第27話
村長宅の集会室には、焼いた肉と果実酒の匂いが満ちていた。
だが、その賑やかな空気とは裏腹に、部屋の中央ではひとりの男が瀕死の様相を晒している。
「うぅぅ、いあ、おうくえあいっふお……」
シンガは椅子に座らされたまま、口いっぱいに食べ物を詰め込まれていた。
左の頬は青黒く腫れ上がり、顔の形すら変わっている。
さらに左腕は肘から先が不自然な方向へ折れ曲がっており、見ているだけで痛々しい。
「ほら、次!」
シーラが待ちきれない様子で果物を差し出す。
「食べたらすぐ治るんでしょ?」
「そういうものじゃないと思うよ……?」
隣でレメリィが苦笑混じりにたしなめた。
しかしシンガは反論する余裕もないらしい。
「んぐ……っ、んん……!」
ひたすら咀嚼を繰り返し、必死に飲み込んでいく。
食べ物を飲み込むたび、腫れ上がった皮膚がじわりと沈み、折れ曲がった骨が鈍い音を立てて戻っていくのだから恐ろしい。
「おお……ほんとに治ってく……」
シーラが感心したように目を丸くした。
三時間前。
シーラの跳び膝蹴りをまともに受けたシンガは、そのまま床へ沈み、綺麗に気絶した。
いつもなら、十秒もあれば骨折程度の怪我は治る。
だが今回は違った。
手合わせで体力を限界まで消耗していたからだろう。
目覚めた時、左頬は青紫に膨れ上がり、左腕は肘の先で不自然に折れ曲がっていた。
治りきっていなかったのだ。
さらに、視界に浮かぶレノスの表示が、久しぶりにウィンドウモードへ戻っていた。
緊急時のエネルギーセーブ機能だ。
『エネルギー摂取必要』
簡潔なその表示を見た瞬間、シンガはレメリィを探し、食事のお願いをしたのだった。
結果として、現在に至る。
「むぐっ!?」
飲み込んだ瞬間、シーラの手が伸びる。
再び果物が口へ押し込まれた。
「待っ、まだ入っ――」
「どんどん食べて!」
「もがっ!雑らんらお治療法あ!」
叫ぶシンガを見て、レメリィが吹き出す。
その光景を少し離れた場所から見つめるルーメル村長とエムハト。
エムハトは静かに考え込んでいた。
(“剛力”状態のお嬢と正面からやり合える……が、体術はあまりにも拙い)
視線の先では、シンガがまた新しい果物を押し込まれている。
避け方に無駄が多すぎる。
重心移動も甘い。
戦い方に体系だった訓練の痕跡がない。
(先輩の言う通り……ド素人ですね)
戦士として見れば、あまりにも歪だった。
身体能力だけならモリビトの戦士にも劣らない。
だが技術は皆無。
まるで、力だけを突然与えられた子どものような――。
「だから言っただろ?」
不意に、横から低い声が飛んできた。
振り向くと、いつの間にかフリッジが隣に立っていた。
酒杯を片手に、面白そうにシンガを眺めている。
「……一体、何者なんですか? 彼は」
エムハトが小声で尋ねる。
するとフリッジは、少しだけ口元を歪めた。
「さあな。俺もまだ測りかねてる」
そう言いながら、シンガへ視線を向ける。
ちょうどその瞬間――。
「はい、あーん」
「待っ、ちょ、まだ飲み込――むごっ!?」
シーラが新しい果物を強引に突っ込み、シンガが涙目になった。
集会室に笑い声が広がる。
フリッジはその様子を見つめながら、静かに呟いた。
「ただ、敵じゃあねぇ……そいつだけは間違いない」
その言葉には、不思議な確信があった。
「……少し、彼と話しても?」
エムハトがそう聞くと、フリッジは無言のまま顎でシンガを指した。
好きにしろ、ということらしい。
エムハトは静かに歩み寄る。
近くで見ると、回復はかなり進んでいた。
顔の腫れは大分引き、折れ曲がっていた腕も真っ直ぐ戻りつつある。
(どう考えても異常……ですがね)
もっとも――口の中だけは相変わらずだった。
「シンガ君。少し聞きたいのですが」
咀嚼に全力を注いでいたシンガが、エムハトに気付き顔を上げる。
「ムルジア、という言葉を知っていますか?」
シンガは即座にぶんぶんと首を横に振った。
その隙を逃さず、シーラがまた果物を突っ込む。
「んんーっ!?」
「今チャンスだったから!」
「何のチャンスよ……」
レメリィが小さく突っ込む。
エムハトはそのやり取りを静かに見守りながら、続けた。
「アデニア、という言葉は?」
首を振るシンガ。
ルーメル村長を横目で見るエムハト。
「本当に、知らないのですね……」
「……?」
シンガは意味が分からないという顔をした。
「空から落ちてきた、と言ったそうですね?」
頷くシンガ。
「その前のこと、覚えていますか?」
シンガは少し考え、小さく頷いた。
エムハトの目が僅かに鋭くなった。
「詳しく、話せますか?」
問いの後、わずかな沈黙が落ちる。
シンガは口の中のものを必死に飲み込み――。
ゆっくりと、頷いた。
《続く》
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