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PROTOCOL:ASH  作者: さば虎
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第17話

 木漏れ日は、静かに降りていた。

 風はやわらかく、森は穏やかに息をしている。


 その静謐の中で、ただ一箇所だけ――

 命の終わりの気配が、かすかに滲んでいた。


 血の匂いさえ、すでに風にほどけつつある。

 それでも、そこにあった激しさは消えない。


 地に伏す巨体と、断ち切られた輪郭だけが、

 確かに「ここで何かが終わった」と語っていた。


 その場に、三人の男が立っている。


 シンガは肩で荒く息をつきながら、地面に伏した熊を見つめていた。


 片腕を失い、脇には切り落とされた頭部が転がっている。


 現実感が、薄い。


 その中で、最も背が高く体格のいい男――ワーゲルが口を開いた。


「シンガ、よく見とけ……」


「……え?」


 荒い呼吸のまま、シンガは訝しげに顔を上げる。


「そろそろだ」


 短剣を仕舞いながら、ダイノが静かに言葉を添えた。


 ――その直後。


 地に伏した熊の体が、端からじわりと白く発光しはじめる。


 光はゆっくりと広がり、やがて蒸発するように、細かな粒子へと変わっていった。


 ふわり、と。


 白い粒子は宙に舞い、森の光に溶け込むように散っていく。

 輝きは次第に弱まり――やがて、完全に消えた。


 あとには、何も残らない。


 血も、肉も、骨すらも。


 シンガは言葉を失ったまま、その光景を見届けていた。

 気づけば、荒れていた呼吸はぴたりと止まっている。


「……何だ、これ……?」


 かすれた声が、誰にともなく零れる。


「“星空の魔獣”は、死ねばみんなああなる」


 答えたのはダイノだった。


「殺さなくても、そのうちな」


 ワーゲルが剣を鞘に収めながら、当たり前のように付け加える。


 理解が追いつかないまま、シンガは何もなくなった地面を見つめ続けた。


 ――と、そのとき。


「おーい! 無事かー!」


 少し離れた場所から声が飛ぶ。


 三人が振り向くと、木々の間を縫うようにフリッジがこちらへ駆けてきていた。

 その速度は、明らかに常人のものではない。


 返事をする間もなく、目の前に到達する。


(……この人も大概なんだな……)


 シンガは内心でそう思った。


「魔獣が出たんだ。バグベアだった」


 ワーゲルが簡潔に説明する。


「レメリィからその可能性は聞いてたが……」


 フリッジは周囲を見渡しながら続けた。


「よくお前たちだけで消せたな」


「……シンガがよくやってくれたんだ」


 その一言に、シンガは目を見開く。


「え!? おれ? いや、そんな……全然だって……」


 露骨に動揺するシンガの肩を、フリッジが軽く叩く。


「そうか。お前、自警団な」


「え? え……?」


 理解が追いつかず、言葉を失う。


 その横でダイノが口を開いた。


「オヤジ、こいつだけだと思うか?」


「ああ、単体だろう。一応、範囲を広げて見ておくか」


「了解だ」


 短いやり取りの後、四人は自然と二手に分かれる。


 再び森の中へと踏み出し、それぞれの方向へ散っていった。


 穏やかな空気はそのままに――

 だが確かに、何かが変わっていた。


 それに気づくには、まだ早すぎた。



 ◇



 朝の名残をわずかに残した光が、村長の家の中に差し込んでいた。


 窓辺から射す陽が、静かな室内を力強く照らしている。


「無事で何よりじゃの。本当に、ご苦労じゃった」


 ルーメル村長の声は、いつもと変わらず穏やかだった。


 報告に訪れていたワーゲルは、軽く頭を下げる。

 戦いの疲労は残っているが、それ以上に、言い淀む気配があった。


「それで、レメなんだが……」


 少し困ったような表情で切り出す。


「あぁ、奥に閉じこもっとるよ……」


 ルーメルは奥の扉へ視線を向けた。


「……」


 ワーゲルは言葉を失う。


「まぁ仕方あるまいよ。わしとて同じことをしたじゃろう」


「じいちゃん……」


 責める響きはない。ただ受け止める声音だった。


「リーガルたちでさえ……じゃ。お前の判断は正しいよ」


 その言葉に、わずかに表情が緩む。だが、すぐに曇る。


「けどレメは――」


 言いかけた、その瞬間。


 バンッ――!


 奥の扉が勢いよく開いた。


 そこに立っていたのはレメリィだった。


 強く結ばれた唇。揺れる肩。

 そして何より――

 その目は、まっすぐにワーゲルを射抜いていた。


「無事でよかった! ほんとに! そう思う。 けど……」


 声が震える。


 抑えきれない感情が、言葉の端々に滲んでいた。


 一瞬の沈黙。


「大っ嫌い!」


 鋭く言い放つと、レメリィは二人の横をずんずんと通り過ぎる。

 振り返ることなく、そのまま外へ出ていった。


 扉が強く閉まる音が、室内に響く。


「レ、レメ……」


 ワーゲルは立ち尽くしたまま、その名を呼ぶ。

 目にはうっすらと涙が滲んでいた。


 だが、追いかけることもできない。


「長くなりそうじゃの……」


 ルーメルはぽつりと呟くと、ワーゲルを残して歩き出した。


「さて……ふふっ」


 一歩一歩はゆったりとしているが、その歩みは微塵もぶれない。


 その背中が遠ざかっていく。


 後に残されたのは――


 その場に崩れ落ちるワーゲルだけだった。



 《続く》

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