“仕事”の弊害
放課後、既に六時をまわった生徒会室。
······明日から中間テストだというのに、部屋はいつも通り賑やかだ。
「乙、来週だったよな?テレビ放送」
「はい。その前に、テストですがね」
「日向くん、大丈夫?」
「え!?やなりん、なんで僕だけ!?」
「やなりん、会長、副会長は高順位を保ってるし、俺もまぁ悪くはない。綾ちゃんは論外」
「義務はありませんが、僕らの成績が悪いと、そこを叩いてくる奴らもいますから」
「······綾ちゃん······。勉強、教えて······」
「この問題が分からない、というのなら答えることは出来る。でも、勉強教えて、とだけ言われてもね······」
時間さえあれば不可能ではないが······。今は教えが必要な数学などより、歴史などの暗記で点を取った方が良いだろう。
「暗記なら、今からでも多少詰め込めるよ」
「それは捨てた」
「······そう。夏草庶務?」
「何?」
「良い国、もしくは良い箱作ろう?」
「鎌倉幕府」
「作ったのは?」
「源頼朝」
「さすがにこれは大丈夫だね。じゃあザビエルさんが来たのは?」
「······」
「······ペリーさんは?」
「······江戸時代」
「何年に来た?」
「······」
「······平安京が作られたのは?」
「······」
「暗記、頑張ろう。あと最後の問題はテスト範囲だよ、一応」
「社会嫌いなのにーっ」
「日向の場合、理科も酷いですよね」
「聖、笑顔で言うな」
「ここのテストは、暗記で取るしか、ないと思う」
「やなりんは暗記だけで稼いでるの?」
「俺が、というより、大抵の人が、そう。それ以外は、難しい」
「綾ちゃんは全教科満点だよね?どうやってるの?現代文は暗記だけじゃまず無理でしょ?」
「現代文は、元々出来るんだ」
前世の頃から、国語は特に勉強せずとも解ける。それも、本格的に勉学に時間を継ぎ込む前······つまり、父が再婚するまでだから、小学三年生になる前からだ。
理由は分からない。昔から小説などを読みはするが、本の虫というほどではなかった。小学校にゲームを持ち込めなかったから、書物で時間を潰していた程度。
ひとの感情を読み取るのが得意ってわけでもないし······。
多分、勘が鋭いのだろう。
「なら、他の教科は?英語とか、教科書にも載ってない文章出るし······」
「あはは、それは愚問というものだよ、夏草庶務」
「そうなの?どうして?」
「乙さんは、英語含め、外国語に強いんですよ。少なくとも、読む分には」
「なんで菊屋副会長がそれを?······あ、そっか。色々ありましたもんね」
「おい聖、色々ってお前······」
「そんな目で見ないでください。やましい事は何もありません。乙さんがトルコ語の本を読んでるのを目撃したり、様々な言語で書かれた辞書を見ただけです」
「······辞書?······乙さんの、ロッカーにある、あの本?」
「僕には表紙すら、なんと書いてあるのか分かりませんでした······」
「ま、あれは趣味の領域ですから。読める必要は皆無ですし」
「数学とかは?」
「本を漁ってたら、自然と」
「······綾ちゃんは、俺らと次元が違うね······」
「嫌だなぁ、そんな言い方しないでくれよ。あくまでこれらは、私が努力して手に入れたものさ。次元が違う、なんて大層なもんじゃない」
努力、といっても、別に人生すべてを勉学に注いだわけでもないしね。
私はごく普通の一般人さ。
「あ~······先に皆に聞いておきたいんですが」
「何をだ?」
「テレビ放送のことです。いやぁ、ちょっと心配事がありまして。······正直に言いますと、放送部の方々、ふざけた事をしやがるのでは······と疑っておりまして」
「どういう、意味?」
「そのままの意味です。たとえば、リハーサルと違うことを本番で言ったり、デタラメを言ったり······」
私を陥れるために、私の知り合いに迷惑をかけたり······。
「リハーサルを、本番として流したり」
「······本当に?」
入り口の方から、まったく予想していなかった声。しかも、普段の彼の声よりも、かなり低い。
「椿、なんでお前がいるんだ?」
困惑した様子の会長を見るに、椿先輩がここに来ることは、私だけが知らなかったワケではないらしいな。
だが、本当に、どうして······?
「そこにいたこいつを、締め上げてたんです」
「······ん?······ああ、放送部の!学年は忘れたけど、とにかく私より年下の子だよね?君、ある意味グッドタイミングだよ!」
「はぁ!?」
「椿先輩、すみませんが、その人をもうしばらく逃がさないでください」
「大丈夫よ、ちゃんと腕、固めておくから」
「風紀委員長が、女子に笑顔······!?」
「いやいや、夏草会計。そんなにおかしい事じゃないよ。椿先輩、女の子に優しいから」
「嘘でしょ!僕達、今まで······っ!」
「······庶務くん?」
妙な会話をする彼らをよそに、自分のカバンの中をごそごそと探る。······よっしゃ、見っけ。
「良かったね、見つかったよ!覗き魔くん!」
「のぞっ······!」
「事実だろう?ふふっ······これ、何かお分かり頂けるかな?」
小さなファイルを取り出し、彼に見せる。彼は眉をひそめ、なんだそれ、と言った。
······そりゃ知らないよね。だって私のものだから。
「これには、君の情報がしっかり詰まっている。君の今までのちょっとアレなことが、ね」
「へえ。乙さん、それには何が書かれているんですか?僕、すっごく興味があるんです」
「お、藤崎先生が食い付きましたか。菊屋副会長あたりかな、と思いましたが······。んなこたどうでも良いですよね!」
藤崎先生の言い方からして、彼は私を怒るためにああ言ったんじゃない。
おそらく、覗き魔くんに恥をかかせるためだろう。
本家腹黒より、ずっと性格が悪い。教師としてダメなのではと思ったが、真面目に考えれば、被害者は私だ。なんか雰囲気的に、私が悪役だけどね。でも先に覗き見したのは、あちらさんだ。
「では、報告ターイム!大丈夫だよ、マジでバラしたらまずいものは、隠すからさ」
「乙、何を······!」
明らかに遠慮のないそれに、私は顔から笑みを消す。藤崎先生と椿先輩は、私の方を見て、その端正な顔を引きつらせていた。
「······誰が呼び捨てにして良いって言った?」
「······あ······その······」
「悪いが······いや、私は悪くないね。まぁ覗き魔くん、よぉく聞いて?」
「はいっ······」
「私はね、苗字を呼び捨てにされるのが、大っ嫌いなんだ。特に、同級生の女子と、年下に呼び捨てにされんのは」
私だって、相手が年上だと知りつつ、呼び捨てにしたことはある。だが、後悔はしていない。むしろあれで正しかったと思っている。
彼らを呼び捨てにしたのには、ちゃんと理由がある。
私は彼らを、尊敬に値しない、心の底から見下すべき存在として判断したのだ。
「君ごときが堂々と見下せるほど、私は······」
そう言いかけて、私は口を閉ざした。
······自分を過大評価してしまうとは、恥ずかしい。
私は、どうしようもない人間だというのに。それは、自分でも認めているのに。
否定しては、いけないのに。
「······とりあえず、だ。君、二度と私を呼び捨てしないでくれたまえよ?今度呼び捨てにしたら、怒っちゃうからね?」
にっこり笑って、手に持っていたファイルをしまう。先生と副会長が残念そうな顔をしたけど、知ーらないっと。
「んで、椿先輩は、どのようなご用事で」
「風紀の見回りよ」
「副委員長さんは、どちらに?」
「······あの子と、会いたかったの?」
「いえ、姿が見当たらないので、聞いただけです」
「そう?良かった。実はね、あの子、相手するのが嫌になっちゃったから、置いてきちゃったの」
「なるほど。······本題ですが、そいつ、どうします?」
「······コレ?」
「ソレです」
本題を持ち出した途端に、先輩の······。······とにかく怖い目が、覗き魔くんへと向けられる。
何も、そこまで嫌わずとも······。
「······回収していくわ。先生、手伝ってください」
「ええ、勿論。······そうだ、乙さん」
「なんですか?」
「放送部からの質問には、好きに答えてくださって構いませんよ」
「······他の皆さんも良いですか?」
問う前に答えられて少し驚くも、しっかり他のメンバーに確認を取る。
意外と皆、すぐに頷いてくれた。
「尊くん」
「どうした?」
「頃合いを見て、自由に解散してくれて大丈夫です。帰る前に、職員室に寄ってくれれば最高です」
「分かっ······」
おそらく、『分かった』と言おうとしたのだろう。
だが、それは唐突に流れた別の声によって、遮られた。
『綾!』
「誰だ!?」
急に聞こえた音に驚いたのだろう。会長が大きく身を震わせ、警戒態勢に入りながら怒鳴る。
聞こえてきたのは、空の声だった。
『クソッ他にも人がいたのか!』
「桐生会長、私の友人です!」
『綾、聞いてくれ!仮面だ!』
上着の内ポケットから無線機を取り出した際に、ちょうど言われた言葉で、何事かを悟る。
覗き魔くんはグッドタイミングだったのに······!こっちは、なんと間の悪い!
「おい、どういうことだ!?」
「あとで説明します。······何があっても、窓から顔を出さないでください。······絶対に」
『他とも繋ぐぞ』
『あーちゃん、あいつらや、タバコの!』
「タバコ?」
空以外の二人とも繋がる状態になって真っ先に聞こえたのは、チカの声。もう一人······キャシーは、既に戦闘に入っているようだ。
それよりも、チカの言っていた『タバコ』。これで浮かぶのは、一つだけ。
GW中に、仕事の相手となった組だ。
「······皆、仮面は持ってるね?」
『三人とも問題ねぇ。綾も持ってるよな?』
「服もばっちり」
『こっちもやで!全員、予備、ロッカーに入れとったからな』
『······あやや、ウチ、終わったで』
「キャシー、早いね」
会話を続けながら、ロッカーから真ん中で色の別れた狐の面を取り、顔につける。ついでにコートも上から着る。暑い。
『あやや、下、見て』
キャシーの指示通り下を見ると、校門の奥に複数の人間がいる。男だ。十······は多く見積もり過ぎか。
強そうな奴はいない。······雑魚は千人単位で用意しないと、意味がないってのに。
······よし。
「今行くよ」
仕事用の高い声を出して、仲間に告げる。
私は、窓を開けて一階に飛び降りた。
「ゴラァァァ!ミオ、ユキ、カレン、ソラァ!一人でもいねぇのかぁ!?」
先頭に立った、おせんべいみたいな四角い髪型の人が、顎を突き出して校門から入ってこようとする。
守衛さんが抑えようとするが、年老いた彼だけでは、とても抑え切れない。
『ユキはここじゃぁっ!ついにこっちも有名になったんかぁ!?』
『······単純に、名前憶えられとっただけやないかな』
『あ!オイコラテメェ!俺の愛しいマシンに、触ってんじゃねぇよ!』
「チカ、空、落ち着け。特にチカ、今は仕事中じゃないから、刃物出すなよ。空も、『俺』になってる。深呼吸。マシンも安全なの使いな」
『『了解!』』
「キャシーは、お疲れ様。倒した奴は······ポケット漁って、親玉に連絡。もしくはそれに近い人らに」
状況を声で伝えつつ、私に向かって突き進んできたやつを、蹴り飛ばす。骨は折ってないつもり。分かんないけど。
二人目。三人目。私が蹴ったやつらは、起き上がらない。四人目。五人目。右足が疲れてきた。左足に変えよう。六人目。七人目。
お、ラッキーセブン。
「······守衛さん、大丈夫ですか?」
ひとまずやーさん風の男七人を蹴り飛ばし、守衛のもとへと急ぐ。
せんべい頭に軽く振り払われただけだからか、彼はかすり傷こそあるものの、重傷はなさげ。
「ごめんなさい。私の仕事の弊害です」
彼も慣れたのだろう。静かに頷き、「仕方ない」と言ってくれた。
『あーちゃん』
「どうした?」
『こういうのが来るんは、あーちゃんのせいちゃうで』
『あややは、力を示しとるもん。強さを読み取れへんかったアホが、こうやって仕返しに来るだけや』
『現に、多少でも力量をはかることの出来るやつは、来たことねぇだろ』
「······ん、そうだね」
『それに、綾が仕事に誘ってくれなきゃ、あたしのマシンの実験台がいなくなっちまうだろうが』
『ホンマそれな!あーちゃんの仕事の、こっち、凄い楽しんどるし!』
『ウチもやぁ。この楽しみ知ったら、もう手放せんよなぁ』
『うっわサイコ二人発見。······ぁんだよ触んなっつってんだろうが!それとも何か?口からこのドリルぶっ刺して、貫通させてほしいのか?とんだ変態ちゃんだなぁオイ!』
『やっだ、そーちゃん、お下品~』
『そらりん今は仕事中ちゃうで』
「あはは、まぁ私は終わったし、部屋に戻るわ」
空の少々下品な言葉と、ギュルギュルというチェーンソーか何かが作動する音を聞きながら、生徒会室へと戻る。
全員無事に戦闘が終わったのを確認して無線機を切り、部屋に入ると、顔を真っ青にした椿先輩が駆け寄ってきた。
「乙さん、大丈夫!?怪我はないわよね!?」
「問題ないですよ。むしろ相手さんが心配なくらいですもん」
「······乙、説明してくれるんだよな?」
「はい。強制ではありませんし、聞きたい方だけお座りください。誓約書は書かなくても良いですけど、他言無用でお願いしますよ?」
「分かった」
会長は迷いなく頷き、席に座る。他の人達も、会長に続くように席に座った。
椿先輩は、予備の椅子だけど。
「さっきの方々は、私の『仕事相手』の身内さんです」
「仕事相手ってのは、具体的に言うと?」
質問役は、会長が引き受けたらしい。他の人は黙って聞いている。
「場合によります。今回はやーさんでしたけど、パワフルな罪人が相手の時もあります」
「罪人?そもそも、お前の仕事ってどんな仕事だ?」
「危険な相手を捕獲するお手伝いです」
「危険な相手?」
「言い換えるなら、簡単に捕獲できない人。刃物の扱いに長けていたり、喧嘩が強かったり。あと、今回みたいに、仕返しが怖い人」
「お前が相手する方が、まずいだろ」
「いいえ?私、客観的に見て強いですから」
「······たしかに、下の様子を見る限り、そうだな。······じゃあ、急に聞こえてきたのは誰の声だ?」
「声?」
「ほら、あれが原因でお前、下に行っただろ」
「ん······?ああ、あの声ですか。あれは、私の友人です。彼女含め、三人の友人達が一緒に仕事してくれたので、それで彼女らの方も狙われたのでしょう」
多分、私達を探すため、他の学校にも行っているだろう。だがそこまでは気を遣っちゃいられない。キャシーがタバコさんのお偉い人に話つけたって言ってたから、なんとかなってると良いけど。
「お前の友人達ってのも······大丈夫なのか?」
「ええ、皆も強いですよ。私と違って、武器を使う分、私より危ないくらい」
「武器······」
「他に何か、ご質問は?」
「乙さん。乙さんがその仕事を、始めた理由は?」
そう尋ねたのは、副会長。
仕事をする理由なんて、限られてると思うけどなぁ。その仕事が好きだからか、もしくは······。
「お金が必要だったからです。一人暮らしするにも、ゲームを買うにも、この学校に通うのにも、すべてお金がかかる。お金を稼ぐには、この仕事がいっちゃん私に合ってたんです。今は充分に稼ぎましたから、引退も考えてますけどね」
「そうですか。では、もう一つ。下にいた男が叫んでた『ミオ』、『ユキ』、『カレン』、『ソラ』のうち、貴女は······」
「······内緒ですよ~。分かるでしょうけど」
「どうして、あの男は、名前を知っていたんですか?」
「私達が、そう呼び合ってますから」
「名前に共通性は?」
「あ~、ありますよ、一応」
「暗号か、何かですか?」
「違いますよ。ただ、呼ばれて反応しやすくするために、各々に馴染みのある呼び名にしただけで」
「馴染みとは?」
「それ以上は、ちょっと。いや、本当に深い意味はないんですよ」
皆の『昔の呼び方』を使っただけで、特に暗号でもなんでもない。
「あ、勿論私の格好にも、深い意味は、特に。あれらは完全に私の好みです」
「仮面は、顔を隠すためもかねて、ですか」
「そういう事です。······ま、皆さんが法を犯さなければ、私の仕事相手になることは、まずありませんよ。関わるのは、ほんの少しの間だけです。皆さんに被害が及ぶことは······おそらく、ないでしょう」
「断言はしないのね」
苦笑する椿先輩に、満面の笑みで答える。
「私、正直ですから」
ここに友人達がいれば、笑いながら言うだろう。
『嘘吐き』と。




