視野外だった。~夏草 日向視点~
目の前で、綾ちゃんが色んな人に誘われている。全員男。突然言われた綾ちゃんは、自分を誘っている男共を、戸惑いつつも不思議そうに見ている。理由が分からないのかな。······綾ちゃん、鈍感っぽいし。
彼女とペアになろうとする男は、前からいた。だけど、彼女はいつも決まった人に呼ばれてすぐにペアを組むから、誘いづらかっただけの話。
彼女は男達にどう対応するか、迷っている。このままだと大変そうだ、と思って、僕は彼女の手を引いた。
「綾ちゃんは、僕と組もう?良いでしょ?」
「······ああ、是非」
言葉のわりに、彼女はあまり嬉しそうじゃない。抵抗はしないから、嫌ってワケでもなさそうだけど。
綾ちゃんの目線を追うと、よく彼女の相手になっている人がいる。随分と複雑そうな顔だ。綾ちゃんが彼に声をかける前に、僕は綾ちゃんの手を引いて、まだ人の少ない隅の方へ行った。
······あ。葵は、どうしたんだろう。すっかり忘れてた。
振り返って葵を探すと、葵は既に男を捕まえていた。
「葵が組んでるのって······」
「私のクラスメイトだね」
「······綾ちゃん、あの人のこと、好きなの?」
綾ちゃんが少し寂しそうに言うから、尋ねてみる。
すると彼女は僕の背後に向けていた目をこちらに戻し、首を傾げた。
「好き?好き······。そうだね、一緒にいると気が楽だ。恋愛感情とは、別のものだが。······こんな質問は、彼にも失礼だ。たとえ私が誰かにその感情を抱いても、素直に話すか分からないし、聞くだけ無駄さ」
さぁ、練習しよう?
薄い笑みと共に、差し出された手。指が細長い彼女の手は、少し冷たい。
「綾ちゃんの手、ひんやりしてて気持ちいい」
「朝、水やりしてたからね」
「水やり?······そっか、綾ちゃんって園芸部だっけ」
「うん。君達は、帰宅部のようだけど」
「変に部活に入ったら、他の人の邪魔になるでしょ」
そこでちょうど、音楽が流れる。最初は練習で、踊れるようになったと判断したら、各ペア自由に曲に合わせ始めるのだ。
綾ちゃん、上手だといいな。教えるの、あんまり得意じゃないんだ。
「······夏草庶務、君がすぐに踊れるようになることを、祈っている」
「それはこっちのセリフだよ」
「ならば安心しておくれ。私は、踊れるから」
『私は踊れる』とは、自信家だなぁ。きっと彼女なりの冗談だろう、と僕は軽く受け流した。
「ほらほら、次は回って」
「綾、ちゃん、待っ······」
「私は続けてるから、入れるときに入りな」
疲れてダウンする僕の横で、綾ちゃんは少し眉を下げて笑いながら、一人で軽快に踊っている。相方のいない一人だけのダンスだというのに、それは妙にサマになっていた。
「里わ~の火影~も、も~り~の色も~」
流れている音楽と全く違うメロディの歌を、彼女は小さく口ずさむ。それでも、動きは滑らかなままだ。
踊り始める前の彼女の言葉は、本当だったらしい。今まで葵と踊ってる時、周りを見たことなかったから、気付かなかった。
葵を見ると、葵も僕と同じく、肩で息をしている状態。ペアの男の方も多少は疲れてるみたいだけど、特に問題なさそうに立っていた。
綾ちゃんはあの男を『野見山くん』って呼んでた気がする。役職で呼ばれている僕らに比べて、親しげな呼び方だ。······僕だって、ほぼ毎日会ってるのに。どうして綾ちゃんは、普通に呼んでくれないのかな。役職で呼ばれると、仕事上だけでの間柄って感じがする。
「乙」
「ん~?」
葵と何やら話をした後、男はこちらにやってきて綾ちゃんを呼ぶ。一周踊った綾ちゃんは、首を傾げて彼の方を向く。
元気な綾ちゃんに、男はため息を吐いた。
「無茶させんなよ」
「させてないさ。君と初めてペアになった時だって、こんなんだったろう?」
「そりゃまぁ、そうだけど。······夏草弟と話したんだが、お前、俺としよう。夏草兄は、夏草弟と組んだ方が良い。そっちの方が、お互い慣れてるからな」
「私はどっちでもいいけど、夏草庶務は構わないかい?」
「良いよ」
「じゃあ、交代しよう」
僕は頷いて、葵のもとへ行く。男と綾ちゃんは、もう踊りだしていた。
「······綺麗だな」
「うん。僕らには、無理だね」
相方を得た綾ちゃんは、凄く楽しそうに踊る。男側も、息を切らせつつも、余裕そうな笑みを保っている。その動きは正確だ。
······今まで自分のことに必死で、まったく視野に入れてなかったけど。
ずっと前から、彼女は、きっと。
こんなにも。
「······日向?」
「何?」
「······タイプ、変わったの?」
綾ちゃんに聞こえないように、と、葵が声を潜めて尋ねてくる。
······葵には、バレちゃったみたいだ。
「変わってないよ」
今まで好きになった子達は、こう······『女の子』って感じだった。小柄だったり、フリルのついた服とかを着ていたり。
別に、タイプが変わったんじゃない。
好きになった人が、好みと違ったんだ。
「恋人に、なりたいの?」
葵は僕に好きな子が出来たって知ると、毎回こうやって『あの子が欲しいの?』って僕に聞く。その度に僕は頷いてみせる。そうしたら、葵は場所をセットしてくれるのだ。······僕が好きになる子は、大抵『付き合って』って言ったら付き合ってくれる。
葵に比べれば、長続きしてる方だと思う。大体半年くらい?でも実際は二ヶ月程度で、ただの友達みたいな感覚になって、ドキドキとかしなくなるけど。
······綾ちゃんともああいう関係になるのは、ちょっとなぁ。生徒会で気まずくなりそう。
「なりたいけど、今はいいや。これまでの傾向からして、どうせすぐになくなるし」
「そっか」
「ねぇ、葵」
「ん?」
「『恋人代理』、何でやってるの?」
「······そんなん誰から聞いたワケ?」
「内緒」
「綾ちゃん?」
「外れ。綾ちゃんは、教えてくれなかった」
······あの時綾ちゃんには『ファンクラブの子を頼らない』みたいなことを言ったけれど、結局は頼ってしまった。そこで、この『恋人代理』の話を聞いたのだ。
僕自身が情報を制限したから、具体的にどういうものなのかは一切聞いていない。ただ、普通はしない行動であることは分かる。恋人の代理なんて、よっぽどの理由がない限りはやらないだろう。
「夏草ー!いつまで休むつもりだー!?」
遠くから、先生の怒鳴り声が聞こえてくる。
そろそろ再開しなきゃ。
「葵。家で、ちゃんと話そう。僕、葵のやってること、全然知らない」
「······母さん達が、いない時に」
「今日は母さん、帰ってくるの遅いよ。父さんも接待ゴルフがあるって、愚痴ってたし」
「接待ゴルフ関係ある?」
「良いじゃん、絶対に今晩話すんだから」
「······分かった」
やっと諦めたね、って言ったら、ふと綾ちゃんがこちらを見ているのに気付く。僕と目が合った彼女は、微かに笑みを作った。判別出来るか出来ないかというぐらい、小さく口角を上げる。いつも表情が読み取りやすい彼女には珍しい、控えめな笑い方。
僕を見ていたのに特別な意味はなかったらしく、彼女は一瞬後には無表情に戻り、疲れ果てて倒れたパートナーの隣にしゃがみ込んで、話しかけた。そしてしばらく言葉を交わすと、二人は楽しそうに笑い合った。
「綾ちゃんと······野見山?仲良さそうだな」
「あれ、葵、名前知ってたんだ」
「さっき聞いた」
「なるほど」
「日向、やろ」
「やろっか」
「どっちやりたい?」
「葵は?」
「男役」
「じゃ、僕は女役で」
「······良いの?」
「うん」
怪訝そうに僕を見る葵に、本番では両方出来る必要があるからって言って誤魔化す。
······葵は、いつも僕を甘やかしている気がする。正直言ってやり過ぎなぐらいに。ほら、『恋人代理』みたいにね。
それは多分おかしいことなんだ。僕だけが、葵に気遣われ続けるってのは。葵が、僕に関することすべてに気を配るってのは。
「······たくさん、聞かなきゃいけない事があるんだ」
「ふぅん」
「言わなきゃいけない事も」
「へぇ」
「意外と僕、葵のこと知らなかった。誰よりも、長い間、一緒に暮らしてきたのに」
「······近いからこそ、言えねぇこともある」
「だろうね」
どうして葵が『恋人代理』をやってるのか、どうしてそれを僕に隠していたのか。
あと、これは聞けないと思うけど······。
僕が今まで好きになった人達を、葵はどう思っていたのか。
今僕の好きな彼女を、どう思っているのか。
······さすがに、聞かない。でも、心配になる。
僕はこれまでに、葵の想いを踏みにじったことはなかったのだろうか。
······とりあえず主要キャラの視点は一周しました······かね。
一日の時間が足りない······。




