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PROTOCOL:ASH  作者: さば虎
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第18話

 午後の日差しが傾き、影がゆっくりと地を這い始めていた。


 いつもなら白い飛沫を上げて流れる川。

 しかし今は、まるで川が括れたようだった。

 その流れは上流で仕切られていた。


 わずかに流れ込む細い水筋だけが、

 乾きかけた川底をなぞっている。


 露わになった川床の上では、重々しい作業が続いていた。


 河岸は川沿いに緩やかに削られ、川底へと至る道が整えられている。

 設置後の点検や補修まで見据えた造りだ。


 すでに積み上げられた石材は幾層にも及び、形を成している。


 石で組まれた土台。その上に据えられた木造の軸受け。


 二つが並ぶその姿は、防壁のように重なっていた。


 さらにそれらを囲むように丸太の足場が組まれ、

 河岸からは頑丈な橋が掛けられている。


 その上を、四角く切り出された石材が運び込まれていた。


「気ぃ抜くなよ!? ゆっくりでいいぞ!」


 ドンテツの声が飛ぶ。


 男たちは息を合わせ、慎重に足場を進む。

 足元の丸太が大きく鳴るたび、緊張が走った。


 ――ゴトン。


 鈍い音とともに、最後の石材が収まった。


 一瞬の静寂。


 次の瞬間――


「いよおぉぉし!」

「よっしゃあーー!」


 歓声が弾けた。


 ドンテツは満足げに頷くと、すぐに指示を飛ばす。


「水車用の橋と足場は残せ! 他は外してけ!」


 掛け声とともに、不要な丸太が次々と撤去されていく。

 夕陽に照らされた石組みと軸受けが、その完成を静かに示していた。


 そこへ、ガンテツが歩み寄る。


「順調だな」


「親父! そっちはどうなんだ?」


「いま組み上がったとこだ。あとは水路だな」


 ドンテツは鼻を鳴らす。


「あっちはシンガだ。問題ねぇだろ?」


「だな。……次の準備、抜かるなよ」


「了解だぜ、親父!」


 会話の間にも、現場は次の段階へと移っていく。


 半分ほど残された足場へ、巨大な構造物が運び込まれてきた。


 半月状に組み上げられた部品が、二つ。

 横倒しのそれを、現場で接合する。

 まず下半分を据え、固定し――その上に残りを重ねる。


 軋む音と低い掛け声が、再び場を引き締めた。




 一方その頃――


「あ! もうちょっと奥側! そこ、ハマってないです!」


 水路下流側では、シンガの声が響いていた。


 一定間隔で設置された土台。

 その上に水路用の樋を載せていく作業が大詰めだった。

 一キロの距離で四メートルの落差を作る。


「オッケーです! そのまま固定! 繋ぎ目、処理お願いします!」


「はーい!」


「リリ! 足元、気をつけて?」


「うん! ありがとう、マリ」


 リリアメルとマリクララが応じる。

 二人は梯子を使い、接合部へと手を伸ばしていた。


 部品同士の隙間に、煮詰めた樹液を熱いまま、丁寧に詰めていく。

 冷めれば固まってしまう。迅速な作業。


 シンガは全体を見渡しながら、静かに意識を集中させる。


 ――レノス展開。


 空間に設計図が浮かび上がり、現実の構造と重なる。


 ズレはない。


(よし……完璧だ)


 確信とともに顔を上げる。


「みなさーん! これでオッケーです!」


「よおおおーし!」


 水路班から歓声が上がった。


「次は水車です! もうひと頑張りいきましょう!」


「おーー!」


 額に汗を滲ませながらも、誰の声にもまだ力があった。


(よし……あとは水車の設置だ)


 シンガは踵を返し、水車の設置予定地へと駆け出す。


 石の土台、水路、そして水車。


 すべてが寸分違わず噛み合っていた。

 ——人の心を除いて。


(あの二人……大丈夫、だよな……)


 胸の奥に、僅かな不安を残したまま。


 ・

 ・

 ・


「だからあっち行って! 顔も見たくない!」


 鋭く突き放す声に、ワーゲルは一瞬、言葉を失った。


「レメ……俺は――」


「うるさいっ! あっち行ってってば!」


 取り付く島もない。


 ワーゲルは、なおも何か言おうとしたが――


「ほらほら、ワーゲル。今は、ね?」


 穏やかな声で間に入ったのはセイラだった。

 ダイノの母であり、食事係を取りまとめる女性だ。


 その声に押されるように、ワーゲルは小さく息をつく。


「……悪かった……」


 短く息をつき、ワーゲルは背を向ける。


 一度だけ振り返り──何も言わず、その場を離れた。


「ふんっ」


 レメリィは一瞥だけくれて、すぐに顔を逸らした。


 彼女は駆除係の班を外れ、いまは食事係に加わっている。


 しばしの沈黙ののち、セイラがやわらかく口を開いた。


「レメリィちゃん、もう許してあげたら?」


 諭すような声音だった。


「危ない思いして欲しくないだけなのよ、きっと」


 レメリィは視線を落とす。


「……わかってる。だけど」


 言葉はそこで途切れた。


 心が、ついてこない。


 セイラはそんな彼女を見つめ、静かに続ける。


「たった一人のお兄ちゃんだもの、ね?」


「うん……でも今は無理」


 かすかな声。


 セイラは小さく微笑む。


「それでもいいわ。落ち着いたら、ちゃんと話すのよ?」


「うん……ごめんね、セイラさん」


「ううん。レメリィちゃんの気持ちもわかるから」


 そう言って、優しく頭を撫でる。


 その手の温もりに触れた瞬間――


 レメリィの目に、涙が滲んだ。


「……いつもね、怖くなるの」


 ぽつりと零れる本音。


「見回りに行って、そのまま帰ってこなかったら、って」


 セイラはゆっくり頷く。


「不安なのね?」


「ワー兄は強いって、わかってるけど……」


 言葉が揺れる。


 理解しているはずのことが、必ずしも安心には繋がらない。


「エムハトが誘うくらいだものね」


 その言葉に、レメリィは小さく頷いた。


「でも……家族、置いて行けないって」


 思い出すように呟く。


「いいお兄ちゃんじゃない」


「……うん」


 短い返事。


 けれど、その声は少しだけ柔らかい。


「自分のことは、いつも後回し……」


 ぽつりと続けた言葉。


「心配なのね?」


「……」


 答えの代わりに、わずかに俯く。


 それで十分だった。


 セイラはふっと笑う。


「ふふ。今日はもう、こっちでいいからね」


「……ありがとう、セイラさん」


 レメリィは小さく息を吐いた。


 その横で、セイラは鍋を底からゆっくりとかき混ぜ始める。


 ぐつぐつと、穏やかな音。


 温かな匂いが、場の空気をやわらげていく。


 その背中を見つめながら――


 レメリィはそっと涙を拭い、口元を軽く結んだ。


 まだ整理しきれない想いを胸に、それでも少しだけ前を向くように。



 《続く》


 おまけ



 午後の日差しは、まだ熱を失ってはいなかった。

 森の葉を透かして降り注ぐ光が、櫓の上までじりじりと届いている。


 その櫓で番をしていたのは、ダイノの父――フリッジだった。


 ギシッ、ギシッ……と、木の軋む音。

 誰かが梯子を登ってくる。


 フリッジは視線だけをそちらへ向け、気安い調子で声をかけた。


「交代にしちゃあ、ちと早いんじゃねぇか?」


 ――返事はない。


 代わりに、ぬっと姿を現した影。


 ワーゲルだった。


 現れた青年の顔を見て、フリッジは言いかけた言葉を引っ込めた。


 いつもの無表情とも違う。

 気負いのない静けさとも違う。


 ただ、沈んでいる。


 フリッジは小さく息を吐き、声の調子を変える。


「お前は間違ってねぇよ」


「……」


 短い沈黙。

 ワーゲルは視線を落としたまま、何も言わない。


 フリッジは構わず続けた。


「ただな。あの子は心配なんだ」


「……?」


 わずかに顔が上がる。


「お前まで居なくなるんじゃないか、ってな」


「そんなこと……」


 即座に否定しかけて、言葉が途切れる。


 フリッジは、遠くを見るように目を細めた。


「あの子が、弓を教えて欲しいって来た時……」


「……?」


「言ってたぜ。お前を守れるくらい強くなりたい、ってな」


「……え?」


 ワーゲルの目が、はっきりと見開かれる。


 思いもよらなかった――そんな表情だった。


 フリッジは肩をすくめる。


「あの子は、ちゃんと見てる。賢い子だ」


「……はい」


「それにな。家族のために、お前が犠牲になってる、ってな」


「犠牲だなんて……!」


 思わず強く否定する。

 その言葉には、明確な拒絶があった。


 だがフリッジは、穏やかなままだ。


「エムハトのことも、シーラのことも……だろ?」


「いや、シーラは別に……」


 反射的に否定しつつも、語尾が弱い。


 フリッジはククッと笑った。


「もっと信じてやっていいんじゃないか?」


「……」


 沈黙。


 森を渡る風が、二人の間を抜けていく。


「あの子はもう十分強い。色々とな」


「……分かってます」


 小さく、だがはっきりとした声。


「分かってるけど――」


 その先が続かない。


 言葉にできない何かが、胸の奥で引っかかっている。


 フリッジはそれ以上、踏み込まなかった。


 ただ隣に立ち、同じ景色を眺める。


 西に傾き始めた陽が、森の影をゆっくりと引き伸ばしていた。



 《続く》

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