閑話 きっかけ。~???視点~
彼女の瞳が虚ろになって、二分。彼女の呼吸・心音ともに止まったのを確認し、手帳に記録する。
『実験結果:彼女は最後まで、ロープを外そうとしなかった』
可能な限り、丁寧に書いてページを破り、少し離れた勉強机に置いた。
人の死を見たり、聞いたりするのは、今回が初めてじゃない。いや、こんなじっくり見るのは、初めてだけど。
前は、いつだったっけ?
「時計屋さんに、行ったとき」
家に帰ろうとしていた足を、時計屋さんの方へと向けて、呟く。
今日は珍しく、どこまでも静かで、唯一私以外が発していた音も、先程消えてしまった。
自分一人の心音が、妙に耳につく。規則的な音が不気味で、かき消すように言葉を紡ぐ。
「時計、取りに行かなきゃ」
あの時も、修理に出した時計を、受け取りに行っていた。
修理する人が変わったのか、返ってきた時計の質が落ちていて、歯車の音が五月蠅かったのだ。最初は小さくてまだ耐えられたが、徐々に大きくなる音が耳障りで、数日後に再び修理を頼んだ。
そして、その帰り。
遠くで、重い何かが落ちた音と共に。
『ガチャン』
大きな金属音が聞こえてきた。
気になって音の聞こえた方へ行ってみたら、人が仰向けに倒れていた。柵が邪魔で、すぐ近くには行けなかったから、細かいことは分からなかったけれど、鎖のようなものがついた首輪?をしているのは見えた。
音に集中しても何も聞こえず、人形なのかとも思ったが、下に広がる、暗い色をした液体は、おそらく人間であることを示していた。
一週間ぐらいして、そこに行ったとき、ちょっと崩れたその人がいた。少し、臭いがした。
無理矢理近くまで行って、よく見ると、その人は地面と同じ色の染みが、大量についた礼服?を着ていた。
どうすればいいのか分からなかったから、胸の前で手を組ませ、何輪かの小さな花を握らせておいた。捧げた祈りに、効果があったかは分からない。
私は、それ以来そこに行っていない。
「サカキさん」
店に入って、店主の名前を呼ぶ。お母さんは、音しか教えてくれなかったから、どんな漢字かは知らない。
「ああ、澪ちゃん。ちょっと待ってくれ、今出してくるから」
相変わらず暗い表情の店主が顔を出し、倉庫の方へと消えた。
時計の質が落ちる、ちょっと前、彼は唐突に顔色が悪くなった。奥さんの泣いている声が、聞こえるようになった。
あと、前はたまに奥から顔を覗かせていた男の人の姿が、一切見えなくなった。
二人の悲しみようから、何があったのか、想像はできた。これは、見たとか聞いたとかじゃなくて、察したになるけど、まぁ細かいことは気にしない。
彼らが暗くなったのは結構前。でも、これが一番最初の、私が身近に感じた死じゃない。
一番最初は、もう少し昔。
死んだのは、私の恋人だ。
「澪ちゃん、お待たせしました」
「ありがとうございます。お代はこれでお願いします」
「はい。······澪ちゃん、ご家族とは、仲良くしてるかい?」
「それなりには。お姉ちゃん、ここに来ましたか?」
「いいや、来ていないよ。まだ、ここは知られてないんじゃないかな」
「お姉ちゃんが来ても、私のことは知らぬ存ぜぬで通してくださいね」
「うん、大丈夫。澪ちゃんは大切なお客さんだから、失うワケにもいかないしね。あ······そうだ、そろそろ、恋人くんの······」
私の顔色を窺うように、店主が言う。私が立ち直ったのか、知りたいんだろう。
「ええ、彼の一回忌ですね」
「······元気になったようで、良かったよ」
「ふふ、彼は本当は私の恋人じゃなかったのかも、なんて疑ってます?」
「というより、君は本当に、恋人くんが好きだったのかな~ってね。ほら、相手が好きって気持ちは、パッと消えるものじゃないし、大切な人を失ったら、なかなか心は癒えないから」
「まぁ、心は癒えませんよ、そうすぐには。つい昨日まで学校で喋ってたのに、翌日学校言ったら、『もう会えません』ですからねぇ。でも、気持ちの方は」
生じる罪悪感に、目を瞑れば。
「簡単に消せますよ。きっと、やろうと思えば、サカキさんも」
微笑んで時計を受け取り、店を後にする。
私の恋人。私の、初めての恋人は、私の初恋の人であったように思う。
あの人は、入学した頃からの友達で、家がわりと近かったから、途中で会ったら、一緒に登下校するぐらいには、仲が良かった。
彼は、綺麗な瞳を持っていた。他の人より薄い色の瞳に、さらに薄い色が散っていた。気持ち悪い、と言う人も多かった。
綺麗だからというより、珍しかったから好きだったのかもしれない。どちらにせよ、彼の瞳がきっかけで、私は人間の眼球の色に、興味を持った。
穏やかで、珍しい瞳を持つ人。関係が長く続いても、その瞳から、私に対する好意が消えたことはなかった。そんな彼の傍が、心地良かった。
恋人になりたいとは、思わなかった。考えもしなかった。それまでの関係が、あまりにも理想的だったから。
でも、唐突に、あの人が言った。私のことが、ずっと前から好きだった。もっと、近しい関係になりたいと。
『近しい関係になる』ということが、私にはよく分からなかった。彼といる時間が増えるのかな、程度で。
実際、一緒にいる時間は増えた。それから、帰り道に、手を繋ぐようになった。他の人と手を繋ぐというのは、ドキドキするというより、安心できる行為だった。
誰にも言わなかった。言うようなものではなかったし、聞かれもしなかったから。第一、お姉ちゃんに知られたくなかった。彼にも、お姉ちゃんに会ってほしくなかった。
能力も、容姿も、性格も。全てにおいて、私より上を行く人。お姉ちゃんに会ったら、彼がお姉ちゃんに恋するとまではいかずとも、好意的になるのは、確実だから。
······だから、黙ってたのに。なのに。
委員会の仕事で遅くなって、慌てて彼との待ち合わせ場所に行ったら。
人通りの少ないそこには、子供が二人いた。
一人は、彼。地面に寝転がって、もう一人を見ていた。
そのもう一人は、お姉ちゃん。彼に覆いかぶさって、こちらに意地の悪い笑みを向けていた。
頭の中は、ある意味、真っ白になった。極端な発想以外、皆どこかへ消えた。
『彼を、どう殺そう』
真剣に考えながらも、私は微笑んでみせた。
“お姉ちゃん、どうしたの? 車に轢かれるよ”
お姉ちゃんは、大きく目を見開いた。彼は、私を見た。その瞳を見て、彼は私のことが、まだ好きなのだと分かった。
『ああ、良かった』
私は、安堵した。
『私を好きなまま、死んでもらえる』
やっぱり、好きな人には、嫌われたくないもの。『恨まれてでも、覚えててほしい』と願う人もいるけれど、私は最期まで、私を嫌わないでいてほしかった。
私を嫌いになるぐらいなら、私の存在ごと忘れてほしい。次に会ったら、『初めまして』って言えるように。
そんぐらい、嫌われたくなかった。
だから、嬉しかったんだ。
「結局、交通事故だったけど」
彼の最期を見られなかったのが、残念だ。最期まで、私に気持ちは残っていたかな?
彼が私のお姉ちゃんを好きになったのか、それともお姉ちゃんの、一方的な行動だったかは、分からない。ただ、彼はお姉ちゃんに好意的な態度だった。
······ここからは、少し珍しい話。
無理矢理だろうと任意だろうと、それ以降もお姉ちゃんに好意を向け続けるというのは、あまり褒められたものではない。私に対する好意が減ったとは感じなかったけど、お姉ちゃんと二人っきりで遊びに行く約束をしていた時は、さすがに怒った。
彼を責めはしなかったけどね。
とにかく、そういった行為は、ある意味私に敵意を向けていることになる。少なくとも、私はそれを『裏切り』であり、『浮気』とも言えると捉えた。
なのに、あの人を好きなままだった。ちょっと冷めたけど、消えはしなかった。
ただの好意じゃなくて、恋心だったからなのか、あの人は私に好意を向けていたからなのか。
今でも、謎。
「お嬢ちゃん」
すぐ傍から、声が聞こえた。
「おじさんと一緒に、来てもらえるかな」
服越しに、ひんやりとした物があてられる。
背にあてられたそれに指を這わせ、それが包丁であること、刃は下を向いていることを知る。
どんぐらいなら、正当防衛でいけるかな。
「声を出したら、刺すからね」
ねっとりした声。心音は穏やか。確実に成功すると思ってて、腹が立った。
まぁ、こんな機会はそうそうない。自殺する気はないが、死ぬのは別に構わないんだ。クリアしてないゲームはたくさんあるけど、死んだらゲームをしたいと思うことはなくなるだろう。
今まで犯した罪を償いきれてないなら、とりあえず地獄にでも行ってから償えばいい。
死にたくないと願うほど、価値のある友達や実験もない。
要するに。
「うわっ⁉」
怪我を恐れる必要がない。
包丁刺さるの覚悟で振り返り、柄を掴んで、奪う。そして、左手の中で回転させて、相手に向けた。おじさんが他に武器を持っていないのを確認し、私は大きく息を吸う。
「いやああああああああああああああッ」
生まれて初めて出すぐらい、大きな声。近くの窓が開く前に、包丁はおじさんに返しておいた。
一つ目の窓が開いた時点で、おじさんに背を向けて走り出す。
うーん、なんかなぁ。自分が死ぬタイミングというものは、どうもよく分からない。
多分、今私が死ぬ確率は、高かった、というか。死んでもおかしくはなかった。
でも、死ななかった。
彼の方は、交通事故で死んだ。車とぶつかったらしい。交通事故の件数は普通に多いとはいえ、いつも通りの帰り道を歩いていた彼にとって、唐突なものだったのは確かじゃないかな。
彼が死んだことを聞いた時は、『最期を私以外に見せたくなかった』とか、色々考えたけど······。彼への気持ちを消したことから考えると、彼の最期を見なくて良かった、と思う。
もし彼の最期を見ていたら、一生頭に残っちゃって、ろくに恋もできなくなる。
恋こそすべて、とは全く思わないけれど、あったら楽しいし。それを制限するなんて、私にはできない。
······ふふ、分かってるさ。自分への愛は誓ってほしがるのに、自分は相手が死んだら、あっさり捨てる。
卑怯なことぐらい、分かってる。でも、それを治すつもりはない。
「人生やり直しても、多分同じ生き方するんだよねぇ」
卑怯なのは、死んでも治らない。
唐突ですが、次回から不定期更新にさせていただきます。
各ルートごとに話数を合わせたいので、今まで通り、行き当たりばったりで、というのができないためです。
今(2/11)も次のルートの下書きを書いているのですが、乙ちゃんの性格が邪魔をして、全然筆が進みません······。
ここまで来たので失踪はあり得ませんが、更新ペースはガクンと落ちます。ご容赦を。




