第1話
スマホでも読みやすく、のつもりで書いてますが、
読みづらかったらすみません…。
しばらくは今のスタイルでいこうと思っています。
どうぞよろしくお願いいたします。
――これは、半年前の話だ。
──ん……
うっすらと意識が浮かび上がった。
その時……。
俺は――風だった。
幕が上がるように、光が広がっていく…
世界がゆっくりと輪郭を持ち始める…
眼下は緑の海…
いや森だ。でかすぎる。
俺は風になって、世界を見下ろしているようだ。
重力なんて感じない──
あ、これまだ夢だな…
でもなんだろう…
風を感じる?俺が風なのに?夢なのに?
「…ん!?」
瞬間に身体が固まる。
自分が“浮いている”と理解した瞬間、
下腹部がぎゅうっと縮み上がった。
──なんで?こんなとこに?
足元には何もない。
なぜか空気椅子で止まっている。
恐怖に硬直する。
──おい誰だよ!何した?
何かされてるのか?と周りを見た。
誰もいない。
遠くに、尖った影が見えた。
塔?城?
西洋風の何かに見えるが、遠すぎて判らない。
「…ぶはっ…」
息を吸うのも忘れていたことに気づく。
肺が悲鳴をあげて、ようやく空気を吸い込んだ。
その瞬間──
視界の中にいきなり“それ”が現れた。
透明なウィンドウ。手を伸ばせば触れそうだ。
ログが高速で流れている。
>> Replacement Nanomachine
>> Operating System
>> ReNOS
>> Boot sequence initiated.
>> 起動シークエンス開始
>> Biological adaptation initiated.
>> 生体適応開始
>> Biological adaptation complete.
>> 生体適応完了
>> Initializing...
>> 初期化中……
>> Time to completion: 3.0 seconds.
>> 完了まであと……3.0秒
>>………………
>>………
──なんこれ?
「やっぱ夢?」
手を伸ばして触ろうとしたらスカった。
「3…秒?」
>> Time to completion: 1.0 seconds.
>> 完了まであと……1.0秒
「え…?」
嫌な予感…
>> Time to completion: 0.0 seconds.
>> …………0.0秒
>> Initialization complete.
>> 初期化完了
「ちょ待っ──」
言い終わる前に、世界が跳んだ。
いや、“俺が落ちた”。
「てあああああああああああああ!!」
喉が張り裂けるほど叫ぶ。
重力が一気に身体を引きずり下ろす。
手足を振り回す。
意味なんてないと分かっていても、やめられない。
風が顔を叩く。
目を開けていられない。
>> ReNOS boot sequence complete.
>> ReNOS起動シークエンス完了
ログが──って知るか!
「くっ…そぉ…死ぬ!」
危なかった事は結構あるけどこれは…
死ぬやつだ。間違いない。
これはもう、どうやっても助からない。
大怪我とかじゃなく、絶対死ぬ。
でも違う…。
さっきから感じる違和感。
落ちながら、ほんの一瞬だけ──
まだ死ぬと“決まっていない”感覚があった。
”死なない可能性“の存在。
自分の本能が告げている。
ゼロじゃないと。
何か、何かないか!?
視界の下、濃い森がもうそこに。
あれだ!
最初の枝!踏め!勢いをころせ!
そこに賭けるしかないっ!
>> Causality synchronization incomplete.
>> 因果同期プロセス 未完了
>> Reference world: lost.
>> 参照世界:消失
>> Existence definition: undefined.
>> 存在定義:不確定
>> Classification: extra-causal entity.
>> 分類:因果外存在
さっきからそれうるさい!
あの木だ!力いっぱい!踏む!
「うおっ!」
力んだ途端、
風に煽られ体勢が崩れた。
「やばっ!」
背中から落ちる──!
とっさに身体を丸める。
全身に力と願いを込める。
(夢ならもう…!醒めてくれ!)
それしかできなかった。
謎疑問焦り絶望恐怖悔恨が混濁する頭の中で、
フアァァァアン、と軽い電子音楽が鳴っていた。
──!目覚まし!…か?なんかちが…
一瞬の安堵感と……
直後。
ドンッ!!
視界が弾けた。
直撃した枝をへし折りながら、
さらに別の枝に叩きつけられる。
3回、4回、何度も、何度も。
最後に地面へ転がり落ちたときには、もう──
「……ぁ……」
何がどうなってるのか、分からなかった。
痛い。夢じゃない。
どこが痛いのかすら、もう…。
もう死ぬ──それだけがはっきりしていた。
でも、それでも──まだ、生きていた。
>> Severe damage detected.
>> 重度損傷 検出
>> Life support active.
>> 生命維持機能 作動
>> Repair initiated.
>> 修復開始
身体の中を、何かが走る。
無数の小さな虫が、
血管の中を駆け回っているみたいな感覚。
だが同時に──
痛みが、変わる。ただの激痛ではない。
“修復されている痛み”。
傷が、閉じていく。
折れていたはずの骨が、戻っていく。
壊れたものが、元に戻っていく。
「ぅ…ぁぁ…」
声にならない声が漏れる。
身体が急速に戻っていく。
しかし、その変化は唐突に止まった。
異次元の曲がり方をした足が戻った時だった。
>> Energy insufficient.
>> エネルギー不足
>> Repair progress: 37%
>> 修復率 37%
>> Additional energy required.
>> 追加エネルギー摂取 必要
「…ぁ」
点滅しているログが目立つ。
荒い息を吐きながら、ゆっくりと身体を起こす。
全身にやや痛みはあるが、
ヤバさを感じるほどではなくなっていた。
「…どうなって…る?」
ガラケー逆折り状態だった足が戻ってる。
非現実感が思考を鈍らせた。
「そういえば…」
震える手で、首元に触れる。
──あの時。
「…リキャスリング…だっけ…」
記憶が、少しずつ蘇る。
白い部屋。
アルファと名乗った男。
『使い方はすぐにわかるだろう』
そして──首に打ち込まれた何か。
──たぶん、これのことだな。
目の前に見える半透明のウィンドウ。
さっきから何かログが点滅している。
そういえば、さっき見えたあの尖った建物…
「ここ、どこだ…?」
周りに山とかなく広い森…ってどこにある?
記憶の中の日本地図に意識を集中する。
すると、ウィンドウが応えた。
>> LSS connection attempt unavailable.
>> LSS接続:試行不可
>> Current location: unknown.
>> 現在地:不明
──タイミングいいな。
(…誰か、いるのか?)
頭の中で問いかける。
返答は、すぐに来た。
>> Replacement Nanomachine
>> Operating System
>> ReNOS
>> Common name: ReNOS
>> 通称:ReNOS
>> Designation: 《Renos》
>> 呼称:《レノス》
──レノス?
「…レノス…ね」
思わず笑ってしまった。現実感がまるでない。
痛みはすでにほとんど感じない。
やっぱこれ夢なのか?
だが──
さっきからずっと、消えないログがある。
催促するように点滅している。
>> Additional energy required.
>> 追加エネルギー摂取 必要
「エネルギー、か…?」
なにか食べろと?今?この状況で?
警告画面を無視して、パソコンを壊したのを思い出す。
「それどころじゃないんだが…」
周囲を見回す。
大樹。薮。落ち葉。コケ。キノコ。ドングリ。
──キノコかドングリか。
「どっちもナマは無理だろ…」
レノスが反応する。
>> Analyzing...
>>解析中
>> Analysis completed.
>> Updating with analysis results.
>>分析結果反映中
食べられるものだけが、自然と“分かる”。
「キノコは…だめだ」
「お?ドングリいけるか…いやっぱナマはだめだろ」
もう少し周りを見てみる。
赤い実が付いてる茂みがあった。
痛みを堪えて立ち上がり、ゆっくりと近づく。
「お、これいけんじゃん」
ひとつ摘んで口に入れる。
「……渋っ…」
だが他に目ぼしいものはなさそうだ。
仕方なくいくつか摘んで食べる。
口の中が渋くてザリザリしてきた。
その時。
ガサッ──と、視界端の茂みが揺れた。
風で揺れた感じではない。
何かが茂みで動いたような…
振り向く。
そこにいたのは──
「……へ?」
ウサギだった。
ウサギ。耳が長くてずっとモグモグ、かわいいやつ。
──のように見えた。
だが、明らかに違う。
大きさが、おかしい。
大型犬ほどある。
マッチョな身体。
赤く濁った目。
口元から覗く、鋭い牙。
ずっとギシギシ、歯軋りしてる。
“かわいいやつ”の面影は、どこにもない。
(…まじか…)
あり得ない。
こんな生き物、日本にいるはずがない。
いや、日本どころか、地球上でも聞いたことがない。
明らかに、ヤバい。
どうやら俺をロックオンしているようだ。
その瞬間、ウィンドウが割り込む。
>> Hostile intent: high
>> 敵対心:強
>> Combat not recommended.
>> 戦闘非推奨
(ですよね……)
ゆっくり、後ずさる。
ゆっくりと、もう一歩、後ろへ下がる。
刺激しないように。
視線を逸らさず、しかし挑発しないように。
(…頼むから、来るなよ…?)
だが──
木の根に足を取られ、転ぶ。
「やばっ──」
思わず口から出た──
その声に反応するかのように、
ウサギ──いや、“それ”は、地面を蹴った。
正確には、蹴る直前の“溜め”が完了し、
その力を爆発させる──
その瞬間──
─ズドッ!
鈍い音と同時に、“それ”の頭に矢が突き刺さった。
巨体が、跳ぶことなくそのまま力無く沈んだ。
静寂。
「……?」
状況が理解できない。
心臓の音が、やけにうるさい。
ドクン、ドクン、と鼓動が耳の奥で反響する。
目の前には、倒れた異形のウサギ。
頭部に深々と突き刺さった矢。
それが何を意味するかは、考えるまでもない。
──誰かが撃った。
つまり、この森には“人”がいる。
その事実に安堵するよりも先に、
俺の身体は強張っていた。
助けられたのかもしれない。
だが同時に──
敵かもしれない。
その時──
遠くから、声がした。
「ーーーーーーーーー!」
女の声だ。
同時に、レノスが反応する。
>> Language acquisition initiated.
>> 言語習得機能 作動
茂みが揺れる。
現れたのは──
思わず息を呑んだ。
細くしなやかな身体。
透き通るような白い肌。
癖のない絹のような、淡いブロンドの髪。
神がかった造形をしている。
そして何より──
その顔立ち。
整いすぎている。
現実離れした美しさ。
まるで、ファンタジーの中から
そのまま抜け出してきたようだった。
「…………」
言葉が出ない。
状況が理解できない。
目の前の光景が、現実として処理できない。
彼女は弓を構え、俺に狙いをつけている。
ジリジリと距離を計りながら…
視線は外さない。
「ーーーーーー?」
何か言っているようだが、さっぱり分からない。
>> Progress: 37%
>> 言語習得率:……37%
彼女は構わず問い続ける。
「ーーーーーー?」
何か言っている…のは分かるが……
「ーーーー?ーーー!?」
ビジュアルが強すぎて目が釘付けになる。
>> Progress: 79%
>> 言語習得率:……79%
(やばい……)
(可愛すぎる……)
現実逃避が始まる。
>> Progress: 100%
>> 言語習得率……100%
>> Acquisition complete.
>> 言語習得機能 終了
そして──
「何しに来たのかと聞いてる!」
意味が、わかる。
はっきりと。
まるで最初から理解できていたかのように、自然に。
「──っ!」
反射的に目を見開いた。
彼女と目が合う。
鋭い視線……の破壊力よ…。
だが、その奥にわずかな困惑が見える。
──通じる。
そう確信した。
「あ……あぁ……」
声が出る。
普通に、自然に。
「ごめん…わかんなかったんだ…」
自分でも驚くほど、滑らかに言葉が出た。
頭の中で翻訳している感覚…はない。
完全に“使える言語”になっている。
(なんだよこれ……すげぇな……)
一瞬だけ、そんな感想がよぎる。
だが──
状況は変わらない。
弓は、まだ向けられている。
彼女は、じっと観察していた。
「わからない?どこから来た?王国か?」
──?
「……王国?」
聞き返す。
その単語に、違和感を覚えた。
──なんだ王国って…
(日本じゃない…のか?)
「知らない…」
──ここがどこかも…
正直に答える。
嘘をついても意味がない。
この状況では、下手な誤魔化しの方が危険だ。
彼女は眉をひそめた。
「……は?知らないって何それ」
「…いやぁ…」
苦笑するしかなかった。
自分でもそう思う。
だが、事実だ。
数秒の沈黙。
彼女はじっと見つめ続ける。
その視線は鋭いが、敵意だけではない。
観察している。
危険かどうかを、”観測“している。
やがて──
ふっと、弓が下がった。
「……随分な怪我してるのね」
そう言って、彼女はゆっくりと近づいてきた。
そして、倒れたウサギ──
いや、“あれ”の頭から矢を引き抜く。
「こいつにやられたの?」
矢の状態を見てから、背中の筒に入れる。
「こいつ…?」
怪我のことか?
襲われたのは間違いないが…。
「…たぶん」
曖昧に答える。
落っこちた事は言わないほうがいいと思った。
レノスの事も。
彼女はそれ以上追及せず、目の前まで来た。
(うわ…近くで見るとまじで…)
初恋の女の子と初めて話した時より動揺する。
「立てる?」
一瞬の間。
そして、淡々と続ける。
「変な動きしたら殺すからね」
腰の短剣にトントンと手を当てる。
「…ぁ…はい」
即答だった。
選択肢はない。
ゆっくりと立ち上がる。
“産まれたての子鹿みたい”
という揶揄をしたことがあるが、
まさか自分がそうなるとは思わなかった。
まだ痛むが、なんとか立てる。
まだ少し膝が震えている。
「助けてくれて…ありがとう」
頭を下げる。
自然と出た行動だった。
彼女は、その様子をじっと見ていた。
「……きも」
ぽつりと呟く。
──胸が締まる…
だが、少しだけ表情が緩んだように見えた。
「すごい痛そうだけど、頭は打ってない?大丈夫?」
本気で気持ち悪がられてるのかもしれないが、
何となく違うと思った。
そう思いたかった。
「……たぶん、大丈夫」
自分の状態に正直、自信はない。
だが、受け答えはできている。
それだけで十分だと、思うしかない。
彼女は腕を組み、少し考えるような仕草をした。
「……ほんと、どこから来たのよ」
「それがわかれば苦労なんて……」
最後までは言わず肩をすくめる。
嘘ではない。
むしろ、何一つわかっていない。
彼女は小さくため息をつきながら俯いた。
「……はぁ。しょうがないわね」
そう言って、顔を上げる。
「とりあえず、村に来なさい」
予想外の言葉だった。
「森で死なれても困るのよ」
あっさりと言う。
だが、その言葉には現実が詰まっていた。
さっきの子鹿が効いたに違いない。そう思いたい。
俺は、少しだけ考え──
「……いいの?」
そう問い返した。
彼女は即答する。
「しょうがないでしょ」
呆れたように。
だが、どこか優しさを含んだ声で。
「わたしはレメリィ。あんたは?」
名前。
それは、この世界で初めての“繋がり”だった。
「……シンガ」
答える。
その瞬間──
ようやく、自分が
“どこか別の場所”
に来てしまったのかもしれない、
ここは、もう元の世界じゃないかもしれない。
その理解だけが、不思議と静かに落ちてきた。
《続く》




