、中に入れようとしなかった奴だし」
おいおい、嘘だろ? あの御高齢の守衛さんを、蹴とばした? あんなに穏やかで、人畜無害で、私の仕事の弊害が起こっても、仕方ないって許してくれる、あの守衛さんを?
······この人嫌いになったわ。
軽く、怒りスイッチが入る。そのはずみで、音に集中してしまった。したところで、何か得られるものがあるワケ······あった。
おお、あいつら、まだ校門で言い争ってやがる······。あいつに声かけてた男達は、もう飽きたのかな? 声が聞こえない。
ま、あいつらが言い争ってるんなら、丁度良い。
「守衛さん、大丈夫でしょうか?」
猫を被ったまま、心配そうに告げる。
「大丈夫だって。それより、尊さぁ······」
男の意識が、完全に会長へ向けられた。その隙に、ポケットから取り出した携帯電話を、画面も見ずに打つ。情報関連でよくお世話になる人達に、メールを一斉送信するのだ。勿論、守衛さんの状況を確認するためにな。
以前に何十回とやったことがあるし、多分大丈夫だろう。事実、もう既に、携帯電話が静かに震えていた。
「ん? 澪ちゃん、何見てんの?」
「あ、ごめんなさい。今、知り合いからメールが来たので」
本当にごめんなさい、と眉尻を下げて言えば、男はゲラゲラと笑う。『中を見せてよ』とか言うような奴じゃなくて良かった。
男が再び会長につっかかったのを確認して、メール画面を見た。どうやら、守衛さんは蹴り飛ばされはしたものの、すぐにこの人のことを連絡し、自分の持ち場に戻ったらしい。
守衛さん、強いな。まぁあまりに弱い人には、守衛は任せられないだろうけど。
メールを読み終えて感謝のメールを送った後、新しくメールを作成しておく。
······よし、完成。じゃ、いまだ校門で言い争っているあいつらを何とかするためにも、この人を誘導しますか。
「あの、桐生さん」
「俺の方? 下の名前で呼んでくれていいのに」
「えっ⁉ え、えっと、すみません、私、そういうの、慣れてなくって······」
「マジで? 意外~。ま、そのうち呼んでくれれば良いや。じゃあな、尊。俺、澪ちゃんと色々回ってくるから」
「はぁ⁉ おい、ふざけるな!」
「すみません桐生会長、ちょっとだけ休憩をいただきます」
私の言葉に、会長は顔を歪めた。
そんな泣きそうな顔を、しないでほしいなぁ。
彼に背を向けると同時に、先程作っておいたメールを送信する。少しして、会長の方から小さな音楽が聞こえてきた。顔を顰めてポケットに手を入れた会長を、男がゲラゲラと笑っている。
携帯を開いた後の会長の反応も見ず、私は歩き出した。男が気付いてついてくる。
「澪ちゃん、どこに行く~?」
「そうですね。今、正門の方でイベントをやってるので、それをやりに行きませんか?」
「イベント?」
「はい。どうですか?」
「ははっ、良いね、やろうぜ」
また、男は笑う。
『校門で、天音とまとめて処理します』
短いメール。私を止める声が聞こえなかったということは、この人を遠慮なく追い出していい、ということだろう。
······迷惑がかかったら、ごめんなさい。
先に、心の中で謝っておいた。
まだこの人のルート半分しか書いてないけど、一ヵ月投稿ナシという事実が迫ってきて怖いので投稿。
次の投稿はいつかな(遠い目)
テストがあったからこんなに遅くなっただけだと信じたい。




