第13話
生命の光に満ちた天を遮るように、世界を柔らかな闇が包んでいた。
夜空には無数の星々──その光が、村の屋根にまで静かに降りていた。
そして、その闇に穿たれた小さな裂け目から、天が滲み出しているかのように細く鋭い三日月が浮かんでいる。
期限まで、あと三日。
その夜、ルーメル村長宅の集会室には、各班の班長たちが集まっていた。
「部品はこれで全部、揃ったな?」
ガンテツの低い声が室内に響く。
「ああ、予備も含めてばっちりだ、親父」
ドンテツは腕を組み、誇らしげに答えた。
その返事に満足したように、ガンテツは一度頷く。
「よし……それじゃあ、明日からいよいよだ。フリッジ、頼むぞ」
「ああ、任せろ」
フリッジが親指を立てる。その何気ない仕草が、不思議と場を引き締めた。
「で、おやじ、実際どう動くんだ?」
ダイノが問いかける。隣のワーゲルも無言のまま視線を向けていた。
フリッジは短く息を吐き、答える。
「設置ルート周辺の完全駆除からだな。範囲は広めに取る。大型獣の巣穴は無いとは思うが……念のためだ」
「なら、俺とワーゲルで両側に分かれるか?」
「俺らだけじゃ足りねぇだろ。レメと……シンガも入れよう」
意外な名が挙がる。
「シンガ? おいシンガ、お前の持ち場はどうなる?」
ダイノに振られ、視線が集まる。
「ああ、制作は終わってるから……設置までは特に、かな」
「じゃあ手伝えるな。ちったぁやれるようになったしな」
ダイノは軽く格闘の構えを見せる。
「え? いや……やれるって程じゃ」
「何言ってんだ。ワーゲル相手にあれだけ動けりゃ十分だろ。なあ?」
振られたワーゲルは、腕を組んだまま目を閉じ、静かに頷いた。
「ワー兄、そのうちやられちゃうんじゃない?」
レメリィがくすりと笑いながら茶々を入れる。
「ふん。十年早えよ」
ワーゲルは余裕を崩さない。
そんなやり取りを眺めながら――俺は、夕方の出来事を思い出していた。
ーー薄暗くなり始めた、村の広場でのことだった。
「踏み込みが甘ぇ! ほらっ、腰だ!」
「くっ……!」
鋭い指摘と同時に、棒がしなる。
次の瞬間、シンガの身体は軽く崩され、腰を突かれて尻もちをついた。
手に握っているのは、互いにただの棒切れ――だが、当たりどころ次第では十分に痛い。
「ブースト、だったか? それ切れたら話になんねぇな」
ワーゲルは腰に手を当て、呆れたように息を吐く。
「ずっとはできないんだろ?」
ダイノが横からレメリィに問いかける。
「そうみたい。ねぇ、ここって時だけ使うとかできないの?」
「え……どうだろ。やったことないけど」
「ちょっと試してみれば?」
軽い調子で言われ、シンガは小さく頷いた。
意識を内側へと向ける。レノスのウィンドウ――
そこにある“身体ブースト”のアイコンに触れるように意識を重ねると、
いつものように理解が流れ込んでくる。
――だが、そこで終わりではなかった。
(……あ、続きがあるのか)
さらに意識を深める。
途中オフで…回復──使い切ればリキャスト。
「……なんか、できそうだ」
「じゃあ、ほら、ワー兄、やっちゃって!」
「よし、避けてカウンターだぞ」
「ちょ、待っ――まだ使えなっ……ぐはっ!」
鈍い音が響く。
さっき使い切ったばかりで、ブーストはまだ回復していなかった。
軽く手加減されているとはいえ、まともに受ければ十分に痛い。
ワーゲルは薄く笑っている。
「くそっ……」
歯を食いしばる。
(……よし、戻った)
「いくぞ!」
――ブースト。足が先に出る、視界が遅れる──
一気に間合いを詰める。踏み込みと同時に棒を振り上げ、そのまま振り下ろす。
ワーゲルはゆっくり無駄のない動きで半歩下がりながら軌道に棒を滑り込ませた。
防がれる。弾かれる。
(オフ!)
すぐさまブーストを切り、距離を取る。ワーゲルも防御の反動で追撃はできない。
(もう一度――オン!)
「お? いいんじゃないか。続けられるようになったな」
ダイノの声が飛ぶ。
再び振り上げながら踏み込み、打ち下ろす──その瞬間。
ガッ!
強い衝撃とともに、手から棒が弾き飛ばされた。
「あ……」
空になった手を見つめ、シンガは一瞬、思考が止まる。
ワーゲルはわずかに息を乱しながら言った。
「良くなった……が、お前、剣は向いてねぇな」
「え?」「は?」「……」
三人分の反応が重なる。
ワーゲルは肩をすくめた。
「多分だが、格闘の方が向いてるぞ」
「格闘? 拳?」
自分の手を見下ろす。殴り合いなど、幼い頃の記憶にしかない。
「ちょっと素手で来てみろ」
「あ、ああ……」
戸惑いながらも構える。
「行きます!──シッ!」
掛け声とともに踏み込む。さっきと同じ軌道、同じタイミング。
(そろそろ、防がれる――)
だが。
(……来ない?)
次の瞬間。
ガッ!
拳が、そのままワーゲルの肩にめり込んだ。
「ぐうっ……!」
わずかに体勢を崩し、後ろへずれるワーゲル。
(入った……!)
初めて崩せた。
「そう、それだ」
ワーゲルは肩に手を当てながら頷く。
シンガは反射的にブーストを切った。
「あっ、ごめん!」
「いいんだ」
短く返したワーゲルの額に汗が浮かぶ。
レメリィが目を丸くしていた。
「どういうこと?」
「棒を持ってる分、一瞬“溜め”ができちまうんだろうな」
ダイノが冷静に説明する。
「拳ならそれがない」
「そういうことだ」
ワーゲルも続ける。
「いくら速くても、武器は“軌道”が読める。だが――」
視線がシンガに向く。
「お前の拳はなぜか“起こり”が消えやがった。あのスピードで来られると俺でも反応できねぇ」
その声には、わずかな驚きが混じっていた。
「へぇ……やるじゃん」
レメリィが感心したように笑う。だが、その表情はすぐにいつもの調子へと変わる。
「じゃ次、わたしとやろっ!」
「ダメに決まってるだろ!」
即座にワーゲルが遮る。
ダイノはやれやれと肩をすくめ、ワーゲルは腕を組んだままレメリィの抗議を聞き流す。
――そんな、夕方のことだ。
「じゃあ川に向かって右はワーゲルとシンガ、左は俺とレメリィだな」
意識を引き戻す声が、室内に響いた。
ダイノが場をまとめるように言い切る。迷いのない声に、各々が小さく頷いた。
「ダイノ、俺は警備のほうがあるからな。任せたぞ」
フリッジの言葉に、ダイノは真っ直ぐ頷く。
「ああ、任せとけ」
短いやり取りだったが、それだけで十分だった。役割はすでに、それぞれの中で固まっている。
その様子を見ていたガンテツが、ゆっくりと口を開く。
「決まったな。駆除は頼んだぞ。ドンテツ、終わった場所から順に部品を運べ。場所と部品、間違えるなよ?」
「任せとけって、親父」
ドンテツは肩を竦めながらも、しっかりと応じた。
「よし……じゃあ明日だ。ルーメル、こんな感じで進める」
ガンテツが視線を向けると、ルーメル村長は静かに頷いた。
「うむ……無理はするな。怪我のないように、頼むぞ」
その一言は、強くもあり、どこか柔らかさも含んでいた。
短い沈黙のあと、誰からともなく立ち上がる。
椅子が軋む音、足音、衣擦れ。
それぞれが自分の役割を胸に刻みながら、静かに部屋を後にしていく。
「しっかり寝ときなさい、よっ!」
「ぐはっ」
レメリィに脇腹をど突かれる。
思わず息が抜けた。
不安と期待を胸に家路につく。
変わらない夜空。無数の星が、静かに降りる。
──明日が来る。
《続く》
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