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PROTOCOL:ASH  作者: さば虎


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2/23

第1話

スマホでも読みやすく、のつもりで書いてますが、

読みづらかったらすみません…。

しばらくは今のスタイルでいこうと思っています。

どうぞよろしくお願いいたします。


 ――これは、半年前の話だ。

 

 


 ──ん……



 うっすらと意識が浮かび上がった。

 

 その時……。


 俺は――風だった。


 幕が上がるように、光が広がっていく…


 世界がゆっくりと輪郭を持ち始める…


 眼下は緑の海…

 いや森だ。でかすぎる。


 俺は風になって、世界を見下ろしているようだ。


 重力なんて感じない──

 あ、これまだ夢だな…


 でもなんだろう…

 風を感じる?俺が風なのに?夢なのに?


「…ん!?」


 瞬間に身体が固まる。

 自分が“浮いている”と理解した瞬間、

 下腹部がぎゅうっと縮み上がった。


 ──なんで?こんなとこに?


 足元には何もない。

 なぜか空気椅子で止まっている。

 恐怖に硬直する。


 ──おい誰だよ!何した?


 何かされてるのか?と周りを見た。

 誰もいない。

 遠くに、尖った影が見えた。

 塔?城?

 西洋風の何かに見えるが、遠すぎて判らない。


「…ぶはっ…」


 息を吸うのも忘れていたことに気づく。

 肺が悲鳴をあげて、ようやく空気を吸い込んだ。


 その瞬間──

 視界の中にいきなり“それ”が現れた。


 透明なウィンドウ。手を伸ばせば触れそうだ。

 ログが高速で流れている。


 >> Replacement Nanomachine

 >> Operating System

 >> ReNOS

 >> Boot sequence initiated.

 >> 起動シークエンス開始

 >> Biological adaptation initiated.

 >> 生体適応開始

 >> Biological adaptation complete.

 >> 生体適応完了

 >> Initializing...

 >> 初期化中……

 >> Time to completion: 3.0 seconds.

 >> 完了まであと……3.0秒

 >>………………

 >>………


 ──なんこれ?


「やっぱ夢?」

 手を伸ばして触ろうとしたらスカった。


「3…秒?」


 >> Time to completion: 1.0 seconds.

 >> 完了まであと……1.0秒


「え…?」

 嫌な予感…


 >> Time to completion: 0.0 seconds.

 >> …………0.0秒

 >> Initialization complete.

 >> 初期化完了


「ちょ待っ──」


 言い終わる前に、世界が跳んだ。

 いや、“俺が落ちた”。


「てあああああああああああああ!!」


 喉が張り裂けるほど叫ぶ。

 重力が一気に身体を引きずり下ろす。

 手足を振り回す。

 意味なんてないと分かっていても、やめられない。


 風が顔を叩く。

 目を開けていられない。


 >> ReNOS boot sequence complete.

 >> ReNOS起動シークエンス完了


 ログが──って知るか!


「くっ…そぉ…死ぬ!」


 危なかった事は結構あるけどこれは…

 死ぬやつだ。間違いない。

 これはもう、どうやっても助からない。

 大怪我とかじゃなく、絶対死ぬ。

 

 でも違う…。

 さっきから感じる違和感。


 落ちながら、ほんの一瞬だけ──

 まだ死ぬと“決まっていない”感覚があった。


 ”死なない可能性“の存在。

 自分の本能が告げている。

 ゼロじゃないと。


 何か、何かないか!?


 視界の下、濃い森がもうそこに。


 あれだ!


 最初の枝!踏め!勢いをころせ!

 そこに賭けるしかないっ!


 >> Causality synchronization incomplete.

 >> 因果同期プロセス 未完了

 >> Reference world: lost.

 >> 参照世界:消失

 >> Existence definition: undefined.

 >> 存在定義:不確定

 >> Classification: extra-causal entity.

 >> 分類:因果外存在


 さっきからそれうるさい!

 あの木だ!力いっぱい!踏む!


「うおっ!」

 力んだ途端、

 風に煽られ体勢が崩れた。


「やばっ!」


 背中から落ちる──!


 とっさに身体を丸める。

 全身に力と願いを込める。


(夢ならもう…!醒めてくれ!)


 それしかできなかった。

 謎疑問焦り絶望恐怖悔恨が混濁する頭の中で、

 フアァァァアン、と軽い電子音楽が鳴っていた。


 ──!目覚まし!…か?なんかちが…


 一瞬の安堵感と……

 直後。


 ドンッ!!


 視界が弾けた。

 直撃した枝をへし折りながら、

 さらに別の枝に叩きつけられる。

 3回、4回、何度も、何度も。

 最後に地面へ転がり落ちたときには、もう──


「……ぁ……」

 何がどうなってるのか、分からなかった。


 痛い。夢じゃない。

 どこが痛いのかすら、もう…。

 もう死ぬ──それだけがはっきりしていた。

 でも、それでも──まだ、生きていた。


 >> Severe damage detected.

 >> 重度損傷 検出

 >> Life support active.

 >> 生命維持機能 作動

 >> Repair initiated.

 >> 修復開始


 身体の中を、何かが走る。

 無数の小さな虫が、

 血管の中を駆け回っているみたいな感覚。


 だが同時に──

 痛みが、変わる。ただの激痛ではない。


 “修復されている痛み”。


 傷が、閉じていく。

 折れていたはずの骨が、戻っていく。

 壊れたものが、元に戻っていく。


「ぅ…ぁぁ…」

 声にならない声が漏れる。

 身体が急速に戻っていく。

 しかし、その変化は唐突に止まった。

 異次元の曲がり方をした足が戻った時だった。


 >> Energy insufficient.

 >> エネルギー不足

 >> Repair progress: 37%

 >> 修復率 37%

 >> Additional energy required.

 >> 追加エネルギー摂取 必要


「…ぁ」

 点滅しているログが目立つ。

 荒い息を吐きながら、ゆっくりと身体を起こす。

 全身にやや痛みはあるが、

 ヤバさを感じるほどではなくなっていた。


「…どうなって…る?」

 ガラケー逆折り状態だった足が戻ってる。

 非現実感が思考を鈍らせた。


「そういえば…」

 震える手で、首元に触れる。


 ──あの時。


「…リキャスリング…だっけ…」

 記憶が、少しずつ蘇る。


 白い部屋。

 アルファと名乗った男。


『使い方はすぐにわかるだろう』


 そして──首に打ち込まれた何か。


 ──たぶん、これのことだな。


 目の前に見える半透明のウィンドウ。

 さっきから何かログが点滅している。

 そういえば、さっき見えたあの尖った建物…


「ここ、どこだ…?」

 周りに山とかなく広い森…ってどこにある?

 記憶の中の日本地図に意識を集中する。


 すると、ウィンドウが応えた。


 >> LSS connection attempt unavailable.

 >> LSS接続:試行不可

 >> Current location: unknown.

 >> 現在地:不明


 ──タイミングいいな。


(…誰か、いるのか?)


 頭の中で問いかける。

 返答は、すぐに来た。


 >> Replacement Nanomachine

 >> Operating System

 >> ReNOS

 >> Common name: ReNOS

 >> 通称:ReNOS

 >> Designation: 《Renos》

 >> 呼称:《レノス》


 ──レノス?


「…レノス…ね」

 思わず笑ってしまった。現実感がまるでない。

 痛みはすでにほとんど感じない。

 やっぱこれ夢なのか?


 だが──

 さっきからずっと、消えないログがある。

 催促するように点滅している。


 >> Additional energy required.

 >> 追加エネルギー摂取 必要


「エネルギー、か…?」

 なにか食べろと?今?この状況で?

 警告画面を無視して、パソコンを壊したのを思い出す。


「それどころじゃないんだが…」

 周囲を見回す。


 大樹。薮。落ち葉。コケ。キノコ。ドングリ。


 ──キノコかドングリか。


「どっちもナマは無理だろ…」


 レノスが反応する。


 >> Analyzing...

 >>解析中

 >> Analysis completed.

 >> Updating with analysis results.

 >>分析結果反映中


 食べられるものだけが、自然と“分かる”。


「キノコは…だめだ」

「お?ドングリいけるか…いやっぱナマはだめだろ」


 もう少し周りを見てみる。

 赤い実が付いてる茂みがあった。

 痛みを堪えて立ち上がり、ゆっくりと近づく。


「お、これいけんじゃん」


 ひとつ摘んで口に入れる。 


「……渋っ…」


 だが他に目ぼしいものはなさそうだ。

 仕方なくいくつか摘んで食べる。

 口の中が渋くてザリザリしてきた。


 その時。


 ガサッ──と、視界端の茂みが揺れた。

 風で揺れた感じではない。

 何かが茂みで動いたような…

 振り向く。

 そこにいたのは──


「……へ?」


 ウサギだった。


 ウサギ。耳が長くてずっとモグモグ、かわいいやつ。


 ──のように見えた。

 だが、明らかに違う。

 大きさが、おかしい。

 大型犬ほどある。

 マッチョな身体。

 赤く濁った目。

 口元から覗く、鋭い牙。

 ずっとギシギシ、歯軋りしてる。


 “かわいいやつ”の面影は、どこにもない。


(…まじか…)

 あり得ない。

 こんな生き物、日本にいるはずがない。

 いや、日本どころか、地球上でも聞いたことがない。


 明らかに、ヤバい。

 どうやら俺をロックオンしているようだ。


 その瞬間、ウィンドウが割り込む。


 >> Hostile intent: high

 >> 敵対心:強

 >> Combat not recommended.

 >> 戦闘非推奨


(ですよね……)

 ゆっくり、後ずさる。

 ゆっくりと、もう一歩、後ろへ下がる。


 刺激しないように。

 視線を逸らさず、しかし挑発しないように。


(…頼むから、来るなよ…?)


 だが──

 木の根に足を取られ、転ぶ。


「やばっ──」

 思わず口から出た──


 その声に反応するかのように、

 ウサギ──いや、“それ”は、地面を蹴った。

 正確には、蹴る直前の“溜め”が完了し、

 その力を爆発させる──


 その瞬間──


 ─ズドッ!


 鈍い音と同時に、“それ”の頭に矢が突き刺さった。

 巨体が、跳ぶことなくそのまま力無く沈んだ。


 静寂。


「……?」


 状況が理解できない。

 心臓の音が、やけにうるさい。

 ドクン、ドクン、と鼓動が耳の奥で反響する。


 目の前には、倒れた異形のウサギ。

 頭部に深々と突き刺さった矢。

 それが何を意味するかは、考えるまでもない。


 ──誰かが撃った。


 つまり、この森には“人”がいる。

 その事実に安堵するよりも先に、

 俺の身体は強張っていた。


 助けられたのかもしれない。


 だが同時に──


 敵かもしれない。



 その時──

 遠くから、声がした。


「ーーーーーーーーー!」


 女の声だ。

 同時に、レノスが反応する。


 >> Language acquisition initiated.

 >> 言語習得機能 作動


 茂みが揺れる。

 現れたのは──


 思わず息を呑んだ。


 細くしなやかな身体。

 透き通るような白い肌。

 癖のない絹のような、淡いブロンドの髪。

 神がかった造形をしている。


 そして何より──


 その顔立ち。

 整いすぎている。

 現実離れした美しさ。


 まるで、ファンタジーの中から

 そのまま抜け出してきたようだった。


「…………」


 言葉が出ない。

 状況が理解できない。

 目の前の光景が、現実として処理できない。


 彼女は弓を構え、俺に狙いをつけている。

 ジリジリと距離を計りながら…

 視線は外さない。


「ーーーーーー?」


 何か言っているようだが、さっぱり分からない。


 >> Progress: 37%

 >> 言語習得率:……37%


 彼女は構わず問い続ける。


「ーーーーーー?」


 何か言っている…のは分かるが……


「ーーーー?ーーー!?」


 ビジュアルが強すぎて目が釘付けになる。


 >> Progress: 79%

 >> 言語習得率:……79%


(やばい……)


(可愛すぎる……)


 現実逃避が始まる。


 >> Progress: 100%

 >> 言語習得率……100%

 >> Acquisition complete.

 >> 言語習得機能 終了


 そして──


「何しに来たのかと聞いてる!」


 意味が、わかる。

 はっきりと。

 まるで最初から理解できていたかのように、自然に。


「──っ!」


 反射的に目を見開いた。

 彼女と目が合う。

 鋭い視線……の破壊力よ…。


 だが、その奥にわずかな困惑が見える。


 ──通じる。


 そう確信した。


「あ……あぁ……」

 声が出る。

 普通に、自然に。


「ごめん…わかんなかったんだ…」

 自分でも驚くほど、滑らかに言葉が出た。

 頭の中で翻訳している感覚…はない。

 完全に“使える言語”になっている。


(なんだよこれ……すげぇな……)


 一瞬だけ、そんな感想がよぎる。


 だが──

 状況は変わらない。

 弓は、まだ向けられている。


 彼女は、じっと観察していた。


「わからない?どこから来た?王国か?」


 ──?


「……王国?」

 聞き返す。

 その単語に、違和感を覚えた。


 ──なんだ王国って…


(日本じゃない…のか?)


「知らない…」


 ──ここがどこかも…


 正直に答える。

 嘘をついても意味がない。

 この状況では、下手な誤魔化しの方が危険だ。


 彼女は眉をひそめた。

「……は?知らないって何それ」


「…いやぁ…」

 苦笑するしかなかった。

 自分でもそう思う。

 だが、事実だ。


 数秒の沈黙。


 彼女はじっと見つめ続ける。

 その視線は鋭いが、敵意だけではない。


 観察している。


 危険かどうかを、”観測“している。


 やがて──

 ふっと、弓が下がった。


「……随分な怪我してるのね」

 そう言って、彼女はゆっくりと近づいてきた。

 そして、倒れたウサギ──

 いや、“あれ”の頭から矢を引き抜く。


「こいつにやられたの?」

 矢の状態を見てから、背中の筒に入れる。


「こいつ…?」

 怪我のことか?

 襲われたのは間違いないが…。


「…たぶん」

 曖昧に答える。

 落っこちた事は言わないほうがいいと思った。

 レノスの事も。


 彼女はそれ以上追及せず、目の前まで来た。


(うわ…近くで見るとまじで…)


 初恋の女の子と初めて話した時より動揺する。


「立てる?」


 一瞬の間。


 そして、淡々と続ける。

「変な動きしたら殺すからね」

 腰の短剣にトントンと手を当てる。


「…ぁ…はい」

 即答だった。

 選択肢はない。


 ゆっくりと立ち上がる。

 “産まれたての子鹿みたい”

 という揶揄をしたことがあるが、

 まさか自分がそうなるとは思わなかった。

 まだ痛むが、なんとか立てる。

 まだ少し膝が震えている。


「助けてくれて…ありがとう」

 頭を下げる。

 自然と出た行動だった。


 彼女は、その様子をじっと見ていた。


「……きも」

 ぽつりと呟く。

 ──胸が締まる…

 だが、少しだけ表情が緩んだように見えた。


「すごい痛そうだけど、頭は打ってない?大丈夫?」


 本気で気持ち悪がられてるのかもしれないが、

 何となく違うと思った。

 そう思いたかった。


「……たぶん、大丈夫」

 自分の状態に正直、自信はない。

 だが、受け答えはできている。

 それだけで十分だと、思うしかない。


 彼女は腕を組み、少し考えるような仕草をした。

「……ほんと、どこから来たのよ」


「それがわかれば苦労なんて……」

 最後までは言わず肩をすくめる。

 嘘ではない。

 むしろ、何一つわかっていない。


 彼女は小さくため息をつきながら俯いた。


「……はぁ。しょうがないわね」

 そう言って、顔を上げる。

「とりあえず、村に来なさい」


 予想外の言葉だった。

「森で死なれても困るのよ」


 あっさりと言う。

 だが、その言葉には現実が詰まっていた。

 さっきの子鹿が効いたに違いない。そう思いたい。


 俺は、少しだけ考え──


「……いいの?」

 そう問い返した。


 彼女は即答する。


「しょうがないでしょ」

 呆れたように。

 だが、どこか優しさを含んだ声で。


「わたしはレメリィ。あんたは?」


 名前。

 それは、この世界で初めての“繋がり”だった。


「……シンガ」

 答える。

 その瞬間──

 ようやく、自分が


 “どこか別の場所”

 に来てしまったのかもしれない、

 ここは、もう元の世界じゃないかもしれない。


 その理解だけが、不思議と静かに落ちてきた。


 《続く》

 

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