Interlude
気がつくと、ベッドの上に座っていた。
意識がゆっくりと浮上してくる。
ぼやけていた輪郭が、
少しずつ現実として結び直されていく。
知らない壁。
知らない匂い。
そして、このベッドも——自分のものではない。
視線を巡らせる。
天井、家具、空気の重さ。
どれも、自分がいた部屋とは明確に異なっていた。
(……男の部屋、ね)
そう結論づけるのに、時間はかからなかった。
無機質で、飾り気がない。
生活感はあるが、整えられてはいない。
それが意味するところを、彼女は理解していた。
ふと、カーテンの隙間から差し込んだ光が、まっすぐ目に入る。
(成功……?)
手で光を遮りながら、改めて室内を観察する。
黒く厚みのある板状の機器。
低く唸るように微振動を続ける白い箱。
テーブルの上には黒い端末と、折り畳まれた機器。
そして、ベッドの脇には手のひらサイズの端末。
(……最低限は、あるみたいね)
小さく息を吐く。
黒く厚みのある板状の機器。
意識を向ける。
——内部構造を解析。
配線。
発光素子。
信号の流れ。
(……表示装置)
用途までは断定できない。
だが、“情報を映すもの”だと判断する。
手を伸ばし、テーブルの上のリモコンを手に取る。
ボタンを押した。
画面が光を帯びる。
——映像。
音。
構造は理解できる。
だが、音の意味はわからない。
チャンネルを一つずつ切り替えていく。
どれも一瞥するだけで十分だった。
やがて、ニュース番組で手を止める。
画面の中では、先ほど発生した地震について、
繰り返し注意が呼びかけられていた。
彼女はそれを、ただ見ている。
——音が、意味を持つ。
断片だった音が、繋がり始める。
「……地震」
小さく、同じ音をなぞる。
それが何を指すのか。
完全ではないが、理解は始まっていた。
そして——再び、目を閉じ音を読む。
時間の感覚が曖昧になる。
気がつけばニュースは終わり、
朝のワイドショーも終盤に差し掛かっていた。
エンドロールが流れている。
「……よし、もういいかな」
小さく呟き、立ち上がる。
足取りは確かめるように慎重だが、迷いはない。
トイレに入り、用を足す。
何事もなかったかのように出てくる。
「うん。問題ないね」
次に向かったのは台所だった。
蛇口を捻る。
流れ出る水を手に取る。
——成分解析。
異常なし。
「……問題ない」
手を軽く振って水気を払う。
玄関へ向かう。
姿見の前で足を止めた。
そこに映っていたのは、一人の女。
黒いミディアムロングのストレートヘア。
癖はなく、整っているが、
首のあたりにわずかな束ね跡が残っている。
無駄のない、引き締まった体。
彼女は無言で服を脱ぎ、全身を確認する。
視線は冷静で、徹底していた。
「……うん。異常なし」
淡々とした確認を終え、再び服を身につける。
そのまま冷蔵庫を開ける。
中にあったのは——マヨネーズだけだった。
キャップを開け、指先に少量を出す。
しばらく見つめてから、舐める。
「……うん?」
少しだけ考える。
もう一度、今度は少し多めに出す。
「……あ、おいし」
わずかに眉があがる。
(これは調味料ね)
その発見に、小さく目を細めた。
それ以上の評価はない。
マヨネーズを戻し、冷蔵庫を閉める。
ベッドに腰を下ろした。
「まだ無理かな……?」
そう呟きながら、手に取ったのはスマートフォン。
指先で軽く触れる。
暗かった画面に、光が戻る。
「あら……もう馴染んでるじゃん」
声にわずかな弾みが混じる。
ぎこちなく操作を試みる。
しかし、意図せずカメラアプリが起動した。
「あっ……」
一瞬、閉じようとする。
だが、ふと何かを思いついたように、動きを止めた。
視線がテレビへ向く。
そこでは、
売れっ子タレントが華やかにポージングしていた。
——真似る。
スマートフォンを構え、角度を調整し、表情を作る。
シャッター音。
画面に映し出されたのは——
整った顔立ちの、美しい女。
硬く、不自然な笑みを浮かべていた。
その笑みを見て、彼女はふっと息を吐く。
「……へぇ、面白い」
ぽつりと呟く。
壊すこともできる。
変えることもできる。
けれど——
「まずは、遊ぼう」
壊さないように、気をつけながら。
もう一度、シャッターを切った。
柔らかく、自然な笑みを浮かべていた。
そして彼女の視線は、玄関の扉へと向いた。
——この世界の“観測”へ。
── Interlude End──
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