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PROTOCOL:ASH ──“神殺し”を埋め込まれた俺の異世界禁書──  作者: さば虎


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第26話

 

 空と森の継ぎ目から、朝日がゆっくりと滲み出していた。

 磨かれたみたいな青空には、今日も雲ひとつ浮かんでいない。


「うっは!」


 シンガは森の中を駆け抜けていた。


 水路に沿ってブースト状態のまま疾走する。

 風が頬を叩き、景色が後ろへ流れていく。


 地面を蹴るたび、身体が軽く跳ねた。


 そして、そのまま一気に川辺へ飛び出す。


「はぁ……入れっぱ出来るようになってるけど、すごい疲れるなこれ」


 肩で息をしながら、シンガは苦笑した。


 レノスがステージ2へ上がったことで、ブーストも第二段階へ変化していた。


 以前のような瞬間加速だけではなくなっていた。

 今は、自分の疲労次第である程度維持できる。


 身体への負荷は大きい。


 だが、思っていた以上に便利だった。


「行動予測は……」


 アイコンに意識を集める。


「なるほど、ね」


 そう呟きながら、シンガは川へ入る。


 冷たい水が足を包み、火照った身体を冷やしていく。


 そのまま水面近くへ屈み込み、じっと流れを見つめた。


 魚影が動く。


 視界の中で、その軌道だけが妙にはっきり見えた。


 シンガはゆっくりと手を差し入れる。


 逃げる先を読むように。


 水を乱さぬまま、静かに――掴む。


「……おっと」


 手の中で魚が跳ねた。


 ぴちぴちと暴れるそれを見下ろし、シンガは少しだけ眉を寄せる。


「魚じゃ実感できないな……」


 そのまま川へ戻す。


 魚は一瞬で流れの中へ消えていった。


「もっとやりあえるようじゃないと……」


 呟きながら川から上がる。


 濡れた足で岸を踏みしめた時、不意に視線が止まった。


 少し離れた場所。


 朝日に照らされながら、水車がゆっくりと回っている。


 木材の軋む音が、静かな森に溶け込んでいた。


「……点検だけしていこうかな」


 シンガは軽く身体を伸ばし、水車へ向かって歩き出した。


 川沿いを歩きながら、シンガはゆっくりと伸びをした。


 朝の空気はまだ冷たく、川から立ち上る湿気が肌を撫でる。


 水車は今日も変わらず回っていた。


 木材の軋む音と、水の流れる音。


 その規則的な響きを聞きながら近づいていく。


 村のある方角、森の木々の間から、二つの人影が現れた。


「あ」


 見覚えのある姿に、シンガは手を上げる。


「フリッジさん!」


「おぉ、シンガじゃねぇか。早いな」


 豪快に笑うフリッジの隣には、昨日見かけた男がいた。


 歳は三十前後だろうか。

 背筋を真っ直ぐ伸ばしたまま、静かにシンガを見ている。


「おはようございます。あの、こちらは?」


「あぁ、まだ顔合わせてなかったよな……」


 フリッジが隣を親指で示す。


「はじめまして。王国軍所属、エムハトと申します」


 落ち着いた口調だった。


「はじめまして。シンガです」


 軽く頭を下げる。


「……」


 だが、エムハトはすぐには何も返さなかった。


 穏やかな表情のまま、シンガの全身を漠然と眺めている。


 視線が合っているような、合っていないような。


「……?」


 シンガは少しだけ戸惑った。


 敵意はない。

 けれど、妙に観察されている感覚がある。


 そんな空気を割るように、フリッジが笑う。


「あぁ、こいつに水車をな、見せてやろうと思って」


「なるほど」


 シンガが頷くと、エムハトはゆっくりと水車へ視線を向けた。


「凄いですね。村の水路も全部、あなたが?」


「いえいえ! 言い出しっぺは俺ですけど、みんなで作ったんですよ」


 慌てて手を振る。


「そうですか……」


 エムハトは短く返すと、水車の周囲を静かに見て回り始めた。


 軸。

 流れ。

 木材の接合部。


 ただ見ているだけなのに、妙に細かく確認しているように見える。


 その背中を見ながら、フリッジがふと思い出したように口を開いた。


「そういやシンガ、おめぇ今日、櫓番あるな?」


「はい。フリッジさんに自警団入れられちゃいましたから……」


「いいじゃねぇか! やれる男は自警団って決まってんだ」


「俺はやれる男じゃないですって」


 苦笑しながら返す。


 すると、ちょうどそのタイミングでエムハトが戻ってきた。


「バグベアを消した……と聞きましたが?」


「いや、あれはほとんどワーゲルとダイノが――」


「何言ってんだ、おめぇがいなかったらやばかったって」


 フリッジが笑いながら肩を叩く。


 シンガは困ったように頭を掻いた。


 その間も、エムハトの視線は変わらない。


 まるで何かを測るみたいに、じっとシンガを観察していた。


 やがて、その口が静かに開く。


「お嬢と、手合わせしてみませんか?」


「……え?」


 思わず間の抜けた声が漏れる。


「おぉ、やってみなシンガ」


 フリッジは面白そうに笑った。


「ええ?」



 ◇



 広場の中央。


 白線で四角く区切られた空間の中で、シンガは静かに息を吐いた。


 その目の前に立つのは、一人の少女。


 白い巫女装束。

 黒く長い髪を高い位置で束ねたポニーテール。

 陽光を受けた髪が艶やかに揺れる。


 白い肌は、レメリィとはまた違う透明感を持っていた。


 大きな瞳を際立たせる黒いアイライン。

 作り物みたいに整っているのに、不思議と冷たさは感じなかった。


 ――シーラ。


 ただ立っているだけなのに、妙な存在感があった。


「ゴホンッ」


 二人の横に立つレメリィが、わざとらしく咳払いをする。


「ではこれより、シーラとシンガの手合わせを行います」


 その宣言に、広場を囲む野次馬たちが一気に沸いた。


「始まるぞ!」

「シーラだ!」

「シンガ頑張れよー!」


 見物人の中にはワーゲルやダイノの姿もある。


「秒で終わるんじゃねぇか?」

「いやシンガもあれ使えばやれる」


 少し離れた場所には、腕を組むフリッジと、その隣で静かに様子を見つめるエムハト。


 レメリィが淡々とルールを説明していく。


「武器の使用は禁止」

「線の外へ出た場合は敗北」

「あるいは、相手を死に体にした時点で勝敗を決定します」


(死に体って普通に言うなぁ……)


 シンガは内心で苦笑した。


 対するシーラは、ぴくりとも表情を変えない。


 それが逆に不気味だった。




「手合わせは三回!では!」


 レメリィが後ろへ下がる。


 ざわついていた広場が、すっと静まり返った。





「開始!」


 その瞬間――。


 ドンッ!!


 一瞬でシーラの姿が消えたかと思うと、次の瞬間には懐へ潜り込んでいた。


 大きく踏み込みながら放たれた拳。


 横殴りに突き出されたそれが、シンガの腹へめり込む。


 衝撃が身体を貫いた。


「ぐはぁっーー!?」


 踏ん張る間もない。


 シンガの身体はそのまま吹き飛び、白線を越えて地面を転がった。


 土煙が舞う。


 広場が静まり返る。


 誰もが呆気に取られていた。


 そして次の瞬間――。


「おぉぉぉ!!」

「さすがだなシーラちゃんつえぇ!」

「今の見えたか!?」

「速っっ!」


 歓声が爆発した。


 対照的に、地面へ転がったシンガは腹を押さえながら咳き込む。


「げほっ……なに今の……」


 あまりにも速かった。


 いや、速いだけじゃない。


(……重っっ!?)


 殴られた腹が、じんじんと熱を持って軋んでいた。


「なんで使わねぇんだぁ!」

「ちゃんと使え、シンガー!」


 外野から飛んでくるのは、ワーゲルとダイノの野次だ。


 まともに入った一撃だったが、痛みはすぐに薄れていく。

 レノスの回復が働いたのだろう。


 視界の端で、半透明のアイコンが淡く点滅していた。


(うん……わかってる……)


 吹き飛ばされた瞬間の感覚を、シンガは頭の中で反芻する。


 シーラがどう踏み込み、

 どう腰を回し、

 どのタイミングで重心を乗せたのか。


 断片的な映像が、脳裏に鮮明に浮かび上がっていた。


 シンガはゆっくりと立ち上がる。


「いいぞー!」

「根性見せろー!」


 歓声を背に受けながら、再び闘技場の中央へ戻る。


 シンガは小さく頭を下げた。

 向かいのシーラも、同じようにぺこりと頭を下げる。


 その様子を黙って見ていたレメリィが、ふぅ、と小さく息を吐いた。


「では、二回目」


 空気が変わる。


 シンガは右脚を前に出し、身体を低く斜めに構えた。


 脳裏に文字列が走る。


 ――ブースト2

 ――行動予測


 その瞬間。


 少し離れて見ていたエムハトの目が、鋭く細められた。


(この感じ……)


「始め!」


 合図と同時に、シーラが地面を蹴った。


 バッ、と風を裂いて距離を詰める。


 速い。


 今度はその動きが見えていた。


 シンガは右手のひらを突き出し、シーラの視界を塞ぐ。


 一瞬だけ視線が遮られる。


 それでもシーラは迷わない。

 構わず右拳を真っ直ぐ打ち込んできた。


 シンガは左脚を前へ滑らせる。


 身体を捻りながら、左手でシーラの拳を下へ去なす。


 去なされた拳が下方へ逸れ、上体が前へ崩れる。

 塞がれていたシーラの視界が開いた。


 その直後だった。


 ――トンッ。


 首の後ろに、軽い衝撃。


 痛みはない。

 だが、完全に入っていた。


 シンガの右手手刀だった。


 広場から音が消える。


 誰も声を出せなかった。


 そして次の瞬間。


「うおぉぉぉ!」

「やりやがった!」


 歓声が爆発する。


 シーラは目を丸くしたまま、ぽかんと立ち尽くしていた。


 一方のシンガは、どこか気まずそうに頭をかきながら、そそくさと元の位置へ戻っていく。


 まるで偶然当たってしまった、とでも言いたげな顔だった。




 シーラが元の位置へ戻る。


 その顔には、隠しきれない笑みが浮かんでいた。


 戦うこと自体が楽しくて仕方ない――そんな表情だ。




「では、三回目」


 レメリィの声が響くと、広場はしん、と静まり返った。


 観客たちも、もう軽口を叩かない。


 二人の動きから、一瞬たりとも目を離せなくなっていた。



 レメリィは改めて二人を見ると、スッと息を吸った。




「開始!」


 同時に地面を蹴る。


 両者が一気に間合いを詰めた。


 中央で踏み込みが重なり、

 拳が交差する。


 バシィッ!


 互いの攻撃を弾き合い、そのまま反動で距離を取る。


 だが、止まらない。


 一瞬の静止を挟み、再び踏み込む。


 シーラの右脚が大きく引き絞られた。


 右回し蹴り――


(フェイク……からの裏拳がくる!)


 シンガの意識が加速する。


(……!)


 予測通り。


 身体を捻ったシーラの死角から、鋭い裏拳が飛んできた。


(避ければ隙ができる……寸止めで……!)


 裏拳は空を切る。


 勢いのまま体勢が流れ、

 シーラの正面が大きく開いた。


(今だっ――!)


 シンガが踏み込もうとした、その瞬間。


 激しい動きで少しはだけた巫女装束。

 その隙間から、柔らかな膨らみが揺れた。


(ぐはぁっ)


 思考が吹き飛ぶ。


 シンガの身体が反射的にのけぞった。


 当然、その隙をシーラは見逃さない。


 左正拳が一直線に突き出される。


 シンガは咄嗟に右膝を跳ね上げ、

 拳を上へ弾いた。


 乾いた衝突音。


 シーラは即座に追撃を警戒し、後方へ跳ぶ。


 シンガもまた危険を察し、深追いせずに下がった。


 互いに距離を取る。


 広場全体が、そこでようやく息をついた。


 空気が張り詰めすぎて、

 誰も呼吸を忘れていたかのようだった。


 その後も攻防は続いた。



 何度目かの距離を取った時だった。


「はぁっ、はぁっ……」


 シーラが肩で息をする。


 額には汗が滲み、呼吸も荒い。


 一方。


「ぜはぁっ……げはぁっ……」


 シンガはさらに酷かった。


 顔色は真っ青だった。

 まるで呼吸が追いついていない。


 観客席からも「大丈夫かあれ……」という視線が飛ぶ。


 そして。


 本当に、一瞬だった。


 シーラが軽く跳ぶ。


 小さな予備動作。


 だが次の瞬間には、もう目の前にいた。


 右膝を大きく引き絞り、

 そのまま顔面へ向けて振り抜く。


 速い。


 シンガは目で追うことしかできなかった。


 咄嗟に左手を上げる。

 防御は、それで精一杯。




 ――メギィッ!!




 重く、鈍い音が広場に響き渡った。


 誰も声を出せない。


 ただ、その音だけが、

 嫌にはっきりと耳に残っていた。



 《続く》




 

戦闘シーンは難しい。。。

少しでも面白い、続きが読みたいと思って頂けましたら、

ブックマークや高評価を頂ければ、尻尾振って喜びます。


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