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PROTOCOL:ASH ──“神殺し”を埋め込まれた俺の異世界禁書──  作者: さば虎


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第28話

 

 太陽はすでに頂点を過ぎていた。

 窓から差し込む光はまだ白く、空に夕色の気配はない。


 集会室には静かな空気が満ちていた。

 昼騒ぎの熱も、笑い声も、今はもう残っていない。


 部屋の中央。


 椅子に腰掛けたシンガが、自分のことを話していた。

 エムハトが向かいで黙って聞いている。


 元いた世界のこと。

 白い部屋で目を覚ましたこと。


 少し離れた壁際では、ルーメルが顎髭を撫でながら二人を眺めている。

 他には誰もいなかった。


(こやつ……ちょいちょい、わしを見るのぅ)


 暗黙の了解。


 嘘を察知すればルーメルが咳払いをする。

 エムハトはそれを頼りに話を聞いていた。


(居眠りしとらんかと思うておるんじゃろうが……)


 ちらり、とまた視線が来る。


(真面目でできるやつなんじゃがのぅ……失礼なやつじゃ)


 ルーメルは鼻を鳴らした。


(シンガが嘘を言わんのじゃ。仕方なかろう)


 シンガの声だけが、静かな室内に淡々と響いていた。


「目が覚めた時、そこは真っ白な部屋で――」


 彼自身、説明していて現実感が薄いのかもしれない。

 だが語り口に迷いはなかった。


 エムハトもまた、途中までは一言も挟まずに聞いていた。


 しかし。


「……失礼」


 初めて、エムハトが口を開いた。


 シンガが言葉を止める。


 ルーメルは目を細めた。


(ふむ。やはりお主も“そこ”に引っかかるか……じゃが……)


「すみません。もう一度確認させてください」


 エムハトは慎重な声音で言った。


「その人物は……男で?」


「え?」


「名は、なんと」


「アルファ……って名乗ってました」


「男……アルファ……ですか……」


 エムハトの眉がわずかに寄る。


 何かが噛み合わない。


 そんな顔だった。


 だが、それもほんの一瞬だった。


「……失礼しました。続きをお願いします」


「ああ、はい」


 シンガは特に気にした様子もなく、話を続けた。


 レノスを撃ち込まれたこと。


 エムハトは一瞬だけ首を傾げたが、遮りはしなかった。


 空間が崩れるような感覚。

 帰還実験に失敗したらしいこと。

 そして、森へ落ちる直前まで。


 語るほどに、部屋の空気は重くなっていく。


 エムハトはもう途中で口を挟まなかった。

 ただ静かに聞いていた。


 誰も言葉を発さない時間が流れた。


 やがて。


 エムハトが、低く口を開く。


「……話してくださり、ありがとうございました」


 その声には、疑いよりも、整理しきれない困惑が滲んでいた。


 シンガは肩をすくめる。


「まあ、信じろって方が無理だとは思いますけど」


「いえ」


 エムハトは首を横に振った。


 彼はしばらく黙ったまま、シンガを見ていた。


 観察するように。

 測るように。


 そして。


「実は――」


 静かな声だった。


「あなたを、間者だと思っていました」


「え?」


「今の、このタイミングで村に入り込むモリビト持ち……」


(……守り人、持ち?)


「お嬢を狙った輩が放った者ではと」


「お嬢……シーラさんですか?」


「えぇ。しかし、思い過ごしだったようです」


「そうですね……すみません」


「何故謝るのですか?」


「あ、いえ、なんとなく……」


 エムハトは小さく息を吐いた。


「他にも、思うところはあるのですが……」


「……?」


「正直、まだ整理しきれていません。王都に戻れば、あるいは何かわかるかもしれませんが」


「……すみません」


「ですから、何故謝るのです」


「あー……癖、です」


 エムハトは一瞬だけ目を細めた。

 呆れたのか、感心したのか、その表情は曖昧だった。


 しばし沈黙が落ちる。


 そして。


「帰りたい……とは、思わないのですか?」


 不意に、エムハトが尋ねた。


「え?」


「その、“にっぽん”ですか。あなたの世界に」


 シンガは少しだけ視線を落とした。


「信じてくれるんですか?」


「信じられない、というのが正直なところです」


「……」


「ですが、それ以外に理屈が合わないのもまた事実」


「理屈、ですか」


「ワイバーンは森に用はないはずですし、先へ抜けても海です」


「海……」


「それに、レメリィさんも姿は確認していない、と」


「はい」


「ワイバーンに攫われていた、と考える方が、私には難しいですね」


「そうですか……ありがとうございます」


 エムハトは答えなかった。


 ただ静かに、シンガを見ている。



 帰りたいと思わないのか。



 その問いだけが、まだ宙に残っていた。



 エムハトは急かさなかった。

 答えを待つように、静かに座っている。


 シンガは視線を落としたまま、小さく息を吐いた。


「俺は……」


 言葉が止まる。


 何から話せばいいのか、自分でも整理しきれていないのだろう。


 しばらくして、ぽつりと続けた。


「白い部屋では、帰れるって聞いて……正直、安心してました」


 あの無機質な空間を思い出す。


「森に落ちた直後も、帰ってこれたんだと思ったんです。なんか、山奥とか、そのへんかと」


 苦笑する。


「でも全然違った」


 空気が静かに沈む。


「最初は、すぐ帰りたいって思いました」


 それは本音だった。


 突然知らない場所に放り出されて。

 化け物みたいな生き物までいる。


「……でも、まず生きるのが先だったんですよね」


 乾いた笑みが漏れる。


「帰る方法探す前に、死にそうだったんで」


 エムハトは何も言わない。


 シンガはゆっくりと言葉を探しながら続けた。


「村に来て……受け入れてもらえて、嬉しかったんです」


 思い返す。


「だから、なんか……村のために何かしたいって思って」


 視線が少しだけ揺れる。


「帰りたい気持ちは、あります。ちゃんと」


 その言葉には迷いがなかった。


「でも、帰り方が分からない」


 静かな声だった。


「分からないことを、ずっと考えてても仕方ないって思ったんです」


 諦めではない。


 切り替えだった。


「だから、まずは今、この世界で生きる場所が欲しいって」


 シンガは苦く笑った。


「……たぶん俺、村に甘えてるんですよね」


 誰も否定しない。


「申し訳ないとは思ってます。でも、今は甘えるしかないって思ったんです」


 ルーメルは顎髭に手を添えたまま、静かに目を閉じていた。


 シンガの声だけが続く。


「その代わり、恩返ししようって」


 それは、決意というより。

 もっと素朴で、現実的な感情だった。


「村の暮らしが、少しでも良くなるように」


 できることをやる。

 今は、それだけだった。


「……今は、それしか考えてないです」


 言い終えると、部屋に再び静けさが戻った。


 エムハトはしばらく何も言わなかった。

 ただ真っ直ぐに、シンガを見ていた。


 その視線には探るような鋭さがあったが、不思議と嫌な感じはしなかった。


 やがて。


 エムハトが静かに口を開く。


「あなたは、見かけによらず現実的なようですね」


「……え?」


 思わず間の抜けた声が出た。


 エムハトは淡々と続ける。


「帰還という不確定な希望より、まず生存基盤を優先した」


「まぁ……そう、なるんですかね」


「感情ではなく、順序で動いている」


 シンガは困ったように頭を掻いた。


「そんな大したもんじゃ……ただ、どうにもならない事考えてもなって」


「それができる人間は多くありません」


 そう言ったあと。


 エムハトは、ごく自然な口調で続けた。


「王都に来ませんか?」


「……はい?」


 シンガが固まる。


 ルーメルが片眉を上げた。


「もしかすると、何かきっかけが掴めるかもしれませんよ?」


「……!?」


 シンガは身を乗り出した。


「何か知ってるんですか?」


「いえ」


 エムハトは首を振る。


「私ではなく、王家が、です。可能性の話ですが」


「王家……」


 その単語の重さに、シンガの声が少し低くなる。


 エムハトは小さく目を細めた。


(こちらの御仁も……ですがね)


 胸中でだけ呟く。


 だが。


「あ、でも……」


 シンガが言い淀んだ。


「何か問題でも?」


「いや……問題っていうか」


 シンガは視線を泳がせる。


「ちょっと、やりたい事というか。やり残しっていうか」


 頭の中に浮かぶものは多かった。


「長くなりますか?」


「……たぶん」


「具体的には?」


「わかりません……」



「ふむ……」


 エムハトは腕を組み、少しだけ考える。


 シンガは気まずそうに肩をすくめた。


「すいません」


「構いません」


 即答だった。


「今回の滞在を終えれば、我々は一度王都へ戻ります」


「はい」


「三ヶ月後に、再び参ります」


「えっ」


 思わず声が漏れる。


 エムハトが首を傾げた。


「早いですか?」


「あぁ、いや……そうじゃなくて」


 シンガは苦笑した。


「なんか、そこまでしてもらうの悪いなって」


「気にしなくて結構です」


 エムハトはあっさりと言う。


「それまでに、可能な限り用事を済ませておいてください」


「あ、はい」


「それと――」


「?」


 エムハトの目が少し鋭くなった。


「三ヶ月で、できるだけ体力をつけておいてください」


「え?」


「あなたのモリビト……レノス、でしたか」


 静かな声だった。


「未熟すぎます」


「あ……」


 即座に反論できなかった。


「能力の割に体力がない。今のままでは、持ち腐れですよ」


 シンガは思わず黙り込む。


 図星だった。


「承知、いただけますか?」


「あ、はい」


「よろしい」


 エムハトは静かに頷いた。


 目の前の青年は、未熟だ。


 知識も浅い。

 力の扱いも危うい。


「ルーメル村長、これでよろしいでしょうか?」


 エムハトは、壁際で静かに聞いていた村長を伺う。


「シンガの思うことをすれば良い……」


 ルーメルは穏やかに言った。


 だが。


(妙な男じゃ……)


 自分の帰還よりも、まず村のことを選ぶ。


 その感覚は、嫌いではなかった。



 エムハトは何も言わなかった。


 ただ静かに、シンガを見ていた。




 窓から差し込む白い光が、静かに傾いていく。




 《続く》

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