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PROTOCOL:ASH ──“神殺し”を埋め込まれた俺の異世界禁書──  作者: さば虎


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第11話

 沈黙が落ちる。


 木々の隙間から差し込む光が、わずかに揺れた。


「それ、みんなに話せる?」


 レメリィの声は静かだった。

 だがそこには、逃げ道を許さない強さがあった。


 シンガは、すぐには答えなかった。

 視線がわずかに揺れ、それでも逸らさない。


(村のみんなに……全部、か)


 胸の奥が、じわりと重くなる。


 話せばどうなる。


 異物として見られるかもしれない。

 警戒されるかもしれない。

 最悪――受け入れられない可能性もある。


(怖いな……)


 短く、吐き出す。


 だが同時に、別の感情が浮かび上がる。


(……でも)


 ここまで来て、まだ隠すのか。


 レメリィには、もう話した。

 自分が何者で、どこから来たのか。


 そして――


 この村の人たちは。


 いきなり連れられて来た自分を、

 少なくとも“追い出す”ことはしなかった。


 受け入れるでも、拒絶するでもなく。

 ただ、そこに居ることを許した。


(あれは……嘘じゃない)


 レメリィが言っていた。


 ——この村の人たちは、悪い人じゃない。


 その言葉が、胸の奥に残っている。


(……信じるか)


 迷いは、消えない。

 それでも。


(このまま逃げる方が、違うよな)


 一度、目を閉じる。


 レメリィの顔が浮かぶ。

 まっすぐに見てくる視線。

 疑いではなく、“確かめようとする”目。


(この人は、逃げない)


 だったら。


 自分だけが、逃げるわけにはいかない。


 ゆっくりと、目を開く。


「俺は──」


 一度、言葉が止まる。


 ――それでも。


「……話すよ」


 レメリィの瞳が、わずかに動く。


「村のみんなに、ちゃんと話す」


 静かに、しかしはっきりと。


「怖くないって言ったら嘘になるけど」


 苦く笑う。


「でも、隠したままここにいるのは、もっと嫌だ」


 風が、葉を揺らす。


「レメリィを信じる」


 一歩、踏み込む。


「それと――」


 わずかな間。


「レメリィが好きだって言った、この村も」


 その言葉に、レメリィの呼吸が止まる。


「だから、信じてみる」


 迷いは、まだ残っている。


 それでも。


「もしダメだったら……その時は、その時で考える」


 逃げではない。

 覚悟としての言葉だった。


 沈黙。


 森は静まり返り、ただ光だけが二人を照らしている。


 レメリィは、しばらく何も言わなかった。

 ただ、シンガを見ていた。


(……この人)


 やっぱり、わからない。


 言っていることの半分も理解できない。

 世界が違う、力がどうとか――

 現実離れしている。


 それでも。


(嘘じゃない)


 それだけは、はっきり分かる。

 理屈ではなく、感覚で。


 そして――


(なんでだろ)


 もう怖くない。


 むしろ。


(受け入れてる)


 森で見つけた時から。

 あの違和感ごと。


 全部ひっくるめて、


 “シンガ”だと認識している。


 小さく、息を吐く。


(みんなも……)


 同じように感じてくれればいい。

 根拠はない。

 理屈もない。


 それでも──


(きっと、大丈夫)


 なぜか、そう思えた。


 その確信は、どこから来るのか分からない。

 ただ静かに、胸の奥に在る。


 レメリィは、ゆっくりと口を開く。


「……そっか」


 それだけだった。

 だが──それで十分だった。


「じゃあ、決まりね」


 小さく笑う。


「ちゃんと話しなさいよ?」


 もう、試す響きはない。

 ただ背中を押す声。


 シンガは、わずかに息を吐いた。


「……ああ」


 短く答える。


 レメリィはくるりと背を向けた。


「戻ろっか」


 軽く手を振る。


「みんな、もうとっくに起きてるし」


 その足取りは、自然だった。

 迷いがない。


 まるで――


 最初からそうなると、分かっていたかのように。


 シンガは、その背中を見る。


 胸の奥に残っていた不安が、

 わずかに薄れているのを感じた。


(……不思議だな)


 まだ何も解決していない。

 これからが本番だというのに。


 それでも。


(いける気がする)


 根拠はない。

 だが確かに、そう思えた。


 歩き出す。


 レメリィの後を追い、

 村へ戻るために。


 そして――


 自分が何者なのかを、語るために。


 その先で何が待っているのかは、まだ分からない。


 それでも。


 足は、止まらなかった。


 森を抜ける光が、二人の背を照らしていた。


 まるで――

 その先を、肯定するように。



 ◇



 昼。


 陽は高く、村はすでに半日分の仕事を終えたような熱気を帯びていた。


 その最中――村長宅に、人が集められていた。


 手を止めて来た者。

 道具を壁に立てかけたままの者。

 まだ土の匂いをまとったままの者もいる。


「……で、なんだ?」


「こんな時間に呼び出しってな」


 小さな不満と、わずかな好奇心が入り混じる空気。


 その中心に、シンガは立っていた。


(……やるしかない)


 ひとつ息を吸い、口を開く。


「まず、水車のことから話します」


 空気が、わずかに締まる。


「設置場所は川の上流側で考えてます。高さも取れるし、水量も安定してる」


 視線が集まる。


「必要な材料は、木材が主です。太い幹を使う部分と、細かい部品に分けて加工します」


 手振りを交えながら、続ける。


「接着には樹液を使います。強度が出るものを選べば、ある程度は持つはずです」


「釘も必要です。量は……多いです」


 頑固そうなドワーフ体型の老人と中年男が小さく笑う。


「全部を一度に作るんじゃなくて、部品ごとに分けます。それを現場で組み立てる形です」


 頷く者が増える。


「だから――」


 一拍。


「班に分かれて、手伝ってほしいです」


 静かに、しかしはっきりと。


「細かい内容は、このあと詰めます」


 言い終えると、わずかな間。


 そして――


「お、面白そうじゃねぇか」


 誰かが口を開いた。


「村総出でやるってやつか?」


「いいな、それ」


 空気が、一気にほぐれる。


「警備だけじゃ暇だったんだよな」


 ダイノが腕を組んで笑う。


「手伝えることはどんどんやるぞ。な? ワーゲル」


 振られたワーゲルは、少しだけ眉を動かし、


「……別に異論はねぇ」


 短く答えた。


「怪我だけはな、せんように頼むぞ」


 村長が、静かに言う。


「はい」


 シンガは頷いた。


 ――いい流れだ。


 だが。


(ここからだ)


「……それと、もうひとつ」


 再び、空気が静まる。


「聞いてほしいことがあります」


 不思議そうな顔が並ぶ。


「なんだ?」


「水車の話のあとに、まだあるのか?」


 シンガは、一歩だけ前に出た。

 覚悟は、決まっている。


「俺――」


 わずかに、喉が鳴る。


「この世界の人間じゃありません」


 ――静寂。


 時間が、止まったようだった。

 誰も、言葉を発さない。

 ただ、視線だけが集まる。


 シンガは、そのまま続けた。


 自分のいた世界のこと。

 帰れるはずだったこと。

 失敗したこと。

 レノスのこと。

 そして――今ここにいること。


 レメリィに話した内容を、すべて。


 誰も、口を挟まない。


 ワーゲルは眉間に皺を寄せ、腕を組んでいる。

 ダイノは真顔のまま、じっと聞いている。

 村長は――ただ黙って聞いていた。


 ただ、静かに。

 全員が、聞いていた。


 やがて――


 話は、終わる。


 シンガは、息を吐いた。

 そして、最後に言う。


「みんなから見れば、俺は異物かもしれない」


 部屋が、さらに静まる。


「でも――」


 顔を上げる。


「俺は、俺なんです」


 言い切った。

 覚悟を、乗せて。


 沈黙。


 誰も動かない。

 空気が、張り詰める。


 ――その時。


「おい」


 最初に口を開いたのは、ワーゲルだった。


「それって、なにかヤバいのか?」


「……え?」


 間の抜けた声が、シンガの口から漏れる。


「そうだぜ」


 ダイノが続く。


「何が問題なんだ?」


 ざわざわと、周囲が揺れる。


「え、だからなんなの?」


「今の話で何か困ることあるか?」


「え? あるのか?」


 シンガは、言葉を失う。


「いや、その……」


 慌てて口を開く。


「だから、俺は――その、この世界の人間じゃなくて……」


「だから!」


 ワーゲルが遮る。


「それの何がいけないんだって言ってんだ」


 ダイノが肩をすくめる。


「そんな話してる暇あったら、材料調達行ったほうがマシだぜ?」


 笑いが漏れる。


「そうだそうだ」


「で、木はどこから切るんだ?」


「樹液ってどの木使う?」


 話題が、戻る。

 完全に。


(……え?)


 シンガは、立ち尽くした。

 予想していなかったわけじゃない。

 理想として、頭のどこかで思ったことはある。


 こうなればいい、と。


 だが。


(なるわけないだろって……思ってたのに)


 現実は――


 その“あり得ない方”に、転がった。


 ふと。

 視線の端で、レメリィが目に入る。


 ――ニヤニヤしていた。


 まるで、最初からこうなると分かっていたかのように。


「おいシンガ」


 ダイノが立ち上がる。


「そんな当たり前の話で引き止めてんじゃねぇよ」


 ぶつぶつ言いながら、外へ向かう。


「ったく……俺だってダイノだってんだよ」


 ワーゲルも、やれやれと肩を回しながら続く。

 気づけば、人が流れ出していた。


「じゃあな」


「あとで班決めるぞー」


「木、見に行くか」


 ざわめきと共に、部屋は空いていく。


 残ったのは――


 シンガと、レメリィと、村長の三人。


 静けさが戻る。


 村長が、ゆっくりと立ち上がる。

 そして、シンガを一瞥し、


「……ここは、こういうところよ」


 それだけ言って、外へ出ていった。


 扉が閉まる。


 しばしの沈黙。


「ほら」


 レメリィが振り返る。


「行くわよ」


 手招きする。


「今日の水汲み、まだでしょ?」


 当たり前のように。

 まるで、何も特別なことなどなかったかのように。


 シンガは、しばらく動かなかった。


 そして――


 ふっと、息を吐く。


(……なんだ、それ)


 笑いが、込み上げそうになる。

 胸の奥が、軽い。

 さっきまであったはずの重さが、嘘みたいに消えている。


「……ああ」


 小さく答え、歩き出す。

 レメリィの後を追う。


 外へ出ると、光が眩しかった。


 村は、いつも通りに動いている。

 何も変わらない。


 ただひとつ――


 自分の中だけが、少し変わっていた。


(……いい村だな)


 自然と、そう思えた。


 レメリィが振り返る。


「何ぼーっとしてんの」


「今行く」


 軽く返す。


 足取りは、軽かった。


 心は――


 驚くほど、晴れていた。



 《続く》

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