第6話
丸太を組んだ家の中は、外見に反して広かった。
壁際に避けられた椅子と中央に粗い台。
その周囲をぐるりと囲むように、大人たちが集まっている。
十人どころではない。子どもを連れた家もあり、
視線の数だけ圧があった。
中央には、村長ルーメル。
白髪と深い皺に年輪が刻まれているが、
その目だけは刃のように鋭い。
横にはレメリィが真剣な眼差しで立っている。
その視線の先、腕を組んで立つ大男──ワーゲル。
浅黒い肌、無駄のない筋肉。
村長の孫であり、この場の空気を引き締める存在だ。
隣には、対照的な男がいる。
色白で整った顔立ち、柔らかな物腰のダイノ。
櫓の男だ。
今は、ワーゲルに同調する側にいる。
その後ろには、“イケおじ“風な中年の男と、艶のある女。
どうやらダイノの両親らしい。
さらに、いかにも頑固そうなドワーフ体型の老人と中年男。
他にも各家の主たちが、揃っている。
──そして、場違いがひとり。
俺は、レメリィの隣で浮いていた。
議題は、俺が口にした“揚水水車”。
誰も水車という言葉に反応しなかった。
「王族が来る時期が近いだろ」
ワーゲルの声が低く落ちる。
「準備が先だろう。よくわからんものに使う時間はない」
「できるかどうかも分からんしな」
ダイノが静かに続ける。
「そんなの、いつも一日で終わるじゃない」
間髪入れず、レメリィが返した。
「水汲みが楽になるなら、そのほうが大事でしょ?」
「川のほうが低いんだぞ?」
別の男が口を挟む。
「どうやって水を上げる?無理に決まってる」
「それにだ」
別の声が重なる。
「昨日来たばかりの奴だぞ?信用するのか?」
ざわり、と空気が揺れた。
ワーゲルが無言で頷き、ダイノもそれに続く。
レメリィは俺を見る。
俺は、完全に狼狽えていた。
(いや……無理だろ、これ……)
視線が刺さる。喉が乾く。
昨日来たばかりの俺が、村の方針に口を出す?
──なんでこうなった。
思考は、少し前へと引き戻される。
◇
水汲みの帰り道。
「王族の人たち、水車とか知ってるかもしれないよ?」
レメリィは何気ない調子で言った。
「来たら聞いてみれば?」
違和感があった。なんで自分たちは知らないのに、
“王族なら知っているかもしれない”になるんだ?
問いかけると、レメリィはあっさりと答えた。
この森の外にある国──シンドール王国。
そこはもともと、この森を出た者たちが築いた国だという。
森は彼らにとって“ルーツ”であり、“神聖な場所”。
王族以外は基本的に立ち入りを許されない。
そして、この森に住む者たちは──“マモリビト”。
守る者として、敬われている。
「だからね、あんまり外のもの入ってこないんだよ」
レメリィは肩をすくめた。
「村からは時々、薪とか毛皮売りに行くけどね」
あっけらかんとしている。
「向こうから来るのは年一回くらいかな」
そしてシンガを見てニヤッとした。
「あとは迷い込んだ旅人くらい?」
(俺のこと?だよな…)
レメリィの悪戯っぽい顔に、
苦笑いするしかなかった。
それにしても、
(なるほど、閉じた環境か)
「……みんな、外に出たいとは思わないのか?」
その問いに、レメリィは少しだけ考え──
「この森も村も、私は好きだよ…」
そう答えた。
だが、その声音にはわずかな揺らぎがあった。
「でもね……」
ぽつりと続ける。
「泉が枯れてから、水汲み大変でしょ?」
「だから……若い人たち、もしかしたら出ていくかも」
王都へ。
そのまま帰らずに。
「止めるつもりはないよ。自由だし」
そう言って、少しだけ視線を落とし──
「それに、私だって……」
胸に手を当て…そこで言葉を切った。
──その光景が、重なる。
幼い頃の記憶。
リビングで遊ぶ自分。
ダイニングで電話をする母。
『お母さん、いい加減こっち来て一緒に暮らそう?』
『もう村にお母さんしかいないじゃない』
『心配なのよ』
過疎化。
離れていく人々。
(……同じだな)
ここでも。
残りたい想いと、離れたい現実。
どちらも正しい。
(なら──少しでも変えられたら?)
全部じゃなくていい。
ほんの少しでも、生活が楽になれば。
目に見える変化があれば。
──ここに残る理由になるかもしれない。
「なんか、しんみりしちゃったね」
レメリィが笑って空気を戻そうとする。
そのタイミングで、シンガは口を開いた。
「水…なんとかしようよ、って言ったら?」
レメリィが、ぽかんとする。
「どうゆうこと?」
シンガは桶を地面に置き、枝を拾い地面に図を書く。
「さっき話した水車を作るんだ。川から村まで水路を引いて……」
「そしたら水汲みしなくて済むよ」
「……水汲み…しない?」
一瞬の沈黙。
次の瞬間──
「いいねそれ!」
目を輝かせて食いついてきた。
勢いに押され、シンガは少したじろぐ。
「あ、いや……そんな簡単じゃないけど」
「どれくらいなの!?どうやるの!?」
近い、圧が強い。
だが、説明を重ねるほどに、
レメリィの目はさらに輝きを増していった。
「うん!今からみんなに相談しよう!」
その一言で、すべてが動き出した。
──そして現在。
「ふぅ…」
シンガは、意を決して前に出る。
「あの、みなさんの伝統を壊すつもりは、全くありません」
視線が集まる。
だが、もう逸らさない。
「ただ…このまま危険な不便を放置するのは…」
言え、言うんだ。
「…見て見ぬふりはできません」
レメリィが真っ直ぐ見ている。
「自分の知識で、水をなんとかできるかもしれません」
みんなの視線を感じる。
「でも──ひとりじゃ無理です」
深く息を吸う。
「力を、貸してください」
静寂。
やがて、ワーゲルが口を開いた。
「村の外での作業だ。危険もある。常に護衛なんてできん」
低く、現実を突きつける声。
「それに失敗したらどうする?」
どこからかの声。
「無駄になるかもしれないだろ?」
正論だった。
だが、シンガは首を振る。
「やり方を工夫すれば、安全は確保できます」
ワーゲルの眉がピクっと反応する。
「それに……無駄なことなんてありません」
ひと呼吸おく…。
「失敗しても、それは次に繋がる」
一歩踏み出す。
「諦めずに続ければ──必ず、できます」
その言葉に、ダイノがわずかに表情を変えた。
周囲でも、小さく頷きが広がる。
やがて、ルーメルが静かに言った。
「ワーゲル。お前の言うことはもっともじゃ」
だが、と続ける。
「わしらが不便を受け入れ続ける理由も、ない」
ルーメルは集まった人たちを見回す。
「挑戦するだけなら、失うものはあるまい」
視線が、ワーゲルへ向く。
彼はしばらく子どもたちを眺め──
水汲みをする姿を思い出していた。
「……条件がある」
低く言った。
「安全確保は俺の案を最優先。それが守れるなら、やる」
一瞬の静寂。
次の瞬間──
場が、一気に沸いた。
「よし、やろう!」
「面白そうじゃねぇか!」
歓声が上がる。
シンガは、ようやく息をついた。
胸の奥の緊張が、ほどけていく。
その様子を、レメリィがあたたかい目で見ていた。
「じゃあ……」
シンガは言う。
「簡単でもいいので、設計図を描きたいんですが……」
「紙とペンを貸してもらえますか?」
──ぴたり、と。
場の空気が止まった。
「紙?」
ダイノが、怪訝そうに眉をひそめる。
「あるわけねぇだろ、そんなもん」
「……え?」
シンガの声だけが、間の抜けたように響いた。
《続く》
おまけ
そのあと、俺は村長の家で食事をしていた。
さっきまでの重苦しい空気が嘘みたいに、場は静かだ。
木の器に盛られた、いもみたいなやつ。
湯気の立つ具だくさんのスープ。
あと、見たことのない果物。
一口食べる。
(……薄いけど、うまいな)
味付けは控えめだけど、素材の味がちゃんと出ている。
体にすっと入る感じだ。
本当にうまい。
「それ、村長が作ったんだぜ」
隣からダイノが言う。
(マジか)
思わず、箸──じゃない、木のスプーンか──を止める。
ちらっと見る。
ルーメルは何事もない顔で、淡々と食事を進めている。
そういえば奥さんはもういないとか言ってたな。
ずっと一人暮らし。
(……普通にすごくないか、この人)
というか。
(レメリィのおじいさんだったのか)
今さらながら納得する。
同じ卓を囲んでいるのは、
村長、ワーゲル、レメリィ、ダイノ。
なんでダイノがここにいるのか…。
正直よく分からないが、まぁ。
そういう距離感なんだろう、この村。
みんな静かに食べている。
無駄話はない。妙に行儀がいい。
──ひとりを除いて。
「さっきの“紙”の話だけどな」
ダイノが、また話しかけてくる。
「ありゃ超高級品だ」
「え、そんなに?」
「ああ。動物の皮を伸ばして作る」
(あー、羊皮紙か)
なるほど、そりゃ貴重だ。
「普段は木の板か、葉っぱだな」
「……なるほど」
なんか歴史の教科書で見たやつだな、それ。
ペンについて聞くと、細い枝とインクで書くらしい。
インクは炭から作る。
ここまではまあ理解できる。
でも。
「色もあるぞ。赤とか、黄とか、紫とか」
「へぇ……」
そこはちょっとテンション上がるな。
妙に文化レベルが歪だ。
その違和感は、すぐに別のところにも引っかかる。
村人たちの服。
白い。完全な純白じゃないが、かなり近い。
しかも柔らかくて薄い。ちゃんとした布だ。
レメリィの服なんか、金の装飾まで入ってる。
(なのに紙はないのかよ)
ちぐはぐだ。
「その布、何でできてるんです?」
「草だな」
「……草?」
「森にいくらでも生えてるやつだ」
手振りで教えてくれる。
「刈って乾かして、皮を剥くと中が繊維になる」
「へぇ」
「それを洗って乾かして、編む」
ああ、なるほど。
繊維植物か。
麻とかそんな感じか?
「染めれば色もつく。でも手間だからあんまりやらないな」
「ふーん……」
そこで、ふと引っかかる。
(……あれ?)
それ、加工次第で紙にできないか?
繊維をほぐして、漉いて、圧縮して──
いけそうな気がする。
「紙のようにできたりは?」
試しに聞いてみる。
ダイノは少し考えてから、首を振った。
「無理だな。一本一本が太いから、布にはなるが……」
身振り手振りで説明してくれる。
「書こうとすると滲んで終わりだ」
「なるほど……」
繊維が粗いのか。
繊維をもっと細かくできれば、いけそうだけど──
(いや、今は水車だ)
頭を切り替える。
優先順位。
水をどうにかする方が先だ。
紙はそのあとでもいい。
……その時だった。
視界の端に、例のあれ、
エネルギーがなんたら…
いや、これは──
>> Progress: 100%
>> 修復率:100%
>> Switching to Standard Operation
>> 通常モード移行
>> Current Stage: 1
>> 現在ステージ:1
(お……?)
思わず手を止める。
(100%?)
そういえば。
体の痛みが、ない。
昨日まであった鈍い痛みも、違和感も、
全部消えている。
(……完全に治ってる)
“通常モード移行”。
つまり、今までは異常状態だったってことか。
(緊急モード的な?)
まあ、いい。
問題はその先だ。
(ステージ1……)
頭の中に、情報が流れ込む。
身体能力の補助。簡易予測。視覚補助。
(ほう…)
実際どんなものかはわからないが、
出来ることが増えたのは嬉しい。
それに…
ゼロとイチの差は大きい。
よし。
やれることが確実に増えている。
(……で)
問題は。
(ステージ、いくつまであるんだよ)
先がある前提の表示だ。
嫌な予感しかしない。
だが同時に──
(使えるもんは使う)
それだけだ。
スープを一口すする。
温かい。
現実に引き戻される。
目の前では、レメリィがいつも通りの顔で食事をしている。
ワーゲルは無言。ダイノは相変わらずだ。
さっきまでの“決断”が、もう日常に溶け込んでいる。
(……始まるな)
水車。
村。
それから──自分の力。
全部まとめて。
ここからだ。
《続く》
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